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	<title>日本Webリポート＆ニュース &#187; 海外</title>
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	<description>弱者の味方。みんなで作る、投稿型ニュースサイト</description>
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		<title>【チェルノ原発事故の悲劇描く映画プリピャチ】 12年後のフクシマの姿がここにある</title>
		<link>http://www.webreport.jp/6910.html</link>
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		<pubDate>Mon, 05 Dec 2011 00:59:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kiyo7</dc:creator>
				<category><![CDATA[世界]]></category>
		<category><![CDATA[健康・福祉]]></category>
		<category><![CDATA[平和･安全]]></category>
		<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[災害]]></category>
		<category><![CDATA[環境・自然]]></category>
		<category><![CDATA[科学]]></category>

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		<description><![CDATA[				
				                                ニコラウス・ゲイハルター監督。上映会の後は長崎・軍艦島に撮影取材に行く予定だ。＝3日、アテネフランセ。写真：筆者撮影＝
				　プリ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				
				<p style="text-align: left;">                                <a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/e06abc305cd80962644ac2c2f572983d1.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/e06abc305cd80962644ac2c2f572983d1-300x199.jpg" title="監督" width="300" height="199" class="alignnone size-medium wp-image-6912" /></a><br />ニコラウス・ゲイハルター監督。上映会の後は長崎・軍艦島に撮影取材に行く予定だ。＝3日、アテネフランセ。写真：筆者撮影＝</p>
				<p>　プリピャチはチェルノブイリ原発そばの村の名前である。原発から4キロという近さだ。原子炉から吐き出された冷却水を運ぶ川の名前でもある。</p>
				<p>　チェルノブイリ原発事故後、30キロ圏内は立ち入り禁止区域となり、プリピャチ住民5万人が避難した。避難後に戻ってくるなどして、事故から12年後の映画撮影時（1998年）には700人が立ち入り禁止区域で生活していた。同区域の悲劇を描く映画『プリピャチ』が３日、東京神田のアテネフランセで本邦初上映された。<span id="more-6910"></span>　映画は夫がチェルノブイリ原発の作業員だった老夫婦の語りで始まる。「私たちはゾーン（警戒区域）なんて言葉は使わない。検査した連中が名付けただけだ。放射能がある。30キロ圏内を指す。30キロ離れろと言ってもその先はどうなるんだ。鉄線で放射能は止まらない」。</p>
				<p>　村への出入りをチェックする検問所の警備兵が大きな溜息をつきながら話す。「かつてゾーンには美しい景色があり、イチゴやキノコが採れる山と川があった。そこに事故が起こり全ては汚染された。30キロ圏内の線量は許容値をはるかに超える」。</p>
				<p>　プリピャチは原発から撒き散らされた放射性物質によって、その面影も留めぬ、人が住んではならない場所になってしまったのだ。</p>
				<p>　オーストリア人のニコラウス・ゲイハルター監督らスタッフは、3か月に渡って線量の高いプリピャチで撮影を敢行した。ウクライナのグリーンピースに監督の知人がいて政府と交渉してくれたおかげで、警戒区域に入りカメラを回すことができた。</p>
				<p>　「こんな状況でも人が生きてゆける。未来が見通せない中で人が生きてゆける。ゾーンの中が危険だと知っていながら、生活を立て直している」―上映後のトークショーで語ったゲイハルター監督の言葉だ。村人に尊敬の念を抱き、のめり込んでいった様子がモノクロームのフィルムに焼き付けられている。監督の思いは村人に伝わり、彼らも本音を明かす。</p>
				<p>　村人の診察を続ける女医の言葉が印象的だ。戦慄さえ覚える。「人がここに住んではいけない。でもウクライナ（政府）の事情があって人々は移住できない。ゾーンの内に安全な場所はない。とにかく情報がない。私たち医師もわからない。危険だとは分かる」――情報を隠して避難を遅らせ、その後は帰還を急がせる日本政府の姿と重なるではないか。 </p>
				<p>                                    <a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/9f41b324b93bdc8e325cafa4ca51eb61.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/9f41b324b93bdc8e325cafa4ca51eb61-300x200.jpg" title="トーキショウ" width="300" height="200" class="alignnone size-medium wp-image-6913" /></a><br />「原子力に未来はないだろう」と語るゲイハルター監督（右）。左は字幕を担当した翻訳家の渋谷哲也氏＝トークショーで。写真：中野博子撮影＝</p>
				<p>　ラストシーンは冒頭の老夫婦が再び登場する。二人はプリピャチ川に釣りに出かける。「昔は川の水を汲んで茶を沸かした。川は浅かったけど水は澄んでいた。この河畔で生まれたんだから、ここで死にたい」。淡々と話す老人の口調が観る者の胸をえぐる。</p>
				<p>　「ここで死にたい」と願い、線量の高いことを知っていながら福島に住み続ける老人は数えきれない。『プリピャチ』でチェルノブイリ原発事故から12年後に起こったことは、すでに福島で起きている悲劇である。</p>
				<p style="text-align: right;">東京：田中龍作　<a href="http://tanakaryusaku.seesaa.net/" target="_blank">田中龍作ジャーナル</a></p>
				<p>                                                                                         　◇<br />『プリピャチ』は神田アテネフランセで６日～10日まで毎日２回上映。<br />問い合わせはアテネフランセ文化センター（TEL 03-3291-4339）</p>
				<p>上映前緊急シンポ：</p>
				<p><a href="http://www.ustream.tv/recorded/18816038">http://www.ustream.tv/recorded/18816038</a></p>
				<p> </p>
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		<title>たけちゃんの独り言</title>
		<link>http://www.webreport.jp/6799.html</link>
		<comments>http://www.webreport.jp/6799.html#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 25 Sep 2011 01:34:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kiyo7</dc:creator>
				<category><![CDATA[くらし]]></category>
		<category><![CDATA[世界]]></category>
		<category><![CDATA[政治]]></category>

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		<description><![CDATA[				
				富士山初冠雪◆9月２４日は冷え込み、富士山が初冠雪だった。昨年より１日、例年より６日早いという。昼間の気温は平年並みで、秋晴れの一日だった。２４日気象庁発表の今日から一週間の天気予報だと「北日本から西 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				
				<p><span style="color: #0000ff;">富士山初冠雪<br /></span>◆9月２４日は冷え込み、富士山が初冠雪だった。昨年より１日、例年より６日早いという。昼間の気温は平年並みで、秋晴れの一日だった。２４日気象庁発表の今日から一週間の天気予報だと「北日本から西日本は、前半は高気圧に覆われておおむね晴れ、後半は気圧の谷や湿った気流の影響で雲が広がりやすく雨の降る所がある」とあり、日中の気温は２３，４℃と平年並みの様だ。11月の木枯らしが吹く頃迄、秋のすがすがしい気候を満喫したいものだ。<br />◆日比谷公園内にあるレストラン「松本楼」が、日曜日の今日１１時から１５００食の１０円カレーを提供する。この催しは１９７１年の全焼後の再建から３９回にもなる。売上は東日本大震災復興に寄付をするとHPにあった。HPには”孫文と辛亥革命を支えた梅屋庄吉の生涯。「革命をプロデユースした日本人」・・・本の紹介”が掲載されていた。松本楼の創業者は小坂梅吉で梅屋庄吉と姻戚であり、著者の常務取締役である小坂文乃の曾祖父が梅屋庄吉（映画産業の基盤を築く）とある。孫文の革命に梅屋庄吉は今に換算して、１兆円の支援をした日本人だったとは驚き。辛亥革命(ｼﾝｶﾞｲｶｸﾒｲ1911)から100年の節目にあたり、４日迄東京国立博物館で特別展があったなど、カレーが食べたいとの思いと、日中や松本楼の違う面を知る。</p>
				<p style="text-align: right;">立川：たけちゃん</p>
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	</item>
		<item>
		<title>イギリスの旅（８）</title>
		<link>http://www.webreport.jp/5943.html</link>
		<comments>http://www.webreport.jp/5943.html#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 01 Jul 2011 07:30:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>mochida</dc:creator>
				<category><![CDATA[イギリスの旅（全9回完結）]]></category>
		<category><![CDATA[レジャー]]></category>
		<category><![CDATA[北国の便り]]></category>
		<category><![CDATA[海外]]></category>
		<category><![CDATA[芸術・文化]]></category>

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		<description><![CDATA[				
				～シェイクスピアゆかりの地～
				バスは湖水地方から南下してスコットランドからイングランドに入る。有名なカントリーサイド・コッツウォルズの近くに、シェイクスピアゆかりの町、ストラトフォード・アポ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				
				<p><span style="color: #0000ff;">～シェイクスピアゆかりの地～</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/488939157391927a42608d66da73e5c7.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/488939157391927a42608d66da73e5c7-300x297.jpg" title="1湖水地図" width="300" height="297" class="alignright size-medium wp-image-5949" /></a>バスは湖水地方から南下してスコットランドからイングランドに入る。<br />有名なカントリーサイド・コッツウォルズの近くに、シェイクスピアゆかりの町、ストラトフォード・アポン・エイヴォンがあった。<br />人口2万人ほどのこの町の観光名所と云えば、シェイクスピアの生家、通った学校、葬られた教会、妻の生家などなど、シェイクスピアに関するものばかりだ。<br />逆にいうとシェイクスピアがいなければ、この町は存在しないだろうと思うほど、シェイクスピアべったりの町である。<br />しかも驚くことにものすごい観光客である。<br />世界各地から訪れているという。<br />死後400年経て、一つの町を支えている偉大な劇作家を偲んで“べったり”回った。<span id="more-5943"></span>　<span style="color: #0000ff;">　＜　町を支える偉人　＞</span></p>
				<p>1人の偉大な人物の出現で、１つの町を支えているところは日本にあるだろうか。<br />夏目漱石だって東京生まれで本籍は幻の北海道、代表作の坊ちゃんは松山とバラバラだ。<br />宮沢賢治や太宰治にしても、せいぜい出身地に記念館がある程度で、町を支えているわけではない。<br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/29dfbd0bbd9d30adb568f27e08743681.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/29dfbd0bbd9d30adb568f27e08743681-300x225.jpg" title="2銅像" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-5952" /></a>最近東京世田谷にある井上靖の書斎が、生まれ故郷の旭川市に移築されることが正式にきまった。<br />もともと、旭川には井上靖記念館があり、ゆかりのものが集約された形になるが、これとて旭川市を支える文化財には程遠い。<br />せいぜい三浦綾子記念館などと、はしごで文学散策する人たちに、素材の厚みを提供してくれたというところだろうか。<br />（写真左上：公園に建てられたシェイクスピア像）<br />聖徳太子が建てた法隆寺のある奈良斑鳩の町はどうだろう。<br />法隆寺とそれに関わる様々な国宝がなければ、斑鳩の町には観光客は誰も行かないかもしれない。<br />斑鳩町にとって聖徳太子様さまだ。</p>
				<p>シェイクスピアと聖徳太子を並べても、何の関わりがあるわけでもないのだが、自然景勝地でもなんでもないカントリーに来て、年間50万人もの観光客が押し寄せる一大観光地に　仕立てあげたシェイクスピアの存在感、影響力を思うと、いろいろ連想してみたくなる。<br /><br />　<span style="color: #0000ff;">　＜　立派な生家　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/33d4e75172a97ba7af76ff0a3a14394a.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/33d4e75172a97ba7af76ff0a3a14394a-300x225.jpg" title="3生家" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-5954" /></a>街の北部にシェイクスピアの生家があった。<br />二階建ての結構大きな建物で、よく整備されており500年前のものとは思えない。（写真右）<br />窓が多い。<br />窓の数は当時税金を決める基準の一つになっていたということで、当時としてはそれなりの邸宅だったのだろうか。<br />父親は革製品の商売をする一方、町長をしていたときもあったという。<br />裏側を回ると立派なイングリッシュガー<a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/1aec5d197574ac5a8ee571871255052c.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/1aec5d197574ac5a8ee571871255052c-150x150.jpg" title="4バラ" width="150" height="150" class="alignleft size-thumbnail wp-image-5955" /></a>デンになって整備され、大きなレバノンスギが1本生えていた。（写真左）<br />ここでシェイクスピアは3番目の子として生まれた。<br />兄弟姉妹は8人いたという。<br />近くの学校に通うが、高等教育をうけたかどうかは不明のようだ。</p>
				<p> </p>
				<p><span style="color: #0000ff;">＜　夜這いするシェイクスピア　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/460e52aa64956b80568c59425ceb88a4.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/460e52aa64956b80568c59425ceb88a4-300x225.jpg" title="5女の家" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-5958" /></a>シェイクスピアは18歳の時、同じ町の8歳年上の自作農の娘と知り合い、夜な夜な彼女の家に通ったという。<br />日本の昔の貴族の“通い婚”みたいなものか。<br />彼女の家がいまなお残っている。<br />茅葺のとても美しく趣のある家だ。<br />（写真右：妻となるアン・ハサウェイの実家）</p>
				<p>彼女の家までは結構遠かった。<br />1.5ｋｍほどの道のりを、畑を横切り心ときめかせながら、せっせと通ったという。</p>
				<p>この話をガイドから聞いて、恋の歌が一杯詰まっている万葉集の一句を思い出した。</p>
				<p><span style="color: #993366;">児らが家道　やや間遠きを　ぬばたまの　<br />　　　　　　　　　　　　　　　夜渡る月に　競ひあへむかも　　　安倍広庭</span></p>
				<p>あの娘の家まで行くまでの道のりは、ちょっとあるが、夜空を渡る月より早く行けるだろうか。<br />安倍広庭なる人物はよく知らないが、恋人に逢うはやる思いを、月が先か私が先か、月に<br />越されてはなるまいという少年のような気持ちで詠んでいる。</p>
				<p>幼い頃、月はなぜ自分についてくるのだろうかと、不思議に思ったことはないだろうか。<br />その先に恋人がいるほど、ませてはいなかったが、歩いても走っても常についてくる月を、純粋な気持ちで不思議に思ったものだ。</p>
				<p>どうやらシェイクスピアの“夜這い”は、女性の家では公認だったようだ。<br />まもなくシェイクスピアはこの女性と正式に結婚する。<br />子供ができて、あわてて結婚したようだ。<br />今でいう“できちゃった婚”だ。<br />シェイクスピアの対女性関係はすすんでいたようだ。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/3f9d29b9b8332a3e2e2c38547fb87691.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/3f9d29b9b8332a3e2e2c38547fb87691-300x225.jpg" title="6医者の家" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-5959" /></a>シェイクスピアは、初めてできた長女を溺愛したという。<br />これに対し､次女には冷淡であったという。<br />シェイクスピアは子どもにとって、あまり良い父親とはいえなかったようだ。<br />溺愛した長女は医者の家に嫁ぐ。<br />その医者の家も町内にあった。（写真左）</p>
				<p>生家から妻の家、そして長女が嫁いだ家まで観光ポイントになっているというのも面白い。<br />とにかくシェイクスピアに関するものは、みな名所となっている。</p>
				<p>　<span style="color: #0000ff;">　　　＜　呪いの警告　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/a11ada0200dbf61c49231d175b81c0b6.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/a11ada0200dbf61c49231d175b81c0b6-300x225.jpg" title="7教会" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-5960" /></a>シェイクスピアが葬られている教会もあった。<br />（写真右：ホーリー・トリニティ教会）<br />結構立派な教会だ。</p>
				<p>シェイクスピアが眠っている所は、一段高くなった聖壇にあって平らな石で覆われ、その上に遺言らしきものが書かれていた。（写真下左）<br /><br /><span style="color: #993366;">Cursed be he that moves my bones.</span></p>
				<p><span style="color: #993366;"> 私の骨を動かすものに呪いあれ</span>　</p>
				<p>シェイクスピアは往生際が悪かったのだろうか、<br />これは何を意味するのだろう、よくわからない。<br />背景がいろいろあるようだ。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/b4223c9bf6ab729cedd9008ce1fee05a.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/b4223c9bf6ab729cedd9008ce1fee05a-300x225.jpg" title="8墓石" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-5961" /></a>さらにシェイクスピアの亡くなった日は、偶然生まれた日であるということも強調されていた。<br />シェイクスピアに神秘性を持たせようというのだろうか。</p>
				<p>坂本龍馬も誕生日と死亡日が同じだ。<br />本によっては龍馬の年齢が32歳没、33歳没とあるが当時は太陰暦でもあり、どうでもいいことだと思うが、講談師が強調しそうなポイントだ<br />京都近江屋で襲われた龍馬は即死だったが、同席して一緒に襲われた中岡慎太郎は、瀕死の重傷を負って2日後に死亡している。<br />誕生日イコール昇天日となった偶然性に、龍馬を後世に語り継がせる天の采配があったのだろうか。</p>
				<p>　<span style="color: #0000ff;">　＜　人間　シェイクスピア　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/9fae8001ec09f9e694dbee7d34f3c4f5.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/9fae8001ec09f9e694dbee7d34f3c4f5-300x225.jpg" title="9ハムレット" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-5964" /></a>シェイクスピアは言うまでもなく、ハムレットやオセロ、ヴェニスの商人などの傑作を、次々に生んだ偉大な劇作家だ。<br />（写真右：町の公園に建てられていたハムレット）　　<br />ただ 本や演劇などで作品に接することはあっても、シェイクスピアという人物そのものは、ほとんど知らなかった。</p>
				<p>今度の旅でゆかりの地を訪れると、シェイクスピアがとても人間臭い男で、逆に数々の名作を残したという人物像が、一時的に消え失せるような錯覚に陥った。<br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/90c45e54a36f07f0007f862bfd8086f7.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/90c45e54a36f07f0007f862bfd8086f7-150x150.jpg" title="10レストラン" width="150" height="150" class="alignleft size-thumbnail wp-image-5965" /></a>それも今思うと、作品を通じて随所に現れる独特で鋭い人間の心の描写と葛藤は、彼自身の生活史の中にもあったのだろうかと思った。<br />　<br />シェイクスピアのおかげで成り立っているストラトフォードの町は、昼食を食べる場所を探さなければならないほど、観光客で賑わっていた。（写真左）　（つづく）</p>
				<p style="text-align: right;">札幌：望田武司</p>
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		<title>イギリスの旅（７）</title>
		<link>http://www.webreport.jp/5916.html</link>
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		<pubDate>Wed, 29 Jun 2011 05:52:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator>mochida</dc:creator>
				<category><![CDATA[イギリスの旅（全9回完結）]]></category>
		<category><![CDATA[レジャー]]></category>
		<category><![CDATA[北国の便り]]></category>
		<category><![CDATA[海外]]></category>
		<category><![CDATA[環境・自然]]></category>

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		<description><![CDATA[				
				～ナショナルトラスト～
				イングランドに近いスコットランド西部に、湖水地方と呼ばれているところがある。海抜1000mを切るそれほど高くもない山々を背景に多くの湖が点在し、水と緑に囲まれた自然の [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/624bb0f1fef7d9d9edd16fa01f6ebe9c.jpg"></a><span style="color: #0000ff;">～ナショナルトラスト～</span></p>
				<p>イングランドに近いスコットランド西部に、湖水地方と呼ばれているところがある。<br />海抜1000mを切るそれほど高くもない山々を背景に多くの湖が点在し、水と緑に囲まれた自然のオアシスとして、イギリスでも最大級の国立公園になっている。<br />氷河時代の痕跡が残る静かな自然保護地域だ。<br />この地域に入ると、ガイドは盛んにナショナルトラストという言葉を口にする。<span id="more-5916"></span>　<span style="color: #0000ff;">＜　ナショナルトラスト　＞</span></p>
				<p>羊の放牧と逃げないようにどこまでも続く囲いの石垣、山をバックにした点在する白い家と穏やかな湖、これが典型的な湖水地方の風景のようだ。<br />ガイドによると、「イギリスの自然・田園風景は北海道によく似ている」と日本人観光客に言われるという。<br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/ac928dc5e11136cc62e813074687bedb.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/ac928dc5e11136cc62e813074687bedb-300x225.jpg" title="1湖水" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-5917" /></a>たしかに放牧や多くの湖沼など、似ている所があるが、北海道のような自然の厳しさがない。<br />マイルドな自然で、湖畔に立つと函館に近い大沼国定公園によく似ていると思った。（写真右：湖水地方）</p>
				<p>これらの風光明媚な景観は、ナショナルトラスト運動の結果守られてきたという。<br />ナショナルトラストは歴史的建造物や美しい庭園、自然などを守っていく民間の非営利団体であり、土地や建物を買い取って保存して行こうという考え方である。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/1275010b286edf5bb242badcb358a603.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/1275010b286edf5bb242badcb358a603-300x225.jpg" title="2ナショナルトラスト" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-5918" /></a>イギリスから始まったこの運動は、湖水地方でもっとも盛り上がり、ガイドによると列車を通すことも拒否したという。<br />ただ水道水を供給するダム建設だけは認めたそうだ。<br />さらに一時は、大型バスで入ってくる日本人観光客を排除する動きもあったという。<br />（写真左：湖を見下ろせる牧場入口にあったナショナルトラストへの支援を呼びかけるモニュメント）</p>
				<p><span style="color: #0000ff;">　＜　知床100㎡運動　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/af16c185268d299117fe57b886140c1e.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/af16c185268d299117fe57b886140c1e-300x196.jpg" title="知床連山" width="300" height="196" class="alignright size-medium wp-image-5941" /></a>ナショナルトラストの考え方は、日本でも本州を中心に歴史的建造物の保存に寄与しているようだが、北海道では自然保護との密接なかかわりの中で語られている。<br />その一番の成果が知床だ。<br />列島改造ブームの波に乗り、知床を開発しようとする不動産業者から知床の自然を守るため、一人が100㎡の土地を買おうという「知床100㎡運動」が起きた。<br />（写真右：知床５湖と知床連山）<br />森繁久弥の「知床旅情」も後押しし、全国から賛同者が集まった。<br />こうした自然を守ろうとする5万人の尊い浄財で、購入する土地は徐々に広がり、不動産業者の進出を拒んだ。<br />６年前の平成17年、知床の世界自然遺産登録が決まったとき、ナショナルトラスト運動を推進してきた地元の斜里町長が、人目をはばからず大粒の涙を流していたのがテレビで大写しにされた<a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/41.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/41-300x225.jpg" title="4" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-5922" /></a>。<br />イギリスのナショナルトラストを知って30年、当初保守勢力から変り者の運動と冷笑された知床ナショナルトラスト運動は、こうして実を結んだ。<br />100㎡運動なくして、世界遺産登録はなかったであろう。</p>
				<p>模倣して成功することも大変だと思うが、ナショナルトラスト発祥の地を訪れると、こうした新しい考え方を発想したイギリス人の底力、民主主義の奥深さを強く感じる。</p>
				<p>イギリス国民は、後に生まれるパブリックフットパスなどと連動して、素晴らしい自然や歴史的建造物を、自由に享受できる環境を自ら作り出した。<br />私たちが当地を訪れたときはたまたま週末で、週末を湖水地方で過ごそうとするキャンピングカーが、所狭しと 並んでいた。（写真左上）</p>
				<p><span style="color: #0000ff;">　　＜　湖水地方　散策　＞</span></p>
				<p>私たちは大型バスからマイクロバスに乗り換え、ロマン派詩人・ワーズワースがこよなく<br />愛した湖水地方を散策した。ワーズワースの墓から、ゆかりのコテージなどを見て回った。<br />湖水地方にはピーターラビットの作者のビアトリクス・ポターの家もあり、中に入って見学した。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/83d32ed9c8ba0806d2e6cac93a31e5af.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/83d32ed9c8ba0806d2e6cac93a31e5af-150x150.jpg" title="5ワーズワースの家" width="150" height="150" class="alignnone size-thumbnail wp-image-5924" /></a>　<a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/81f5578680727ccd4b3a59147be3642a.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/81f5578680727ccd4b3a59147be3642a-150x150.jpg" title="6墓" width="150" height="150" class="alignnone size-thumbnail wp-image-5925" /></a>　<a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/d043d71ede8ba7bc65085039cd40c8f4.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/d043d71ede8ba7bc65085039cd40c8f4-150x150.jpg" title="7家内" width="150" height="150" class="alignnone size-thumbnail wp-image-5926" /></a></p>
				<p>（写真上左：ワーズワースの家　写真中：同墓　写真右：ピーターラビットの作者の家入口）</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/624bb0f1fef7d9d9edd16fa01f6ebe9c1.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/624bb0f1fef7d9d9edd16fa01f6ebe9c1-300x225.jpg" title="8石壁" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-5928" /></a>また、湖水地方の絵となっている放牧している羊を囲う石垣・ドライストーンウオールを<br />間近に見た。（写真左）<br />セメントを一切使ってないということでドライと呼び、あとは平べったい石を単に積みあげただけの壁だっ<a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/624bb0f1fef7d9d9edd16fa01f6ebe9c.jpg"></a>た。<br />石垣だけでなく、この辺りの住宅はほとんど石でできていた。<br />地震が来たらひとたまりもないのでは？とガイドに聞いて<br />みた。<br />地震は全くないことはないが、せいぜい微震程度だという。</p>
				<p>　<span style="color: #0000ff;">　＜　スコットランドの花　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/6a331195bafe60d1800ec0e3ba014879.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/6a331195bafe60d1800ec0e3ba014879-300x225.jpg" title="9英国庭園" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-5929" /></a>湖水地帯ではよく<span style="color: #0000ff;">イングリッシュガーデン</span>を見かけた。<br />いろいろな花が咲き、適当な空間を伴って、一つの庭と<br />なっている。（写真右）<br />伊豆のちょっとした温泉宿の中庭のような感じだ。<br />植えられている植物は、門外漢の園芸植物が中心のため、<br />名前はよく分からない。<br />自然を取り入れた庭とはいえ、所詮造られた美で、野山で<br />咲いている花ばかり見ているせいか、どうも今一つピンとこない。<br />美しいガーデンであるが、大自然の中でひっそり咲く野生植物とは対照的に感じた。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/1f545772b928a749b8a242648bd42d82.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/1f545772b928a749b8a242648bd42d82-300x225.jpg" title="10キングサリ" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-5930" /></a>長く垂れ下がった黄金の花、<br />エディンバラ周辺でも見かけたが、湖水地帯にくると頻繁に<br />遭遇する。</p>
				<p><span style="color: #0000ff;">キングサリ</span>だ。（写真左）<br />マメ科の植物で、ネックレスにしてもいいような金の鎖状に咲くのでキングサリと云われている。<br />英語ではそのものずばりの　golden　chain　。<br />札幌では大通公園のはずれに1本あるほか、住宅地で時々散見される程度だ。<br />ところが、当地では頻繁に見かける。<br />持参した植物図鑑をみると、ヨーロッパ中部原産とある。納得だ。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/f99362bbec878ba4b44963afe1ef773e.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/f99362bbec878ba4b44963afe1ef773e-300x225.jpg" title="11札幌のキングサリ" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-5931" /></a>帰国してたまたま札幌の住宅街で満開のキングサリに遭遇した。（写真右：豊平区18日）<br />スコットランドとはざっと3週間のずれがある。</p>
				<p>この時期スコットランドでは、キングサリとシャクナゲ、それにメイフラワーのサンザシが目立った。<br />いずれも札幌に戻ってもう一度観察しており、一見似ているようでも似ていないスコットランドと北海道の気候の違いを実感した。<br />3月下旬花見を済ませた東京人が、5月観光で札幌を訪れ、再び花見ができたと喜ぶが如しである。　（つづく）</p>
				<p style="text-align: right;">札幌：望田武司</p>
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		<title>イギリス&amp;アイルランドの旅（６）　　　</title>
		<link>http://www.webreport.jp/5894.html</link>
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		<pubDate>Tue, 28 Jun 2011 08:45:06 +0000</pubDate>
		<dc:creator>mochida</dc:creator>
				<category><![CDATA[イギリスの旅（全9回完結）]]></category>
		<category><![CDATA[レジャー]]></category>
		<category><![CDATA[北国の便り]]></category>
		<category><![CDATA[海外]]></category>

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		<description><![CDATA[				
				　　　～　ヒースを追って　～　 　イギリスは世界の大国で発言力も大きいので、面積もそれなりにあるのかなと思っていたが、調べてみると日本の７０％弱しかない小さな国である。ちょうど名古屋から北海道までの面 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				
				<p>　<span style="color: #0000ff;">　　～　ヒースを追って　～　 <br /></span>　<br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/b970b07a9f18a214579c2cfc329494731.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/b970b07a9f18a214579c2cfc329494731-300x297.jpg" title="1地図" width="300" height="297" class="alignright size-medium wp-image-5900" /></a>イギリスは世界の大国で発言力も大きいので、面積もそれなりにあるのかなと思っていたが、調べてみると日本の７０％弱しかない小さな国である。<br />ちょうど名古屋から北海道までの面積ぐらいしかないのに驚く。<br />北のスコットランドの首都エディンバラから、南のイングランドの首都ロンドンまでは、およそ500㎞強である。<br />札幌から根室までの距離にほぼ相当し、バスで自然観察にでかける私たちは、日高山脈を越えて1日で走破する。<br />今度の旅行ではこの間の距離を4日間かけて縦断し、イギリスの田園風景をじっくり楽しんだ。<span id="more-5894"></span><span style="color: #0000ff;">～　イギリスの原風景　ヒース　～</span></p>
				<p>小説「嵐が丘」の舞台になったのはヒースの荒野である。<br />イギリスの原風景はヒースに尽きる。と私は思っていた。</p>
				<p>ヒースとはスコットランドやアイルランドなどの栄養の乏しい大地に、しがみつくように生えているツツジ科の植物などを中心とする低木の総称で、具体的な植物の名前ではない。<br />ヘザーともゴースともいわれる。<br />馴染みの植物としては<span style="color: #0000ff;">エリカ</span>がある。<br />西田佐知子の歌った「エリカの花の散るとき」はヒースの代表的な花だ。<br />ロンドンのヒースロー空港は、ヒースの荒野に作られた空港である。</p>
				<p>今回のイギリス訪問で、どこかでヒースの荒野が見られるものと思っていたが、それがなかなか見ることができなかった。<br />わずかに、ガイドが「山肌が少し濃く見えるのがヒースです」という説明をしてくれたぐらいだ。（下写真左）<br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/927692b6703d04215730948697bbd5151.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/927692b6703d04215730948697bbd5151-300x225.jpg" title="2山腹" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-5902" /></a>「えっ、山腹にヒースがあるの？」<br />私のイメージでは、貧栄養地の高層湿原などに一面に生い茂るヒースであった。<br />もしかしたら釧路湿原のような大湿原でなくても、サロベツ原野か霧多布湿原などの平地が、見渡す限りのヒースの原野になっているのではないかと思っていた。<br />ガイドが言う山腹のヒースを双眼鏡で目を凝らして見たが、動いている車窓からの観察には限度があり、あっという間にヒースは視界から消えた。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/4757bd273db4d92176e2598487ec3632.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/4757bd273db4d92176e2598487ec3632-300x225.jpg" title="3百合が原" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-5903" /></a>札幌北区に百合が原公園という公園がある。<br />そこにヒースガーデンがあり、私はヒースを見に訪英２日前に百合丘公園を訪れた。<br />公園の限られた一角にヒースが生えていた。（写真右）<br />これらのヒースをじっくり観察し、本場イギリスでこの数百倍のヒースの荒野が見られるものとイメージを膨らませた。</p>
				<p>しかし現実にはヒースが間近に見ることができたのは、他でもない、ゴルファー憧れの地、セント・アンドリューズのゴルフ場だった。<br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/aea895dd343640ea47e8372e08709662.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/aea895dd343640ea47e8372e08709662-300x225.jpg" title="4ヒース" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-5905" /></a>正面の花壇で、わずかに数メートル四方にヒースが植えられていた。（写真左）<br />もしかしたらこのゴルフ場も、芝生が貼られる前はヒースの原野だったのかもしれない。</p>
				<p>私たちのバスは何日もかけてイギリス国内を縦横に走り回った。<br />しかしイメージしたヒースにお目にかかることはなかった。<br />所詮観光バスが通るようなところでは、もうヒースの荒野は見ることができないほど開拓が進んだということだろうか。<br /><br /><span style="color: #0000ff;">＜　牧歌的な田舎　＞</span></p>
				<p>車窓の左右に次から次へと登場するのはヒースではなく、羊の放牧風景だった。<br />スコットランドでは人の数より羊の数が多いというけど、それを実感するほど羊が放牧されていた。（写真下右）<br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/41da62fb1a32d453adb4237cf9b1647e.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/41da62fb1a32d453adb4237cf9b1647e-300x225.jpg" title="5羊" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-5906" /></a>生まれたばかりの赤ちゃんがよちよち歩きしていて、これまたかわいい。</p>
				<p>放牧しているのは牛でなく、なぜ羊なのだろう？と思った。　<br />牛は余り見なかった。<br />冬はどうするのか？とガイドに尋ねると、冬も羊を放牧しているという。<br />それはいい。安上がりな酪農だ。</p>
				<p>酪農王国北海道では、牛は5月に放牧され、雪が降る前の10月になると下牧して酪農家に引き取られる。<br />ひと夏で100ｋg太るという。<br />牛は冬を畜舎で過ごすため、エサを与えなければばらない。<br />飼料はアメリカから輸入したトウモロコシが中心だ。<br />そのトウモロコシが、地球温暖化の原因となっている化石燃料に代わるクリーンエネルギーの原料として、脚光を浴びて価格が急上昇した。<br />とたんに日本の酪農家はアップアップ、廃業者も出る始末である。<br />それが365日放牧なら、酪農家にとってこんな楽なことはない。<br />羊はのんびり勝手に草を食み、農作業をしている人は道中見ることがなかった。<br />だいぶ日本と違うなと思った。<br /><br /><span style="color: #0000ff;">＜　歩く権利　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/6711c694b3af9848b1d46aedf36761df.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/6711c694b3af9848b1d46aedf36761df-300x212.jpg" title="6看板" width="300" height="212" class="alignleft size-medium wp-image-5907" /></a>その牧場に入ることができた。<br />入口に<span style="color: #0000ff;">パブリックフットパス</span>という看板が立っていた。（写真左）<br />フットパスの発祥地は、他ならぬイギリスだ。</p>
				<p>イギリスでは産業革命が進んで、大地主が多くの農地を買い上げ、石垣や柵で囲い込んだ。<br />しかし本来、道であったところを囲い込むのはよくない、その道を廃止する権利は地主にはないはずだということから<span style="color: #0000ff;">、「歩く権利＝the Right of Way」</span>という考え方が生まれた。</p>
				<p>こうしてパブリックフットパスという呼び方が生まれ、長い年月をかけて単に歩く権利だけでなく、自然の生態系や美しい景観を保存する運動とも連動し、今日に至っている。</p>
				<p>日本ではよく「私有地につき立ち入り禁止」という立て札が目に付き、歩行者に回り道を求めている。<br />こうした地主にフットパスの考え方を教えてあげ、詰めの垢でも飲んでもらいたいものだ。<br />フットパスでは牧場に柵を開けて入ると、最後の人が必ず柵を閉めるのが、歩く人の礼儀になっている。</p>
				<p>私の自然観察仲間の中には、日本でフットパス運動を広めている先駆者と一緒に、本場のイギリスに行ってフットパスを楽しんでいる人がいる。<br />イギリスでは途中に必ずパブがあり、立ち寄ってはビールやワインを飲んでは、また歩くのだという。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/286904dc99847362f4db5325502eaf21.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/286904dc99847362f4db5325502eaf21-300x225.jpg" title="７野道" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-5908" /></a>日本でもあちこちでフットパスコースが作られはじめたが、もっとも盛んなのは北海道で、私は毎年のように出かけている。<br />公道はもちろん、私道や農地にも入って歩く。</p>
				<p>9年10月に訪れた「ブナの北限地」で知られる黒松内では、フットパスコースに足跡のマークの杭が打ってあり、赤色が私道、青色が公道だった。（写真右）<br />私道は他人の土地なので、より注意して歩きましょうという意味で赤色にしたという。<br />パブはなかったが、途中農家の人が取り立ての牛乳をサービスしてくれ感激した。<br />ご婦人方は農家の軒先の野菜即売所で買い物を楽しんでいた。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/2d9d9d521468d0f6b6653c4db1f64064.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/2d9d9d521468d0f6b6653c4db1f64064-300x225.jpg" title="8ワイフ" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-5909" /></a>今回柵を無断にあけて羊の放牧地に入った。<br />「入ってもいいの？」という参加者の声も聞かれた。<br />羊に近づくと、慣れているのか逃げようともせず、実に愛くるしい。<br />車窓から遠くにいる羊の放牧を、これでもかこれでもかと見てきたが、初めて羊に近づくことができ、旅に厚みを増した気がした。<br />またこの放牧地は湖が一望できる風光明媚な所にあり、パチリと記念の写真を撮った。（つづく）</p>
				<p style="text-align: right;">札幌：望田武司</p>
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		<title>イギリス＆アイルランドの旅（４）</title>
		<link>http://www.webreport.jp/5827.html</link>
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		<pubDate>Mon, 20 Jun 2011 00:01:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>mochida</dc:creator>
				<category><![CDATA[イギリスの旅（全9回完結）]]></category>
		<category><![CDATA[レジャー]]></category>
		<category><![CDATA[北国の便り]]></category>
		<category><![CDATA[文化]]></category>
		<category><![CDATA[海外]]></category>

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		<description><![CDATA[				
				～歴史感じるスコットランド～
				エディンバラはスコットランドの首都である。スコットランドは隣のイングランドと一緒にイギリスを構成していながら仲が悪く、互いに張り合っているという。街全体が世界遺 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				
				<p style="text-align: left;"><span style="color: #0000ff;">～歴史感じるスコットランド～</span></p>
				<p>エディンバラはスコットランドの首都である。<br />スコットランドは隣のイングランドと一緒にイギリスを構成していながら仲が悪く、互いに張り合っているという。<br />街全体が世界遺産に登録されている歴史の重みが、プライドを支えているのだという。<br />エディンバラのパブで、イングランドをほめると嫌な顔をされ、時には口論になるのでご注意とアドバイスされる。<span id="more-5827"></span>　<span style="color: #0000ff;">　＜　聳えるエディンバラ城　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/1edixinnbara.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/1edixinnbara-300x225.jpg" title="1edixinnbara" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-5832" /></a>エディンバラの街に入ると、天を突き刺す教会の尖塔の多さに驚く。<br />また立ち並ぶビルとともに、その壁の薄汚さにも驚く。　　<br />ガイドによると、建物はこの地方で産出される砂岩でできており、砂岩に含まれているわずかな油が、長い年月をかけて滲みだした。<br />その一方で、長い冬の暖房は石炭で、煙突から出る煤が付着して、次第に建物は黒ずんできたという。<br />汚れを取り除くと建物自体が弱くなるため、除去しないそうだ。<br />建物の汚れは町の歴史を示すものといえる。<br />汚れの理由がわかると、一転して建物に重厚さを感じるのも不思議なものだ。（写真右上）<br />参加者の中にスケッチマニアが数人いる。<br />汚い尖塔などは格好の素材のようで、さっそくペンを走らせ盛んにシャッターを切っていた。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/7a990bc7c1c5265eb6ca79612cdaed18.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/7a990bc7c1c5265eb6ca79612cdaed18-300x225.jpg" title="2城" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-5833" /></a>市民は毎日<span style="color: #0000ff;">エディンバラ城</span>（写真左）を仰いで生活しているという。<br />地形的に、エディンバラのメイン道路は、氷河が流れた沢地に伸びているのに対し、お城は氷河の流れを見下ろしていた岩山に立っているからだという。<br />確かに城に近づくと、岩山の上に城壁が継ぎ足されているのがわかる。<br />この天然の要塞は長い間戦闘と破壊を経験し、その都度増改築が繰り返されたという。</p>
				<p>城の入口は急に狭まり、侵入する敵兵めがけて山の上から岩が落とされた。<br />また入り口のトンネル上部には尖った鉄が牙をむいており、侵入しようとする敵兵に振り落とされる「落し格子門」になっている。（写真下左）<br />狭い入口を抜けると一転して大砲がならぶ高台の広場となり、エディンバラ市街が一望できた。（写真下右）</p>
				<p>　　　　　　　　　　<a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/2d3b30d6f321ed7a290bb6d159206ad71.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/2d3b30d6f321ed7a290bb6d159206ad71-150x150.jpg" title="3白いもん" width="150" height="150" class="alignnone size-thumbnail wp-image-5836" /></a>　　　　　　　<a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/15eb3e54f6b4f39a7f7e71e1e9e3c6611.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/15eb3e54f6b4f39a7f7e71e1e9e3c6611-150x150.jpg" title="4砲台" width="150" height="150" class="alignnone size-thumbnail wp-image-5837" /></a><br /><br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/d3b28af80a31161c3a518228cd09503e1.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/d3b28af80a31161c3a518228cd09503e1-300x225.jpg" title="５衛兵" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-5852" /></a>更に奥まった城の頂上部分は「クラウン・スクエア」といわれ、ルネッサンス期に建てられたグレートホールや王宮があった。<br />中庭には衛兵が直立不動で警備していた。<br />（写真右）<br />中でも王宮には、スコットランド女王メアリー・スチュアートが、ジェイムス6世を生んだメアリー女王の部屋や、スコットランド王即位の宝器などが保管されていた。(撮影禁止)<br />女王が君臨していた大英帝国時代が偲ばれる歴史遺産だ。<br /><br /><span style="color: #0000ff;">　　＜　歴史遺産との出会い　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/0d4339de1eaf92072709d85c0968de5e.jpg"></a><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/e8ca0a0982fd6300f8510c99cc1b080f1.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/e8ca0a0982fd6300f8510c99cc1b080f1-150x150.jpg" title="8黒門" width="150" height="150" class="alignleft size-thumbnail wp-image-5857" /></a>エディンバラ城に通じる道は「ロイヤルマイル」と云われる。<br />歩いていると、気持ちよく寝そべっているウシとブタに出会った。<br />なにこれ？<br />都心のど真ん中に鎮座する場違いな動物に足が止まった。<br />ガイドの説明が始まった。<br />「これは昔の農家の住居です。(写真左)<br />1階が牛・豚などの家畜舎、２階からが居住地域となっています。<br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/60ec5ff986d3bbf7b0c8748dbeb65c09.jpg"></a><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/0d4339de1eaf92072709d85c0968de5e1.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/0d4339de1eaf92072709d85c0968de5e1-300x225.jpg" title="6うし" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-5841" /></a>昔の住居はこれが当たり前だったので、イギリスのホテルは１階がG（ground floor）、<br />２階がF（first　floor）となり、日本と違い１階ずつずれています」<br />階の呼び方が１階ずつずれているのは、ヨーロッパの習慣だと承知してきたが、ガイドの説明で、そのルーツがわかり納得だ。<br />よくみると、寝そべっていた子牛は模型だった。（写真右)<br />手のこんだ仕込みに感心した。<br />さすが観光地である。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/60ec5ff986d3bbf7b0c8748dbeb65c091.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/60ec5ff986d3bbf7b0c8748dbeb65c091-300x225.jpg" title="7パブ" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-5842" /></a>同じ通りに昼は紳士・夜は大泥棒で、ジキルとハイドのモデルとなった店があり、いまはパブに代わって賑わっていた。（写真左）</p>
				<p>さらにシャーロックホームズの生家跡から、シャーロックホームズゆかりのパブが、ホテルの近くにあった。<br />夕食は客でごった返すそのパブに入ってビールを傾け、シャーロックホームズを偲んだ。</p>
				<p>エジンバラには、世界の発信拠点であったことが窺えるいろいろな歴史遺産があり、なかなか面白い町とみた。<br /><br />　<span style="color: #0000ff;">　＜　メイフラワー　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/c17aaef6170bda920a57522b7b84d9c6.jpg"></a><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/f0bae988230355262931b45865dbd540.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/f0bae988230355262931b45865dbd540-150x150.jpg" title="9切手" width="150" height="150" class="alignleft size-thumbnail wp-image-5844" /></a>エディンバラから北に１時間、ゴルフと大学の町、セント・アンドリューズに向かった。<br />牧草地を走る田舎道に、白い花が咲いた木が何十回も車窓をよぎる。<br />もしかしたらこれが<span style="color: #0000ff;">サンザシ</span>ではないかとおもい、ガイドに尋ねてみた。<br />確かにサンザシだった。（写真右下）<br />サンザシ（バラ科）は「5月の花」メイフラワーである。<br />イギリスの代表的な春の花木で、5月に咲くことからメイフラワーともいわれている。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/07f9accab333a0be9f74c7dd895a43c4.jpg"></a><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/900126f55bc75e2a8054e36eb3ea04d2.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/900126f55bc75e2a8054e36eb3ea04d2-300x225.jpg" title="エゾリンゴ" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-5886" /></a>400年前、宗教的迫害をうけたピューリタンは、メイフラワー号に乗って故郷を離れ、アメリカに向かった。<br />その船尾に航海の安全を祈ってサンザシが描かれていたことから、メイフラワー号と云われたという。<br />故郷を追われたピューリタンとは直接関係がないが、待ち望んだ春に咲く故郷の花とオーバーラップされて、メイフラワーが語られるのが面白い。<br />地元の日本人ガイドが「ピューリタンが5月に国を離れたことから、メイフラワー号と云われたのではないでしょうか」と説明していた。<br />それは誤りで9月に出港しており、大西洋の冬の航海に悪戦苦闘して、アメリカ大陸についている。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/07f9accab333a0be9f74c7dd895a43c41.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/07f9accab333a0be9f74c7dd895a43c41-300x225.jpg" title="エゾサンザシ" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-5887" /></a>私たちの旅はイギリスを北から南へ南下したが、あちこちにみられたサンザシは、5月下旬とあって、ロンドンに向うにつれ花は終わっていた。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/f161125dbac7937381bd9fb79b17efa31.jpg"></a>北海道にはサンザシそのものはない。<br />サンザシに最も近い植物として、<span style="color: #0000ff;">エゾノコリンゴ</span>（別名サンナシ）が自生している。<br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/f161125dbac7937381bd9fb79b17efa3.jpg"></a>エゾノコリンゴは「イギリスでいうサンザシ、メイフラワーですよ」と専門家から教わったことから、忘れられない花木のひとつである。<br />ただズミと間違いやすい。<br />赤い小さな実をつけ、大きく括るとリンゴの仲間なので、食べられないことはない。<br />ただとても酸っぱく、一度口にすると二度と手を出す人はいない。</p>
				<p>帰国直後日高を旅したとき、偶然満開のエゾノコリンゴに遭遇した。（写真右上）<br />イギリスより１週間ほど遅い開花だ。車窓からみたメイフラワーを改めて思い出した。<br />じっと見ると白くて実に品のある花である。<br /><br /><span style="color: #0000ff;">　　　＜　ゴルフの聖地　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/622a8a5b138ff83362431a5bed153cb4.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/622a8a5b138ff83362431a5bed153cb4-300x225.jpg" title="12プレー開始" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-5847" /></a>ゴルファー憧れの聖地セント・アンドリューズは、海岸沿いにあった。<br />世界で最も古い歴史と伝統のある全英オープンは、国内持ち回りだが、５年に１回は当地で行われるという。<br />この日も憧れのゴルフコースでプレーする愛好者がクラブを振っていた。<br />世界各地から訪れているという。<br />少し寒いのかセーターを着込んでコースを回っており、私たちは羨望の眼差しで、プレーヤーの一挙一動に見入った。（写真右)<br />みな紳士淑女に見えるのも、フィルターがかかっているせいだろうか。<br />私はゴルフをしないが、男性の参加者はゴルフに目のない人たちばかりで、一度この超名門ゴルフ場で、クラブを思い切り振り回したいという。<br />参加者はゴルフグッズを販売している売店に入って目を輝かせ、財布のひもを緩めていた。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/622a8a5b138ff83362431a5bed153cb41.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/622a8a5b138ff83362431a5bed153cb41-300x225.jpg" title="12プレー開始" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-5848" /></a>ゴルフコースを遠巻きにして、プレーを見ながら移動した。<br />すると、全英オープンの中継でよく見かけるシーンに遭遇した。<br />ゴルフはやらなくても4大トーナメントは欠かさず見ている「スポーツ観戦大好き野郎」である。<br />そのシーンとは、海が見えるコースだ。（写真左)<br />歯切れよく解説するあの「おしゃべり戸張さん」が、その景色の素晴らしさを紹介するとともに、海からの風がプレーヤーを悩ましているとか、うるさいほど技術論をぶっているところである。<br />白波を立てている海は北海だ。<br />水平線の向こうには何も見えないけど、さらに突きすすむとノルウエーにぶつかるという。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/a77fc32b7656ff90d070137e5d3764f91.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/a77fc32b7656ff90d070137e5d3764f91-300x297.jpg" title="14地図" width="300" height="297" class="alignright size-medium wp-image-5850" /></a>全英オープンがセント・アンドリューズで行われるのは、何年後かわからないが、またあのおしゃべり解説者が登場してこのコースを紹介するのだろうかと思うと、別な興味もわいてくる。<br />ゴルフの聖地を訪問できた参加者の熱い吐息が、感染したのだろうか、当地にくるまで何の<br />興味もなかった私まで、セント・アンドリューズに来てよかったと思うようになった。　（つづく）</p>
				<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 札幌：望田武司</p>
]]></content:encoded>
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		<title>【ローマ発】 「東電福島」と共に崩れ去ったイタリア原発政策の虚構</title>
		<link>http://www.webreport.jp/5782.html</link>
		<comments>http://www.webreport.jp/5782.html#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 15 Jun 2011 23:04:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kiyo7</dc:creator>
				<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[海外]]></category>
		<category><![CDATA[環境・自然]]></category>
		<category><![CDATA[科学]]></category>

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		<description><![CDATA[				
				【ローマ発・第一報】　「反原発国民投票」が成立
				                         「投票率57％」の発表を聞いて快哉をあげる原発反対派市民。　（13日午後3時40分、「真実の [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				
				<p>【ローマ発・第一報】　「反原発国民投票」が成立</p>
				<p>                         <a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/31228a4bd5bd5dc581e9d8f0a4cb4c61.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/31228a4bd5bd5dc581e9d8f0a4cb4c61-300x198.jpg" title="国民投票はノー" width="300" height="198" class="size-medium wp-image-5783 alignnone" /></a><br />「投票率57％」の発表を聞いて快哉をあげる原発反対派市民。　（13日午後3時40分、「真実の口」前広場。写真：筆者撮影）</p>
				<p> 　ベルルスコーニ政権による原発推進政策の廃棄を求めた国民投票は13日午後（現地時間）、成立に必要な50％を超えることが確定した。原発再開を強引に突き進めていたベルルスコーニ首相は政策の転換を余儀なくされる。</p>
				<p>　東電・福島原発の事故がドイツに続いてイタリアの原発政策にも決定的な影響を与えた。</p>
				<p>　観光名所の「真実の口」前広場は原発に反対してきた市民で埋まり熱狂に包まれた。　 （つづく）<span id="more-5782"></span>【ローマ発】 「東電福島」と共に崩れ去ったイタリア原発政策の虚構<br /><br />                          <a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/827b47b9c001489e0016918de8e4b79e.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/827b47b9c001489e0016918de8e4b79e-300x198.jpg" title="原発は要らない" width="300" height="198" class="alignnone size-medium wp-image-5791" /></a><br />「原発ノーサンキュー」の旗を掲げ歓喜の声をあげるローマ市民。（13日午後3時40分、「真実の口」前広場。写真：筆者撮影）</p>
				<p>　13日午後3時40分、「真実の口」前広場。トレーラーに搭載された特大テレビのスピーカーから「投票率は57％」のアナウンスが流れると会場は指笛と歓声が鳴り響いた。海外在住のイタリア人を分母に入れ彼らが全て無投票となっても、国民投票の成立に可能な50％に達するからだ。</p>
				<p>　ベルルスコーニ政権による原発推進政策の廃棄を求める国民投票を成立に持ち込んだのは、東電・福島原発の事故であった。</p>
				<p>　そもそも「反原発国民投票」は野党がベルルスコーニ政権に揺さぶりを掛ける目的で一年半前に持ち出したものだった。50万人を超える署名が集まったことから最高裁が国民投票を支持したのだが、それは今年1月12日のことだ。福島原発事故より2か月も前である。</p>
				<p>　イタリアでは1995年以降7回の国民投票が実施されたが、いずれも投票率が低かったため否決されている。</p>
				<p>　何よりベルルスコーニ首相が支配するメディア（新聞・テレビ・雑誌）が「エネルギー源として原子力は必要です」と国民を洗脳してきた。首相もタカをくくっていたのである。</p>
				<p>　ところが「3・11」が発生する。欧州全体に反原発のうねりが起き、イタリアでも世論が高まった。日本と同じ地震多発国であるため原発に対するイタリア国民の不安と反発は計り知れないほど大きかった。</p>
				<p>　ベルルスコーニ政権は形勢不利と見るや「原発凍結法」を制定する。ほとぼりが冷めたら原発建設を再開しようという魂胆である。</p>
				<p>　ところが世論は政権の目論見通りには行かない。原発が持ち込まれる可能性のあるサルデーニャ島で5月に住民投票が行われ、「原発反対」が97％を占める結果となった。</p>
				<p>　焦りの色を濃くしたメディア王のベルルスコーニ氏は支配下の新聞・テレビ・雑誌を総動員して「反国民投票キャンパーン」を展開した。テレビ討論で与党国会議員は「投票に行くな」とまで叫び、国営放送のアナウンサーは投票日を間違えて読むなどした。</p>
				<p>　だが有権者のほとんどは海外メディアの報道やインターネットを通じて福島の惨禍を十分に知っていた。（日本と事情がよく似ている）</p>
				<p>　筆者がインタビューした市民は全員といってよいほど「技術立国で安全と言われていた日本で事故が起きたのだから、原発は恐ろしい」と答えた。</p>
				<p>　国民投票直前の6月9日にはローマ法王が「人類に危険を及ぼさないエネルギーの開発をすることが政治の役割だ」と述べ、暗に原発を否定した。国民の9割以上がカトリック教徒のイタリアで、法王が言外とはいえ原発を否定したことの影響は小さくなかった。</p>
				<p>　かくいうローマ法王も福島の事故後、原発に対するスタンスを変えたと言われている。法王にとっても福島の事故は衝撃的だったのである。</p>
				<p>　チェルノブイリ事故前から「反原発・反核」を訴えてきたアンジェロ・バラッカ博士（物理学）は、原発をめぐるイタリアの事情を次のように指摘した――</p>
				<p>　「国全体が地震帯の上にある」「原子力利権の裾野は広いため表立って問題点を批判できなかった（※注）」「御用学者とマスコミが『エネルギー源として原発は必要』と情報操作してきた」……日本と全く同じではないか。</p>
				<p>　危険性を軽視し安全神話の上に成り立っていたイタリア原発政策の虚構は、「東電福島第一原発」と共に崩れ去った。</p>
				<p>◇<br />※注<br />イタリアでは1963～64年から原発が稼働し始めた。チェルノブイリの事故（86年）を受け、翌年の国民投票で廃止が決まった。廃炉を終えたのは97年。</p>
				<p style="text-align: right;"> 東京：田中龍作　<a href="http://tanakaryusaku.seesaa.net/" target="_blank">田中龍作ジャーナル</a></p>
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		<item>
		<title>【フィレンツェ発】「原発国民投票」 出足は順調</title>
		<link>http://www.webreport.jp/5769.html</link>
		<comments>http://www.webreport.jp/5769.html#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 13 Jun 2011 05:44:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kiyo7</dc:creator>
				<category><![CDATA[世界]]></category>
		<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[環境・自然]]></category>
		<category><![CDATA[科学]]></category>
		<category><![CDATA[選挙]]></category>

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		<description><![CDATA[				
				 
				 「原発再開を認めず」に投票するアールーノ・ペックさん。（12日、フィレンツェ市内投票所。写真上：筆者撮影）
				　原発再開の是非を問う国民投票が12日朝（日本時間夕方）から、2日 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				
				<p style="text-align: center;"> <a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/35df7a85368ddc729869d2685bd194211.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/35df7a85368ddc729869d2685bd194211-300x198.jpg" title="原発の是非投票" width="300" height="198" class="size-medium wp-image-5780  aligncenter" /></a></p>
				<p> 「原発再開を認めず」に投票するアールーノ・ペックさん。（12日、フィレンツェ市内投票所。写真上：筆者撮影）</p>
				<p>　原発再開の是非を問う国民投票が12日朝（日本時間夕方）から、2日間の日程で始まった。「イタリアに原発は要らない」と訴えて国中を行脚した博士が会ってくれるというのでフィレンツェを訪れた筆者は、市内の投票所を覗いた。</p>
				<p><span id="more-5769"></span>　投票所のひとつトリジャーニ幼稚園には、老若男女を問わず有権者が次々と訪れた。投票率が50％に達しなければ、国民投票そのものが無効になるため、投票所に足を運ぶ人のほとんどは「原発反対」だ。</p>
				<p>　アールーノ・ペックさん（写真：38歳・男性＝ウェブ・マスター）は苦々しい表情で次のように語った―</p>
				<p>　「福島の事故には言葉を失った。人間が原発をコントロールできないということが実証された。イタリアの技術力を考えたら原発は無理。普通のゴミさえ管理できないのに核のゴミなんてとんでもない。福島の事故→ドイツの原発廃止→イタリア国民投票という大きな流れの中でとらえて行きたい。世界中に原子力エネルギーは要らない」。</p>
				<p>　デルフィーナ・ファブリーニさん（女性・30代）も「原発再開を認めない」に投じた一人だ。日本と同様、原発に対して女性は厳しい意見を持っていた―</p>
				<p>　「イタリアのような地震国で原発は危険このうえない。福島の事故には呆然とした。イタリアに届いてくる情報は矛盾していて本当は何が起きているのか分からなかった。事故後、ベルルスコーニ首相は『福島原発はちゃんとコントロールされている。だからイタリアも原発政策を推進できる』と吹聴していたほどだ」。</p>
				<p>　原発事故をめぐって「心配ない、安全だ」と政治権力者がうそぶくのは日本もイタリアも同じようだ。</p>
				<p>　「原発国民投票」は、投票率が今晩中に40％を超えれば明日午後の締め切りまでに50％を超えるものと見られている。前出のペックさんは投票を済ませた人のリストを見たという。「その数から察するに50％を超えるのではないか」と自信をのぞかせた。</p>
				<p style="text-align: right;"> 東京：田中龍作　<a href="http://tanakaryusaku.seesaa.net/" target="_blank">田中龍作ジャーナル</a></p>
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		<item>
		<title>【ローマ発】反原発団体 「技術立国の日本で原発事故が起きたことはチェルノブイリ以上に衝撃だった」</title>
		<link>http://www.webreport.jp/5737.html</link>
		<comments>http://www.webreport.jp/5737.html#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 13 Jun 2011 01:20:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kiyo7</dc:creator>
				<category><![CDATA[世界]]></category>
		<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[災害]]></category>
		<category><![CDATA[科学]]></category>

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		<description><![CDATA[				
				　　　　　　　　　 「原子力を止めるための投票委員会」オフィス。（11日、ローマ市内。写真：筆者撮影）
				　原発の是非を問うイタリアの国民投票は12、13日に実施されるが、成立は微妙な情勢だ。 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				
				<p>　　　　　　　　　 <a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/ef3402e8cd5c9dcabc8d00f9a7c23894.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/ef3402e8cd5c9dcabc8d00f9a7c23894-300x198.jpg" title="ローマ発" width="300" height="198" class="alignnone size-medium wp-image-5738" /></a><br />「原子力を止めるための投票委員会」オフィス。（11日、ローマ市内。写真：筆者撮影）</p>
				<p>　原発の是非を問うイタリアの国民投票は12、13日に実施されるが、成立は微妙な情勢だ。投票率が50％に達しないと無効になるためである。ベルルスコーニ首相がニラミを効かすメディア業界は、日本同様、「国民投票」を大きく取り上げない。こうしたことも影響している。</p>
				<p>　逆風のなか、福島第一原発の事故以降世界で初めてとなる「原発阻止・国民投票」を成功に導こうと運動を続けてきた団体がある。「原子力を止めるための投票委員会」（COMTITATO VOTA SI PER IL NUCLERE）だ。コーディネータを務めるマリア・マラーノさんに話を聞いた。<span id="more-5737"></span>Q:福島の事故をどう受け止めているか？</p>
				<p>A：技術が進んでいる日本であのような事故が起きた。他の国はどうなるのか？ その意味ではチェルノブイリ以上にショックだった。<br />（日本政府が発出する）インフォメーションが足りない。一般の人は、放射能汚染がどこまで進行していて、どう危ないのか分からない。チェルノブイリ原発事故が起きた時のソ連みたいだ。</p>
				<p>Q:原発に反対する理由は？</p>
				<p>A:原子力は戦争のために作った武器。我々がコントロールできない怖いものだ。お湯のため電気のためにあんな恐ろしい物を作ってしまってよいのか。</p>
				<p>Q:原発に対する国民の関心は高まっているか？</p>
				<p>A:福島の事故以降、高まってきた（最高裁が国民投票を認める判決を言い渡したのは1月12日。「3・11」前のことである）。多くの人がオフィスに問い合わせをしてくるようになった。そして資料を取りに来る。福島の事故以降、あらゆる階層の人たちが「反原発」になったのを手ごたえとして感じる。</p>
				<p>Q:ローマ法王が自然エネルギーへの転換を促し暗に原発を否定する発言をしたが？</p>
				<p>A:法王はかつては反原発ではなかったが、福島の事故以降スタンスが変わったようだ。</p>
				<p>ここでマリア・マラーノさんから逆質問を受けた。「日本人は原発をどう考えているのか？」</p>
				<p>筆者：国民の過半数は原発に反対だが、政府とメディアが原発を推進したがっている。</p>
				<p>マリアさん：イタリアと同じだ。</p>
				<p>　「世界同時反原発デー」となった6月11日は、国民投票の前日にあたる。イタリアでは国民投票の1日前から街頭での宣伝活動は禁止される。街には「反原発」のビラ一枚さえ見かけなかった。</p>
				<p>　イタリア政府は、「原発建設の禁止」を求める国民的盛り上がりを削ぐために投票日を12日としたのだろうか。勘繰りたくもなる。</p>
				<p>　「原子力を止めるための投票委員会」は、国民投票の結果が確定する13日午後、ローマの代表的観光名所である「真実の口」前広場で報告会を開く。</p>
				<p style="text-align: right;"> 東京：田中龍作　<a href="http://tanakaryusaku.seesaa.net/" target="_blank">田中龍作ジャーナル</a></p>
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		<title>イギリス&amp;アイルランドの旅（３）　</title>
		<link>http://www.webreport.jp/5724.html</link>
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		<pubDate>Mon, 13 Jun 2011 00:54:38 +0000</pubDate>
		<dc:creator>mochida</dc:creator>
				<category><![CDATA[イギリスの旅（全9回完結）]]></category>
		<category><![CDATA[レジャー]]></category>
		<category><![CDATA[北国の便り]]></category>
		<category><![CDATA[海外]]></category>

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		<description><![CDATA[				
				～　旅の伏兵　火山の噴火～
				旅行中に大西洋に浮かぶアイスランドで火山が噴火した。去年、この火山の影響で欧州の空港は閉鎖され、空のダイヤは大きく乱れた。ヨーロッパの大混乱の様子が、日本のテレビ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				
				<p><span style="color: #0000ff;">～　旅の伏兵　火山の噴火～</span></p>
				<p>旅行中に大西洋に浮かぶアイスランドで火山が噴火した。<br />去年、この火山の影響で欧州の空港は閉鎖され、空のダイヤは大きく乱れた。<br />ヨーロッパの大混乱の様子が、日本のテレビでも連日伝えられたのも記憶に新しい。</p>
				<p>私たちの旅の予定ではアイルランドのダブリンからスコットランドのエディンバラへは、空路移動である。<br />大丈夫かな。長期間足止めを食らうことになるのかな。<br />不安がよぎった。<span id="more-5724"></span><span style="color: #0000ff;">　　～　火山噴火騒動　～</span></p>
				<p>地元のテレビによると、火山灰は2日後にはイギリス上空に達するという。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/b0f9ee553c8226edf0846a5b9db76440.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/b0f9ee553c8226edf0846a5b9db76440-300x257.jpg" title="1アイスランド地図" width="300" height="257" class="alignright size-medium wp-image-5728" /></a>たまたま、G8出席の途中ダブリンを訪問したアメリカのオバマ大統領は日程を1日早めて火山灰到達予定日の前日、ダブリンから抜け出した。<br />プロサッカーチームもダブリンでの試合を終えると、早々にダブリン脱出をしたとテレビは伝えた。<br />私たちのツアーは臨機応変にはいかない。<br />作成されたスケジュール通りに進めないと大混乱に陥る。<br />フェリーによる移動もささやかれ始めた。<br />案の定、オバマ大統領が離れた翌日、火山灰はイギリス上空に到達し、一部の空港が閉鎖されて、私たちの行先のエディンバラ空港も閉鎖された。<br />私たちの空港利用日はその翌日である。<br />ダメだ、これは。観念した。<br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/47de9f487836a5e6f7fdd779e7a1e9b0.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/47de9f487836a5e6f7fdd779e7a1e9b0-300x230.jpg" title="2空中撮影" width="300" height="230" class="alignleft size-medium wp-image-5729" /></a>ところが、神風が吹いたのだろうか、私たちの移動日に火山灰は消えた。<br />飛行機は予定通りダブリンを出発するという。<br />一行は胸をなでおろし、ダブリン空港に向かった。<br />火山灰はどうなるかわからない。<br />一刻も早く飛び立ちたいと思うと、午後出発の便まで時間が長く感じた。またエディンバラまでの飛行時間は1時間ちょっとである。（写真左:エディンバラ上空）<br />着陸不能でとんでもない空港に、臨時着陸しなければいいがなと、不幸なケースばかりが脳裏をよぎる。<br /><br />　<span style="color: #0000ff;">　＜　欠航アフターケア　＞</span></p>
				<p>ところで、もし空港が閉鎖され足止めを食った場合のアフターケアはどうなるのだろうか。<br />運送約款にはどのように記載されているのかわからない。<br />あんな細かい字を読む気もおきない。<br />ただ自己責任だろうと思った。<br />というのも、今回の旅で私は苦い経験をしたからだ。</p>
				<p>今回の旅で私は、ロンドンでの個人的所用ため現地集合をお願いし、独自で航空券をとって<br />出発日を一日早めた。<br />ところが出発間際になって、東日本大震災の影響で利用客が少ないため、私の搭乗予定の便をキャンセルすると、航空会社から一方的に伝えられた。<br />そんなバカな、時刻表に乗っている定期便は、たとえガラガラ便でも空気を運んででも飛ばすのが大原則ではないか。<br />勝手に欠航されたらたまったものではない。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/73afa801795e1f1efc18b29dad92be3d.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/73afa801795e1f1efc18b29dad92be3d-300x189.jpg" title="3成田空港" width="300" height="189" class="alignright size-medium wp-image-5731" /></a>英国航空から提示された代替便は成田発となり、札幌在住の私どもにとって前泊が生じた。さらに、ロンドンからダブリンへの接続便も変更が生じた。<br />（写真右：成田空港出発フロア）<br />「ホテル代は負担してくれるのでしょうね」<br />「いえ、運送約款により、私どもはそのような義務は生じません」<br />カチン！<br />誰が原因を作ったのだ。<br />頭に湯気を立ち上らせても、のれんに腕押しだ。<br />ダブリンへの接続便の変更も、共同運航便なのに面倒を見ようとしない。<br />英国航空の言い分はこうである。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/a51613c59d321133c5d6ad3292e47057.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/a51613c59d321133c5d6ad3292e47057.jpg" title="4英国航空機" width="150" height="100" class="alignleft size-full wp-image-5732" /></a>「欠航によって生じる代替便の面倒はみるが、それ以外の問題はサービスの範疇で、当社のマニュアルでは応じないことになっている」</p>
				<p>尊大で慇懃無礼な対応に、もう二度と英国航空（BA）なんか乗ってやるか！と思った。<br />それにしても航空会社の都合による一方的な欠航届を、許認可官庁の国土交通省は、よく受理するものだと八つ当たり。<br /><br />その点JALやANAの日本の航空会社は、親切でかわいい。<br />欧州外資系の航空会社は目線が高い。</p>
				<p>航空会社の一方的通告を受忍しなくてもいいのだが、情けないけど、受忍しなければ旅はできない。<br />利用者はか弱い。<br /><br /><span style="color: #0000ff;">　＜　自然災害のアフターケア　＞</span></p>
				<p>出発直前に、このようなことを経験しただけに、自然災害による欠航に伴う滞在費などはBAが出すはずもないと思っていた。<br />イギリス滞在中、念のためにガイドに聞いてみた。<br />すると、去年の噴火騒ぎのさい、BAはホテル代を負担したという。<br />えっ、そのうそ、ホント？</p>
				<p>詳しく尋ねると、日程の都合などで他社の便を利用した客などには、ホテル代は出さなかったけど、何日も待ってでもBAを利用した客には、BAが宿泊代を負担したという。</p>
				<p>この話を聞いて、私たちが離陸する当日、ロンドン・ヒースロー空港は降灰のため閉鎖されてもいいと思った。<br />足止めを食っても、その間あちこちロンドン散策ができるではないか。<br />「生活費は日本でもロンドンでもかかるのだから、同じだよ」<br />参加者と軽口をたたきあった。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/0d8d2263607f0d20904d501cf273dd45.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/0d8d2263607f0d20904d501cf273dd45-300x206.jpg" title="5噴煙" width="300" height="206" class="alignright size-medium wp-image-5733" /></a>アイスランドの火山の動向は、残念ながら？その後毎日モニターしているテレビのニュースに登場することはなかった。（写真右：噴火を伝えるロイターの映像）</p>
				<p>もし今回の旅でこのような局面に直面したら、BAは去年と同じようにアフターケアをしただろうか。<br />私は懐疑的に思えた。<br />自然災害イコール、エアラインの滞在費負担にはならないのではないかと思うのだ。<br />もちろん保険の問題もあろう。<br />さらに他社の動向もあるだろう。<br />BAの姿勢は「状況に応じて判断させていただく」と、あくまで主導権を自らの手に握りながら、ファジーな状態で事の収拾を図ることだろう。</p>
				<p>今回の旅は、オバマ旋風で身動きがとれなかったり、火山の噴煙におびえるなど、予期せぬ出来事が相次いだが、帰国してみるとすべて懐かしい思い出となっている。 （つづく）</p>
				<p style="text-align: right;">札幌：望田武司</p>
				<p> </p>
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