あか

NYで母親たちが「国連よ、原発推進を止めなさい」

                             
泉さん(左)と佐藤さん(右)。米国から帰国したその足で通産省前の「原発反対座り込み」を激励に訪れた。(25日夕、筆者撮影)

 野田佳彦首相の国連演説に合わせて渡米した母親たちが、ニューヨークやワシントンDCで「脱原発」を呼びかけた。原子力利権の総本山であるアメリカの真っ只中で「原発を止めよう」と声を上げたのは、佐藤幸子さん(子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク)、泉かおりさん(Shut泊&脱原発ネットワーク北海道)ら6人。

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生活が苦しい方へ!

生活が苦しい方へ!

身体障害者になってしまった、離婚してしまった、職がなくなって家族を養えないなど急にそんなことになることもこの不況の世の中では珍しいことではありません。
そんな生活を助ける法律が日本にもあります。
生活保護はいったいどういったものなのでしょうか。
またどのくらいの金額を支給してもらえるのでしょうか?
http://e-shinanoya.com/

 神奈川:支援者の一人

たけちゃんの独り言

富士山初冠雪
◆9月24日は冷え込み、富士山が初冠雪だった。昨年より1日、例年より6日早いという。昼間の気温は平年並みで、秋晴れの一日だった。24日気象庁発表の今日から一週間の天気予報だと「北日本から西日本は、前半は高気圧に覆われておおむね晴れ、後半は気圧の谷や湿った気流の影響で雲が広がりやすく雨の降る所がある」とあり、日中の気温は23,4℃と平年並みの様だ。11月の木枯らしが吹く頃迄、秋のすがすがしい気候を満喫したいものだ。
◆日比谷公園内にあるレストラン「松本楼」が、日曜日の今日11時から1500食の10円カレーを提供する。この催しは1971年の全焼後の再建から39回にもなる。売上は東日本大震災復興に寄付をするとHPにあった。HPには”孫文と辛亥革命を支えた梅屋庄吉の生涯。「革命をプロデユースした日本人」・・・本の紹介”が掲載されていた。松本楼の創業者は小坂梅吉で梅屋庄吉と姻戚であり、著者の常務取締役である小坂文乃の曾祖父が梅屋庄吉(映画産業の基盤を築く)とある。孫文の革命に梅屋庄吉は今に換算して、1兆円の支援をした日本人だったとは驚き。辛亥革命(シンガイカクメイ1911)から100年の節目にあたり、4日迄東京国立博物館で特別展があったなど、カレーが食べたいとの思いと、日中や松本楼の違う面を知る。

立川:たけちゃん

【続報・脱原発に4万人超】

「いても立ってもいられなくて来た」
2011年9月19日 18:13  
                            
東電と政府の責任を問うプラカードがいつものように目についた。(19日午後、明治公園。写真:筆者撮影)

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【第一報】 脱原発集会に4万人超の参加者

2011年9月19日 14:57  
                                    
夏と変わらぬ太陽が容赦なく照りつけたが、会場は「脱原発」を求める人で埋め尽くされた。(19日午後、明治公園。写真:筆者撮影) 

 東京明治公園できょう午後、行われた「脱原発集会」に4万人を超す人々が全国から参加した。ノーベル賞作家の大江健三郎さんがスピーチするとあって、日頃は「脱原発依存」に冷ややかなマスコミも各社、取材に駆け付けた。

 「反原発」を訴えて行動する俳優の山本太郎さんは、自らのツイッターにこう記している――『明治公園、すごい人!命を繋ぎたい、本気で生きてる人々が結集。仕事、体調で参加できない方々の分まで声を上げ歩くよ?』 (つづく)

 東京:田中龍作 田中龍作ジャーナル

震災日誌(4)

[地震・津波を正しく恐れる、宮古市田老町]

[八月一六日]
宮古市田老町に足を運んだ。郷里の青森・むつでの墓参りの帰途である。久慈市から国道四五号線を車で南下した。峠を越して海沿いの集落に乗り入れるごとに、津波で流された住宅地跡が眼に飛び込んでくる。どの地も三月一一日までは人々の暮らしとの場であり、ふるさとの安らぎが満ちていたのだ。人の気配のする建物は、一階だけの被害で済んだのかとほっとする。しかし、周りの家々が徹底的に破壊されている以上、当たり前の暮らしが残っている訳ではない。田老町の手前、峠の国道沿いにある道の駅たろうは多くの客でにぎわっていた。そういえばお盆休みの最終日。帰省の人々のものか、他県ナンバーの車も多い。いつものお盆と変わらない光景だ。国道はやがて田老湾に向かって高度を下げていく。息をのんだ。防潮堤の背後に拡がっていた家々はことごとく流され、土台が残されているだけだった。街がない。

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【反原発デモ】

 収束する気配が全くない福島原発の事故。原発をなくすのか、それとも、今後も推進していくのか。日本の動向に世界が注目しているといっても過言ではない。

 今月11日、反原発を呼びかけるデモが、東京・新宿であった。9月というのに、暑い日が続く中、警視庁によると、2000人余りが参加した。

 筆者が向かったのは、最初の集合場所になっていた新宿中央公園。以前あったデモ(確か、今年6月の芝公園を出発したもの)と比べて、いわゆる‘一般’の参加者は少ないように感じた。参加者は、思い思いの衣装をまとい、「原発いらない」「斑目、デタラメ」(斑目とは原子力安全委員会委員長。念のため)などと叫びながら、デモ行進を開始。先頭は、バンドマンたちが演奏する車両。新宿アルタ前を目指した。 (続きを読む…)

防災政策

  3月11日の東北関東大震災は、被災地のみならず日本中に衝撃を与えた。

 ところで政策のうち防災政策ほどやりにくいものはないというのが、県庁で防災担当部長も経験した私の所感である。特に発生の確率の低い災害への対策は、なかなか実行できない。例えば百年に1回の確率で、災害が発生するとしよう。するとそれでは今後99年は災害が起きないで、百年目に災害が起きると誤解する人がいて、そんなに急いで防災に予算を使うことはない、との主張が出てきて、この主張の方が通ってしまうのである。いうまでもなく百年に1回の発生確率とは、来年災害が起きてその後99年は災害が起きない場合も含むのである。要するに確率が低くても間近に災害が起きる恐れがあるのであるが、これがなかなか理解されない。

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震災日誌(3)

[大震災とメデイア]

 六月一五日、見逃したETV特集「ネットワークで作る放射能汚染地図」(五月一五日放送)と、続編「続報・放射能汚染地図」(六月五日放送)を見た。後輩にDVDをダビングしてもらった。いずれも力作だった。被曝の危険を冒しながら、自主測定を続ける科学者たちの姿に胸を熱くした。通りいっぺんの測定データを発表するだけの政府。それも住民のほとんどが真実かどうか首をかしげる数字だ。その上、SPEEDの汚染予測データを隠し続けていた政府。木村真三さん、岡野真冶さんら科学者の努力は国民を欺き続ける政府、そして御用学者と呼ばれる人々と対極にあった。

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右からの脱原発デモ “非常時にイデオロギーは要らない”

                               
日章旗を先頭に進むデモ隊。横断幕の右端を持つのが鈴木邦男・一水会顧問。(31日、芝公園前。写真:筆者撮影)

 日章旗と「原発いらない」のプラカードが共に翻った。31日、民族派ナショナリストの呼びかけによる脱原発デモが都内で行われ、市民団体や環境団体のメンバーも参加した(呼びかけ人:鈴木邦男・一水会顧問など)。

 「脱原発を訴える人たちの裾野が広がってきた」と筆者はこれまで幾度も指摘してきた。人気俳優やアイドルがテレビ界のタブーを冒してまで脱原発の集会・デモに参加するようになった。「デモは初めて」という年配者が目立つ。今や脱原発運動を支えているのは子供を守りたい一心の母親たちだ。 

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