あか

「会社倒産、20代で路上に」 若者ホームレス支援会議 

                                                                                                               2012年1月26日   

 

大橋誠一さん(右)。「生活保護に頼ると自分で金を稼ぐことを忘れてしまう」として行政の世話になることを拒否する。=26日、青山スタジアムプレイス。写真:中野博子撮影=
 
 景気のさらなる悪化により「ホームレスは確実に増えている」と現場の支援者らは口々に語る。「貧困問題」は、昨今の原発災害や増税問題に掻き消されがちだ。こうした世相のなか、「若者ホームレス支援ネットワーク会議」が26日、都内で開かれた(主催:ビッグイシュー基金)。

 17の支援団体が関東一円から参加した。支援団体は「労働相談」「女性支援」「若者支援」など多岐に及ぶ。貧困と生きづらさの広がりに多方面から対応しようというものだ。

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震災日誌(1月前半)

1月10日  野田総理 石巻へ~鈍感であることが政治家の要件? <<   作成日時 : 2012/01/12 23:00   >>

じょう総理、野田総理が宮城、岩手の被災地にやって来た。
初めてなのかと思ったが、就任後では昨年9月以来という。12月に来る予定が北朝鮮の王朝の異変で今回になったという。しかし、各種の世論調査で内閣支持率が急落した直後。支持率アップをねらったパフォーマンスではとの疑いをぬぐいきれない。どじょうの笑顔は終始引きつっていた。

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その契約、大丈夫ですか? [弁護士業について]

 私が扱う事件の多くは、民事事件。

 民事というのは、何らかの取引上(借金、売買、賃貸そのほか。契約上といっても良い。)のトラブルです。

 近年、異常に数が多いのは、未公開株詐欺・社債詐欺その他です。

 通常は、問題が発生して(たとえば「騙された」と分かってから)弁護士等に相談します。
 確かに、これが普通だと思います。

 でも、たとえば、弁護士の力が及ばないのが申し訳ないのですが、騙されてお金を取られてから、それを取り戻す、ということは、ハードルが高いのです。たとえ弁護士を付けてもうまくいくとは限りません。

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震災日誌in仙台(12月)

12月24日 震災を忘れさせてはならない! 訴える若い魂      2011/12/29 11:16  

           

「安心して暮らせる社会を私たち女子学生が考える」宮城学院女子大学の人間文化学科主催のシンポジュームを聞きに行った。震災に関わることは地域にある大学の社会的責任だとかねがね考えていたからである。大学の大教室は開始の午後2時半には100人余りの学生で埋まっていた。私のような一般の参加者も数人。
被災地大学間合同シンポジュームの一環。宮城学院と神戸からやって来た神戸松蔭女子学院大学の女子学生たちは、前日(23日)石巻の被災地を訪ねた後、この日の午前中は仙台市の「あすと長町」の仮設住宅団地で暮らす被災者の方々の聞き取りをした。フィールド・ワークを受けて、復興とは何か?復興に向け何をすべきか?がテーマだった。

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たけちゃんの独り言

今年もお世話になりました。
◆今週一杯で今年も終わる。急に寒くなり訃報も多く、従兄弟、知人兄弟、同輩と我が身に迫る話である。最近は家族葬で葬儀直後の連絡から、全てお悔やみだけで終わる。でも知人に数年ぶりの連絡や年末挨拶の文通もあった。師走はやはり忙しい。
◆元同輩2人に連絡して各30分も話し込んだ。A君「地元の防災ボランテア活動で忙しく、持ち出しだ」、最近は、カラオケ、フラダンスの会が、お金を出して舞台に出て、観てもらう喜びを求めるボランテアが流行りというではないか。何時も年賀状で忘妻ボランテアと書いてあるが、奥様は元気?。「下に心がある様に忘れる位忙しいのだ」。B君は小生と若い頃、奥穂高に登った感激を繰り返し、先日は西穂高に行ったという。2人とも後期高齢者になり、保険料が高くなったと不満をいう。
◆一人暮らし89才女性から、便箋2枚に細々と日常生活が書いある。親戚の結婚式に呼ばれて、皆が出席にあたり心配するのが悔しくて、電車を乗り継ぎ会場まで下見に行ったという。嫌なのは一人で食事を作り、食べるだけのことであり、ボケでないか文章を読み返して書いていると、妻に聞いてもらいたい手紙である。妻は交流相手が減っていく未来に考えてしまうという。
◆今年は人災を含め災害の年だった。どんなことでも自分が自分を活かす努力で生きねばと思う。加齢は年々心身共に衰えが来る。何事も生きている内で、年賀状も交流であり今からだ。

立川:たけちゃん

 

後遺症・後遺障害って何でしょう? ~後遺障害診断書の作成などについて [くらしと安全(交通事故その他)] [編集

交通事故の例が多いのですが、スポーツ事故や、傷害事件など、要するに人が怪我をしたということに関して、非常に大きな問題になるのが後遺症、後遺障害です。

 確かにそうで、骨折等のなかなか大変な怪我をした場合でも完全に治れば「後に残るような怪我がなくてよかったね。」といって、回復を喜ぶことが出来ます。

 しかし、後遺症、後遺障害が残るとなると、怪我をするのは一瞬ですが、その後の生活に大きく響きます。

 「後遺症」「後遺障害」という言葉は、判決などでもごっちゃになって使われることがありますが、一応、使い分けられることになっているようです。

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震災日誌in仙台(11月)

11月13日  復活の演奏会・鎮魂と再生の願いを込めて

                              

仙台シンフォニエッタの第27回演奏会。会場は東北大学の萩ホール。私はこのアマチュアオーケストラのコンサートマスターをしている。6月12日に同じ会場で演奏会を予定していた。しかし、震災でこのホールをはじめ仙台の音楽ホールが、軒並み天井や舞台が落ちるなどの被害を受けた。演奏会は中止。それどころか震災直後は音楽をやる気になれなかった。気を取り直して老人ホームなどでのボランテイア演奏を始めたのが5月中旬。練習会場の市民センターが復旧し、定時の練習を開始したのが7月だった。私たちは鎮魂と地域再生への願いを演奏会のテーマに据えた。プログラムは6月に予定していたものが中心。演奏会は復活したのだ。田所正路団長はプログラム冒頭のあいさつに、東松島市にあった母の実家が津波に襲われたこと。少年時代に親しんだピアノが泥にまみれ、蓄音器やレコードがすべて流されたこと、そして音楽に託す希望を書いた。誰もが深い感慨とともにこの日を迎えた。

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住民が決める「原発の是非」―署名活動始まる

2011年12月10日 18:15     

                              
女性は年代を問わず放射能への恐れが強く、次々と署名に応じていた。=10日、渋谷駅ハチ公前。写真:筆者撮影=

 政治家が動かないのなら自分たちの手で。市民グループが「原発稼働の是非を住民投票で決めるための条例の制定を求める」署名活動を東京都と大阪市できょう(10日)から始めた。

 署名活動を始めたのは「みんなで決めよう『原発』国民投票」。有権者の50分の1の署名が集まれば、自治体の長は20日以内に議会を招集し審議しなければならない(地方自治法第74条=条例制定の請求)。署名期間は2月9日まで。

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震災日誌in仙台(10月)

10月1日  復興への願いをこめて~心の架け橋・日独交流コンサート   作成日時 : 2011/12/03 23:33   >>                                         
                                            


                                  

仙台シンフォニエッタとしては初めて経験することだ。他の音楽団体とジョイント・コンサートを開催することになった。お相手はドイツ・ハンブルクの混声合唱団、コア・アンサンブル・ゲーテ、そして名古屋の女声合唱団、レインボーコーラスあいちである。
ドイツからは指揮者の印牧和生(かねまきかずお)さんはじめ、20数人がやって来た。名古屋からは60人余の団員。メールで事前にやり取りしたオーケストラ譜を使って、前日の9月30日夜に初めての顔合わせ。練習会場のホテルの宴会場には、お相手はどんな腕前なのか?興味と熱気があふれていた。前日のゲネプロ(総練習)は1時間半ほどでお開き。当日(10月1日)午前が会場の東北大学萩ホールでのステージ・リハーサルだった。舞台転換などをあわただしく確認して、午後2時の開演を迎えた。
トップバッターはレインボーコーラス。総勢60人が純白の衣装でステージに並んだ。「大漁唄い込み」や「ソーラン節」など親しみやすい民謡をアレンジしたもの。津軽三味線も加わるユニークなプログラムだ。これまで海外への演奏旅行を何度か重ねてきただけに、日本情緒を存分に唄いあげた。メンバーには80歳代の方もいらっしゃるが歌声は若々しかった。 (続きを読む…)

【チェルノ原発事故の悲劇描く映画プリピャチ】 12年後のフクシマの姿がここにある

                               
ニコラウス・ゲイハルター監督。上映会の後は長崎・軍艦島に撮影取材に行く予定だ。=3日、アテネフランセ。写真:筆者撮影=

 プリピャチはチェルノブイリ原発そばの村の名前である。原発から4キロという近さだ。原子炉から吐き出された冷却水を運ぶ川の名前でもある。

 チェルノブイリ原発事故後、30キロ圏内は立ち入り禁止区域となり、プリピャチ住民5万人が避難した。避難後に戻ってくるなどして、事故から12年後の映画撮影時(1998年)には700人が立ち入り禁止区域で生活していた。同区域の悲劇を描く映画『プリピャチ』が3日、東京神田のアテネフランセで本邦初上映された。

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