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	<title>日本Webリポート＆ニュース &#187; 科学</title>
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	<description>弱者の味方。みんなで作る、投稿型ニュースサイト</description>
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		<title>【チェルノ原発事故の悲劇描く映画プリピャチ】 12年後のフクシマの姿がここにある</title>
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		<pubDate>Mon, 05 Dec 2011 00:59:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kiyo7</dc:creator>
				<category><![CDATA[世界]]></category>
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		<description><![CDATA[				
				                                ニコラウス・ゲイハルター監督。上映会の後は長崎・軍艦島に撮影取材に行く予定だ。＝3日、アテネフランセ。写真：筆者撮影＝
				　プリ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				
				<p style="text-align: left;">                                <a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/e06abc305cd80962644ac2c2f572983d1.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/e06abc305cd80962644ac2c2f572983d1-300x199.jpg" title="監督" width="300" height="199" class="alignnone size-medium wp-image-6912" /></a><br />ニコラウス・ゲイハルター監督。上映会の後は長崎・軍艦島に撮影取材に行く予定だ。＝3日、アテネフランセ。写真：筆者撮影＝</p>
				<p>　プリピャチはチェルノブイリ原発そばの村の名前である。原発から4キロという近さだ。原子炉から吐き出された冷却水を運ぶ川の名前でもある。</p>
				<p>　チェルノブイリ原発事故後、30キロ圏内は立ち入り禁止区域となり、プリピャチ住民5万人が避難した。避難後に戻ってくるなどして、事故から12年後の映画撮影時（1998年）には700人が立ち入り禁止区域で生活していた。同区域の悲劇を描く映画『プリピャチ』が３日、東京神田のアテネフランセで本邦初上映された。<span id="more-6910"></span>　映画は夫がチェルノブイリ原発の作業員だった老夫婦の語りで始まる。「私たちはゾーン（警戒区域）なんて言葉は使わない。検査した連中が名付けただけだ。放射能がある。30キロ圏内を指す。30キロ離れろと言ってもその先はどうなるんだ。鉄線で放射能は止まらない」。</p>
				<p>　村への出入りをチェックする検問所の警備兵が大きな溜息をつきながら話す。「かつてゾーンには美しい景色があり、イチゴやキノコが採れる山と川があった。そこに事故が起こり全ては汚染された。30キロ圏内の線量は許容値をはるかに超える」。</p>
				<p>　プリピャチは原発から撒き散らされた放射性物質によって、その面影も留めぬ、人が住んではならない場所になってしまったのだ。</p>
				<p>　オーストリア人のニコラウス・ゲイハルター監督らスタッフは、3か月に渡って線量の高いプリピャチで撮影を敢行した。ウクライナのグリーンピースに監督の知人がいて政府と交渉してくれたおかげで、警戒区域に入りカメラを回すことができた。</p>
				<p>　「こんな状況でも人が生きてゆける。未来が見通せない中で人が生きてゆける。ゾーンの中が危険だと知っていながら、生活を立て直している」―上映後のトークショーで語ったゲイハルター監督の言葉だ。村人に尊敬の念を抱き、のめり込んでいった様子がモノクロームのフィルムに焼き付けられている。監督の思いは村人に伝わり、彼らも本音を明かす。</p>
				<p>　村人の診察を続ける女医の言葉が印象的だ。戦慄さえ覚える。「人がここに住んではいけない。でもウクライナ（政府）の事情があって人々は移住できない。ゾーンの内に安全な場所はない。とにかく情報がない。私たち医師もわからない。危険だとは分かる」――情報を隠して避難を遅らせ、その後は帰還を急がせる日本政府の姿と重なるではないか。 </p>
				<p>                                    <a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/9f41b324b93bdc8e325cafa4ca51eb61.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/9f41b324b93bdc8e325cafa4ca51eb61-300x200.jpg" title="トーキショウ" width="300" height="200" class="alignnone size-medium wp-image-6913" /></a><br />「原子力に未来はないだろう」と語るゲイハルター監督（右）。左は字幕を担当した翻訳家の渋谷哲也氏＝トークショーで。写真：中野博子撮影＝</p>
				<p>　ラストシーンは冒頭の老夫婦が再び登場する。二人はプリピャチ川に釣りに出かける。「昔は川の水を汲んで茶を沸かした。川は浅かったけど水は澄んでいた。この河畔で生まれたんだから、ここで死にたい」。淡々と話す老人の口調が観る者の胸をえぐる。</p>
				<p>　「ここで死にたい」と願い、線量の高いことを知っていながら福島に住み続ける老人は数えきれない。『プリピャチ』でチェルノブイリ原発事故から12年後に起こったことは、すでに福島で起きている悲劇である。</p>
				<p style="text-align: right;">東京：田中龍作　<a href="http://tanakaryusaku.seesaa.net/" target="_blank">田中龍作ジャーナル</a></p>
				<p>                                                                                         　◇<br />『プリピャチ』は神田アテネフランセで６日～10日まで毎日２回上映。<br />問い合わせはアテネフランセ文化センター（TEL 03-3291-4339）</p>
				<p>上映前緊急シンポ：</p>
				<p><a href="http://www.ustream.tv/recorded/18816038">http://www.ustream.tv/recorded/18816038</a></p>
				<p> </p>
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		<title>NYで母親たちが「国連よ、原発推進を止めなさい」</title>
		<link>http://www.webreport.jp/6815.html</link>
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		<pubDate>Tue, 27 Sep 2011 23:32:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kiyo7</dc:creator>
				<category><![CDATA[政治]]></category>
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		<category><![CDATA[科学]]></category>

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		<description><![CDATA[				
				                              泉さん（左）と佐藤さん（右）。米国から帰国したその足で通産省前の「原発反対座り込み」を激励に訪れた。（25日夕、筆者撮影）
				　野田 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				
				<p>                              <a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/26fd3e05f7fad655f02ff6c3d7ecc9d8.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/26fd3e05f7fad655f02ff6c3d7ecc9d8-300x198.jpg" title="原発反対" width="300" height="198" class="alignnone size-medium wp-image-6816" /></a><br />泉さん（左）と佐藤さん（右）。米国から帰国したその足で通産省前の「原発反対座り込み」を激励に訪れた。（25日夕、筆者撮影）</p>
				<p>　野田佳彦首相の国連演説に合わせて渡米した母親たちが、ニューヨークやワシントンDCで「脱原発」を呼びかけた。原子力利権の総本山であるアメリカの真っ只中で「原発を止めよう」と声を上げたのは、佐藤幸子さん（子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク）、泉かおりさん（Shut泊＆脱原発ネットワーク北海道）ら6人。<span id="more-6815"></span>　“どじょう総理”も、原発近くに住む日本の母親たちがアメリカまで追いかけて来るとは思ってもいなかっただろう。「世界一安全な原発を作る」「原発輸出を続ける」…彼女たちの懸念通り野田首相の国連演説（日本時間24日未明）は、原発再開に向けて踏み込んだものだった。</p>
				<p>　演説が行われている国連本部前で佐藤さん、泉さんたちは米国の反原発運動家と共に「国連よ、原発推進を止めなさい」と書かれた横断幕を掲げた。</p>
				<p>　日本文化センター前では、野田首相を待ち構えた。藩基文国連事務総長と共に通りがかった首相にマイクを握って訴えかけた――</p>
				<p>　「福島県民の声を聞いて下さい。子供たちの命を守って下さい。安全な原発などありません」。</p>
				<p>　10メートルも離れていなかったが、野田首相は見向きもしなかったそうだ。</p>
				<p>　佐藤さん、泉さんたちはニューヨークとワシントンDCで記者会見を開いた。主催は米国の反原発、反核団体だ。彼女たちが驚いたのは米国の記者たちが、原発事故の実情をほとんど知らないことだった。「福島に人は住んでいるのですか？」と質問が出たり、「事故は収束に向かっている」と思い込んでいたりした、という。</p>
				<p>　政府や東電の発表を垂れ流す日本の大メディアの記事が翻訳されて伝わっているからだ。</p>
				<p>　さらに驚いたのは、米国の電力会社のパンフレットだった。パンフいっぱいに広がるオバマ大統領の顔写真と共に「地球温暖化を防ぐには原発を増やすしかない」とのメッセージが刷り込まれている。パンフは民主党支持者の自宅に漏れなく配布されたそうだ。</p>
				<p>　米国の電力会社は、福島原発の事故がヨーロッパ諸国に与えた影響が自国にも広がることを恐れているのだ。</p>
				<p>　世界一の原発大国で「脱原発」を訴えた母親たちは、近く「姉さん被り」で経産省前に座り込む。「母親の力は原発をも止める」ことを官僚や政治家に分からせるために。</p>
				<p style="text-align: right;">東京：田中龍作　<a href="http://tanakaryusaku.seesaa.net/" target="_blank">田中龍作ジャーナル</a></p>
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		<title>【続報・脱原発に4万人超】</title>
		<link>http://www.webreport.jp/6787.html</link>
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		<pubDate>Sun, 25 Sep 2011 01:12:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kiyo7</dc:creator>
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		<description><![CDATA[				
				「いても立ってもいられなくて来た」2011年9月19日 18:13                               東電と政府の責任を問うプラカードがいつものように目についた。（19日午後 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				
				<p style="text-align: left;"><span style="color: #0000ff;">「いても立ってもいられなくて来た」</span><br />2011年9月19日 18:13  <br />                         <img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/6567961764af4248bf60bb5d78ecf174-300x198.jpg" title="４万人集会②" width="300" height="198" class="size-medium wp-image-6788  alignnone" />    <br />東電と政府の責任を問うプラカードがいつものように目についた。（19日午後、明治公園。写真：筆者撮影）<br /><span id="more-6787"></span>　集会開始時刻の午後2時に主催者が「参加者4万人」と発表した時、会場の明治公園に向かう舗道は人の洪水だった。公園は人で埋め尽くされ身動きがとれない。舗道も同様だ。参加者が4万人超であることは確かなようだ。<br /><br />　最寄り駅の「都営大江戸線・国立競技場前駅」ですでに、人々の脱原発に賭ける意気込みが伝わってきた。電車がホームに到着すると家族連れや老夫婦が吐き出されてくる。ほとんどは会場までの道順を地図で確かめていた。政治集会のメッカである明治公園を知らないのである。デモや集会に参加するのは今回が初めてという人が目についた。</p>
				<p>　千葉県船橋市の主婦（40代）も今回が初めてだ。「政府も東電もいい加減にしてほしい。スーパーで野菜を買う時、不安で仕方がない。マスコミと政府が一緒になって情報を隠したら、国民は何も分からない。ここに来て同じ気持ちの人たちに会えて嬉しい」。</p>
				<p>　愛知県三河地方から駆け付けた母娘も、政治集会への参加は初めてだ。娘（20代前半）は「まだ独身だが、将来子供を産むことを考えたら原発は怖い。マスコミと政府は何を考えているのか分からない」と率直に話した。</p>
				<p>　母親（40代後半）は原発に対して積年の恨みがあるようだった。「『核爆弾は反対』でも『原発なら構わない』という変な論理があった。原発は核廃棄物の処理ができないのに、（国民は）反対してこなかった。もの分かりが良すぎた。大人が無責任だった。生きている間にこれだけの大集会はもうないかもしれないので、『原発反対』の意志を表明しに来た」。</p>
				<p>　東京都豊島区から足を運んだ会計事務所員（男性・70代）の言葉が、象徴的だ。「いても立ってもいられず参加した。マスコミが作っている多数意見は架空のもの。国民の声はここに集まっている人々が代弁している。政府は草の根の声に耳を傾けるべきだ」。</p>
				<p>                                 <a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/d3ed7efc4861353f79b50942cde94ed0.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/d3ed7efc4861353f79b50942cde94ed0-300x198.jpg" title="４万人集会③" width="300" height="198" class="alignnone size-medium wp-image-6789" /></a><br />ステージに上るノーベル賞作家の大江健三郎さん。大江さんがスピーチするとあって日頃は「脱原発デモ・集会」に冷淡なマスコミ各社が、取材に駆け付けた。（筆者撮影）</p>
				<p>　年明け早々の1月、エジプトでは普通の人々がムバラク政権打倒を叫んでタハリール広場に結集した。洪水のように明治公園に押し寄せるオジサン、オバサン、親子連れを見て、筆者の目には「エジプト市民革命」の光景が重なった。</p>
				<p>　枝野幸男経産相は大臣就任会見（12日）で「脱原発なのか原発推進なのか」を記者団に聞かれ、「国民的議論を見て」と答えた。</p>
				<p>　政・官・財に操作されたマスコミ論調が世論ではないことに、国民はすでに気づいている。4万人を超える人々が明治公園に集結し「脱原発」を叫んだことが何よりの証だ。</p>
				<p style="text-align: right;">　東京：田中龍作　<a href="http://tanakaryusaku.seesaa.net/" target="_blank">田中龍作ジャーナル</a></p>
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		<title>【第一報】 脱原発集会に４万人超の参加者</title>
		<link>http://www.webreport.jp/6782.html</link>
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		<pubDate>Sun, 25 Sep 2011 01:02:48 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[				
				2011年9月19日 14:57                                       夏と変わらぬ太陽が容赦なく照りつけたが、会場は「脱原発」を求める人で埋め尽くされた。（19 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				
				<p>2011年9月19日 14:57  <br />                                   <a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/1c6301dbf3819544367f45465aeef7d0.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/1c6301dbf3819544367f45465aeef7d0-300x198.jpg" title="４万人集会①" width="300" height="198" class="alignnone size-medium wp-image-6783" /></a>  <br />夏と変わらぬ太陽が容赦なく照りつけたが、会場は「脱原発」を求める人で埋め尽くされた。（19日午後、明治公園。写真：筆者撮影）　<br /><br />　東京明治公園できょう午後、行われた「脱原発集会」に4万人を超す人々が全国から参加した。ノーベル賞作家の大江健三郎さんがスピーチするとあって、日頃は「脱原発依存」に冷ややかなマスコミも各社、取材に駆け付けた。</p>
				<p>　「反原発」を訴えて行動する俳優の山本太郎さんは、自らのツイッターにこう記している――『明治公園、すごい人！命を繋ぎたい、本気で生きてる人々が結集。仕事、体調で参加できない方々の分まで声を上げ歩くよ?』　（つづく）</p>
				<p style="text-align: right;">　東京：田中龍作　<a href="http://tanakaryusaku.seesaa.net/" target="_blank">田中龍作ジャーナル</a></p>
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		<title>【反原発デモ】</title>
		<link>http://www.webreport.jp/6387.html</link>
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		<pubDate>Wed, 14 Sep 2011 01:58:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kiyo7</dc:creator>
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		<category><![CDATA[経済]]></category>

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		<description><![CDATA[				
				　収束する気配が全くない福島原発の事故。原発をなくすのか、それとも、今後も推進していくのか。日本の動向に世界が注目しているといっても過言ではない。　今月１１日、反原発を呼びかけるデモが、東京・新宿であ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/110911_151150.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/110911_151150-300x168.jpg" title="110911_151150" width="300" height="168" class="alignleft size-medium wp-image-6388" /></a>　収束する気配が全くない福島原発の事故。原発をなくすのか、それとも、今後も推進していくのか。日本の動向に世界が注目しているといっても過言ではない。<br /><br />　今月１１日、反原発を呼びかけるデモが、東京・新宿であった。９月というのに、暑い日が続く中、警視庁によると、２０００人余りが参加した。<br /><br />　筆者が向かったのは、最初の集合場所になっていた新宿中央公園。以前あったデモ（確か、今年６月の芝公園を出発したもの）と比べて、いわゆる‘一般’の参加者は少ないように感じた。参加者は、思い思いの衣装をまとい、「原発いらない」「斑目、デタラメ」（斑目とは原子力安全委員会委員長。念のため）などと叫びながら、デモ行進を開始。先頭は、バンドマンたちが演奏する車両。新宿アルタ前を目指した。<span id="more-6387"></span><br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/110911_151208.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/110911_151208-168x300.jpg" title="110911_151208" width="168" height="300" class="alignright size-medium wp-image-6389" /></a>　筆者は、暑さのためにものの３０分もしてデモから離脱。新宿駅を目指して歩いていると、デモ行進と甲州街道で再び‘合流’してしまった。行き交う人たちは、行き交う人たちも関心があるのだろう、「何だろう」とデモ行進を見つめる人が多かった。</p>
				<p>　東日本大震災の発生から半年（←マスコミが作り出した節目ですが）。筆者の実感として、原発事故の被害が拡大しているものの、今後、日本の原発をどうするかという論議は収束しつつあるような気がする。<br /><br />　この間、筆者は、原発の「推進派」と「反対派」、それぞれの立場の人たちに会ってきた。「反対派」は、言うまでもなく、「原発をなくし、自然エネルギーに転換すべきだ」というのが大筋の主張。<br /><br />　これに対して、「推進派」は、国民目線では「原発をなくせば今の生活水準は維持できない」と主張することが多い。他には、「安い電力料金は原発だからこそ」なんていうのもある。<br /><br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/110911_151811.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/110911_151811-168x300.jpg" title="110911_151811" width="168" height="300" class="alignleft size-medium wp-image-6390" /></a>　個人的には、原発→放射能→危険という発想。でも、原発のおかげで電気が使えるしなぁ、とも。原発との関わりはほとんどなかった筆者だが、「危険なものを扱うのだから、対策は万全にしろ」という思いはあった。<br /><br />　筆者は、ある電力関係者に、原発の危険性を少しでもいいから言うべきではなかったかと質したことがある。ところが、「そんなことを言ってしまうと、原発を建設できないじゃないか」と答えた。それはそうだが、「それでも原発はかくかくしかじかで必要なんだ」と、どうして説明できないのか。「危険なのは分かっているから、そのための対策をやってきていた」とも話すが、今回の事故ではその対策とは「なんじゃらほい」といった感じだ。<br /><br />　国会議員や原発立地の知事に、「個人の政治信条として」献金を繰り返している電力会社の幹部連中。いざとなったら、原発をかばってもらうためのこの献金が、原発の危険（脱原発、反原発が世論の大半を占めることか？）対策だと思ってしまうのは、筆者だけだろうか。</p>
				<p>　デモ視察を終えて、ビールを飲みながら、伴侶に反原発のデモがあったことを告げると、「私も行きたかった」と。なぜ？と質問すると、「原発のためにたくさんの人が困っている。だから原発はいらないよ」と答えた。原発をなくすことへの対案を示すべきだという意見もあるが、これくらいの感覚で、現在進行中の原発対応を考えてもいいのではないかと思った。少しだけだが。</p>
				<p style="text-align: right;">東京：勘朔 </p>
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		<title>【福島報告】 「国が安全と認めた所には留まって頂く」 霞が関役人の冷酷</title>
		<link>http://www.webreport.jp/6313.html</link>
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		<pubDate>Wed, 20 Jul 2011 08:38:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kiyo7</dc:creator>
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		<description><![CDATA[				
				                             「家のローンがあり簡単に避難できない」、主婦は涙ながらに訴えた。（19日、コラッセ福島。写真：筆者撮影）
				　公園などの土壌からチェル [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/6f0e8e0a782460349203438bb1233a33.jpg"></a>                             <a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/6f0e8e0a782460349203438bb1233a331.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/6f0e8e0a782460349203438bb1233a331-300x198.jpg" title="1訴え" width="300" height="198" class="alignnone size-medium wp-image-6315" /></a><br />「家のローンがあり簡単に避難できない」、主婦は涙ながらに訴えた。（19日、コラッセ福島。写真：筆者撮影）</p>
				<p>　公園などの土壌からチェルノブイリ原発事故の避難区域をも上回る放射性物質が検出される福島市。空気線量も国が避難基準に定める年間20mSvを超す可能性が高い地点が広がる。</p>
				<p>　「危険な汚染地帯から避難させてほしい」。福島の住民たちが19日、福島市内で政府の現地対策本部と交渉を持った。（主催：子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク／フクロウの会／FoE Japan／御浜の会／グリーンピース・ジャパン）</p>
				<p>　だが霞が関から出向してきた役人からは、明確な回答は何ひとつ得られなかった。<span id="more-6313"></span>　住民側からは子供の被曝低減や除染などについて「６項目の要望と11項目の質問」が出された。現地対策本部は返答に窮すると決まって「我々は実施部隊、意志決定はできない」とかわした。要望項目と質問はあらかじめ政府に提出したものばかりだ。政府も判断せず、現地対策本部も答えない。</p>
				<p>　公務員の無責任さを象徴するようなやりとりがあった。「給食の食材についてモニタリングを実施する予定はないのか？」との質問項目に現地対策本部は判で押したように「我々は実施部隊、お答えすることはできない」と回答した。</p>
				<p>　ところが、ある父親は次のように証言する。「福島産の牛乳を出しているので校長に『不安だから水筒持たせていいか？』と聞いたら、校長は『国が安全だと言っている』と言って突き放された」。</p>
				<p>　これでは、どこが責任を持つのだろうか？住民側が問い詰めると、現地対策本部は「健康調査は県がやっている」と答えるありさまだった。</p>
				<p>　あまりの無責任さに業を煮やした母親が決然と立ち上がった。子どもたちを放射能から守る福島ネットワークの佐藤幸子さんだ。佐藤さんは正面の現地対策本部席に進み出てペットボトルを突き出した。「今朝、採った尿です。子供たちは被曝してるんです。子供たちの体内被曝を政府が調査してください」と厳しく迫りながら。</p>
				<p>                              <a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/df8b01d4ccf36231c42da21bf7a43540.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/df8b01d4ccf36231c42da21bf7a43540-300x198.jpg" title="2抗議" width="300" height="198" class="alignnone size-medium wp-image-6319" /></a><br />現地対策本部の佐藤室長が署名と尿を持たずに帰ろうとしたため、母親は追いすがり力づくで持たそうとした。（筆者撮影）</p>
				<p>　だが、対策本部の役人はペットボトルには目もくれなかった。さらに彼らが住民の健康などこれっぽっちも考えていないことを示す出来事があった。</p>
				<p>　住民票を福島に置いたままで、一時的に学校ごと地域ごと避難する「サテライト避難」はできないものかと、ある父親が質問した。すると現地対策本部・住民支援班の佐藤暁室長（経産省出身）から耳を疑うような回答があった。「自己の判断に基づいて避難して頂くのは結構ですが、国が安全だと認める所については、強制することなく留まって頂くことを施策としてやっていく」。</p>
				<p>　政府の本音が出たのである。住民から「危険な所にそのまま居続けろというのか？」「今の発言を撤回して下さい」の怒号が飛び、会場は騒然となった。</p>
				<p>　佐藤室長には「避難と１mSvの法定順守」を求める1万3,685筆の署名が提出されたが、持ち帰ろうとさえしなかった。だが佐藤幸子さんが追いすがり、力づくで持たせた。</p>
				<p>行政の無策のなかで、あるのは政府と現地対策本部と学校現場が責任をなすりつけ合う構図だけだ。置き去りにされる子供はたまったものではない。</p>
				<p style="text-align: right;">           　東京：田中龍作　<a href="http://tanakaryusaku.seesaa.net/" target="_blank">田中龍作ジャーナル</a></p>
				<p><br /> </p>
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		<title>「子どもたちを放射能から守る全国ネットワーク」発足</title>
		<link>http://www.webreport.jp/6276.html</link>
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		<pubDate>Wed, 13 Jul 2011 04:37:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kiyo7</dc:creator>
				<category><![CDATA[くらし]]></category>
		<category><![CDATA[健康・福祉]]></category>
		<category><![CDATA[弱者問題]]></category>
		<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[災害]]></category>
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		<category><![CDATA[社会]]></category>
		<category><![CDATA[科学]]></category>

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		<description><![CDATA[				
				　　　　　　　　　　　　　　　　幼な子をおぶって参加する母親の姿も目立った。（12日、全電通労働会館。写真：筆者撮影）
				　全国の親たちが結束して「脱原発」の声を上げることになった。各地でめい [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				
				<p>　　　　　　　　　　　　　　　<a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/c69bf96f7e78e4c16ae56b8deb6c0948.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/c69bf96f7e78e4c16ae56b8deb6c0948-300x198.jpg" title="母子" width="300" height="198" class="alignnone size-medium wp-image-6277" /></a><br />　幼な子をおぶって参加する母親の姿も目立った。（12日、全電通労働会館。写真：筆者撮影）</p>
				<p>　全国の親たちが結束して「脱原発」の声を上げることになった。各地でめいめい放射能の除染や被曝防止に取り組んできた父母が全国的につながったのである。その名も「子どもたちを放射能から守る全国ネットワーク」。12日現在で北海道から沖縄まで101団体と個人資格の735人が参加を表明している。</p>
				<p>　同ネットワークの発足集会が今日、都内で開かれた。30度を超す炎天下、幼な子を抱えた母親たちが会場に足を運んだ。急な呼びかけにもかかわらず400人余りが集まり会場は満席となった。出席者の98％は女性すなわち母親だ。<span id="more-6276"></span>　各地の代表が汚染状況や取組みを報告した。「給食問題」をめぐる発言が目立った。東京・中央区の母親は「区に食材の開示と、不安な人は給食か弁当かを選択できるよう求めた」と話した。</p>
				<p>　この後、事務局を東京に置き、▼全国の状況について情報交換する▼国政に働きかける▼食品の安全基準を自らで設けることなどを確認しあった。</p>
				<p>　東電福島原発の事故は収束のメドさえつかないのに、経済界や政府は原発の再稼働に前のめりだ。<br />　こうした状況のなか「子どもたちを放射能から守ろう」と親たちが全国的につながった意義は大きい。このためマスコミ各社が珍しく取材に訪れた。母親たちは複雑な思いでそれを受け止めたようだ。</p>
				<p>　「100mSvまでだったら浴びても大丈夫」「それ位の線量であれば食べても心配ない」などとする御用学者のコメントが連日テレビで流されたからだ。彼女らのマスコミ不信は大きい。</p>
				<p>　墨田区に住む母親は「面白半分ではなくて真実を報道してほしい」と訴え、司会者は「震災以来テレビを壊そうと思ったほど…」と沸かせた。</p>
				<p>　マスコミが政財界の御用機関として福島原発の事故後も安全神話を垂れ流し続けていることを快く思っていないのである。 </p>
				<p>　　　　　　　　　　　　　 <a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/74e8a57c192a1b3a22e32371c3bce15a.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/74e8a57c192a1b3a22e32371c3bce15a-300x198.jpg" title="会場" width="300" height="198" class="alignnone size-medium wp-image-6278" /></a><br />　　　　　我が子を放射能から守りたい一心の親たちで会場は満席となった。（筆者撮影）</p>
				<p>　発足集会には俳優の山本太郎さんが駆け付けた。「脱原発発言」で所属事務所を辞めざるを得なくなった山本さんは、前日の11日には佐賀県にまで足を伸ばし、玄海原発の再稼働反対集会に参加している。</p>
				<p>　山本さんは筆者のインタビューに次のように答えた―<br />「（原発政策の）流れを変えてゆくのは女性たち。命を生み、命の重さを知っているお母さんたちの声が聞きたくて参加した。彼女たちに負担をかけてしまって男として申し訳ない」。山本さんは女性ばかりの家庭で育ったのだそうだ。</p>
				<p>　山本さんがいみじくも指摘するように、女性とりわけ母親が世論に与える影響は大きい。格好の例が選挙だ。女性を敵に回して選挙に落ちた政治家は数知れない。現職の大臣さえ落選の憂き目に遭うほどだ。</p>
				<p>　「NO! 放射能　江東こども守る会」の石川綾子代表は全国の親たちが手をつないだことの意義を強調する―「地域だけでは限界がある。大きなかたまりとなって行政や議会が無視できないような状況に持っていきたい」。</p>
				<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　東京：田中龍作　<a href="http://tanakaryusaku.seesaa.net/" target="_blank">田中龍作ジャーナル</a></p>
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		<title>道東湿原の旅　（１）　</title>
		<link>http://www.webreport.jp/6130.html</link>
		<comments>http://www.webreport.jp/6130.html#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 08 Jul 2011 02:24:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>mochida</dc:creator>
				<category><![CDATA[レジャー]]></category>
		<category><![CDATA[北国の便り]]></category>
		<category><![CDATA[環境・自然]]></category>
		<category><![CDATA[科学]]></category>

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		<description><![CDATA[				
				～日本一の釧路湿原～
				 広い北海道は大別して道央・道南・道北・道東の4地域に分けられる。九州と四国を加えてもなお広い北海道は、おのずから気温差も大きい。とりわけ道東の釧路・根室地方はもっとも [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				
				<p><span style="color: #0000ff;">～日本一の釧路湿原～</span></p>
				<p> 広い北海道は大別して道央・道南・道北・道東の4地域に分けられる。<br />九州と四国を加えてもなお広い北海道は、おのずから気温差も大きい。<br />とりわけ道東の釧路・根室地方はもっとも気温の低い地方で、夏に20℃を越すとニュースになるくらいだ。<br />6月末日までの2泊3日で、もっとも遅く花がでそろった道東の湿原めぐりに出かけた。<span id="more-6130"></span>　<span style="color: #0000ff;">　＜　人気先生の自然観察教室　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/658e7b2b9f79ccddc4d717626c4c7f85.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/658e7b2b9f79ccddc4d717626c4c7f85.jpg" title="１地図" width="201" height="190" class="alignright size-full wp-image-6134" /></a>道東は毎年のように訪れているが、今回のツアーに参加するのに半年以上前から申し込んでいた。<br />このフィールドワーク(以下FW)の案内役がS植物博士、飛び切り人気の高い先生だ。<br />先生のFWの参加者は、先生を慕う常連で占められ、既得権者が優先されてなかなか空き家がでず、新人はキャンセル待ちとなる。<br />今回参加した人たちは、10年以上も毎月のように先生と一緒にFWを楽しんでいる人ばかりで、中には20年という人もいるという。<br />S先生は今年で85才、とうに現役を引退しているが、先生が監修している「北海道植物図鑑」は植物マニアの必携の書となっている。<br />それだけでなく、日本とアメリカにしか生育していないエンレイソウ（ユリ科）の世界的権威として永久に名前の残る人でもある。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/323b939db1148325a5389f27b824a073.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/323b939db1148325a5389f27b824a073-300x225.jpg" title="2釧路湿原" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-6135" /></a>実は私は植物図鑑をS先生と共同監修しているもう一人の、これまた人気の高いT元北大植物園長のFWの常連である。<br />80才、S先生の大学の後輩だ。<br />植物学者は若い頃の野山歩きで鍛えているのか、長寿者が多い。（写真左：北斗口から見る釧路湿原）<br />今回S先生のFWに参加したのは、別に浮気をしたわけではない。<br />植物学の領域は広く、同じところに行っても先生によって話の内容が違うのだ。<br />それぞれの専門分野の視点からの説明をきけるのが楽しみで、今回仲間に入れてもらった。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/f44fba574f9d0c4d29cdf36e1b13748a.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/f44fba574f9d0c4d29cdf36e1b13748a-300x225.jpg" title="3木道" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-6136" /></a>バスの座席が同列のご婦人から、T教室とこちらと雰囲気が違いますか？きかれた。<br />まだよくわからないが、銀髪の品のいいご婦人がやたらに多いので、「少なくともこちらの受講生が平均年齢で5歳は上ですね」と言ってしまった。<br />するとそのご婦人、「私たちは30歳を越してからはもう年をとっていませんのよ」<br />きつ～いパンチをもらってしまった。<br />今回の参加者は25人、男はわずかに3人、小さくなって3日間過ごした。(写真右：恩根内口から入る釧路湿原)<br />FWの定員は20~25人が最適で、これ以上多いと先生の話が聞こえないうえ、ばらけてしまう。</p>
				<p>　<span style="color: #0000ff;">＜　日本一の湿原地帯　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/aa25476c96d95e097065def66b5b219d.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/aa25476c96d95e097065def66b5b219d-300x225.jpg" title="4葦原" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-6137" /></a>日本は昔、湿原王国だった。<br />日本国の古来の呼び名「豊葦原（とよあしはら）の瑞穂（みずほ）の国」は、湿原の情景を表している。<br />「豊葦原」は葦の原、つまり葦（ヨシ）がたくさん生えているように瑞穂、すなわち稲がよく育つ国という意味である。<br />葦の多かった本州の湿原は、弥生時代から営々と水田に変えられてきた。（写真左：ヨシの群生・恩根内木道）</p>
				<p>ちなみに葦は、昔は「アシ」と言っていた。<br />しかし語感がよくないということで、学会では「ヨシ」に統一した。<br />ただ、「豊葦原」とか、和歌の「難波潟　みじかき葦のふしのまも･･･」などは、古来からの「アシ」のままとなっている。これも「良し悪し」か。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/d24378d9c8dccbb0cd7137484cfa358f.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/d24378d9c8dccbb0cd7137484cfa358f-300x225.jpg" title="５トンボ" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-6138" /></a>また古事記では日本国を「秋津島」、日本書紀では「秋津州」と言っている。<br />秋津というのはトンボの古名だから、国の名前になるくらいトンボが多かったというのは、湿原があちこちに存在していたことを示している。<br />（写真右：ヨシにつかまり羽化するトンボ、雨竜沼湿原資料より）<br />湿原は今日、本州では尾瀬のような高地でしかみられないが、北海道では平地でも見られ、全国の湿原の80%を占める。<br />専門家によると、大きな湿原ならシベリアやカナダなどにいくらでもあるが、北海道の湿原の面白い所は、地形・発達様式・動植物の多様性がきわめて高く、北海道の湿原は「野外博物館」ともいえるという。</p>
				<p>　<span style="color: #0000ff;">＜　癒される湿原の花　＞</span></p>
				<p>日本の湿原の60％を占める釧路湿原は、とてつもなく大きく、湿原そのものが単独で国立公園に指定されている。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/ba7b3bd2ab30ca53fe9cdc8cbf40271f.jpg"></a><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/ba7b3bd2ab30ca53fe9cdc8cbf40271f1.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/ba7b3bd2ab30ca53fe9cdc8cbf40271f1-150x150.jpg" title="６ヒメウカイ" width="150" height="150" class="alignnone size-thumbnail wp-image-6140" /></a>　<a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/c291498324a9493f2791000c66166de3.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/c291498324a9493f2791000c66166de3-150x150.jpg" title="7ヤナギトラノオ" width="150" height="150" class="alignnone size-thumbnail wp-image-6141" /></a>　<a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/8041b7478b49fe44129e81fafb60c80a.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/8041b7478b49fe44129e81fafb60c80a-150x150.jpg" title="8ヒオウギアヤメ" width="150" height="150" class="alignnone size-thumbnail wp-image-6142" /></a> </p>
				<p>果てしなく続く木道を歩きながら、左右の植物を観察する。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/b56a38a3e8abbb001ab0c5d40ca4ab76.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/b56a38a3e8abbb001ab0c5d40ca4ab76-150x150.jpg" title="9サギスゲ" width="150" height="150" class="alignnone size-thumbnail wp-image-6143" /></a>　<a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/64631142f328c82d84fe3b45003666bc.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/64631142f328c82d84fe3b45003666bc-150x150.jpg" title="10ミツガシワ" width="150" height="150" class="alignnone size-thumbnail wp-image-6144" /></a>　<a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/a8a40733224f9d579149ff56e782e39a.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/a8a40733224f9d579149ff56e782e39a-150x150.jpg" title="11タヌキモ" width="150" height="150" class="alignnone size-thumbnail wp-image-6145" /></a><br /><br />ミズバショウと見間違う<span style="color: #0000ff;">ヒメカウイ</span>（写真上左）、知らない人が「これな～に」と必ず聞く<span style="color: #0000ff;">ヤナギトラノオ</span>（写真中）、アヤメの中でもひときわ美しい<span style="color: #0000ff;">ヒオウギアヤメ</span>(写真右)、<br /><br />ワタスゲとは一味違う<span style="color: #0000ff;">サギスゲ</span>(写真上左)、氷河時代からの贈り物<span style="color: #0000ff;">ミツガシワ</span>（写真中）<br />など、お馴染みの野花が観察できて、またお会いしましたね、という気持ちだ。</p>
				<p>その中で初めて<span style="color: #0000ff;">タヌキモ</span>という水中植物を観察した。<br />1㎝前後の黄色い花で水中から茎を出し咲いていた。（写真上右）<br />食虫植物だそうで、こんな小さな花でもどのように捕虫するのだろうか。<br />今まで見たこともない植物を観察すると、財産がひとつ増えたようでとてもうれしくなる。</p>
				<p>　<span style="color: #0000ff;">　＜　大きい湿原の役割　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/4444ff112d05c9c5384d8bad52662a5e.jpg"></a><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/4444ff112d05c9c5384d8bad52662a5e1.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/4444ff112d05c9c5384d8bad52662a5e1-300x225.jpg" title="12ヤチマナコ" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-6148" /></a>湿原というと、じめじめして何となく汚いイメージで敬遠されがちだ。<br />しかし湿原ほど生物多様性が感じられるところはない。<br />ヨシ・スゲ・ミズゴケなどの湿原性植物、湖沼、河川などの自然環境に富み、虫、魚、鳥など多彩な生物が育む場所となっている。<br />また湿原はスポンジのように水をため、一度に水があふれることを防ぐ大切な役割を担っている。<br />自然が生んだ見えないダムともいわれるゆえんだ。</p>
				<p>さらに、広い面積に生育する湿原植物は、多くの二酸化炭素を吸収し、枯れた後も泥炭層として蓄積し、地球温暖化を防ぐ。<br />またなによりも人々に自然の豊かさを感じさせ、安らぎを与えてくれる。<br />これが湿原だ。<br />湿原を歩くと、何か新しい発見があるのではないかとウキウキする。<br />（写真右上；<span style="color: #0000ff;">ヤチマナコ</span>、このぬかるみに落ちると這い上がれず人畜死にいたる。恩根内口）</p>
				<p>　<span style="color: #0000ff;">＜　湿原復元工事　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/2115f3e66232b0ffddb2e67c5fe017ae.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/2115f3e66232b0ffddb2e67c5fe017ae-300x225.jpg" title="１３ハンノキ" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-6149" /></a>釧路湿原の乾燥化が叫ばれて久しい。<br />今回も湿原の中に<span style="color: #0000ff;">ハンノキ</span>が徐々に忍び寄っていた。</p>
				<p>一般的に湿原の乾燥化が進むと、まずヤナギが生える。<br />次いでハンノキ、ヤチダモ、ハルニレの順に生え、森を形成して湿原は消滅する。<br />とくにハンノキは乾燥化の指標となっている。<br />湿原は本来、樹木が生えずに一面ヨシやスゲなどが生えているのが普通だが、どこまでも伸びる木道を歩いていると、ときどきハンノキの群落に出会う。<br />(写真左上：木道の両サイドに生えてきたハンノキ、恩根内口)</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/0eba8af855cd4be2d5f1541a32a410df.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/0eba8af855cd4be2d5f1541a32a410df-300x218.jpg" title="14蛇行" width="300" height="218" class="alignright size-medium wp-image-6150" /></a>釧路湿原では湿原内を流れる釧路川の蛇行工事が進められている。<br />戦後食糧増産のため、蛇行している川を直線化して農地を造成した。<br />しかし冷涼なこの地方では農産物は育たず、直線化によって流域面積が減り、乾燥化が進むだけという皮肉な結果になった。<br />現在川の流れを元に戻して、湿原全体の水量を増やす試みが行われており、湿原の乾燥化が抑えられるか見ものだ。<br />この蛇行工事を税金の無駄遣いだと批判する向きも多い。<br />昔は食糧増産、今は環境保護、試行錯誤しながら人間の営みが続けられているという典型的な例であろう。<br />（写真蛇行する釧路川、釧路湿原パンフレッドより）</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/da2a18acf1ff0963a2d323b2bdba941e.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/da2a18acf1ff0963a2d323b2bdba941e-300x225.jpg" title="15湿原遠望" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-6151" /></a>川が流れている釧路湿原を俯瞰できるところを求めて、バスは湿原内を走り回った。<br />エゾシカがきょとんとして、通過する車を見つめている。</p>
				<p>30分ほどして<span style="color: #0000ff;">コッタロ展望台</span>に着いた。<br />初めて訪れるところだ。夕暮れも近い。<br />急な斜面についている丸太の階段を上ると、一部ガスに覆われながらも沼が見えた。<br />湖沼をみると湿原がとても立体的に感じた。</p>
				<p>ふりむくと、ガイド役のS先生も立っていた。<br />百段以上の階段を上がってきたのにびっくりした。<br />私は途中何度も足をとめて、やっとの思いで上ってきた。</p>
				<p>85歳の老学者は、半世紀以上もお付き合いしたであろう湿原をじっと見つめていた。<br />そして手に持っていた、今風でないカメラを湿原に向けていた。　（つづく）</p>
				<p style="text-align: right;">札幌：望田武司</p>
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		<title>拡大する放射能汚染―取り返しのつかない「避難準備区域解除」</title>
		<link>http://www.webreport.jp/6079.html</link>
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		<pubDate>Wed, 06 Jul 2011 07:11:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kiyo7</dc:creator>
				<category><![CDATA[くらし]]></category>
		<category><![CDATA[健康・福祉]]></category>
		<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[災害]]></category>
		<category><![CDATA[環境・自然]]></category>
		<category><![CDATA[科学]]></category>

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		<description><![CDATA[				
				
				                                   文科省の放射線計測器は弁当箱のようなポリ容器に入っていた。写真は本文と関係ありません。
				原子力発電に反対する [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/7084b1f1796cbe68c14fb017e8debcf74.bmp"></a><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/7084b1f1796cbe68c14fb017e8debcf7.bmp"></a></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/9918b71bdff0155745f6be8dd368dbef.bmp"></a>                                  <img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/16971b7922db935aa494a990d84dd6f6-300x199.jpg" title="測定器" width="300" height="199" class="alignnone size-medium wp-image-6090" /> <br />文科省の放射線計測器は弁当箱のようなポリ容器に入っていた。写真は本文と関係ありません。</p>
				<p>原子力発電に反対する環境団体などが５日国会内で「福島市における放射能汚染調査」の結果を発表した（主催：グリーンピース・ジャパン/ FoE Japan/フクロウの会/山内知也・神戸大学大学院教授）。</p>
				<p>　調査結果は「避難区域を拡大し、解除すべきではない」と警告している。</p>
				<p>　細野豪志原発事故担当相は、福島第１原発から20～30㎞の間に設定された「緊急時避難準備区域」を17日にも解除する方針だ。ところが事態は逆なのである。同区域も含めて住民が避難すべき区域をむしろ拡大しなければならないことを調査データが示している。<span id="more-6079"></span>　深刻なのは福島市だ。福島県庁のある同市杉妻町でセシウム134と137が32,000Bq/㎏=640kBq/㎡も検出された（6月29日、福島県調査）。この数値はチェルノブイリ事故の「避難義務区域」に相当する。</p>
				<p>　小学生が利用するバス停のある福島市大波では19,220Bq/kg= 384kBq/㎡だった（6月26日、神戸大学大学院・山内知也教授の調査）。チェルノブイリ事故の「避難権利区域」～「避難義務区域」に相当する数値だ。</p>
				<p>　こうしたホットスポットが福島市には多数存在するのである。</p>
				<p>　だが福島市は避難に関わるいずれの区域にも入っていない。政府が空気線量だけで決めているからである。ICRP(国際放射線防護委員会)の基準では土壌汚染も加えているにもかかわらずだ。国際標準を無視してまでも汚染の値を低く抑えたいのが日本政府の姿勢のようだ。</p>
				<p>　【「17日解除」のカラクリ】</p>
				<p>　細野原発事故担当相が避難準備区域の解除を17日にしたがっているのには大きな理由がある。この日は東京電力が原発事故の収束に向けた工程表のステップ１が終了する日なのである。「終了する」と東電が勝手に決め込んでいると言った方が正確だ。</p>
				<p>　ステップ１の終了は放射線量が着実に減少傾向になっている状態を指すのだが、終了させるためのカナメである汚染水の循環冷却は装置がしょっちゅう故障する。まともに動いている時間の方が短いくらいだ。　　　　</p>
				<p>　マスコミはあまり報道しないが、4号機の原子炉建屋は倒壊の危機にあると伝えられている。倒壊すればプールに貯蔵されている膨大な量の使用済み核燃料が毀損し、重大な事態を引き起こす。</p>
				<p>　現状を見る限り「ステップ１が終了に向かっている」とは口が裂けても言えないのである。東電や原子力安全保安院の幹部は、閻魔様に差し出す舌が何枚あっても足りないはずだ。</p>
				<p>　政府と東電の辻褄合わせのために、放射性物質に高濃度汚染された地に住民を帰すようなことをしたら取り返しのつかないことになるだろう。</p>
				<p style="text-align: right;"> 東京：田中龍作　<a href="http://tanakaryusaku.seesaa.net/" target="_blank">田中龍作ジャーナル</a></p>
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		<title>イギリスの旅（９）最終回</title>
		<link>http://www.webreport.jp/5978.html</link>
		<comments>http://www.webreport.jp/5978.html#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 04 Jul 2011 07:38:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator>mochida</dc:creator>
				<category><![CDATA[イギリスの旅（全9回完結）]]></category>
		<category><![CDATA[レジャー]]></category>
		<category><![CDATA[北国の便り]]></category>
		<category><![CDATA[文化]]></category>
		<category><![CDATA[環境・自然]]></category>
		<category><![CDATA[科学]]></category>

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		<description><![CDATA[				
				～世界一のキューガーデン～
				北から南へ、イギリスを縦断した私たちのバスは最終目的地ロンドンに入った。私のロンドンのお目当てはキューガーデンである。正式な名前はキュウ王立植物園。大英博物館とな [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				
				<p><span style="color: #0000ff;">～世界一のキューガーデン～</span></p>
				<p>北から南へ、イギリスを縦断した私たちのバスは最終目的地ロンドンに入った。<br />私のロンドンのお目当ては<span style="color: #0000ff;">キューガーデン</span>である。<br />正式な名前はキュウ王立植物園。<br />大英博物館とならぶ大英帝国時代のイギリスの繁栄が偲ばれる世界一の植物園だ。<br />見所の多いロンドンでは、一般のツアーコースにはなかなか入りきれない観光名所である。<br />半日フリーの時間をもらいキューガーデンを訪れた。<span id="more-5978"></span>　<span style="color: #0000ff;">　＜　大英帝国の底力　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/64a6f6b35a2e4bba3a0f0d381d5e2290.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/64a6f6b35a2e4bba3a0f0d381d5e2290-300x225.jpg" title="1ミイラ" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-5982" /></a>世界を制覇した大英帝国時代、イギリスはその力に物を言わせ、古代エジプトのミイラや、メソポタニア・ギリシャ・ローア時代の貴重な遺品をイギリスに運び込んだ。<br />いずれも世界史の教科書に写真が掲載されている考古学史上、超一級品ばかりだ。（写真右：ミイラ・大英博物館）<br />これらが大英博物館に保管展示されているのに対し、地球上の植物生態を大きく変えて、意のままにしようとしたのも大英帝国で、その総本山がキュウ王立植物園だ。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/9444c7fb99906220f27157f416a678b5.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/9444c7fb99906220f27157f416a678b5-300x211.jpg" title="2マロニエ" width="300" height="211" class="alignleft size-medium wp-image-5983" /></a>中国産のお茶をインド・ダージリン地方やスリランカに移植し、アマゾン川流域のゴムをマレーシアに移し、更にはマラリヤの特効薬であるキニーネをペルーからインドに移した。<br />このようにイギリス人にとって有用と思った植物を、育成条件に合致する植民地に移植して、大量生産を行った。プランテーションと云われる。<br />その司令塔キューガーデンには現在4万種以上の植物が栽培されており、保存している植物標本は700万点以上、名実ともに世界最大の植物園で、植物園そのものが世界遺産に登録されている。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/a4b0973ec793397ee43b501765a8f930.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/a4b0973ec793397ee43b501765a8f930-300x225.jpg" title="3マロニエの花" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-5984" /></a>胸弾む思いでさっそく広い園内に入った。<br />入口正面で私たちを迎えたくれたのは、どでかい一本の樹だった。(写真左：右側の樹)<br />♪　この～木、何の木、気になる木　♪<br /><span style="color: #0000ff;">マロニエ</span>（和名セイヨウトチノキ）だ。<br />おまけに花がちょうど満開の時期だった。<br />とんがり帽子というか、ソフトクリームの形をした大きな花が、天狗の団扇のような大きな葉の上に無数に咲いていた。（写真右）<br />こんな大きなトチノキは見たことがなかった。<br />それだけではない。<br />広い広い園内の木々はみな大きく、1人で抱えることができない樹ばかりだ。<br />セイヨウブナ・アカナラ・ハルニレなど、一本一本のスケールの大きさは、北海道ではとても見られない。<br />いずれも樹齢200年以上と推定される。<br />日本の植物園では東大小石川植物園、北大植物園などが規模は大きいとされるが、キューガーデンと比べると、横綱と十両以下の違いがある。<br /><br />　<span style="color: #0000ff;">　＜　ユリノキの大木　＞</span></p>
				<p>実はキューガーデンを訪れるにあたって、私の植物の師匠・元北大植物園長からどこを見てきたらよいか、個人レッスンを受けてきた。<br />ところが実際来てみるとあまりの広さにビックリ、事前に教わったハウスなどを探すのも<br />大変で、ここはもう足の向くまま気の向くまま歩くしかないと思った。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/39057020f34ec2c12d5c37eb6fae9b19.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/39057020f34ec2c12d5c37eb6fae9b19-300x225.jpg" title="4ユリノキの花" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-5985" /></a>キューガーデンには、道中パブがあったらすぐ入る“パブ博士”と、広い自宅に植物園を作っている“大地主様”らも同行した。<br />突然 パブ博士が声を上げた。「ユリノキだ」</p>
				<p>大木を見上げると、ユリノキの花が満開だった。<br />チューリップのような形をした黄色い花で、オレンジの透かしが入っており、とても上品な花だ。（写真左）<br />英語ではtulip　tree、日本語では葉の形が江戸時代の火消しが着ていた半纏に似ているので、ハンテンボクともいわれる。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/5yurinoki.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/5yurinoki-300x225.jpg" title="5yurinoki" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-5986" /></a>目の前のユリノキはこれまで見たことのない大木で、全容を撮影しようと後ろに下がるが、ファインダーに入り切れず、花が豆粒になってしまうほどだった。(写真右)</p>
				<p>もともとユリノキは高さ60mにもなる高木だ。<br />北大植物園に明治中期アメリカのハーバード大学アーノルド植物園から贈られてきたユリノキが現存するが、これが日本で最も古いユリノキの一つとされている。<br />樹齢130年を経た北大植物園のユリノキも大きいが、キューガーデンのユリノキはこれをはるかに超える高木で、まさにビックリ仰天の一語に尽き、天を仰いでみた。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/6hakubutukann.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/6hakubutukann-300x225.jpg" title="6hakubutukann" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-5987" /></a>ユリノキは札幌では植物園や林業試験場以外、大通公園に3本あるほか、北大構内、知事公館などで観察されるが、そうあちこちにはない。</p>
				<p>東京でも迎賓館の並木や新宿御苑などにある他、地域的には盛岡に多いが、最も有名なのは上野にある東京国立博物館の入口前にあるものだ。<br />この1本のユリノキで、博物館自体が別名「ユリノキ博物館」という愛称で呼ばれている。(写真左上)<br /><br />このユリノキを、一緒に回ったパブ博士が目ざとく見つけた。<br />実はユリノキは高木の上、高い梢の上に向かって咲くため、見落としがちの花でもある。<br />その比較的珍しいユリノキを、失礼ながらその方面に疎いように思われたパブ博士が、いち早く見つけて「ユリノキだ」と叫んだのである。</p>
				<p>「よくご存知でしたね」というと、「何時も散歩してい<a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/823da44b3780c85505f92e6bb5fa2185.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/823da44b3780c85505f92e6bb5fa2185.jpg" title="7日本バナナ" width="225" height="300" class="alignright size-full wp-image-5988" /></a>る近くの公園に1本あるのですよ」とにやり。お見それしました。</p>
				<p>ハウスの中に<span style="color: #0000ff;">ジャパニーズバナナ</span>があった。(写真右)<br />へえ、これがバナナ？<br />日本でもバナナが採れるの？<br />日本でも見たことも聞いたこともないジャパニーズバナナをキューガーデンで見るというのも、変な話だ。</p>
				<p>ホテルに戻って参加者に報告すると、こちらは正真正銘のロケット博士が、「（昔よく通った）種子島にありましたよ」<br />そう言われると10年ほど前、小笠原諸島を訪れたとき、小さくてまずそうなバナナがなっているのを思い出した。<br /><br />　　<span style="color: #0000ff;">＜　クラーク博士の人生を変えた花　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/f0ddc6bade9b05a739cc0b466768bcbe.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/f0ddc6bade9b05a739cc0b466768bcbe-300x225.jpg" title="8クラーク像" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-5989" /></a>キューガーデンでぜひ見たいものがあった。<br />それはハスやスイレンの仲間の<span style="color: #0000ff;">オオオニバス</span>である。</p>
				<p>話は少し横道にそれるが、金鉱を求めて化学の勉強をするため、ドイツに留学したクラーク博士は、途中イギリスに立ち寄り、キューガーデンを見学した。<br />そこでオオオニバスと出会い、「できることなら、アメリカにもこのような植物園を作り、これと同じすばらしい花を咲かせてみたい」と思うようになった。<br />（写真左上：北大構内のクラーク像）</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/88ebc1c80ca1db7836d9d538a243ec55.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/88ebc1c80ca1db7836d9d538a243ec55-300x225.jpg" title="9台座" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-5990" /></a>この出会いをきっかけにクラーク博士は、ゴールドラッシュのカリフォルニアで金山をあてて一儲けしようという“大志”から、教育に身を捧げる“大志”を抱くようになった。<br />北大構内に立てられているクラーク像の台座に刻み込まれているのは、他でもないこのオオオニバスである。（写真右）</p>
				<p>クラーク博士はこのように言った。</p>
				<p><span style="color: #993366;">「国民のもっとも貴重な財産はよく耕された心田、心の田である。工業製品・鉱物なども貴重であるが、学校の産物に勝るものはない。教育がしっかりしていれば、その国は自ら繁栄し、教育を軽んずれば国は衰亡の危機に陥る。」</span></p>
				<p>クラーク博士は南北戦争参戦後、准将に推挙されるも辞退して教育の場に身を置いた。</p>
				<p>明治９年当時の日本の高等教育の場は、東京帝国大学の前身・開成学校と、北海道帝国大学の前身札幌農学校しかなかった。<br />クラーク教頭は日本人校長が持ってきたがんじがらめの校則を、いきなり破り捨て、「校則はBe gentlemanだけでいい」と言って、体ごと子どもたちに接した。<br />感化された子どもたちは全員キリスト教徒になった。</p>
				<p>1学年わずか24人しかいない小さな学校で　佐藤昌介（一期生・北大初代総長）大島正健（一期生・山梨一中校長、暴れん坊の落第生石橋湛山をして、自分の人生に最も影響を与えた恩師と云わせた教育者）内村鑑三（二期生・思想家、反戦論）新渡戸稲造（二期生・国際人で旧制一高校長）宮部金吾（北大植物園初代園長、唯一の札幌名誉市民）広井勇（土木建築学の祖、東京帝大教授）などなど、キラ星の如き人材を輩出させた。<br />農学校でありながら教育者が多く生まれたのもクラーク博士の「人間教育」の影響だろう。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/056d37cf7e5c2540e50b1ad3aecdff74.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/056d37cf7e5c2540e50b1ad3aecdff74-225x300.jpg" title="10三賢人" width="225" height="300" class="alignleft size-medium wp-image-5992" /></a>（写真左：語り合う左から若き新渡戸・宮部・内村、のちに農学校３賢人と云われた。：北大北方資料館蔵）</p>
				<p>しかし、そのクラーク博士も人の子だったようだ。<br />帰国したクラーク博士は、若き頃胸を膨らませた鉱山経営に乗り出したものの失敗し、不遇の身で世を去った。<br />臨終に立ち会った牧師に、クラーク博士はこのように言ったという。</p>
				<p>「わが生涯で唯一慰むるに足るは、札幌農学校生徒へ福音を伝えたことである」<br /><br />本題に戻って、キューガーデンでクラーク博士の生きざまを替えたオオニバスと対面した。<br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/fa42841c1e17e1f769621d820b770c40.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/fa42841c1e17e1f769621d820b770c40-300x225.jpg" title="11オオニバス" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-5993" /></a>その美しさにしばし見とれた。(写真右)<br />これを見て私の生き様も変わるかなあと、ふと思った。<br />残念ながら、凡人には何も変わるものはなかった。<br />しかし存在感のある植物だ。<br />この世にこうした植物があることに感動した。<br />キューガーデンにはいろいろな種類のオオオニバスがあり、クラーク博士がみたオオオニバスがどれだったのか、特定できなかった。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/a5bf619dcf78e72935457d17abfae020.jpg"></a><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/a5bf619dcf78e72935457d17abfae0201.jpg"></a><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/ea465e7fbf2080ed087e4a60677e306b.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/ea465e7fbf2080ed087e4a60677e306b-300x225.jpg" title="12オオオニバス②" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-6001" /></a>クラーク博士の人生を変えた花・オオオニバスは、南米アマゾン川流域に自生していた。<br />1801年発見されて以来キューガーデンに持ち込まれ、栽培に取り組んだ結果50年後に花を咲かせた。<br />初めての花はビクトリア女王に贈られた、<br />学名はこれにちなんで、Victoria amazonica･･･）.</p>
				<p>これも大英帝国の力か。<br /><br /><span style="color: #0000ff;">　　＜　世界一の植物園　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/72c6e040e13d5600b47433d69a049c8b.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/72c6e040e13d5600b47433d69a049c8b-300x225.jpg" title="13植物園" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-5996" /></a>園内を3時間は回っただろうか。<br />けど全体の10分の1しか見ていないのではないかと思った。<br />広々とした園内には子供を連れた家族が仲睦まじく、芝生の上を転げまわっていた。<br />リスが芝生から、樹の上へと走り回っていた。<br />また、園内にはいくつかの大型の温室ハウスがあり、世界の各地方ごとに樹木が植えられていた。(写真右)</p>
				<p>日本庭園もあった。<br />寺風の建物の前に敷かれた砂利と庭石…<br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/59b8a2d3d8f5d2542352d8b6a99ee0e4.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/59b8a2d3d8f5d2542352d8b6a99ee0e4-300x225.jpg" title="14日本庭園" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-5997" /></a>作られた日本庭園は、のびのびと生育しているキューガーデンには、不釣り合いに見えた。（写真左）</p>
				<p>帰り際覗いた園内の建物に植物画が展示されていた。<br />精巧に描かれてその植物の特徴をよくつかんでいる。<br />見ると値段がついていた。<br />安いものでも100万円から最高1000万円まで、えっ、これが1000万円！<br />残念ながら建物内は撮影禁止であった。</p>
				<p>私の植物観察仲間のリーダーに植物画を描いている女性がいる。<br />ときどき専門書の挿絵に登場する“玄人さん”だ。<br />帰国したら彼女に「あなたの絵は数百万円の値が付きますよ」と言ってあげようと思った。</p>
				<p>いくら時間があっても足りないキューガーデン散策だった。<br />少し足が棒になったが、とても満ち足りた一日だった。<br />季節の違う時期にもう一度訪れたいと思った。<br />世界一の植物園を実感した。（アイルランド＆イギリスの旅　完）</p>
				<p style="text-align: right;">札幌：望田武司</p>
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