<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
		xmlns:xhtml="http://www.w3.org/1999/xhtml"
>

<channel>
	<title>日本Webリポート＆ニュース &#187; 教育</title>
	<atom:link href="http://www.webreport.jp/category/%e8%a8%98%e4%ba%8b%e3%81%ae%e5%88%86%e9%a1%9e/%e6%96%87%e5%8c%96/%e6%95%99%e8%82%b2/feed" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>http://www.webreport.jp</link>
	<description>弱者の味方。みんなで作る、投稿型ニュースサイト</description>
	<lastBuildDate>Thu, 09 Feb 2012 07:31:06 +0000</lastBuildDate>
	
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
			<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://www.webreport.jp/category/%e8%a8%98%e4%ba%8b%e3%81%ae%e5%88%86%e9%a1%9e/%e6%96%87%e5%8c%96/%e6%95%99%e8%82%b2/feed" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com"/><atom:link rel="hub" href="http://superfeedr.com/hubbub"/>		<item>
		<title>「奇跡の教室 エチ先生と『銀の匙』の子どもたち」（小学館）　[だから，今日より明日（教育）] [編集]</title>
		<link>http://www.webreport.jp/6839.html</link>
		<comments>http://www.webreport.jp/6839.html#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 15 Oct 2011 02:14:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kiyo7</dc:creator>
				<category><![CDATA[教育]]></category>
		<category><![CDATA[文化]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.webreport.jp/?p=6839</guid>
		<description><![CDATA[				
				奇跡の教室 エチ先生と『銀の匙』の子どもたち
				 
				作者: 伊藤 氏貴出版社/メーカー: 小学館発売日: 2010/11/29メディア: 単行本
				兵庫県神戸市の私立灘中学校 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				
				<p><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4093881634/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank"></a><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4093881634/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank">奇跡の教室 エチ先生と『銀の匙』の子どもたち</a></p>
				<p> <a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/b1a006ce1de22e06745a3797a4d9b065.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/b1a006ce1de22e06745a3797a4d9b065-109x150.jpg" title="奇跡の本" width="109" height="150" class="alignnone size-thumbnail wp-image-6843" /></a></p>
				<p>作者: 伊藤 氏貴<br />出版社/メーカー: 小学館<br />発売日: 2010/11/29<br />メディア: 単行本</p>
				<p>兵庫県神戸市の私立灘中学校、橋本武先生の授業について書かれた本です。</p>
				<p>　中学３年間かけて、横道にそれながら、中勘助「銀の匙」を読むのが、この先生の国語の授業。<br />　教科書は使わず。<br />　戦後の話です。</p>
				<p>　確かに、こんなことが許されるのも、トップ校の特権みたいなものかもしれませんが、教育の場面では、上から「型にはめる」よりも、現場の創意工夫というものが大切、ということを感じさせてくれる本です。</p>
				<p>　なので、学ぶ側（教育を受ける側。生徒、保護者。）も、「型にはまったもの、即効性のあるものを与えてくれるよう」望むのではなく、受け容れる幅を広く、素直な気持ちで学びに臨んでゆければ、先生も生徒も共同して充実した良い時間を過ごせるのだろう、ということになると思います。</p>
				<p>　一言で言えば、色んな面でおおらかさ、って大切だな、と思いました。</p>
				<p style="text-align: right;">神戸：村上英樹　<a href="http://h-m-d.blog.so-net.ne.jp/" target="_self">弁護士村上英樹のブログ</a></p>
				<p> </p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.webreport.jp/6839.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://www.webreport.jp/6839.html" />
	</item>
		<item>
		<title>橋下徹氏を応援しません！　[だから，今日より明日（教育）] [編集]</title>
		<link>http://www.webreport.jp/6821.html</link>
		<comments>http://www.webreport.jp/6821.html#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 08 Oct 2011 01:32:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kiyo7</dc:creator>
				<category><![CDATA[弱者問題]]></category>
		<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[教育]]></category>
		<category><![CDATA[選挙]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.webreport.jp/?p=6821</guid>
		<description><![CDATA[				
				でも、応援するのですよ、脱原発では。それを実行してくれるというのなら、そのテーマではもう、熱烈応援します。
				　私は、○○さんがするから賛成とか、反対とか、そういう考え方はとりたくありません。 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				
				<p>でも、応援するのですよ、脱原発では。それを実行してくれるというのなら、そのテーマではもう、熱烈応援します。</p>
				<p><br />　私は、○○さんがするから賛成とか、反対とか、そういう考え方はとりたくありません。</p>
				<p>　○○さんが言うのであれ、××さんが言うのであれ、よいものはよいしダメなものはダメだと言いたい。</p>
				<p><br />　このたび応援しません！というのは、</p>
				<p><br />大阪府教育基本条例</p>
				<p><br />のことです。</p>
				<p>　<br />　これはいけないと思います。<span id="more-6821"></span>　いけない理由はたくさんありますが、教育の基本理念を書いた第２条に</p>
				<p>（５） 我が国及び郷土の伝統と文化を深く理解し、愛国心及び郷土を愛する心に溢れるとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する人材を育てること</p>
				<p>という、「愛国心」という部分のほかに、</p>
				<p>（６）　グローバル化が進む中、常に世界の動向を注視しつつ、激化する国際競争に迅速的確に対応できる、世界標準で競争力の高い人材を育てること</p>
				<p>というのまでが入ってきました。</p>
				<p><br />　「愛国心」そのものは良い「心」だと思いますが、法律で強制するようなものではない、そんなことをしたら有害だし、本当の愛国心は育たない、という話は、教育基本法改悪反対のテーマの中でたくさん書きました。</p>
				<p>　今回の主題は次のこと、この条例で出てきた新しい項目、</p>
				<p>「国際競争」「に対応できる」「競争力の高い人材」</p>
				<p>についてです。</p>
				<p>　これでは、教育というのも、ずいぶん貧しいものになる、という危惧を覚えるのです。</p>
				<p>　何でよ？というのは、確かに説明がいると思います。ちょっと長い文になりました。↓</p>
				<p><br />　現実問題として、日本も、日本の経済も、「国際競争」に晒されているので、「国際競争」を無視できない、ということは分かります。<br />　はたまた、「競争」というものが進歩をもたらす側面を持つことも認めます。その進歩が、人の暮らしを豊かにし、困っている人を助けることがあることも認めます。<br />　しかし、それでもなお、「国際競争」というものそのものが持つ、恐ろしさ、怖さ、非人間性（むごさ）というものは大きく、かつ、その「競争」そのものによって、勝者も敗者も常に強迫観念に駆られ、心休まるときはなく、しかも、いよいよ、アメリカや巨大資本でさえも、たとえば、リーマンブラザーズが極めて無責任な金融商品を売ったように、すぐに破綻するような「一時しのぎ」をするのでなければやっていけないような、「自転車操業」に近い状態に陥ることもある現代なのに、そのことを全く無視して、「国際競争」を当然として、それに「人」を合わせていこうとする発想法はおかしいとしかいいようがありません。</p>
				<p>　端的に言って、今までの学校生活でも、学校が楽しくなかったという人の、楽しくなかった理由の大きな１つは、</p>
				<p>学校にいたときの強迫観念が嫌</p>
				<p>というものではないかと思います。</p>
				<p>　自分が望んだわけでもないのに、苦手な勉強で、テストの点数を競争させられて、「点数が悪ければ親に叱られる」とか色々の強迫観念、そんなものに日常晒されることが幸せなわけがありません。<br />　強迫観念のもとで、テスト用の「教科書ワード」は覚えたかも知れませんが、かえって、頭の自由な働きを奪われた人も多かったのではないでしょうか。</p>
				<p>　条例案のいう、「競争力の高い人材」というのは、競争に晒される「強迫観念」について鈍感な人間、とでもいうのでしょうか。</p>
				<p>　いや、成功体験ばかりの人は、「競争を楽しめる人」をイメージしているのでしょう。</p>
				<p>　でも、教育は、どの国民（この場合、府民）にも全てなされるものなのですよ。<br />　だれもが競争を楽しめるわけがありません。「弱者に容赦なくたたみかける」のが競争の本質ですから。</p>
				<p>　例えば、私だったら、数学も英語も得意だったので、「勉強で競争せよ」「テストの点数で競争せよ」と言われても、別に苦はなく、勝ち目もあるので「競争を楽しむ」心境にだってなれたでしょう。</p>
				<p>　でも、そうではなく、「重量挙げで競争せよ」とか、「『脂っこいものを食べる競争』で競争せよ」とか、私の苦手なことで競争を強いられたら、とても「競争を楽しむ」心境になれません。<br />　もしそんな日常なら、「強迫観念」が頭を支配し、きっとおかしくなってしまうことでしょう。<br />　子どものころなら、それが出来ないことで「人格否定」されたように感じてしまいます。<br />　<br />　<br />　<br />　私は、現実的に考えて、</p>
				<p>学校教育で、競争をタブーにすべきだ</p>
				<p>とは思いません。</p>
				<p>　むしろ、</p>
				<p>社会にでたらある程度避けられない競争といかに付き合うか</p>
				<p>競争のメリットデメリットをわかったうえで、競争によって、自分の人間性を破壊されないようにするためには、どうしたらよいか</p>
				<p>というようなテーマについて、人生のヒントを与えるようなことが出来れば、良い教育だと思います。</p>
				<p>　けれども、「維新の会」の条例案は、全く違う発想であることは明らかです。</p>
				<p><br />　「国際競争」時代を生きていることは私も意識しないといけないとは思います。<br />　それと無関係に、お気楽に、マリーアントワネットのように生きていくことは出来ないことは、肝に銘じておくべきでしょう。確かに。</p>
				<p>　しかし、「国際競争」の下に、弱者が、いや、表面的に「勝ち組」に見える人も、人が、本来したいこと、本来ありたいこと、本来大事にしたい幸せを犠牲にせざるを得なくなるようなことには、できるだけ有効な方法で抵抗していきたい、と思います。<br />　<br />　そして、「競争」や目先の経済発展、過剰な便利さよりも、人間本来の幸せを大切にするというスタンスの人が増えれば、巨大なモンスターのようにみえる「国際競争」なるものの恐ろしい面が緩和されてゆくと思います。</p>
				<p>　日本の教育はそういう方向であらねばならない、と思います。<br />　慎み深く、人を思い遣る、というのが日本人の大切にしてきた美徳であり、美しい心である、そういう日本を愛するというのならば、なおさら、そういう方向にならねばならない、と思います。<br />　</p>
				<p style="text-align: right;">神戸：村上英樹　<a href="http://h-m-d.blog.so-net.ne.jp/" target="_self">弁護士村上英樹のブログ</a></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.webreport.jp/6821.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://www.webreport.jp/6821.html" />
	</item>
		<item>
		<title>大震災と教育</title>
		<link>http://www.webreport.jp/6343.html</link>
		<comments>http://www.webreport.jp/6343.html#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 16 Aug 2011 00:37:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kiyo7</dc:creator>
				<category><![CDATA[教育]]></category>
		<category><![CDATA[災害]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.webreport.jp/?p=6343</guid>
		<description><![CDATA[				
				 　教育界では、子どもの理科離れの傾向が強まっているので、これを食い止める工夫が盛んになってきた。理科の知識が必要だと特に最近認識させられたのは、3月11日発生した東日本大震災、津波及び原子力発電所の [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				
				<p> <span style="font-size: x-small;"><strong>　</strong></span><span style="font-size: x-small;">教育界では、子どもの理科離れの傾向が強まっているので、これを食い止める工夫が盛んになってきた。理科の知識が必要だと特に最近認識させられたのは、</span><span style="font-family: Times New Roman, serif;"><span style="font-size: x-small;">3</span></span><span style="font-size: x-small;">月</span><span style="font-family: Times New Roman, serif;"><span style="font-size: x-small;">11</span></span><span style="font-size: x-small;">日発生した東日本大震災、津波及び原子力発電所の事故である。地震では、プレート、マグニチュード、震度などの用語がひんぱんにマスコミに登場するし、原発事故ではベクレル、シーベルトなどの専門用語が、連日、テレビ、新聞に出てくる。こうした用語の意味が、私にはよく分からない。私が子どものころは、学校で教えなかったか、教えたけれども私が覚えてなかったのかもしれない。<span id="more-6343"></span></span><span style="font-size: x-small;">では最近の教育ではどうか。手元にある中学校の学習指導要領</span><span style="font-family: Times New Roman, serif;"><span style="font-size: x-small;">(</span></span><span style="font-size: x-small;">平成</span><span style="font-family: Times New Roman, serif;"><span style="font-size: x-small;">10</span></span><span style="font-size: x-small;">年度版</span><span style="font-family: Times New Roman, serif;"><span style="font-size: x-small;">)</span></span><span style="font-size: x-small;">を開いてみた。地震については｢地震の体験や記録を基に、その揺れの大きさや伝わり方の規則性に気付くとともに、地震の原因を地球内部の働きと関連付けてとらえ、地震に伴う土地の変化の様子を理解すること｣とある。また災害について｢地域において過去に地震、火山、津波、台風、洪水などの災害があった場合には、その災害について調べること｣とある。今回の震災は、不幸な出来事ではあるが、理科教育の上では、貴重な教材となっていることが分かる。また埼玉県では、地震ではないが、昭和</span><span style="font-family: Times New Roman, serif;"><span style="font-size: x-small;">22</span></span><span style="font-size: x-small;">年にキャサリン台風による洪水で大災害を受けた。この災害については、学習指導要領の記述からみると、当然学習の対象となるはずである。</span></p>
				<p><span style="font-size: x-small;">　ところで原子力についてであるが、学習指導要領では｢人間が利用しているエネルギーには水力、火力、原子力など様々なものがあることを知るとともに、エネルギーの有効な利用が大切であることを認識すること｣との記述はあるが、とくに大きく取り上げてはいない。この点について、京都教育大の山下宏文教授は、</span><span style="font-family: Times New Roman, serif;"><span style="font-size: x-small;">5</span></span><span style="font-size: x-small;">月</span><span style="font-family: Times New Roman, serif;"><span style="font-size: x-small;">17</span></span><span style="font-size: x-small;">日付読売新聞で｢これまで小中学校では放射線や原子力についてほとんど教えていないのが実情だ。原発事故後に登場した放射線量の数値やデータの意味を理解できる人が少なかったのも無理はない。誤った知識による風評被害の原因にもなったと思う。中学理科では『放射線の性質と利用』を学ぶことになったが‶触れる〝程度の内容だ。｣と問題点を指摘している。そしてここでも指摘されているが、風評被害のことを考えると、原子力についての正確な知識は、これからの中学生だけでなく、全国的に大人の教育の問題である。成人教育でどう対応していくべきかも問われているのである。</span></p>
				<p style="text-align: right;"><span style="font-size: x-small;">ＮＰＯ埼玉教育支援センター理事　竹内克好　　(元埼玉県教育長　高崎市出身)</span></p>
				<p><span style="font-size: small;">　　　</span></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.webreport.jp/6343.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://www.webreport.jp/6343.html" />
	</item>
		<item>
		<title>ダイアログ・イン・ザ・ダーク～暗闇の中で見た光～</title>
		<link>http://www.webreport.jp/5153.html</link>
		<comments>http://www.webreport.jp/5153.html#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 17 Nov 2010 00:58:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kiyo7</dc:creator>
				<category><![CDATA[くらし]]></category>
		<category><![CDATA[健康・福祉]]></category>
		<category><![CDATA[弱者問題]]></category>
		<category><![CDATA[教育]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.webreport.jp/?p=5153</guid>
		<description><![CDATA[				
				ダイアログ・イン・ザ・ダークというイベントをご存知だろうか？
				これは、アテンド（視覚障がい者）のサポートのもと、純度100％の完全に光を遮断した空間の中で参加者が様々な体験を行うという、ソー [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				
				<p>ダイアログ・イン・ザ・ダークというイベントをご存知だろうか？</p>
				<p>これは、アテンド（視覚障がい者）のサポートのもと、純度100％の完全に光を遮断した空間の中で参加者が様々な体験を行うという、ソーシャルエンタテイメントである。</p>
				<p>1989年にドイツで生まれ、全世界で600万人以上、日本では11年間に約6万人が体験したというダイアログ・イン・ザ・ダークに、先日私も参加した。<span id="more-5153"></span>１グループ８名。初対面の参加者達と、挨拶もそこそこに暗闇の中へ入る。<br />目を凝らしても何も見えない。初めはただただ怖い。<br />それでも、暗闇の中で五感を研ぎ澄まし、参加者達はいろんな方法でコミュニケーションを取ろうと試みる。</p>
				<p>「●●（名前）はここにいるよ」「あなたはだあれ？」<br />顔が見えない誰かに語りかける。耳を澄まして誰かの声を聴く。<br />手を伸ばして空間を探る。<br />立ち止まっていたら、誰かの手がすっと伸びて、「こっちだよ」と示してくれる。</p>
				<p>さっきまでは見知らぬ誰かの声が、存在が、息遣いが、これ以上ないくらいの安心感につながるという感覚。<br />そうしていつのまにか、体全体で空気を感じ、誰かの存在を感じながら、まっすぐ前に進んでいけるようになるのだ。<br /><br />90分間の体験を終えての参加者の感想は様々で、それこそが体験の奥深さを物語っていると思う。<br />私に関して言えば、素の心で感じることでもたらされたものは、「想像力」だった。<br />逆に言えば、日常でそれらを実感することがいかに難しいか。<br />目だけで見えるものに、いかに左右されているのか。<br />ふと見渡せば、他者への想像力を殺いだ悲しいニュースの数々。<br />人と人がコミュニケートする際に必要な力を、大人もこどもも、もっともっと感じ、生かす機会があっても、いい。</p>
				<p><br />ダイアログ・イン・ザ・ダークの運営はまだまだ厳しいという。<br />イベントの性質上一度に体験できる人数にも限りがあり、一見非合理的なのかもしれない。<br />けれど、こういう体験を身近に、気軽に体験できる場所が日本にあるということ、そのことの意味はとても大きいと思う。<br />あくまで暗闇を楽しむエンターテイメントであり、福祉目的のものではないけれど、結果的には視覚障がい者の自立や理解にもつながるはずだ。</p>
				<p>興味を持たれた方は、ぜひ一度体験してみることをおすすめしたい。</p>
				<p>ダイアログ・イン・ザ・ダークについて詳細はHPにて<a href="http://www.dialoginthedark.com/">http://www.dialoginthedark.com/</a></p>
				<p style="text-align: right;">神奈川：谷口梨花</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.webreport.jp/5153.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://www.webreport.jp/5153.html" />
	</item>
		<item>
		<title>トンガ通信：［トンガへの開発援助］</title>
		<link>http://www.webreport.jp/5050.html</link>
		<comments>http://www.webreport.jp/5050.html#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 24 Oct 2010 05:55:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kiyo7</dc:creator>
				<category><![CDATA[教育]]></category>
		<category><![CDATA[文化]]></category>
		<category><![CDATA[海外]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.webreport.jp/?p=5050</guid>
		<description><![CDATA[				
				日本とボランティアと各国とシニア海外ボランティアとしての２年間のトンガ生活が終わりました。シニアボランティアも青年協力隊も開発国に対する人的な援助です。
				配属先と自分たちで目標を考えてその実 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				
				<p>日本とボランティアと各国とシニア海外ボランティアとしての２年間のトンガ生活が終わりました。シニアボランティアも青年協力隊も開発国に対する人的な援助です。</p>
				<p>配属先と自分たちで目標を考えてその実現に向かって努力する。しばしば配属先とのすれ違いで高い志を実現できず挫折感を味わうボランティアも少なくありません。<span id="more-5050"></span>JICAにとってボランティア事業は各人の目標の達成はもちろん大事ですが、それに加えて人材を送り込んだ実績と、各ボランティアが現地の人と交流し日本への理解を深めてもらうことが大きな目標となっています。</p>
				<p><span style="color: #000000;">日本の援助による小学校のトイレ作り<br /></span><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/e12c23aa0265f7333e828104bca6e638.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/e12c23aa0265f7333e828104bca6e638.jpg" title="トイレ" width="218" height="151" class="alignleft size-full wp-image-5051" /></a>JICAのほかの事業の短期専門家などが一つの目標に向かって事業を進めその成否が問われるのとは少し違うようです。そして途上国が切実に求めているのは国の基盤整備を進めるための財政的な援助であるという現実もあります。</p>
				<p>番組作りを教えようにも放送機材が整っていなければどうしようもありません。先進国はトンガの財政赤字、借金を増やさないため無償の開発援助以外はなるべく控えて、自立を促す方向で援助を続けています。</p>
				<p>しかし現実にないものはないという途上国としては無条件に様々の物の支援やローンを組んで援助をいてくる中国はありがたい存在です。</p>
				<p>２?３０年後のトンガの将来を考えても海外からの援助に頼らずに自立した国になっているとはなかなか考えにくいのが現実です。</p>
				<p>人口１０万人の国、釧路市の半分しか面積のない国、そしてめぼしい産業もないこのトンガが、外交を行いアフガニスタンには軍隊を派遣し、国会を持ち、大臣をおいて国を運営していること自体が驚くべきことです。</p>
				<p>多くのトンガ人は国の外へ出て、先進国の便利さ快適な生活の中で暮らしています。トンガの国内でも健康で文化的な生活を送れるように基盤整備が進み、先進国並みの生活に近づく日がくるかもしれません。</p>
				<p>しかしそのために国民が借金まみれになったり、親類や知り合い同士が助け合って生活するシェアの精神を失ってぎすぎすした生活をするようになったら元も子もありません。</p>
				<p>小さな開発途上国にとって何が本当に幸せな将来なのか。当事国や援助をする先進国を含めて考える必要があるように思います。</p>
				<p style="text-align: right;">トンガ王国：安藤正浩<a href="http://www.ando-japan.com/">http://www.ando-japan.com</a></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.webreport.jp/5050.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://www.webreport.jp/5050.html" />
	</item>
		<item>
		<title>たけちゃんの独り言</title>
		<link>http://www.webreport.jp/4314.html</link>
		<comments>http://www.webreport.jp/4314.html#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 18 Jul 2010 00:40:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kiyo7</dc:creator>
				<category><![CDATA[くらし]]></category>
		<category><![CDATA[教育]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.webreport.jp/?p=4314</guid>
		<description><![CDATA[				
				夏休み　小、中、高生の時の夏休みはどうだったかと思い出す。小学は記憶がない。中学１年の時は、担任の先生が湘南在住で地理がわからず、家庭訪問の案内で、夏休みの半分位の日を付き合った。２年生の時は、大森海 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				
				<p>夏休み<br />　小、中、高生の時の夏休みはどうだったかと思い出す。小学は記憶がない。中学１年の時は、担任の先生が湘南在住で地理がわからず、家庭訪問の案内で、夏休みの半分位の日を付き合った。<span id="more-4314"></span>２年生の時は、大森海岸沖にあった小島の海水浴場で働いた。朝は海岸に打ち上げられたゴミを集め焼却し、昼間は殆ど泳げないのに見張り員として、時には離れた釣り場迄、釣り人を小舟に乗せて送迎をした。舟は櫓や竿で操るが、若干の手ほどきで人を乗せて、何事もいい加減な時代だった。今なら年令制限や資格がなければ出来ない。</p>
				<p>３年の時は、植木と金魚屋のバイトだった。朝昼夕と植木に水をやり、金魚の販売と金魚すくいの店番で、１日１０時間働いて１００円だった。カネで記憶にあるのは安ったからだろう。高校１年では私立中学受験の小学生の家庭教師となった。途中妹も同席で金は変わらず、年明けまでやった。希望校に入学させたが、必ず出題の鶴亀算は、知らないから教えずに終わった。</p>
				<p>昨年石川プロゴルファーは、高校３年で米国やイギリスでプレイし、今年も活躍だが、すごい差の夏休み時期だと思う。</p>
				<p>*全英オープンで石川遼は３アンダー２１位で予選通過（現地１６日）<br />*７月１７日　梅雨明けとなった。<br />*訂正とお詫び・・15日の集中豪雨の文章で５００ｍｍの雨量は、<br />　０．５mであり、単位の勘違いで訂正とお詫びをします。</p>
				<p style="text-align: right;">立川：たけちゃん</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.webreport.jp/4314.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://www.webreport.jp/4314.html" />
	</item>
		<item>
		<title>桑園博士町を訪ねる</title>
		<link>http://www.webreport.jp/4127.html</link>
		<comments>http://www.webreport.jp/4127.html#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 04 Jul 2010 01:51:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>mochida</dc:creator>
				<category><![CDATA[北国の便り]]></category>
		<category><![CDATA[教育]]></category>
		<category><![CDATA[環境・自然]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.webreport.jp/?p=4127</guid>
		<description><![CDATA[				
				以前 札幌に、博士の村とか、大学村があったということは聞いたことがあった。偉い大学の先生が集まって住んでいたのだろうな、という程度の認識だった。札幌はすっかり現代的な街並みになっている。いまだにそうい [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				
				<p>以前 札幌に、博士の村とか、大学村があったということは聞いたことがあった。<br />偉い大学の先生が集まって住んでいたのだろうな、という程度の認識だった。<br />札幌はすっかり現代的な街並みになっている。<br />いまだにそういう町が存在するのだろうか。<span id="more-4127"></span><br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/kotizu.gif"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/kotizu-300x241.gif" title="kotizu" width="300" height="241" class="alignright size-medium wp-image-4131" /></a>歴史的な痕跡を探して札幌の街並みを楽しむツアーが、ＮＰＯ法人によって企画された。札幌としては珍しく30度近くまで気温が上昇した週末、この企画に参加し、博士の町があったという界隈を歩いた。</p>
				<p>実は参加してみて驚いたことに、わが家から自転車で15分と、非常に近いところに博士村があった。<br /><br />しかも北大構内に行くときは、いつもその付近を通っている地域だ。<br />しかしこの地域が博士村だったと、思ったことは一度もないし、そんな看板もない。<br />人口190万人の大都市の一角の住宅地を、なんの感慨も持たずペダルを踏んでいた。<br /><br /><span style="color: #0000ff;">＜　あこがれの洋風生活　＞</span></p>
				<p>それではなぜ博士村と言われたのだろう。<br />大正7年札幌農学校が北海道帝国大学となり、洋行帰りの教授たちが赴任して農場の一角に自邸の建設に取りかかった。<br />教授たちは自ら欧米で体験してきた洋風生活を実践した。<br /><br />大正から昭和にかけては欧米の生活改革思想が、日本人のライフスタイルに大きな影響を与えた時代で、目新しいガスや電気器具など、生活を便利にする商品が脚光をあび、家事の合理化がすすめられようとした時代であった。<br />このような近代的な欧米文化を取り入れた生活は「文化生活」といわれ、洋風のモダンな住宅は「文化住宅」といわれて、庶民の夢をさそった。<br /><br />これらの「文化生活」「文化住宅」を実践した教授たちの住宅地を、市民は憧れをもって「大学村」とか「博士村」と呼んでいたという。<br />ある教授の自宅には、サンルームやロシア風のペチカがあり、またある教授の自宅には石炭ボイラーを使った温水暖房や、洋式の水洗トイレまであったという。<br />さらに周辺には、流行の最先端をいく教授たちの好みに合わせたのか、当時ではまだ珍しかったビールやワイン、ベーコンなどを扱う店もあったそうだ。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/miyabekinngo.gif"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/miyabekinngo-300x259.gif" title="miyabekinngo" width="300" height="259" class="alignright size-medium wp-image-4133" /></a>このような豊かなコミュニティーと住環境を作って「文化生活」満喫していた人たちはどんな人たちだったのだろうか。</p>
				<p>古地図を開いてみると、北大植物園初代園長の宮部金吾、納豆博士と言われた学士院会員の半沢洵、北大総長を務めた高岡熊雄、泥炭地の研究者でバラ博士の時任一彦などのそうそうたるメンバーばかりだ。<br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/byouinn.gif"></a>農学部の教授を中心に20人ほどが、それぞれ400坪余りの敷地で、思い思いの洋風住宅に住んでいたという。<br /><br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/byouinn1.gif"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/byouinn1-300x225.gif" title="byouinn" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-4135" /></a>後世の大学者が当地に住むことを望んだら「君はまだ早いよ」といわれたというエピソードも残されているという。</p>
				<p>なお桑園とは、明治の初めに失職した庄内藩士が開拓して桑を植えたことから、一帯は「桑園」といわれ、北大農場に接していたことから後世「桑園博士町」と言われている。<br />外壁にクワの葉が大きく描かれた病院があり、ユーモアを感じさせた。(写真左上)</p>
				<p><span style="color: #0000ff;">＜　博士村 今いずこ　＞</span></p>
				<p>私たちは地図を片手に歩き始めた。<br />「ここが博士村と言われた地域です」と聞かされない限り、一目でわかるものはなかった。<br />高層マンションや駐車場などが混在する静かな住宅街だった。<br />20数軒あったという「文化住宅」のうち、現在もそのまま残っているのは、わずかに２軒のみという。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/tutaya.gif"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/tutaya-300x225.gif" title="tutaya" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-4137" /></a>「はい、この建物が現存している建物のひとつです」</p>
				<p>二階建ての外壁にはツタが一面に壁を覆っていた。(写真右)<br />わずかに窓の部分のみが眼玉のように開いていた。<br /><br />古色蒼然、いかにも歴史を感じさせるたたずまいだ。<br />著名なT教授の自宅で、今も息子の大学教授が住んでいるという。<br />他人の家を覗くような感じで、なんとなく気が引け、ふと泥棒の下見をしているのかなとおもった。<br /><br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/hakasenoie.gif"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/hakasenoie-300x225.gif" title="hakasenoie" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-4138" /></a>気のきいた主催者で、事前にTさんに話をして中庭まで入ることの了解を得ていた。<br />草木がところ狭しと植えられており、手入れはほとんどされていないようだ。<br /><br />「自宅内部もお見せしてもいいのですが、なにぶん倉庫みたいになっていて整理されてなく、来年ならご覧いただけるでしょう」とのことだったという。<br />１階が洋風、２階が和風だという。（写真左上）</p>
				<p>窓までびっしり書類や本などが積み重なっているように外から窺えた。</p>
				<p>もう１軒はH教授邸だ。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/youkann.gif"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/youkann-300x225.gif" title="youkann" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-4139" /></a>入口の一角にクモの巣が張ってあり、一見空き家のようだ。（写真下右）<br />ただ、札幌の景観資産の指定を受けている標識があった。</p>
				<p>「大きな切妻屋敷、石造りの二本の煙突、下見板張りの外壁と応接間の出窓などに特徴があり、玄関前庭とともに良質な環境を形成している」と記されていた。</p>
				<p>解体したいのだがなにぶん文化遺産の一面もあるし…<br />外から見る限り、相当の傷みもあるように見受けられ、子孫の方はもしかしたら処理に困っているのかもしれないと思った。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/mannsyonn.gif"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/mannsyonn-300x225.gif" title="mannsyonn" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-4140" /></a>この界隈の住宅の周りは、イチイで囲われていた。<br />生け垣がイチイと言うのは珍しい。<br />イチイはホテル正面の車回しの真ん中に植えられたり、皇族がお見えになったとき記念植樹によく植えられる樹である。<br />成長の遅いイチイの生け垣が当時のまま残っているところに、昔の面影を垣間見ることができた。</p>
				<p>　<span style="color: #0000ff;">＜　宮部邸跡地　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/miyabetei.gif"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/miyabetei-300x225.gif" title="miyabetei" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-4142" /></a>道路一つ隔てた四つ角に公園があった。<br />庭石のような大きな石に「宮部記念緑地」というプレートが埋め込まれていた。<br />北大植物園の初代園長宮部金吾博士の住宅跡地である。(写真右)</p>
				<p>宮部博士は新渡戸稲造・内村鑑三とともに札幌農学校３賢人と言われた人で、札幌名誉市民第一号である。<br />北大図書館に保存されている博士村の住人の集まりである「村会」の写真には、そうそうたるメンバーの中で宮部博士が前列のど真ん中に座っていた。<br />もしかした宮部博士が「村長さん」だったかもしれない。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/syokubutugakkou.gif"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/syokubutugakkou-300x225.gif" title="syokubutugakkou" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-4143" /></a>９１歳まで生きた宮部博士が亡くなった後、屋敷は解体されたが、札幌市は歴史に残る宮部博士の痕跡を残そうと敷地を買い取り、公園にした。<br />住宅は残っていないが、宮部博士が研究に没頭した「札幌農学校植物学教室」は、植物園内に移築されて現存している。(写真左)</p>
				<p>宮部記念緑地には、自らが発見したミヤベイタヤなど、宮部博士ゆかりの木々が植えられていた。</p>
				<p>　<span style="color: #0000ff;">＜　変遷する桑園地区　＞</span></p>
				<p>振り返ってみると桑園地区の変貌はめまぐるしい。<br />もとはと言えば原生林の疎林だったこの地域が開拓されたのは、庄内藩士出身の松本十郎大判官（今の知事に相当）が、失職した自藩の庄内藩士を呼んで刀から鍬に持ち替えさせ、切り開いたのが始まりである。<br />この地域を札幌農学校２代目校長、森源三が払い下げを受けて、さらに広範囲に開拓して桑畑にした。<br />森源三という人物は長岡藩士で、戊辰戦争のさい、薩長軍と戦って敗れた長岡藩の筆頭家老・河合継之助の母と妻をかくまい、北海道に移住してきた。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/kuwazonohi.gif"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/kuwazonohi-300x225.gif" title="kuwazonohi" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-4144" /></a>歴史のいたずらか、森源三は北越路を進軍して長岡藩を攻めた薩長軍の後続部隊の隊長、黒田清隆の知遇を得、農学校の２代目校長となった人物である。<br />桑園の西側に住んでいた森源三の屋敷は、現在の知事公館であり、北大農場と接した桑園東側が博士村だったことになる。<br />知事公館の一角に、桑園開拓のいきさつを刻んだ碑「桑園碑」が建てられている。（写真右）</p>
				<p>街並みを通じて札幌桑園の歴史を丹念にたどってみると、年月は50年100年過ぎようとも、その時に住んでいた人の息遣いが聞こえてくるようだ。</p>
				<p style="text-align: right;">札幌：望田武司　</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.webreport.jp/4127.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://www.webreport.jp/4127.html" />
	</item>
		<item>
		<title>灘校土曜講座に行ってきました。　[弁護士業について]</title>
		<link>http://www.webreport.jp/4060.html</link>
		<comments>http://www.webreport.jp/4060.html#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 28 Jun 2010 05:27:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kiyo7</dc:creator>
				<category><![CDATA[教育]]></category>
		<category><![CDATA[社会]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.webreport.jp/4060.html</guid>
		<description><![CDATA[				
				　さる６月１９日（土）に、１０数年ぶりに、母校である灘高校に行ってきました。　　高校時代の知り合いが現在灘校（灘中と灘高校をあわせて、「灘校」と呼ぶ）で教員をしておられ、「総合学習」の一環として同校で [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				
				<p>　さる６月１９日（土）に、１０数年ぶりに、母校である灘高校に行ってきました。<br />　<br />　高校時代の知り合いが現在灘校（灘中と灘高校をあわせて、「灘校」と呼ぶ）で教員をしておられ、「総合学習」の一環として同校で行われている「土曜講座」の講師として講義をするということの依頼を下さったのです。</p>
				<p>　昔（私の頃）はそんなものはありませんでしたが、現在、学習指導要領上定められている総合学習として、灘校では、</p>
				<p>ＯＢを中心とした各方面の人の講義、講演</p>
				<p>というのが行われるようになっているとのことです。</p>
				<p>　昨年の同講座では、医師や学者などのほか、</p>
				<p>囲碁プロ棋士の　坂井秀至　７段　（京大医学部出身で医師免許を持つ異色の経歴の棋士。まさに、今日、初めてのタイトル挑戦。碁聖戦で、日本棋界最強の張ウ碁聖と対局中）</p>
				<p>も講師として来られていたそうです。</p>
				<p>　ということで、このような仕事のオファーを頂くこと自体、光栄なことなので、二つ返事で承諾し、行って参りました。<span id="more-4060"></span>　講義のテーマとしては、２本立てで、</p>
				<p>１　前編　　スポーツルールにたとえる法学・法律実務入門<br />　　<br />　　野球でタッチアップが許されるのは、「公認野球規則」のどの条文から説明できるのか？<br />　<br />　というようなたとえから、法律の条文解釈等について案内する、という内容。</p>
				<p>２　後編　　司法改革と弁護士への道の変化</p>
				<p>　　弁護士になることについて、昔よりは合格するための難易度は下がっているが、ロースクールに行く時間的な負担、経済的な負担は大きくなっているし、司法修習生の給料もこのままでは出なくなることや、弁護士の就職難など、決して楽ではない状況になっている。<br />　　<br />　　しかし、弁護士として活動することは、多少なりとも世の中を良い方向に変えようと思えば、そういう方向で社会の色んな方面に関わることが出来る。<br />　　<br />　司法の世界全体の激動はこれからも続くと思うが、この世界にはいって、司法制度改革についても少しでも良い動きに変えていこうという気持ちをもって入ってきてくれる灘校出身法律家がいたらうれしいとおもう。</p>
				<p><br />といった話をしてきました。　　</p>
				<p><br />　３０代の半ばになって、母校の中高生をみると、失礼な言い方かも知れませんが、本当にかわいくみえてしかたがなかったです（もちろん、男子ばかりですが）。</p>
				<p>　私たちのときよりも、授業を聴く態度が真面目だったと感じました。<br />　というより、</p>
				<p>授業を聴くことを、自分の力にすることが上手い</p>
				<p>のではないか、と感じました。</p>
				<p>　私は特にそうだったのですが、</p>
				<p>授業＝抑圧</p>
				<p>のように感じ、いわば、尾崎豊みたいな感じで「この支配からの卒業」をひたすら待ち望む気持ちでいたので、なかなかナチュラルに授業を聴くことを自分の力の向上に繋げられませんでした。</p>
				<p>　もちろん、人それぞれで、今の中高生にも「授業＝拷問」と感じて日々耐えている人はいるでしょう。<br />　が、きっと、今は、</p>
				<p>先生も教え方がうまくなり<br />生徒も聴き方がうまくなった</p>
				<p>のではないか、とごく素直に思いました。<br />　<br />　学問の身につけ方は色々で、色々な方法によって一長一短あるので、授業を聴く「耳学問」だけでなく、「独学」的要素（自分で本を読み、問題をといて身につける）もあって本当の力になるのでしょうが、しかし、「授業を上手く活かせる」ことは素直にプラス要素だとおもいました。</p>
				<p><br />　さて、時間がなくて、灘校のみなさんに十分に伝えられなかったことがありました。</p>
				<p>　自分も灘校に行き、同校を卒業して、大学に進学して、社会に出て、仕事もし、結婚して子どももできて、今に至るのですが、私の一番大切にしていることは、</p>
				<p>出世<br />預金残高</p>
				<p>などということではなくて、</p>
				<p>いかに人間本来の喜び、幸せを実現するか<br />（自分も他人もそれを実現できればよい）</p>
				<p>ということでした。</p>
				<p>　今自分が感じるのは、たとえば、</p>
				<p>人同士の愛情とか、</p>
				<p>自分の活動に関するやりがいとか、</p>
				<p>知的好奇心が満たされる、とか、</p>
				<p>身体的な心地よさ、とか、　</p>
				<p>未来に関わっていることの喜び、とか、</p>
				<p>そんな言ってしまうと単純なことなどですが。<br />　私は、日々の生活でそういったものを実感できることが最高の贅沢だと思っています。</p>
				<p><br />　<br />　灘校生にも色々なタイプの人がいると思いますが、できれば、そのうち何人かでも「人間本来の喜び、幸せ」の追求にとことんこだわって生きるみたいな人がいてくれれば嬉しい、と個人的には思います。<br />　<br />　さらに、出来れば、</p>
				<p>「人間本来の喜び、幸せ」の追求を、できるだけ広い範囲の人が、とことんやっていけるような世界をつくろう！</p>
				<p>という考えで、各方面で活躍する人が一人でも多く生まれたら、と願っています。</p>
				<p style="text-align: right;">神戸：村上英樹　<a href="http://h-m-d.blog.so-net.ne.jp/" target="_self">弁護士村上英樹のブログ</a></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.webreport.jp/4060.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://www.webreport.jp/4060.html" />
	</item>
		<item>
		<title>親にできること</title>
		<link>http://www.webreport.jp/3182.html</link>
		<comments>http://www.webreport.jp/3182.html#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 02 Jan 2010 12:49:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kiyo7</dc:creator>
				<category><![CDATA[教育]]></category>
		<category><![CDATA[文化]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://kiyo7.sakura.ne.jp/?p=3182</guid>
		<description><![CDATA[				
				10才すぎてからの子育てに難しさを感じる。 母親が懸命に働いて、学費や生活費を提供して行かせる高校や大学は、保育園と同じに思えてしまう。働く大人が育たない。 親がいそがしさにかまけて、名門校とか有名塾 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				
				<p>10才すぎてからの子育てに難しさを感じる。<br /><br /> 母親が懸命に働いて、学費や生活費を提供して行かせる高校や大学は、保育園と同じに思えてしまう。働く大人が育たない。<br /><br /> 親がいそがしさにかまけて、名門校とか有名塾とかたらいまわしに預けっぱなしすると、、中学校で職業体験、高校でアルバイト禁止とか、一貫性がない。<br /><br /> 消費者しか育っていない。<span id="more-3182"></span><br /><br /> かといって、苦学生が地味な生活送りながら一点豪華主義的で何か極めたところで、、オシャレで快適な仕事にありついて行けるかといえば、そんな保証はない。<br /><br /> シンデレラもプリティーウーマンも、わらしべ長者も、子どもは仲間外れで、同年代の情報から取り残され、就職も結婚もつまづきまくる。<br /><br /> 格差社会を覆す彼らは、セレブの子どもたちにとって、危険分子なのだ。<br /><br /> 子どもなんかほったらかして、ママ友付き合いに徹することが、結局子どもの為なのかと思えてしまう。<br /><br /> 我が家は、中流階級。家族でゆっくりすごす我が家が憩いの場だけど、、家でのんびりばかりしていると、、学校や公園で子どもが仲間外れに。<br /><br /> しょうがないから、流行りのスポットに出かけたり、イベントを企画したり。<br /><br /> 正直しんどい。</p>
				<p style="text-align: right;">東京：ある母親</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.webreport.jp/3182.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://www.webreport.jp/3182.html" />
	</item>
		<item>
		<title>教育を子どもたちのために～益川敏英さん語る　[だから，今日より明日（教育）] [編集]</title>
		<link>http://www.webreport.jp/1433.html</link>
		<comments>http://www.webreport.jp/1433.html#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 03 Nov 2009 02:38:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kiyo7</dc:creator>
				<category><![CDATA[教育]]></category>
		<category><![CDATA[文化]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://kiyo7.sakura.ne.jp/?p=1433</guid>
		<description><![CDATA[				
				２００８年ノーベル賞（物理学賞）の益川敏英さん（京都大）が、科学者の視点で、子供の学びや育ちについてどんなことが大切かを語っている本を読んだので紹介します。
				
				
				&#160;
	 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p>
				２００８年ノーベル賞（物理学賞）の益川敏英さん（京都大）が、科学者の視点で、子供の学びや育ちについてどんなことが大切かを語っている本を読んだので紹介します。
				</p>
				<p>
				&#160;
				</p>
				<p>
				<img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/honnno.jpg" border="0" alt="honnno.jpg" width="240" height="240" align="left" />教育を子どもたちのために (岩波ブックレット)
				</p>
				<p>
				作者: 益川 敏英<br />
				出版社/メーカー: 岩波書店<br />
				発売日: 2009/08<br />
				メディア: 単行本
				</p>
				<p>
				&#160;
				</p>
				<p>
				　<br />
				　
				</p>
				<p>
				&#160;
				</p>
				<p>
				&#160;
				</p>
				<p>
				益川さんは、ノーベル賞受賞当時にマスコミでもよく取り上げられました。<br />
				<br />
				　四人の日本人受賞者のなかでも、とりわけ、歯に衣着せず思っていることをしゃべられ、「益川節」と言われていたりしました。
				</p>
				<p>
				　この本を読んで、ますます益川さんはいいなあ、と思えました。<br />
				　特に印象に残った部分を私の読書感想文で紹介します。
				</p>
				<p>
				<br />
				１　なぜ科学者が「平和」を主張するか？
				</p>
				<p>
				　　このことは、私も前からなぜなのか？どういう動機に基づくのか？と思っていました。アインシュタイン、ラッセル、湯川秀樹さんらが平和を訴え、核兵器の廃絶を訴えてきたことの思いの根源はどこに？と。
				</p>
				<p>
				　　益川さんの話ではこうです。<br />
				　　<br />
				　　科学の発展は、人類の自由を拡大する。<br />
				　　科学者そのものは別に平和主義者でも戦争主義者でもない。<br />
				　　科学は本来中立なものだが、それをどうつかうかは人間の問題。<br />
				　　たとえば、科学の発展により、テレビの電波の乱れを防ぐためのペンキの塗装技術（フェライトという磁石の粉を混ぜ込んで塗装するそうです）が生まれ、その１０年後くらいにアメリカで同じ技術を使ったステルス戦闘機が誕生したことが一例。<br />
				　　意図せず、科学の発展が戦争をしやすくしてしまうことがある。<br />
				　　このケースで言えば、この「ペンキを発明した科学者は、科学者としてではなくて一市民として、自分の子どもたちや孫たちを戦争に巻き込む可能性が増えているぞ、ということを誰よりも先に理解しなければ」ならない。<br />
				　　<br />
				　　そういうことから、益川さんは、自分が一科学者であるということの意味を考えて、
				</p>
				<p>
				「特殊な知識を持っている市民としての科学者は、常に、自分の生活体験からどう発言していくか、どう生きていくか、問われている」
				</p>
				<p>
				と語っておられます。　<br />
				　<br />
				　　こういう風に、人類のなかにあっての一科学者としての自分、を見つめておられるようです。おそらく、湯川博士なども、共通する出発点を持っていたのではないか、と思えました。
				</p>
				<p>
				　　とても感銘を受けました。
				</p>
				<p>
				　　科学というのは、情緒的なことなど関係なく、「正しいものは正しい」世界です。<br />
				　　が、しかし、科学者は人間。人類への愛があってこそ、科学が人類を幸福にする、科学の存在意義がある。<br />
				　　そこからくる「平和」への主張である、ということがすーっと理解できました。
				</p>
				<p>
				　　<br />
				２　めまぐるしく変化する現代社会でこそ基礎教育が大切である<br />
				　　<br />
				　　ここからが、「教育」論です。
				</p>
				<p>
				　　人に何か秀でた長所があったとしても、それが何かにぶつかって、十分に伸びないことはもったいない。
				</p>
				<p>
				　　例として、エジソンや益川さんのお父さんの例が出てきます。<br />
				　　益川さんのお父さんは、電気技師になりたくて勉強していた時期があったけれども、小学校しか出ていなかったのでサイン・コサインのあたりでどうしても分からなくなって諦めたそうです。<br />
				　　今高校を出ている人からすれば「もっと難しいことならともかく、サイン・コサイン程度のことで、夢を諦めるなんてもったいない」と思うでしょう？<br />
				　　<br />
				　　やっぱり、自分のオリジナルの研究をするのが夢だとすれば、そこに至るまでの基礎的な勉強がなくては、自分の思う「オリジナル」が実現できない。
				</p>
				<p>
				　　そして、現代社会の変化のめまぐるしさを考えると余計、応用範囲の広い基礎のことをきっとおさえて、学習することが大事だ、と益川さんは強調されます。
				</p>
				<p>
				　　たとえば、昔、テレビやラジオの電気回路に真空管が使われていたころ（今から４０年前）、真空管についての分厚いマニュアル本を学生が一生懸命ずーっと勉強したものの、５年もたつと、全部トランジスタに置き換わってしまった、という例（どちらかいえば、失敗の例）が挙げられていました。
				</p>
				<p>
				　　目先の技術的なことだけを追いかけるのではなくて、「やはりそこで教えられた学生が真に力を出すのは、一〇年、二〇年先なんです。それぐらいの変化に対して堪えられるような知識を伝えるべき」だ、「だから基礎からきちっと押さえて、それが具体的に応用する時にどういう種類の問題が起こるかということを、できるだけ汎用性がある形で教えること。これが重要だと思います。」というのが益川さんの意見です。
				</p>
				<p>
				　　私も同意見です。
				</p>
				<p>
				　　以前にも、書いたかも知れませんが、例えば「小学生に株式の授業」などといったことが話題になりました。<br />
				　　「株式のおはなし」が、たとえば、算数や社会科の「導入」としての切り口ならばそれはそれでよいでしょう。<br />
				　　しかし、話題になったころは、まさにグローバル経済万歳、市場経済万歳、「貯蓄から投資へ」ブームという、一時の流行に思いっきり乗っかった文脈での「株式の授業」。<br />
				　　こんなことでは、益川さんの言う、汎用性ある知恵の獲得というにはならない。むしろ、へたをすると、「目先の利を追う」だけの良くない態度を子供にあたえる恐れすらあるかもしれません。
				</p>
				<p>
				　　高度に進化し、めまぐるしく変化する社会だからこそ、何事にも通じる、本当の基礎（数学、言語、論理）を「基本的なものの考え方」から丁寧にそだててゆくこと、このことの重要性を再確認すべきだとおもいます。
				</p>
				<p>
				　　「ゆとり教育」が悪玉ではないと思いますが、そのあたりの時代以降、学校のカリキュラムでも「目先」的なものの比率が高くなっているのが気になります。<br />
				　もちろん、目先を変え、社会との接点も増やし、「スパイス」のような要素を適度に散りばめ、生徒が退屈しないようにしよう、という工夫であるのは分かります。<br />
				　でも、物事の優先順位は大切です。<br />
				　言語や論理、算数・数学といった、人がものを考える基礎力を、十分な時間も掛けて丁寧に育ててゆくことが主眼に置かれねばならないと思います。<br />
				　<br />
				　　<br />
				　私は、教育基本法「改正」問題以降ずっと色んなことを考えていますが、やっぱり、こう思います。
				</p>
				<p>
				　<br />
				　益川さんの言うように、基礎教育を大事にし、人がものをしっかり考えてゆく力を丁寧に育ててゆくことによって、ひいては、益川さんのように「人類の中の自分」を強く意識し、自分や他人への愛をもち、自分の社会の中での役割に一生懸命に生きる人が世の中に溢れるようにしてゆくのが、人類の幸福、また、個々の人の幸福につながる。（そうしてゆけば、「愛国心」も「公共の精神」も、誰に押しつけられるわけではなく、ごく自然に、多くの人がそれに相応するものを持ち合わせている世の中になるはずである、と思います。）<br />
				　
				</p>
				<p>
				３　「子どもたちに、あこがれとロマンを」
				</p>
				<p>
				　そして、益川さんは、最後にこう言います。
				</p>
				<p>
				「野球の好きな子なら、イチロー選手にあこがれて、まねしてやってみる。字を読むのが苦にならないなら本を読む。工作が好きなら何かつくってみる。それでもし、自分に合ってないということを見つけたら、別のものにかえていく。あこがれがあれば、それほど無理をせずに努力できるもの。それを見つけられる環境を与えてあげる。」
				</p>
				<p>
				　私も、やっぱり、子どもの　内なるパワー　を邪魔せずに、引き出し、伸ばしてあげる、ことに尽きるのだと思います。<br />
				　それが、幸福とともにある、学び、育ちである。<br />
				　そして、内なるパワーを大切にすることが、最大の成果を生むのではないか、と思います。
				</p>
				<p>
				<br />
				　全体を通して、益川さんの話は、人間の存在そのものを良く見つめておられるし、益川さん自身がとても「熱い」人だということがよく分かりました。
				</p>
				<p>
				　私もそんな風に、子どもを、人間を見つめていきたいな、熱く生きたいな、とそう思いました。
				</p>
				<p align="right">
				神戸：村上英樹&nbsp; <span style="color: #000000"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif'"><a href="http://blog.so-net.ne.jp/h-m-d/">弁護士村上英樹のブログ</a></span></span>
				</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.webreport.jp/1433.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://www.webreport.jp/1433.html" />
	</item>
	</channel>
</rss>

