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	<title>日本Webリポート＆ニュース &#187; レジャー</title>
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	<description>弱者の味方。みんなで作る、投稿型ニュースサイト</description>
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		<title>【久留里城】</title>
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		<pubDate>Sun, 28 Aug 2011 02:11:23 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kiyo7</dc:creator>
				<category><![CDATA[レジャー]]></category>
		<category><![CDATA[文化]]></category>
		<category><![CDATA[芸術・文化]]></category>

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		<description><![CDATA[				
				　東京に住んで、かれこれ６年。６年住み続けているわけではないが、初めて千葉県を旅行してみた。恐い（優しい？）伴侶と怪獣２匹とともに、お目当てのプールと水族館から帰る途中、「水と城の久留里（くるり）」と [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/20110826155347.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/20110826155347-225x300.jpg" title="20110826155347" width="225" height="300" class="alignleft size-medium wp-image-6375" /></a>　東京に住んで、かれこれ６年。６年住み続けているわけではないが、初めて千葉県を旅行してみた。恐い（優しい？）伴侶と怪獣２匹とともに、お目当てのプールと水族館から帰る途中、「水と城の久留里（くるり）」という看板が目に入った。お尻がむずむずした筆者を見た伴侶は、「せっかくだから行ってきたら」と珍しく（？）優しい言葉をかけてくれた。<br /><br />　久留里は、君津市の内陸部にあり、房総半島の中央部にある。歴史通としては、久留里城を拝んでみたいと思い、駐車場に家族３人を残し、本丸へと向かった。<br /><br />　平日の金曜日。名所として知られているわけでもないので、人はまばら。駐車場から本丸までは約６００メートル。メタボな８０キロ（身長は１７０センチそこそこ）が、サンダルでも「何とかなるだろう」と思いながら、本丸を目指した。<span id="more-6374"></span><br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/20110826155236.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/20110826155236-225x300.jpg" title="20110826155236" width="225" height="300" class="alignright size-medium wp-image-6376" /></a>　それでも、６００メートルの坂道は辛い。このあと東京まで運転するという（絶対的）使命を考えると、「帰ろうかな」という思いが頭をよぎった。しかし、もう２度とありえないかもしれないと思い、ずんずんと歩いた。<br />途中の二の丸跡に資料館があり、少し悩みつつも、本丸に行く前に資料館に立ち寄った。無料で、しかも甲冑や刀剣が展示されている資料館。じっくり読み込みたいと後ろ髪を惹かれる思いだったが、伴侶と怪獣のことを考え、さらっと流していざ本丸へ。<br /><br />　本丸を目の前にすると、「意外と新しいな」と少しがっかり。もちろん、本丸自体は、再現されたもの。それでも気を取り直して、本丸に入った。本丸の最上階からの見晴ら。標高がどのくらいかは確認しなかったが、晩夏の田園風景を一望して思ったことは、「日本の故郷だな」。<br /><br />　駐車場に戻る途中、再び二の丸跡（資料館があるところ）をうろつくと、久留里城を本拠としていたとされる里見氏が、１５５４年から翌年にかけて、後北条氏の有力家臣、北条綱成らが率いる２万の軍勢を撃退したと、石碑に記されていた。戦国時代の北条氏は、鎌倉幕府<a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/20110826155040.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/20110826155040-225x300.jpg" title="20110826155040" width="225" height="300" class="alignleft size-medium wp-image-6377" /></a>の執権を務めた北条氏と区別して後北条氏とされ、豊臣秀吉は、この後北条氏を倒すことで、事実上、天下統一を果たした。その後北条氏と関東支配をめぐって争った里見氏、と書けばカッコイイかもしれないが、実際はかろうじて後北条氏に対抗していた里見氏というのが実情だ。それでも、その後北条氏を撃退した古戦場（現在は田んぼ）を臨むと、感慨はひとしおだった。<br /><br />　当時、この所領がどのような位置づけであったかは知る由もない。過疎化が進んでおり、取り残された日本の農村とも言えるようなところだ。このわずか土地を、なぜ有力戦国大名の後北条氏がこだわったのか。１５６４年に、後北条氏は、久留里城を掌中にする。関東支配の一手順だとは思うが、久留里にこだわった何かに思いを巡らせてしまう。<br /><br />　メタボの城歩きに戻ると、二の丸跡には、この久留里を治めた土屋氏の家臣として青年期を過ごしたんとされる新井白石の像も建てられている。この像自体は昭和の後半にできた<a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/20110826155718.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/20110826155718-300x225.jpg" title="20110826155718" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-6378" /></a>もので、はっきり言って「どうでもいい」が、先人に対する地元の思いに触れた気がした。<br /><br />　久留里城の駐車場に到着し、再び戻ってくるまでわずか３０分。それだけの時間で何が判ったというわけでもない。それでも、先人が何を思い、何を成したかったのかを考えたかった。今でこそ、日本の中心から取り残された場所かもしれないが、その土地に生き、その土地にこだわった思いは、東京一極集中の現代日本に投げかけるものがあるはずだ。<br /><br />東京：勘朔</p>
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		<title>道東湿原の旅（４）　</title>
		<link>http://www.webreport.jp/6288.html</link>
		<comments>http://www.webreport.jp/6288.html#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 19 Jul 2011 03:02:38 +0000</pubDate>
		<dc:creator>mochida</dc:creator>
				<category><![CDATA[レジャー]]></category>
		<category><![CDATA[北国の便り]]></category>
		<category><![CDATA[環境・自然]]></category>

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		<description><![CDATA[				
				　～遺跡の湿原・標津湿原～
				一連の湿原訪問の旅で、これまで一度も訪れたことがなかったのが、標津（しべつ）湿原である。名前はよく聞いており、今回の旅で楽しみにしていた湿原でもある。訪れると入場 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				
				<p>　<span style="color: #0000ff;">～遺跡の湿原・標津湿原～</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/12247867f35e75a5128f9380f463b2ce.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/12247867f35e75a5128f9380f463b2ce.jpg" title="2道東地図" width="201" height="190" class="alignright size-full wp-image-6290" /></a>一連の湿原訪問の旅で、これまで一度も訪れたことがなかったのが、標津（しべつ）湿原である。<br />名前はよく聞いており、今回の旅で楽しみにしていた湿原でもある。<br />訪れると入場料が必要だという。<br />えっ、湿原に入るのに入場料が要るの？<br />湿原に足を踏み入れて分かった。</p>
				<p>標津湿原には湿原を流れるポー川流域に、北海道最大級の縄文時代の住居跡の遺跡がある。<br />この遺跡群が国の文化財に指定されたことに伴って、標津湿原も周辺の自然環境保全の立場から、国指定天然記念物として保護された。<br />現在「ポー川史跡自然公園になっており、その入場料として有料になっていた。<span id="more-6288"></span><span style="color: #0000ff;">＜　サケの上がる川　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/18a885ecf1fab5e82febf98b73a17989.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/18a885ecf1fab5e82febf98b73a17989-300x225.jpg" title="4川の河口" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-6292" /></a>一般的には「標津湿原とか「ポー川」などといってもピンとこない。<br />しかしサケの遡上する「標津川」というと、知名度は抜群に上がる。</p>
				<p>標津川は秋になると、産卵の場を求めて川一杯にサケが遡上する有数の川として知られ、毎年カメラマンがどっと訪れる。（写真左：標津川下流）<br />サケは押すな押すなと重なり合い、背びれを水面に出して次々に遡上する。<br />広い太平洋を巡回し、4年後になぜ生まれ故郷の狭い川に押し寄せてくるのか、不思議でしょうがない。<br />「地下鉄の電車はどうして地下に入ったのかと、頭をひねるよりも不可思議な現象だ。<br />いろいろな説があるようだが、これだけはサケに聞いてみるしかない。<br />昼食に標津湿原に近いサーモン科学館のレストランに入った。<br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/23f55df6f5865ada6467d5f9981c2ba6.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/23f55df6f5865ada6467d5f9981c2ba6-300x225.jpg" title="1赤球塔" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-6291" /></a>展望台の屋上にある3つの大きな赤い丸い球が、目についた。（写真右）<br />イクラだという。<br />なるほど、標津はサケの町である。</p>
				<p>昼食にでた食事も、名物「ちゃんちゃん焼き」だ。<br />サケの上に野菜をのせて焼き、みそで味をつけて食べる野趣あふれる料理だった。</p>
				<p><br /><br />　　<span style="color: #0000ff;">＜　遺跡のある湿原　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/db436979f3f1298203249bd0bc4b742b.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/db436979f3f1298203249bd0bc4b742b-300x225.jpg" title="3橙色の花" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-6293" /></a>標津湿原入口の芝生が真っ赤な絨毯になっていた。<br />コウリンタンポポだ。（写真左）<br />タンポポも寒冷地の道東や道北にくると、日本列島を制覇したセイヨウタンポポもさすがに勢いが衰える。<br />代わって、サハリン方面から南下してきた寒さに強いコウリンタンポポの世界となる。<br />コウリン（紅輪）タンポポは群生すると、毒々しいばかりの紅色だが、一本一本をみると実にかわいらしい。<br />ヨーロッパでは「ビーナスの筆」と云われているという。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/8784ff1409cdfbecce36105db55ea807.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/8784ff1409cdfbecce36105db55ea807-300x225.jpg" title="6竪穴式住居" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-6294" /></a>湿原にはあまり見られない竪穴式住居が復元されていた。<br />（写真右）<br />ポー川周辺の遺跡は、縄文時代から擦文（さつもん）時代｛米がとれなかった北海道には弥生時代はなく、擦文時代と云われている｝、そしてアイヌ文化時代の住居跡が残っている。<br />この地がサケの遡上する豊かなところで、早くから先住民族が住みついていたところであったとみられる。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/52a2defce2dca0e7c346d34316f2978a.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/52a2defce2dca0e7c346d34316f2978a-150x150.jpg" title="7湿原の木道" width="150" height="150" class="alignleft size-thumbnail wp-image-6295" /></a>木道を歩くと平凡な湿地帯がつづく。<br />とても穏やかな湿原だ（写真左）</p>
				<p>前日までの2日間、釧路湿原に霧多布湿原、春国岱に野付半島湿原と、ダイナミックな湿原ばかりを見てきただけに、標津湿原がなにかしら物足りなさすら感じる。<br /><br /><br /><span style="color: #0000ff;">　＜　湿原の種類　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/c49d45fb697da750bef3fe451ee39f40.jpg"></a><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/c49d45fb697da750bef3fe451ee39f401.jpg"></a><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/c49d45fb697da750bef3fe451ee39f402.jpg"></a><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/c49d45fb697da750bef3fe451ee39f403.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/c49d45fb697da750bef3fe451ee39f403.jpg" title="5湿原の種類" width="448" height="336" class="alignright size-full wp-image-6304" /></a>いろいろな湿原を見てきたが、湿原は水との関わり方、水位によって大きく分けて３つに分類される。</p>
				<p>1つは、雨や霧・雪から水の供給を受ける湿原で、高層湿原といわれ、栄養が乏しいのが特徴で、代表的な植物はミズゴケである。（写真右上段）</p>
				<p>1つは、周囲の川などを通じて水の供給をうける湿原で、低層湿原と云われ、栄養に富むのが特徴で、代表的な植物はヨシである。（写真下段）</p>
				<p>もう１つは、両者の中間の湿原で、中間湿原と云われ、代表的な植物はヌマガヤだ。<br />（写真中段）</p>
				<p>ただ実際には一つの湿原のなかに、高層も低層も中間も併せ持つ湿原が多く、湿原を複雑にしている。</p>
				<p>標津湿原は、高層湿原と中間湿原からなる。<br />従って釧路湿原などで見られるヨシは生えない。<br />特記すべき花が観察されたわけでもなく、わずかにエゾゴゼンタチバナ（写真下左）、ノハナショウブ（写真右）などが人目を引いた。</p>
				<p>　　　　　　　　 <a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/10siroi.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/10siroi-150x150.jpg" title="10siroi" width="150" height="150" class="alignnone size-thumbnail wp-image-6305" /></a>　　<a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/104.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/104-150x150.jpg" title="10" width="150" height="150" class="alignnone size-thumbnail wp-image-6306" /></a></p>
				<p> 　<br />　<span style="color: #0000ff;">＜　帰路の道草　＞</span></p>
				<p>2泊3日で予定していた湿原や塩湿地を、ほぼ見て回った。<br />一つ一つの湿原を、いつもよりじっくり見てきた感じがする。<br />参加者の中で万歩計をつけている人が何人もいた。<br />若干の差があっても毎日１万5000歩以上は歩いたという。</p>
				<p>最終日の3日目の午後は、一路札幌に向かうことになるが、主催者が「せっかくですので道すがら、いろいろ寄りましょう」ということになった。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/c8e31854030859547b2411e9cd0cebd1.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/c8e31854030859547b2411e9cd0cebd1-300x225.jpg" title="8白い小花" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-6307" /></a>弟子屈に近い硫黄山の麓には、日本一のイソツツジの大群落が広がっていた。<br />いまがちょうど満開だ。（写真右）<br />イソツツジは酸性に強い植物なので、この地の独壇場となっており、時期的に一番良いときに訪れた。</p>
				<p>平地でありながらも気象条件の厳しい当地では、高山植物のハイマツと、パイオニアツリーのシラカンバしか生えておらず、その林床部をびっしり真っ白なイソツツジが埋めていた。<br />何度訪れても素晴らしい秀逸のお花畑である。</p>
				<p>主催者は「天気が良いので裏摩周に行きましょうという。<br />摩周湖はしばしば訪れるが「裏摩周」という言葉は初めて聞いた。<br />いつも見ている摩周湖を裏側からみるということだな。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/fe3f1f79229c5436038c113068893fe8.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/fe3f1f79229c5436038c113068893fe8-300x225.jpg" title="9湖に島" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-6308" /></a>そう思うとがぜん興味がわき、札幌に帰る時間が遅くなるのも気にならなくなる。<br />主催者も味なことをやってくれる。</p>
				<p>立派な展望台があった。<br />摩周岳や、湖のへそでもある小島も浮かんでいるのが見えた。（写真左）<br />初めて見る摩周湖のもうひとつの顔であったが、景観そのものは“表摩周”に軍配が上がる。</p>
				<p>摩周湖の近くにある「神の子池」という周囲220ｍの小さな池も訪れた。<br />アイヌ語で「神の湖」といわれる摩周湖の伏流水が流れ込んでできたことから、神様の贈り物「神の子池」と呼ばれる。<br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/782c09ab654abee9ab2ff8c1c8d32c74.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/782c09ab654abee9ab2ff8c1c8d32c74-300x225.jpg" title="11青い池" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-6309" /></a>水深は5ｍで青く澄んでおり､底がはっきりと見えた。（写真右）<br />水温が年間を通じて８℃と、とても低く倒木が青い水の中に腐らず、化石のように沈んでいた。<br />原生林で覆われた北海道の大自然の懐に、ひっそり佇む神秘的な湖で、まさに「神の子池」だ。</p>
				<p>新聞やテレビで時々紹介される神秘の湖が見られて、大収穫だったが、札幌に着いたのは大幅に遅れて、夜10時ころだった。</p>
				<p>実りの多い湿原の旅だった。<br />全行程率先して行動を供にした85歳の老学者曰く<br />「もう一日くらい回っても良かったですね。また行きましょう」<br />60,70は鼻たれ小僧である。　　　　（完）　</p>
				<p style="text-align: right;">　札幌：望田武司</p>
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	</item>
		<item>
		<title>道東湿原の旅（３）　</title>
		<link>http://www.webreport.jp/6245.html</link>
		<comments>http://www.webreport.jp/6245.html#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 13 Jul 2011 02:49:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>mochida</dc:creator>
				<category><![CDATA[レジャー]]></category>
		<category><![CDATA[北国の便り]]></category>
		<category><![CDATA[環境・自然]]></category>

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		<description><![CDATA[				
				 ～春国岱・野付半島～ 
				バスは太平洋岸から知床と根室の間にまたがる根室海峡に入る。この地域の北海道海岸は干潟や砂州など、特異な自然の景観が見られる地域である。根室半島の付け根にある風蓮湖か [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/b970b07a9f18a214579c2cfc329494735.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/b970b07a9f18a214579c2cfc329494735.jpg" title="1地図" width="201" height="190" class="alignright size-full wp-image-6246" /></a> <span style="color: #0000ff;">～春国岱・野付半島～ </span></p>
				<p>バスは太平洋岸から知床と根室の間にまたがる根室海峡に入る。<br />この地域の北海道海岸は干潟や砂州など、特異な自然の景観が見られる地域である。<br />根室半島の付け根にある風蓮湖から砂州が伸び、広い干潟になっているところが春国岱（しゅんくにたい）だ。<br />また海流の影響でかぎ型に伸びてできたのが野付半島で、国内最大の砂嘴（さし）だ。<br />この二つの自然景観に共通しているのは「樹の墓場」である。<span id="more-6245"></span><span style="color: #0000ff;">＜　鳥の宝庫　春国岱　＞</span></p>
				<p>春国岱は交通が不便な所にあり、一般の観光客はあまり訪れない秘境である。<br />ただ野鳥の楽園となっていて、水鳥を保護するラムサール条約の登録地に指定されており、愛鳥家にとって一度は訪れたい野鳥の聖地でもある。<br />この時期は鳥のシーズンではないが、どこまでも伸びる高架の木道を歩くだけでも気持ちが良い。（写真下左）<br /><br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/6dff0f2f641535d882873b821f5df5ef6.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/6dff0f2f641535d882873b821f5df5ef6-150x150.jpg" title="2木道" width="150" height="150" class="alignnone size-thumbnail wp-image-6254" /></a> <a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/76f6f5030a3a4632a3a8bbb446cfa7a43.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/76f6f5030a3a4632a3a8bbb446cfa7a43-150x150.jpg" title="3ウミミドリ" width="150" height="150" class="alignnone size-thumbnail wp-image-6256" /></a> <a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/97e5eedaf25c8813f12aec5e08aff1552.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/97e5eedaf25c8813f12aec5e08aff1552-150x150.jpg" title="シコタンキンポゲ" width="150" height="150" class="alignnone size-thumbnail wp-image-6255" /></a></p>
				<p><span style="color: #0000ff;">ウミミドリ</span>という豆粒のような花が、砂地にばらまかれているように咲いている。（写真中）<br />塩湿性の植物で、環境に適するように花は退化し、葉が多肉質だ。<br />これでもサクラソウの仲間だというから驚きだ、<br />花びらに光沢が見られる小さな<span style="color: #0000ff;">シコタンキンポウゲ</span>も目を楽しませてくれる。（写真右）</p>
				<p><span style="color: #0000ff;">＜　断末魔のアカエゾマツ　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/5akaezomatu7.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/5akaezomatu7-300x225.jpg" title="5akaezomatu" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-6247" /></a>探勝路となっている木道をどんどん進むと森に入る。<br />森と云っても緑豊かな森ではない。<br />立ち枯れとなった木の墓場である。<br />まるで墓標が林立しているようだ。（写真右）<br />春国岱から野付半島一帯の沿岸は、日本でも最も地盤沈下が激しいところで、この半世紀に20㎝ほど沈んでいるという。<br />この結果、樹木の根が海水に洗われて死んでしまった。</p>
				<p>専門家によると、終戦直後というから60年ほど前までは、ヨシやスゲなどが生い茂る普通の湿原であったという。<br />地盤沈下の結果水面が徐々に上がり、背の低い植物は耐えられなくなって、種は枯れてしまった。<br />かろうじて土地が盛り上がっていたところに分布していた背の高い種のみが生き残った。<br />この地は植物にとってホロホーストの現場だという。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/bd043012af04c1d5d463fc1f984f806d1.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/bd043012af04c1d5d463fc1f984f806d1-300x225.jpg" title="6樹根" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-6260" /></a>春国岱はアイヌ語で「スンク・ニタイ」、エゾマツ林という意味である。<br />昔は緑豊かなアカエゾマツの林であったのだろう。<br />砂丘のアカエゾマツ林は国内では春国岱だけに見られる<br />貴重な森林であったが、地盤沈下で無残な樹の墓場と化していった。<br />枯れた樹々は所々で倒れて、根の部分をさらしている。<br />（写真左）<br />去年の9月にも当地を訪れたが、そのときは 倒木は1本もなかった。<br />この冬相当の嵐があったのだろう。<br />これらの倒木は片づけられることなく、自然の淘汰に任されるのだろう<br />倒木をみると、根は縦には伸びてなく、横に広がっているだけで、砂地に浅く張っていたことがよくわかる。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/ed82956c9d3dc5e2461890565d411f991.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/ed82956c9d3dc5e2461890565d411f991-300x225.jpg" title="17水芭蕉の葉" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-6261" /></a>更に進むと、ミズバショウの大きな葉が木道両脇に生い茂り、その周囲はコケがびっしり波打つように生えていた。（写真右）<br />ふわふわしている苔の上に乗ってみたい気もするが、<br />ずぶずぶと沈む恐怖感にも襲われ、ここは木道を踏み<br />外さないように歩く。<br />あと数十年もすればさらに沈下が進み、ひたひたと波が押し寄せてきたらこの一帯はどのように変わるのだろうか。</p>
				<p>南国沖縄地方では、海水に浸かった木々はマングローブといって生育し、根は魚の格好の住処になっている。<br />しかしここでは海水に浸かった木々は死を意味する。<br />墓標となった自然の造作を目の当たりにして、自然の恐怖を感じた。</p>
				<p><span style="color: #0000ff;">＜　海流が作った日本一の砂嘴　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/c0615ec3034c44b7ef894f22f9fc5bd21.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/c0615ec3034c44b7ef894f22f9fc5bd21-300x171.jpg" title="8ｓｕｎａ地図" width="300" height="171" class="alignleft size-medium wp-image-6262" /></a>野付半島の砂嘴は、海流の影響で砂が「つ」の字を書いたように伸び、全長26㎞に及ぶ。<br />（地図左）<br />交通の便はわるいが、地の果てのお花畑をみようというツアーバスが後をたたず、春国岱と<br />違って観光客は相当多い。</p>
				<p>細い道の両脇は黄色のセンダイハギが満開だ。（写真下左）<br />客を乗せて花街道を行く馬車が風情を誘う。（写真中）<br />ハマナス（赤）やエゾカンゾウ（黄）が入り混じって花園となっている（写真下右）<br />ただこの日はいつもだと観察できる鳥類が、ほとんど姿を見せなかった。</p>
				<p> <a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/26b9dad5dbd1fe0f46e42e7e1c9e30a01.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/26b9dad5dbd1fe0f46e42e7e1c9e30a01-150x150.jpg" title="9エンダイハギ" width="150" height="150" class="alignnone size-thumbnail wp-image-6263" /></a> <a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/065020e77284c41883f7622c72dba5a41.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/065020e77284c41883f7622c72dba5a41-150x150.jpg" title="１０馬車" width="150" height="150" class="alignnone size-thumbnail wp-image-6264" /></a> <a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/0fdfd091c4311bffb98fc32c4d1630131.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/0fdfd091c4311bffb98fc32c4d1630131-150x150.jpg" title="11ハマナス" width="150" height="150" class="alignnone size-thumbnail wp-image-6265" /></a></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/0afe0011dce151187c183c061822efae1.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/0afe0011dce151187c183c061822efae1-300x225.jpg" title="7水芭蕉の葉" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-6267" /></a>可憐な小さな花、スミレに出会った。（写真右）<br />ちょっと雰囲気が違う。<br />スミレの種類は多く、これまで十数種類は観察しているが、今まで見たことがないような気もする。<br />するとベテランご婦人が「<span style="color: #0000ff;">オオバタチツボスミレ</span>よ」といとも簡単に教えてくれる。<br />確かにこれまでに観察したことがある、オオバキスミレとかタチツボスミレなどとはちょっと違う。<br />本体の花が小さい割には葉が大きいだけに、よく理解できた。<br />また一つ財産ができたと思うとうれしくなってしまう。<br />一面の花園ではあるが、オオバタチツボスミレは草に埋もれそうになりながらも、自らの<br />存在をＰＲしていた。</p>
				<p><span style="color: #0000ff;">＜　トドマツ林のなれの果て　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/3bdff24f3629e41c9638c6bc93b324462.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/3bdff24f3629e41c9638c6bc93b324462-150x150.jpg" title="12とどわら" width="150" height="150" class="alignleft size-thumbnail wp-image-6268" /></a>２キロほど歩くと、トドワラの看板に出会う。（写真左）<br />これから先は地盤沈下が進んで、トドマツ林は枯れ果て、トドワラと呼ばれる殺風景な景観となっている。<br />この先はずっと高架の木道だ。</p>
				<p>木の墓場から言うと、こちらの方が春国岱よりはるかに古い。</p>
				<p>立ち枯れの木も長い年月を経て倒れて、流木のように転がっており、墓標が少なくなった分、墓場のすごみが和らいだ感じもする。<br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/d060df7bd303e58b6bf3e9da37ce3f5e2.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/d060df7bd303e58b6bf3e9da37ce3f5e2-150x150.jpg" title="13壊れた木道" width="150" height="150" class="alignright size-thumbnail wp-image-6269" /></a>木道も壊れて立ち入り禁止となっており、春国岱と同じように、この１年で風景が変わったなあという感じを受けた。（写真右）</p>
				<p>野付湾の内側にある尾岱沼（おだいとう）は、帆掛け船によるシマエビ漁で知られるところで、この日も遥かかなたにうっすらと帆を立てた船が浮かんでいた。<br />しかし遠いうえに霞んでおり、帆掛け船をカメラに収めることはできなかった。<br />（写真下左；7年7月）<br />尾岱沼は海が浅いので動力船だと、エビの住処である藻や海草がスクリューにからまってしまう。<br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/a4fcb71b9e0a1a4c42df0d5adb68ed061.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/a4fcb71b9e0a1a4c42df0d5adb68ed061-150x150.jpg" title="14ヨット" width="150" height="150" class="alignleft size-thumbnail wp-image-6270" /></a>このため帆掛け船で漁をする。<br />この地域独特の風物詩“北海しまえび漁”である。<br />東日本大震災でシマエビの住処の藻場が流されて、水揚げ量は激減しているという。</p>
				<p>長いひも状の草が岸辺に打ちあげられ、木道に絡まりついている。<br />干上がった干ぴょうのようだ。（写真下右）<br />海藻でなく海草で、その名も<br />「<span style="color: #0000ff;">リュウグウノオトヒメノモトユイノキリハズシ</span>」という。<a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/2472a79bb6f0427f66ad694e3c8b02a22.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/2472a79bb6f0427f66ad694e3c8b02a22-150x150.jpg" title="15アマモ" width="150" height="150" class="alignright size-thumbnail wp-image-6271" /></a><br />文字数2１、こんなに長ったらしい植物名は他にない。</p>
				<p>漢字込みで書くと「竜宮の乙姫の元結の切り外し」となる。<br />よくできた名前だと感心する。<br />もっとも正式名は<span style="color: #0000ff;">アマモ</span>、わずか３文字である。</p>
				<p>野付半島にはこの７年間に５回訪れた。<br />しかしハマナスなどの海浜植物から、エゾカンゾウなどの湿地植物、それにアッケシソウなどの塩湿地植物などが入り混じった草木が生い茂っており、見飽きることがない。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/8a116245c2adaa96b67166d374895ce71.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/8a116245c2adaa96b67166d374895ce71-300x225.jpg" title="16国後" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-6272" /></a>厳しい自然条件のもとで特異な景観をみせている上、わずか16㎞先に北方領土の国後島を目の前にしているせいか、妙な緊張感もある。<br />毎回何かがあるのではないかという期待？をこめて歩いているような気がする。<br />（写真左：野付半島から見る国後島10年9月）</p>
				<p>国後島は、この日はかすんでいて、いつもは見える山の稜線はぼやけていた。<br />最果てのムードを醸し出しているのが野付半島である。<br />（つづく）</p>
				<p style="text-align: right;">札幌：望田武司</p>
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		<title>道東湿原の旅（２）</title>
		<link>http://www.webreport.jp/6154.html</link>
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		<pubDate>Sun, 10 Jul 2011 06:27:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator>mochida</dc:creator>
				<category><![CDATA[レジャー]]></category>
		<category><![CDATA[北国の便り]]></category>
		<category><![CDATA[環境・自然]]></category>

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		<description><![CDATA[				
				～　霧多布湿原トラスト　～北海道の地名は、大半が耳で聞いたアイヌ語をそのまま漢字にしたものである。この結果、長万部（おしゃまんべ）だとか、倶知安（くっちゃん）などのユニークな地名が生まれ、中には難読地 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				
				<p><span style="color: #0000ff;">～　霧多布湿原トラスト　～<br /></span><br />北海道の地名は、大半が耳で聞いたアイヌ語をそのまま漢<a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/3706b569a6640ad31dd64b3d0cb84752.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/3706b569a6640ad31dd64b3d0cb84752.jpg" title="1道東地図" width="201" height="190" class="alignright size-full wp-image-6158" /></a>字にしたものである。<br />この結果、長万部（おしゃまんべ）だとか、倶知安（くっちゃん）などのユニークな地名が生まれ、中には難読地名も多い。<br />その中で、霧多布（きりたっぷ）ほど、その地域にぴったりとした名前がつけられた所は、他に知らない。<br />これまで5回ほど花が咲き乱れる時期に、霧多布湿原を訪れているが、一度も霧がかかっていないときはないのだ。<br />従って湿原全体の全貌をいまだに見たことがなかった。<br />地名をつけるのに、いい加減な漢字をあてた役人が圧倒的に多い中で、たまたま偶然かもしれないが、この地に赴任した明治新政府の役人は、漢学の素養があったのではと勝手に思っている。<span id="more-6154"></span><span style="color: #0000ff;">　＜　花の湿原　＞</span></p>
				<p>霧多布はアイヌ語の「キータブ：茅を刈るところ」からきている。<br />防風林とか防砂林、防雪林などは全国的にお馴染みの林だが、「防霧林」というのがあるのは、全国で一か所、霧多布周辺のみである。<br />太平洋沿岸に発生する海霧（地元ではガスという）が、内陸部に少しでも入り込むのを抑えるために設けられたのが防霧林で、このおかげでこの辺の内陸部は、お陽さまの恵みを享受している。<br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/61a3348915be4c62d475f0d30fc68065.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/61a3348915be4c62d475f0d30fc68065-300x225.jpg" title="2湿原" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-6159" /></a>今回幸いにも霧のない霧多布湿原を初めて見ることができた。<br />釧路と根室に挟まれた浜中町の海岸沿いに広がる国内3番目に大きい湿原である。<br />湿原内を川がゆったりと蛇行して海に注がれ、湿原をぐっと引き立てている。（写真左）</p>
				<p>この湿原を有名にしたのは1922年というきわめて早い時期に「霧多布泥炭形成植物群落」として、国の天然記念物に指定されたことからくる。<br />低地の湿原の多くが農業用地に変貌していく中で、霧多布湿原は原始の姿を残していることで、学術的価値の高い湿原であるという。<br />以降この湿原は、海霧によって涵養された花の湿原として自然愛好家を惹きつけている。</p>
				<p> <a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/f44fba574f9d0c4d29cdf36e1b13748a1.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/f44fba574f9d0c4d29cdf36e1b13748a1-150x150.jpg" title="3木道" width="150" height="150" class="alignnone size-thumbnail wp-image-6162" /></a> <a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/18a88c8c667aee45a17af1ebcb0975ca.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/18a88c8c667aee45a17af1ebcb0975ca-150x150.jpg" title="4エゾカンゾウ" width="150" height="150" class="alignnone size-thumbnail wp-image-6163" /></a> <a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/c1e7cabc4db079ad6ae93224fd8730f2.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/c1e7cabc4db079ad6ae93224fd8730f2-150x150.jpg" title="5ワタスゲ" width="150" height="150" class="alignnone size-thumbnail wp-image-6164" /></a></p>
				<p>木道に足を踏み入れると霧多布湿原の代表する<span style="color: #0000ff;">エゾカンゾウ</span>の黄色い花がまず迎えてくれる。（写真上左・中）<br />風に揺られて涼しげな風情を醸し出しているのは<span style="color: #0000ff;">ワタスゲ</span>だ。（写真上右）<br />例年だと湿原全体がワタスゲで覆われてもいい時期だが、ことしはちょっと遅いという。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/e8fbf1b49b464970762f756c6bb03f66.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/e8fbf1b49b464970762f756c6bb03f66-150x150.jpg" title="6クシロハナシノブ" width="150" height="150" class="alignnone size-thumbnail wp-image-6165" /></a> <a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/307fbdea7406fa3418cf20b726160afb.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/307fbdea7406fa3418cf20b726160afb-150x150.jpg" title="7クロユリ" width="150" height="150" class="alignnone size-thumbnail wp-image-6166" /></a> <a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/1c672fa704939494e372c915419ba4b3.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/1c672fa704939494e372c915419ba4b3-150x150.jpg" title="8シコタンキンポウゲ" width="150" height="150" class="alignnone size-thumbnail wp-image-6167" /></a></p>
				<p>青みがかったピンクの花をつけて、ひっそり咲いているのは<span style="color: #0000ff;">クシロハナシノブ</span>、（写真上左）<br />名前のように奥ゆかしい。<br />その一方で、妖しげで不吉な予感を漂わせる人気の<span style="color: #0000ff;">クロユリ</span>も顔を出している。(写真中)<br />タンポポが目につくが、この辺りはセイヨウタンポポでなく、<span style="color: #0000ff;">シコタンタンポポ</span>と云われる千島産の<span style="color: #0000ff;">タンポポ</span>が主流だという。<br />花の裏側の苞片が反り返らないでくっついているのが特徴だ(写真右)</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/9hutamaitige.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/9hutamaitige-300x225.jpg" title="9hutamaitige" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-6168" /></a>天気が良いので、一度も足を入れたことのない距離の長い「仲の浜木道」に入った。<br />すると見たこともない白い花に遭遇した。</p>
				<p><span style="color: #0000ff;">フタマタイチゲ</span>だとベテランのご婦人が教えてくれる。<br />アネモネ、イチゲの仲間だ。<br />この花は何というのかと、いちいち高名な先生に伺うのも気が引ける。<br />こんな時に仲間同士だと気安く言い合え、時には意見が分かれたりすることもある。<br />これも楽しいひと時だ。<br />イチゲ（一華）は<span style="color: #0000ff;">アズマイチゲ</span>や<span style="color: #0000ff;">キクザキイチゲ</span>など、ほとんど観察したと思っていたが、図鑑を見ると確かにもう一つあった。<br />新たなイチゲを観察できて最高の収穫だ。<br /><br /><span style="color: #0000ff;">　＜　ナショナルトラスト　＞</span></p>
				<p>霧多布湿原を世に知らしめたひとつに、学術的価値の高い湿原を守ろうとする動きがある。<br />霧多布湿原周辺は私有地が多いため、私有地の使われ具合によっては水の流れが変わり、<br />湿原が常におびやかされているという。<br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/103.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/103-300x225.jpg" title="10" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-6169" /></a>このためナショナルトラスト運動が起きた。<br />全国の自然愛好家による寄金で、湿原周囲の土地を買い取ろうというものだ。<br />（写真右：霧多布湿原トラストの看板）</p>
				<p>今回は観察できなかったが、前回訪れたときは私有地の売地の近くでタンチョウが餌をついばんでいた。<br />土地を買い取るにはそれなりの資金が必要で、寄金を<br />募る一方、湿原グッズの販売などで運動の輪を広げているという。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/11hannnoki.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/11hannnoki-300x225.jpg" title="11hannnoki" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-6170" /></a>霧多布湿原もご多分に漏れず、湿原の乾燥化を示すハンノキが目立つようになってきた。(写真左)<br />ハンノキはまだ小さいが、同行した老学者は、10年20年後にはどのように変わっていくか見届け、霧多布湿原を後世に伝えてほしいという。</p>
				<p>湿原の大きさでは圧倒的に釧路湿原であるが、多くの人が霧多布湿原に魅かれるのは、やはり花の湿原だからこそだろう。<br />北海道には主な湿原だけでも100ほどあるが、湿原の中の湿原というと、やはり霧多布<br />湿原の右にでるものはない。<br /><br />　<span style="color: #0000ff;">　＜　初訪問　霧多布岬　＞<br /></span>　<br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/48fab97a4ff2aacdc3c3cbb49c7b0e32.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/48fab97a4ff2aacdc3c3cbb49c7b0e32-300x225.jpg" title="12断崖" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-6171" /></a>霧多布湿原をこれまでになく歩いた。<br />気温は20℃前後と思われるが、少し汗をかいた。<br />主催者が「天気が良いので霧多布岬まで足を延ばしましょう」と発案し、予定になかった所に向かった。<br />地元の人しか行かない所だろう。<br />バスで20分ほど、太平洋に突き出る断崖絶壁に着いた。<br />天気は快晴だが、吹く風は冷たく心地よさを通りこして<br />肌寒さすら感じる。天然のクーラーだ。<br />（写真右：オオカサモチ越しに見る断崖）</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/20f5474fcabf7804c2c7b7a42fd0de01.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/20f5474fcabf7804c2c7b7a42fd0de01-150x150.jpg" title="13エゾカンゾウ" width="150" height="150" class="alignleft size-thumbnail wp-image-6172" /></a>岬の先端に行く途中、ワラビのように茎が長く突き出た<br />植物群に出会った。<br />エゾカンゾウの固いつぼみである。<br />20分ほど前の湿原で、満開のエゾカンゾウを観察したのがウソのようだ。<br />いくら快晴とはいえ、自然の厳しさが窺える。</p>
				<p><br />岬の岩礁に海鳥が群がっている。<br />もしかしたらエトピリカがいるのではないかと、双眼鏡で目を凝らした。<a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/0088fb38ba91828b2f892be648559f66.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/0088fb38ba91828b2f892be648559f66-150x150.jpg" title="14切手" width="150" height="150" class="alignright size-thumbnail wp-image-6173" /></a><br />（写真<a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/3504b21bcf7fc0f3374e73d932093c5d.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/3504b21bcf7fc0f3374e73d932093c5d-150x150.jpg" title="15怒涛" width="150" height="150" class="alignright size-thumbnail wp-image-6174" /></a>右：岬の岩礁とエトピリカの郵便切手）</p>
				<p>残念ながら観察できなかったが、この辺りはエトピリカの生息地で、国内では30~40羽が確認されているだけの貴重な鳥だという。<br />最近は全国の愛鳥マニアのために、漁民が<br />船を出して案内しているという。<br /><br />　<span style="color: #0000ff;">　＜　松浦武四郎の足跡　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/1f6368a367dfb400bdcab42bfa6648c6.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/1f6368a367dfb400bdcab42bfa6648c6-300x225.jpg" title="16歌碑" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-6176" /></a>岬の先端に碑が立っていた。<br />誰の碑だろうと思って近づくと、幕末の探検家・松浦<br />武四郎の碑で、歌が刻まれていた。(写真左)<br />こんなところにも武四郎の足跡があったのかと驚いた。</p>
				<p> </p>
				<p> </p>
				<p><span style="color: #0000ff;">                                                   かねてより　あらきしほ(荒き汐)路と　きいたふの<br />　<br />                                                    島根にたかく　よする志らなみ（白浪）<br /><br /></span>武四郎もこの地に立って、この光景を見たのだなと思った。<br />武四郎は幕末6回も蝦夷地を訪れている。<br />蝦夷地だけでなく、樺太から国後・択捉まで足を運んでいる。<br />そして空中写真ではないかと思わせる正確な北海道地図を安政年間に作り、また蝦夷を北海道と改めた名付け親でもある。</p>
				<p>松浦武四郎ほど北海道各地に銅像が立ったり、歌碑が立っている人はいない。<br />なにしろ、どこにいっても和人として初めて、わが町わが村に踏み入れた人であるからだ。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/8d0ff5bafc0707737d58c44a9a5e6cbd.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/8d0ff5bafc0707737d58c44a9a5e6cbd-300x225.jpg" title="17タケシロウ" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-6177" /></a>武四郎を顕彰する絵が、重要文化財旧北海道庁舎(通称赤れんが庁舎)の長官室横に、展示されている。（写真右）<br />アイヌの酋長の案内で、阿寒湖畔を調査している武四郎を、文化勲章受章者・岩橋英遠が描いた。<br />身長145㎝しかなかった三重県人松浦武四郎が、とても<br />大きく見える。<br />臨場感のある歴史を感じる作品だ。</p>
				<p>松浦武四郎の碑が立つ絶壁に立つと、地の果てという感じがする。<br />岩礁付近の海は白波が立っている<br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/a1d17ab345f6c7a80b74a41b5fa8ca1f.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/a1d17ab345f6c7a80b74a41b5fa8ca1f-300x225.jpg" title="18撮影" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-6178" /></a>ふだんは海霧で見通しのきかない所であろう。<br />めったにないチャンスだ。<br />全景を撮影できる場所がないかと見渡すと、隣の岩場に<br />すでに老学者がカメラを構えていた。<br />よくも身軽に駆け上ったものだ。(写真左)<br />85歳の先生は、全ての行程で参加者と一緒に行動を供にしている。<br />へっぴり腰の構えが先生の得意のポーズだ。</p>
				<p>霧多布湿原で歩きすぎて足の重い私は、駆け上がるのをあきらめた。<br />私の方が85才かもしれない。　　　　　　　　　　　　<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（つづく）</p>
				<p style="text-align: right;">札幌:望田武司</p>
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		<title>道東湿原の旅　（１）　</title>
		<link>http://www.webreport.jp/6130.html</link>
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		<pubDate>Fri, 08 Jul 2011 02:24:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>mochida</dc:creator>
				<category><![CDATA[レジャー]]></category>
		<category><![CDATA[北国の便り]]></category>
		<category><![CDATA[環境・自然]]></category>
		<category><![CDATA[科学]]></category>

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		<description><![CDATA[				
				～日本一の釧路湿原～
				 広い北海道は大別して道央・道南・道北・道東の4地域に分けられる。九州と四国を加えてもなお広い北海道は、おのずから気温差も大きい。とりわけ道東の釧路・根室地方はもっとも [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				
				<p><span style="color: #0000ff;">～日本一の釧路湿原～</span></p>
				<p> 広い北海道は大別して道央・道南・道北・道東の4地域に分けられる。<br />九州と四国を加えてもなお広い北海道は、おのずから気温差も大きい。<br />とりわけ道東の釧路・根室地方はもっとも気温の低い地方で、夏に20℃を越すとニュースになるくらいだ。<br />6月末日までの2泊3日で、もっとも遅く花がでそろった道東の湿原めぐりに出かけた。<span id="more-6130"></span>　<span style="color: #0000ff;">　＜　人気先生の自然観察教室　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/658e7b2b9f79ccddc4d717626c4c7f85.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/658e7b2b9f79ccddc4d717626c4c7f85.jpg" title="１地図" width="201" height="190" class="alignright size-full wp-image-6134" /></a>道東は毎年のように訪れているが、今回のツアーに参加するのに半年以上前から申し込んでいた。<br />このフィールドワーク(以下FW)の案内役がS植物博士、飛び切り人気の高い先生だ。<br />先生のFWの参加者は、先生を慕う常連で占められ、既得権者が優先されてなかなか空き家がでず、新人はキャンセル待ちとなる。<br />今回参加した人たちは、10年以上も毎月のように先生と一緒にFWを楽しんでいる人ばかりで、中には20年という人もいるという。<br />S先生は今年で85才、とうに現役を引退しているが、先生が監修している「北海道植物図鑑」は植物マニアの必携の書となっている。<br />それだけでなく、日本とアメリカにしか生育していないエンレイソウ（ユリ科）の世界的権威として永久に名前の残る人でもある。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/323b939db1148325a5389f27b824a073.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/323b939db1148325a5389f27b824a073-300x225.jpg" title="2釧路湿原" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-6135" /></a>実は私は植物図鑑をS先生と共同監修しているもう一人の、これまた人気の高いT元北大植物園長のFWの常連である。<br />80才、S先生の大学の後輩だ。<br />植物学者は若い頃の野山歩きで鍛えているのか、長寿者が多い。（写真左：北斗口から見る釧路湿原）<br />今回S先生のFWに参加したのは、別に浮気をしたわけではない。<br />植物学の領域は広く、同じところに行っても先生によって話の内容が違うのだ。<br />それぞれの専門分野の視点からの説明をきけるのが楽しみで、今回仲間に入れてもらった。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/f44fba574f9d0c4d29cdf36e1b13748a.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/f44fba574f9d0c4d29cdf36e1b13748a-300x225.jpg" title="3木道" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-6136" /></a>バスの座席が同列のご婦人から、T教室とこちらと雰囲気が違いますか？きかれた。<br />まだよくわからないが、銀髪の品のいいご婦人がやたらに多いので、「少なくともこちらの受講生が平均年齢で5歳は上ですね」と言ってしまった。<br />するとそのご婦人、「私たちは30歳を越してからはもう年をとっていませんのよ」<br />きつ～いパンチをもらってしまった。<br />今回の参加者は25人、男はわずかに3人、小さくなって3日間過ごした。(写真右：恩根内口から入る釧路湿原)<br />FWの定員は20~25人が最適で、これ以上多いと先生の話が聞こえないうえ、ばらけてしまう。</p>
				<p>　<span style="color: #0000ff;">＜　日本一の湿原地帯　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/aa25476c96d95e097065def66b5b219d.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/aa25476c96d95e097065def66b5b219d-300x225.jpg" title="4葦原" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-6137" /></a>日本は昔、湿原王国だった。<br />日本国の古来の呼び名「豊葦原（とよあしはら）の瑞穂（みずほ）の国」は、湿原の情景を表している。<br />「豊葦原」は葦の原、つまり葦（ヨシ）がたくさん生えているように瑞穂、すなわち稲がよく育つ国という意味である。<br />葦の多かった本州の湿原は、弥生時代から営々と水田に変えられてきた。（写真左：ヨシの群生・恩根内木道）</p>
				<p>ちなみに葦は、昔は「アシ」と言っていた。<br />しかし語感がよくないということで、学会では「ヨシ」に統一した。<br />ただ、「豊葦原」とか、和歌の「難波潟　みじかき葦のふしのまも･･･」などは、古来からの「アシ」のままとなっている。これも「良し悪し」か。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/d24378d9c8dccbb0cd7137484cfa358f.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/d24378d9c8dccbb0cd7137484cfa358f-300x225.jpg" title="５トンボ" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-6138" /></a>また古事記では日本国を「秋津島」、日本書紀では「秋津州」と言っている。<br />秋津というのはトンボの古名だから、国の名前になるくらいトンボが多かったというのは、湿原があちこちに存在していたことを示している。<br />（写真右：ヨシにつかまり羽化するトンボ、雨竜沼湿原資料より）<br />湿原は今日、本州では尾瀬のような高地でしかみられないが、北海道では平地でも見られ、全国の湿原の80%を占める。<br />専門家によると、大きな湿原ならシベリアやカナダなどにいくらでもあるが、北海道の湿原の面白い所は、地形・発達様式・動植物の多様性がきわめて高く、北海道の湿原は「野外博物館」ともいえるという。</p>
				<p>　<span style="color: #0000ff;">＜　癒される湿原の花　＞</span></p>
				<p>日本の湿原の60％を占める釧路湿原は、とてつもなく大きく、湿原そのものが単独で国立公園に指定されている。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/ba7b3bd2ab30ca53fe9cdc8cbf40271f.jpg"></a><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/ba7b3bd2ab30ca53fe9cdc8cbf40271f1.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/ba7b3bd2ab30ca53fe9cdc8cbf40271f1-150x150.jpg" title="６ヒメウカイ" width="150" height="150" class="alignnone size-thumbnail wp-image-6140" /></a>　<a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/c291498324a9493f2791000c66166de3.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/c291498324a9493f2791000c66166de3-150x150.jpg" title="7ヤナギトラノオ" width="150" height="150" class="alignnone size-thumbnail wp-image-6141" /></a>　<a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/8041b7478b49fe44129e81fafb60c80a.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/8041b7478b49fe44129e81fafb60c80a-150x150.jpg" title="8ヒオウギアヤメ" width="150" height="150" class="alignnone size-thumbnail wp-image-6142" /></a> </p>
				<p>果てしなく続く木道を歩きながら、左右の植物を観察する。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/b56a38a3e8abbb001ab0c5d40ca4ab76.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/b56a38a3e8abbb001ab0c5d40ca4ab76-150x150.jpg" title="9サギスゲ" width="150" height="150" class="alignnone size-thumbnail wp-image-6143" /></a>　<a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/64631142f328c82d84fe3b45003666bc.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/64631142f328c82d84fe3b45003666bc-150x150.jpg" title="10ミツガシワ" width="150" height="150" class="alignnone size-thumbnail wp-image-6144" /></a>　<a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/a8a40733224f9d579149ff56e782e39a.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/a8a40733224f9d579149ff56e782e39a-150x150.jpg" title="11タヌキモ" width="150" height="150" class="alignnone size-thumbnail wp-image-6145" /></a><br /><br />ミズバショウと見間違う<span style="color: #0000ff;">ヒメカウイ</span>（写真上左）、知らない人が「これな～に」と必ず聞く<span style="color: #0000ff;">ヤナギトラノオ</span>（写真中）、アヤメの中でもひときわ美しい<span style="color: #0000ff;">ヒオウギアヤメ</span>(写真右)、<br /><br />ワタスゲとは一味違う<span style="color: #0000ff;">サギスゲ</span>(写真上左)、氷河時代からの贈り物<span style="color: #0000ff;">ミツガシワ</span>（写真中）<br />など、お馴染みの野花が観察できて、またお会いしましたね、という気持ちだ。</p>
				<p>その中で初めて<span style="color: #0000ff;">タヌキモ</span>という水中植物を観察した。<br />1㎝前後の黄色い花で水中から茎を出し咲いていた。（写真上右）<br />食虫植物だそうで、こんな小さな花でもどのように捕虫するのだろうか。<br />今まで見たこともない植物を観察すると、財産がひとつ増えたようでとてもうれしくなる。</p>
				<p>　<span style="color: #0000ff;">　＜　大きい湿原の役割　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/4444ff112d05c9c5384d8bad52662a5e.jpg"></a><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/4444ff112d05c9c5384d8bad52662a5e1.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/4444ff112d05c9c5384d8bad52662a5e1-300x225.jpg" title="12ヤチマナコ" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-6148" /></a>湿原というと、じめじめして何となく汚いイメージで敬遠されがちだ。<br />しかし湿原ほど生物多様性が感じられるところはない。<br />ヨシ・スゲ・ミズゴケなどの湿原性植物、湖沼、河川などの自然環境に富み、虫、魚、鳥など多彩な生物が育む場所となっている。<br />また湿原はスポンジのように水をため、一度に水があふれることを防ぐ大切な役割を担っている。<br />自然が生んだ見えないダムともいわれるゆえんだ。</p>
				<p>さらに、広い面積に生育する湿原植物は、多くの二酸化炭素を吸収し、枯れた後も泥炭層として蓄積し、地球温暖化を防ぐ。<br />またなによりも人々に自然の豊かさを感じさせ、安らぎを与えてくれる。<br />これが湿原だ。<br />湿原を歩くと、何か新しい発見があるのではないかとウキウキする。<br />（写真右上；<span style="color: #0000ff;">ヤチマナコ</span>、このぬかるみに落ちると這い上がれず人畜死にいたる。恩根内口）</p>
				<p>　<span style="color: #0000ff;">＜　湿原復元工事　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/2115f3e66232b0ffddb2e67c5fe017ae.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/2115f3e66232b0ffddb2e67c5fe017ae-300x225.jpg" title="１３ハンノキ" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-6149" /></a>釧路湿原の乾燥化が叫ばれて久しい。<br />今回も湿原の中に<span style="color: #0000ff;">ハンノキ</span>が徐々に忍び寄っていた。</p>
				<p>一般的に湿原の乾燥化が進むと、まずヤナギが生える。<br />次いでハンノキ、ヤチダモ、ハルニレの順に生え、森を形成して湿原は消滅する。<br />とくにハンノキは乾燥化の指標となっている。<br />湿原は本来、樹木が生えずに一面ヨシやスゲなどが生えているのが普通だが、どこまでも伸びる木道を歩いていると、ときどきハンノキの群落に出会う。<br />(写真左上：木道の両サイドに生えてきたハンノキ、恩根内口)</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/0eba8af855cd4be2d5f1541a32a410df.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/0eba8af855cd4be2d5f1541a32a410df-300x218.jpg" title="14蛇行" width="300" height="218" class="alignright size-medium wp-image-6150" /></a>釧路湿原では湿原内を流れる釧路川の蛇行工事が進められている。<br />戦後食糧増産のため、蛇行している川を直線化して農地を造成した。<br />しかし冷涼なこの地方では農産物は育たず、直線化によって流域面積が減り、乾燥化が進むだけという皮肉な結果になった。<br />現在川の流れを元に戻して、湿原全体の水量を増やす試みが行われており、湿原の乾燥化が抑えられるか見ものだ。<br />この蛇行工事を税金の無駄遣いだと批判する向きも多い。<br />昔は食糧増産、今は環境保護、試行錯誤しながら人間の営みが続けられているという典型的な例であろう。<br />（写真蛇行する釧路川、釧路湿原パンフレッドより）</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/da2a18acf1ff0963a2d323b2bdba941e.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/da2a18acf1ff0963a2d323b2bdba941e-300x225.jpg" title="15湿原遠望" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-6151" /></a>川が流れている釧路湿原を俯瞰できるところを求めて、バスは湿原内を走り回った。<br />エゾシカがきょとんとして、通過する車を見つめている。</p>
				<p>30分ほどして<span style="color: #0000ff;">コッタロ展望台</span>に着いた。<br />初めて訪れるところだ。夕暮れも近い。<br />急な斜面についている丸太の階段を上ると、一部ガスに覆われながらも沼が見えた。<br />湖沼をみると湿原がとても立体的に感じた。</p>
				<p>ふりむくと、ガイド役のS先生も立っていた。<br />百段以上の階段を上がってきたのにびっくりした。<br />私は途中何度も足をとめて、やっとの思いで上ってきた。</p>
				<p>85歳の老学者は、半世紀以上もお付き合いしたであろう湿原をじっと見つめていた。<br />そして手に持っていた、今風でないカメラを湿原に向けていた。　（つづく）</p>
				<p style="text-align: right;">札幌：望田武司</p>
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		<title>積丹半島の花園　</title>
		<link>http://www.webreport.jp/6101.html</link>
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		<pubDate>Thu, 07 Jul 2011 01:38:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator>mochida</dc:creator>
				<category><![CDATA[レジャー]]></category>
		<category><![CDATA[北国の便り]]></category>
		<category><![CDATA[環境・自然]]></category>

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		<description><![CDATA[				
				北海道の日本海側に突き出る積丹（しゃこたん）半島には2つの灯台がある。1つは積丹岬灯台で、もう一つは神威（かむい）岬灯台だ。灯台は絶壁の上に立っており、その周辺はこの時期一面のお花畑である。6月下旬、 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				
				<p>北海道の日本海側に突き出る積丹（しゃこたん）半島には2つの灯台がある。<br />1つは積丹岬灯台で、もう一つは神威（かむい）岬灯台だ。<br />灯台は絶壁の上に立っており、その周辺はこの時期一面のお花畑である。<br />6月下旬、2つの灯台目指して歩いた。<span id="more-6101"></span><span style="color: #0000ff;">　＜　海が見えない！＞　</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/1e31a6e8185f531c61ad773119f1924a.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/1e31a6e8185f531c61ad773119f1924a-300x244.jpg" title="1積丹地図" width="300" height="244" class="alignright size-medium wp-image-6105" /></a>札幌から西に高速道路を走って30分余りで小樽に着くが、積丹に行くにはこれからが長い。<br />狭い一般道路は海岸沿いに走り、果樹園とニッカウイスキーに宇宙飛行士毛利さんの故郷、余市を経由して積丹方向に向かう。<br />海水浴場となる砂浜があるかと思えば、一転して断崖が海に落ちる美しい海岸美となっている。<br />この付近は「ニセコ・積丹・小樽海岸国定公園」にすでに入っている。<br />ところが久しぶりに訪れると、これまで見えていた夫婦岩などの奇岩がない。<br />トンネルを抜けて振り向くと「あれ、もう過ぎている」というケースに何度も遭遇する。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/99e7594210aeed7db0dcc9a1449e53b3.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/99e7594210aeed7db0dcc9a1449e53b3-300x225.jpg" title="2ローソク岩" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-6106" /></a>ちょうど15年前トンネル走行中の路線バスや乗用車が、トンネルを直撃した岩の崩落事故で閉じ込められ、乗客ら20人全員が死亡するという大惨事を覚えておられるだろうか。<br />（豊浜トンネル岩盤崩落事故：1996年2月）</p>
				<p>国内では例を見ない大事故を受けて、トンネルはより強固に長く、また崩落の恐れのある道路には、新たにトンネルが作られた結果、車窓から見える海岸美が少なくなってしまったのだ。（写真左：ローソク岩2005.7）<br />トンネルを抜けたと思ったら、すぐ次のトンネルが待っている。</p>
				<p>　<span style="color: #0000ff;">＜　積丹岬灯台　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/2df1651ecad6ff06ca30711ab59a839e.jpg"></a><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/2df1651ecad6ff06ca30711ab59a839e1.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/2df1651ecad6ff06ca30711ab59a839e1-150x150.jpg" title="3熊注意" width="150" height="150" class="alignright size-thumbnail wp-image-6108" /></a>バスに揺られて2時間ようやく最初の散策地・積丹岬自然遊歩道に着いた。<br />出発地点で私たちを迎えたのは「熊出没注意」の看板である。(写真右)<br />すでに下見が行われており、「熊だって人間を恐れている、みんなで渡れば怖くない」など勝手なことを言いながら、女性リーダーのひときわ大きい鈴の音を先頭に歩き始める。<br />この日の参加者は35人、内29人が女性だ。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/b6ddb097dbf4b277cddd65c60044476f.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/b6ddb097dbf4b277cddd65c60044476f-150x150.jpg" title="4エゾスカシユリ" width="150" height="150" class="alignleft size-thumbnail wp-image-6109" /></a>しばらく歩くと大きなオレンジのユリの花に出会う。<br />エゾスカシユリだ。(写真左)<br />この日は気温が上がり、20度を超す夏の光にエゾスカシユリがよく映えていた。</p>
				<p>アップダウンの道を歩くと、突然視界が開け、海が見えた。<br />背丈が伸びたオオイタドリ越しに奇岩が突っ立っている。<br />ワシのようにも見え、人間のようにも見える。(写真下右)<br />美しい海岸美だ。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/74c87b38021f3929c8fa2c41675ff1cc.jpg"><span style="color: #993366;"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/74c87b38021f3929c8fa2c41675ff1cc-150x150.jpg" title="6海岸美" width="150" height="150" class="alignright size-thumbnail wp-image-6110" /></span></a><span style="color: #993366;">「北に向かう義経は途中大シケに逢い、やっとの思いで岩場にたどり着いた。<br />傷ついた義経はアイヌの酋長の娘シララ姫の懸命な看護でケガも癒え、二人は恋仲になった。<br />しかし追っ手から逃げるために、義経は再び船出しなければならなかった。<br />涙にぬれ声をからし、義経の後を追うシララ姫であったが、その思いはかなわず、大波にのみ込まれてしまった。その直後に現れた岩を、誰もがシララ姫の化身と信じた。<br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/8b39df4ceffe424763b2abad1853a8cd.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/8b39df4ceffe424763b2abad1853a8cd-150x150.jpg" title="7灯台" width="150" height="150" class="alignleft size-thumbnail wp-image-6111" /></a>誰云うことなく「女郎子岩」と云われるようになり、今でも義経を慕うように立っている」</span></p>
				<p>このように書かれた案内板が傍らに立っていた。<br />義経を奥州の衣川で終わりにしたくないのであろう。</p>
				<p>北海道には義経が東北から逃れたという伝説があちこちにある。(写真左：積丹岬灯台)</p>
				<p><span style="color: #0000ff;">＜　チャランケの道　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/85bdb7a26967c5dd55e715ae74589e2d.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/85bdb7a26967c5dd55e715ae74589e2d-300x225.jpg" title="8チャランケノ道" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-6112" /></a>積丹岬灯台について小休止した私たちは、再びバスに乗りこの日のメインイベント神威岬に向かった。<br />入口に「女人禁制の神威岬」と書かれた門があり、ここから岬まで往復1時間半ほどの断崖絶壁の道を歩く。<br />この道がお花畑だ。<br />チャランケの道と云われる。(写真右)<br />これもアイヌの娘チャランケが義経を追って神威岬までいき、そこで身投げしたという伝説による。</p>
				<p>両サイドが断崖絶壁の上、足場の悪い所もあり、風強く天候の悪いときは立ち入り禁止になるが、この日は快晴でその心配はなかった。<br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/aed0e3dff6b0fd33aee02345cca33015.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/aed0e3dff6b0fd33aee02345cca33015-300x225.jpg" title="9積丹ブルー" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-6113" /></a>歩いて間もなく歓声が上がる。<br />断崖絶壁がエゾカンゾウの黄色の絨毯で覆われている。<br />（写真左）<br />本州ではニッコウキスゲと云われるユリ科の花だ。<br />しかも絶壁の下の海面は、みごとな青碧の海だ。<br /><span style="color: #0000ff;">積丹ブルー</span>と云われる。<br />碧い海は澄んでいて海の底まで見える。<br />黄色のエゾカンゾウに碧い海、疲れも吹き飛び、癒される光景だ。<br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/c4fe26f34f860ec0f6e8392b6238e95d.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/c4fe26f34f860ec0f6e8392b6238e95d-150x150.jpg" title="10ハマナス" width="150" height="150" class="alignright size-thumbnail wp-image-6114" /></a>エゾカンゾウの大群落は広い北海道によく見られるが、サロベツ原野と積丹半島、これが双璧だ。</p>
				<p>エゾカンゾウだけではない。<br />赤いハマナスも景観に色を添えている。(写真右)<br />厳しい自然に耐えて咲くハマナスこそ、もっとも美しく見える。</p>
				<p><span style="color: #0000ff;">＜　女人禁制の神威岬　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/f03d6cc08c08850e8f74a5943f8edd3c.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/f03d6cc08c08850e8f74a5943f8edd3c-150x150.jpg" title="11岬" width="150" height="150" class="alignleft size-thumbnail wp-image-6115" /></a>写真を撮ってはアップダウンの細い道を歩くこと40分、先端の神威岬灯台に着いた。<br />すると、灯台に人が上がっているではないか。（写真左）<br />地元のお祭りに合わせて灯台を開放したそうで、年に1~2回しかないという。<br />よき日に遭遇したもので、初めて灯台に上った。<br />すると、岬の先端も含めて転々と海に落ちている岩がよく見えた。(写真右下)<br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/410a3417b5589e677b503c8022b1fa6d.jpg"></a>神威岬の絵葉書はここから撮影していたのだと思った。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/410a3417b5589e677b503c8022b1fa6d1.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/410a3417b5589e677b503c8022b1fa6d1-300x225.jpg" title="12先端岬" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-6122" /></a>日本海沿岸を通る船舶は、この灯台に導かれながら積丹半島を回る。<br />灯台がなかった時代はというと、江差追分に歌いこまれている。</p>
				<p><span style="color: #0000ff;">♪　好いた同志の泣き別れ　連れて行く気は山々なれど　女通さぬ場所がある･･･<br />蝦夷地海路のお神威さまは　なぜか女の足止める　♪</span></p>
				<p>関西と蝦夷地を結んだ北前船は、この積丹半島を通って小樽に向かったが、女人禁制だった。</p>
				<p>なぜ女人禁制だったかについてはいろいろ説があり、義経を追って神威岬で身を投げたチャランケの嫉妬心が、女性を乗せた船を転覆させたという義経伝説がある。<br />しかし実際は日本海沿岸の漁場利権を一手に握っていた松前藩が、女が漁場に行くことによって男が定住し、利権を失うことを恐れて、婦女子通行禁止令を敷いたという松前藩政策説が真相のようだ。<br />しかし義経伝説も広く信じられ、南下するロシアの脅威に備えるため、幕末の安政3年、稚内に初めて妻子同伴で赴任した箱館奉行所の役人梨本弥五郎は、怖がる船乗りを安心させるため、妻を男装させて神威岬を通ったという。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/c4770bbc94867760caa81d231f86c1131.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/c4770bbc94867760caa81d231f86c1131-300x225.jpg" title="13エゾニュウ" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-6121" /></a>ロマンと伝説の多い積丹半島である。<br />積丹とはアイヌ語の<span style="color: #0000ff;">サクコタン</span>からくる。<br />サクは「夏」コタンは「集落」である。<br />断崖絶壁の厳しい積丹半島には、夏の間しか入れなかったということだろう。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/c4770bbc94867760caa81d231f86c113.jpg"></a>神威岬まで通じるチャレンケの細い道は、今でも冬は強風のためほとんど閉鎖されている。<br />短い夏の間、頑丈に固定された鉄柵の上を歩いて岬の先端まで行き、素晴らしい自然を満喫できる。<br />おまけに女性が圧倒的に多い集団だ。<br />かしましいご婦人方にこう言ってやった。</p>
				<p>「あんた達は世が世ならこの道を通ることはできなかったのだぞ！」<br />（写真上左：セリ科の花、エゾニュー越しに見る積丹ブルー）</p>
				<p style="text-align: right;">札幌：望田武司<br />　　　＃＃</p>
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		<title>小笠原の思い出</title>
		<link>http://www.webreport.jp/6004.html</link>
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		<pubDate>Tue, 05 Jul 2011 02:30:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator>mochida</dc:creator>
				<category><![CDATA[レジャー]]></category>
		<category><![CDATA[北国の便り]]></category>
		<category><![CDATA[文化]]></category>
		<category><![CDATA[環境・自然]]></category>

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		<description><![CDATA[				
				～世界自然遺産登録～
				小笠原諸島が世界自然遺産に登録された。国内では白神山地・屋久島・知床に次いで4番目だ。東京から南へ1000㎞、太平洋に浮かぶ小笠原諸島にちょうど10年前訪れた。世界遺産 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				
				<p><span style="color: #0000ff;">～世界自然遺産登録～</span></p>
				<p>小笠原諸島が世界自然遺産に登録された。<br />国内では白神山地・屋久島・知床に次いで4番目だ。<br />東京から南へ1000㎞、太平洋に浮かぶ小笠原諸島にちょうど10年前訪れた。<br />世界遺産の話もなく、まだ規制もゆるやかだった時代だ。<br />裸の小笠原がそこにあった。 <span id="more-6004"></span>　<span style="color: #0000ff;">　<strong>＜　小笠原への長旅　＞</strong><strong> </strong> </span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/2d0518a964f4aac2f3c78832900f568a.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/2d0518a964f4aac2f3c78832900f568a-300x225.jpg" title="1筆者" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-6067" /></a>2001年春、学生時代の友人から、「小笠原に出向している友人が、ことし東京に戻ってくる。小笠原にいく機会は今年しかないので行かないか」という誘いを受けた。<br />男3人女2人の5人で小笠原に行くことになった。<br />いずれも囲碁愛好者である。<br />とくに2人のご婦人はそれぞれ娘、息子をプロ棋士に育てたお母さんだ。<br />特異な世界に進んだ子供を見守る親の話も聞けるだろうと思うと、出発前から楽しみな旅だった。（写真右：父島に着いた私たち、短パン筆者） </p>
				<p><br />詳しいことは忘れたが、確か東京竹芝桟橋を出て丸々1日以上の船旅だったと思う。<br />船旅は以前川崎から九州まで経験しており、船酔いもしなかったことからとくに心配もせず乗船した。<br />ところが日本列島に沿って九州に向かう船とは違い、太平洋の荒波を南に突っ切る船旅は、予想もしない体調の変化をもたらした。<br />八丈島を過ぎたあたりから、大きな船は波にのってローリングをし始めると、あとは苦しい思いをしながら横になって時の過ぎるのをまつだけだった。 </p>
				<p><br />太平洋を横断し日本で初めてアメリカにわたった船は咸臨丸で、船長は勝海舟である。<br />さっそうと海を渡って訪米を果たした勝海舟の雄々しき姿が想像される。<br />ところが海舟は船酔いが激しく、部屋にこもりっきりで船長の役割は全く果たせず、部下を怒鳴りっぱなしで乗組員から総スカシを食らっていた。<br />すのこ巻きにされて海に放り投げられかねない状態だったという。<br />それでも彼は咸臨丸の船長として、アメリカに渡ったという史実のみが独り歩きしている。<br />歴史はいい加減だ。 </p>
				<p><br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/df27dd48f72f77a25d630c278c17a293.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/df27dd48f72f77a25d630c278c17a293-300x225.jpg" title="2対局" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-6068" /></a>私たちは長い船旅の間碁会を催した。（写真左）<br />私は横になりながらも碁を打ったが、負けるたびに大枚を出し合う飲みしろを一番多く出す羽目になった。</p>
				<p><br />それでも、足が陸地に着くと一転して元気がでた。<br />当時小笠原と東京を往復する船は一隻しかなく、この船が再び小笠原に戻ってくる最低3日間は小笠原にとどまることになる。<br />台風がきたらそれだけ滞在期間が伸びるだけだ。 </p>
				<p>　<span style="color: #0000ff;">　<strong>＜　特別保護区域の南島　＞</strong><strong> </strong> </span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/8644fd9b9a567908e6716b845971edad.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/8644fd9b9a567908e6716b845971edad-300x225.jpg" title="3食事" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-6069" /></a>小笠原諸島は主要な父島でも小さな島である。<br />1時間もあれば車で島はすべて回れ、あとはやることがない。<br />私たちは朝昼晩囲碁三昧だった。<br />民宿の庭やベランダで、南国のそよ風にふかれながら対局した。（写真右）<br />こうした私たちを見て宿の人も、昼飯用のおにぎりを作ってくれた。<br /><br />父島を離れ、小笠原諸島の中で最も景観のよい南島に訪れた。<br />南島は特異な景観と、独自の生態系が育まれた“東洋のガラパゴス”と云われている。<br /><br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/9e233e513ddca612d370df4bb7c40d8b.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/9e233e513ddca612d370df4bb7c40d8b-300x225.jpg" title="4食事" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-6070" /></a>太平洋の荒波で洗われた岸壁にアーチがぽっかり開いていた。<br />アーチから青い波が、石灰岩が風化した真っ白な浜に打ち寄せていた。（写真左）<br />誰の足跡もない白い浜に足を踏み入れた。<br />そこには後でわかったことだが、絶滅した貝殻が無数にちりばめられていた。（写真下右）<br />現在その貝殻は持出し厳禁になっているという。<br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/1c6967caffe5cde543f89232afae6b14.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/1c6967caffe5cde543f89232afae6b14-150x150.jpg" title="5貝殻" width="150" height="150" class="alignright size-thumbnail wp-image-6071" /></a>これほど絵になる自然の景観はないと思った<br />この島には私たちが訪れた数年後には、観光客の立ち入りが厳しく規制されるようになった。</p>
				<p> 　　<span style="color: #0000ff;">　<strong>＜　クジラが目の前に　＞</strong><strong> </strong> </span></p>
				<p>ホエールウオッチングに行くことになった。<br />小笠原諸島周辺には春先、クジラやイルカが回遊するのだという。<br />小さな船で見に行くのだが、クジラと衝突しないかとか、波でひっくり返らないかと心配だった。<br />クジラも慣れているので、必要以上に近づかないから大丈夫だということだった。<br /> <br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/6kujira.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/6kujira-300x225.jpg" title="6kujira" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-6072" /></a>クジラが目の前に現れると、船は大きく揺れた。<br />船のポールに必死につかまりながらシャッターを押した。<br />舞台の黒幕のようなクジラの尾ひれが見えたと思ったら、あっという間に姿を消した。(写真左)<br />迫力があった。 </p>
				<p>東京に戻ってまもなく、小笠原諸島でクジラウオッチングの船がクジラと衝突し、けが人が出たという報道があった。<br />この新聞記事をみて、クジラも慣れているので、必要以上に近づかないとは、どういう根拠があるのだろうと思ったものだ。 </p>
				<p><span style="color: #0000ff;">　<strong>＜　環境破壊の外来生物　＞</strong> </span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/7yagi.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/7yagi-300x225.jpg" title="7yagi" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-6073" /></a>ひとつ気になったことがあった。<br />それは父島にヤギがあちこちで見られたことだった。<br />もちこまれたヤギが野生化して繁殖したのだという。<br />父島にはヤギの天敵はいない。<br />ヤギは農作物を荒らしては崖を難なく上って、天下を睥睨しているように見えた。（写真右) </p>
				<p>今回世界遺産に登録されたという新聞記事を見て、このヤギ問題、（新聞には野ヤギと書いてあった）いまだ解決されていないということだった。<br />生態系の変化というのは１～２年でわかるものではない。<br />数十年、百年単位でみると如実に表れていることがよくわかる。<br />野ヤギの繁殖で、小笠原固有の生態系に変化が起きなければいいがと願わずにはおれない。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/721b47401a1f56ea8e71ffa9ea4b695a.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/721b47401a1f56ea8e71ffa9ea4b695a-300x224.jpg" title="8ニセアカシア" width="300" height="224" class="alignleft size-medium wp-image-6074" /></a> たまたま先月26日、札幌から小樽に向かう途中の高速道路の両サイドは、外来種ニセアカシア一色で、延々と白い房状の花が続いていた。(写真左)<br /><br />ニセアカシアは繁殖力が強く、在来の植物を制覇した結果の植相である。<br />ニセアカシアは「この道はいつか来た道」に象徴されるロマンのある樹であり、ハチミツの蜜源でもある貴重な樹でもある。<br /><br />しかし在来種を押しのけて繁殖する姿を見せつけられると、環境省が生態系を破壊する「外来特定生物」に指定して、駆除の対象にしようとするのも無理からぬものと、複雑な気持ちになる。 </p>
				<p>　　<strong>　<span style="color: #0000ff;">＜　再燃するか空港建設　＞</span></strong><span style="color: #0000ff;"> </span></p>
				<p>私たちは小笠原滞在中、地元の食材を楽しんだ。<br />そのなかでも、地元産の粒が不揃いの塩と、特産トウガラシを使ったスパイス調味料がとてもおいしかった。<br />これらは東京竹芝にある島嶼会館でも販売されていたが、札幌に越してからは小笠原から<br />直接取り寄せ、今なお愛用している。<br />小笠原を思い出させる調味料だ。 <br /><br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/20a60036c6ffb2c262047b2e7eb8c18d.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/20a60036c6ffb2c262047b2e7eb8c18d-300x225.jpg" title="9港湾" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-6076" /></a>小笠原諸島が世界遺産に登録されたことにより、今後小笠原を訪問する人が増えることだろう。ただ小笠原には空港がない“交通過疎地域”である。<br />同じ離島でも、今日沖縄諸島では、知名度の低い島にも空港はある。<br />小笠原では空港建設が現実の問題となるだろう。</p>
				<p>空港建設は離島住民の生活基盤整備の問題でもあり､前から取り上げられていたが、なかなか具体化しなかった。<br />これからは観光産業振興の問題としてもクローズアップされることだろう。(写真右上:父島)<br />石原知事も五輪誘致に莫大な運動費を使うのをやめて、離島の空港建設に回したらどんなものだろう。　　</p>
				<p><span style="color: #0000ff;">　<strong>＜　碁に思想あり　＞</strong> </span></p>
				<p>私たちは夕食に小笠原の味をたのしみながら、息子がプロになったご婦人に、「息子さんに教えてもらったらもっと強くなるのでないの」と尋ねてみた。<br />このご婦人はアマ4段の強豪である。ご婦人笑って曰く「息子は『母ちゃんの碁には“思想”がない』と言って相手にしてくれないのよ」</p>
				<p>「碁に思想がない」か。<br />逆にプロの碁には「思想」があるのか。思想という言葉を使ったところに味がある。<br /><br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/68cd05eb96df538e0e7e89f2e0d712da.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/68cd05eb96df538e0e7e89f2e0d712da-300x225.jpg" title="10惜敗" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-6077" /></a>プロ棋士は、幼い時から神童とか天才と騒がれた者同士が競い合った結果、一握りのものしかなれない職業である。<br />その彼らが“思想”を持って19×19の碁盤の上でしのぎを削っている。それを思うと私の碁は、碁でないのかもしれない。<br />負けて当然だ。（写真左：惜敗で頭を抱える筆者）<br /><br />“母ちゃんの碁には思想はない”　<br />小笠原の旅を思い出すたびに脳裏にうかぶプロの言葉である。</p>
				<p style="text-align: right;">札幌：望田武司</p>
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		<title>イギリスの旅（９）最終回</title>
		<link>http://www.webreport.jp/5978.html</link>
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		<pubDate>Mon, 04 Jul 2011 07:38:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator>mochida</dc:creator>
				<category><![CDATA[イギリスの旅（全9回完結）]]></category>
		<category><![CDATA[レジャー]]></category>
		<category><![CDATA[北国の便り]]></category>
		<category><![CDATA[文化]]></category>
		<category><![CDATA[環境・自然]]></category>
		<category><![CDATA[科学]]></category>

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		<description><![CDATA[				
				～世界一のキューガーデン～
				北から南へ、イギリスを縦断した私たちのバスは最終目的地ロンドンに入った。私のロンドンのお目当てはキューガーデンである。正式な名前はキュウ王立植物園。大英博物館とな [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				
				<p><span style="color: #0000ff;">～世界一のキューガーデン～</span></p>
				<p>北から南へ、イギリスを縦断した私たちのバスは最終目的地ロンドンに入った。<br />私のロンドンのお目当ては<span style="color: #0000ff;">キューガーデン</span>である。<br />正式な名前はキュウ王立植物園。<br />大英博物館とならぶ大英帝国時代のイギリスの繁栄が偲ばれる世界一の植物園だ。<br />見所の多いロンドンでは、一般のツアーコースにはなかなか入りきれない観光名所である。<br />半日フリーの時間をもらいキューガーデンを訪れた。<span id="more-5978"></span>　<span style="color: #0000ff;">　＜　大英帝国の底力　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/64a6f6b35a2e4bba3a0f0d381d5e2290.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/64a6f6b35a2e4bba3a0f0d381d5e2290-300x225.jpg" title="1ミイラ" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-5982" /></a>世界を制覇した大英帝国時代、イギリスはその力に物を言わせ、古代エジプトのミイラや、メソポタニア・ギリシャ・ローア時代の貴重な遺品をイギリスに運び込んだ。<br />いずれも世界史の教科書に写真が掲載されている考古学史上、超一級品ばかりだ。（写真右：ミイラ・大英博物館）<br />これらが大英博物館に保管展示されているのに対し、地球上の植物生態を大きく変えて、意のままにしようとしたのも大英帝国で、その総本山がキュウ王立植物園だ。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/9444c7fb99906220f27157f416a678b5.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/9444c7fb99906220f27157f416a678b5-300x211.jpg" title="2マロニエ" width="300" height="211" class="alignleft size-medium wp-image-5983" /></a>中国産のお茶をインド・ダージリン地方やスリランカに移植し、アマゾン川流域のゴムをマレーシアに移し、更にはマラリヤの特効薬であるキニーネをペルーからインドに移した。<br />このようにイギリス人にとって有用と思った植物を、育成条件に合致する植民地に移植して、大量生産を行った。プランテーションと云われる。<br />その司令塔キューガーデンには現在4万種以上の植物が栽培されており、保存している植物標本は700万点以上、名実ともに世界最大の植物園で、植物園そのものが世界遺産に登録されている。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/a4b0973ec793397ee43b501765a8f930.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/a4b0973ec793397ee43b501765a8f930-300x225.jpg" title="3マロニエの花" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-5984" /></a>胸弾む思いでさっそく広い園内に入った。<br />入口正面で私たちを迎えたくれたのは、どでかい一本の樹だった。(写真左：右側の樹)<br />♪　この～木、何の木、気になる木　♪<br /><span style="color: #0000ff;">マロニエ</span>（和名セイヨウトチノキ）だ。<br />おまけに花がちょうど満開の時期だった。<br />とんがり帽子というか、ソフトクリームの形をした大きな花が、天狗の団扇のような大きな葉の上に無数に咲いていた。（写真右）<br />こんな大きなトチノキは見たことがなかった。<br />それだけではない。<br />広い広い園内の木々はみな大きく、1人で抱えることができない樹ばかりだ。<br />セイヨウブナ・アカナラ・ハルニレなど、一本一本のスケールの大きさは、北海道ではとても見られない。<br />いずれも樹齢200年以上と推定される。<br />日本の植物園では東大小石川植物園、北大植物園などが規模は大きいとされるが、キューガーデンと比べると、横綱と十両以下の違いがある。<br /><br />　<span style="color: #0000ff;">　＜　ユリノキの大木　＞</span></p>
				<p>実はキューガーデンを訪れるにあたって、私の植物の師匠・元北大植物園長からどこを見てきたらよいか、個人レッスンを受けてきた。<br />ところが実際来てみるとあまりの広さにビックリ、事前に教わったハウスなどを探すのも<br />大変で、ここはもう足の向くまま気の向くまま歩くしかないと思った。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/39057020f34ec2c12d5c37eb6fae9b19.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/39057020f34ec2c12d5c37eb6fae9b19-300x225.jpg" title="4ユリノキの花" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-5985" /></a>キューガーデンには、道中パブがあったらすぐ入る“パブ博士”と、広い自宅に植物園を作っている“大地主様”らも同行した。<br />突然 パブ博士が声を上げた。「ユリノキだ」</p>
				<p>大木を見上げると、ユリノキの花が満開だった。<br />チューリップのような形をした黄色い花で、オレンジの透かしが入っており、とても上品な花だ。（写真左）<br />英語ではtulip　tree、日本語では葉の形が江戸時代の火消しが着ていた半纏に似ているので、ハンテンボクともいわれる。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/5yurinoki.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/5yurinoki-300x225.jpg" title="5yurinoki" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-5986" /></a>目の前のユリノキはこれまで見たことのない大木で、全容を撮影しようと後ろに下がるが、ファインダーに入り切れず、花が豆粒になってしまうほどだった。(写真右)</p>
				<p>もともとユリノキは高さ60mにもなる高木だ。<br />北大植物園に明治中期アメリカのハーバード大学アーノルド植物園から贈られてきたユリノキが現存するが、これが日本で最も古いユリノキの一つとされている。<br />樹齢130年を経た北大植物園のユリノキも大きいが、キューガーデンのユリノキはこれをはるかに超える高木で、まさにビックリ仰天の一語に尽き、天を仰いでみた。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/6hakubutukann.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/6hakubutukann-300x225.jpg" title="6hakubutukann" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-5987" /></a>ユリノキは札幌では植物園や林業試験場以外、大通公園に3本あるほか、北大構内、知事公館などで観察されるが、そうあちこちにはない。</p>
				<p>東京でも迎賓館の並木や新宿御苑などにある他、地域的には盛岡に多いが、最も有名なのは上野にある東京国立博物館の入口前にあるものだ。<br />この1本のユリノキで、博物館自体が別名「ユリノキ博物館」という愛称で呼ばれている。(写真左上)<br /><br />このユリノキを、一緒に回ったパブ博士が目ざとく見つけた。<br />実はユリノキは高木の上、高い梢の上に向かって咲くため、見落としがちの花でもある。<br />その比較的珍しいユリノキを、失礼ながらその方面に疎いように思われたパブ博士が、いち早く見つけて「ユリノキだ」と叫んだのである。</p>
				<p>「よくご存知でしたね」というと、「何時も散歩してい<a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/823da44b3780c85505f92e6bb5fa2185.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/823da44b3780c85505f92e6bb5fa2185.jpg" title="7日本バナナ" width="225" height="300" class="alignright size-full wp-image-5988" /></a>る近くの公園に1本あるのですよ」とにやり。お見それしました。</p>
				<p>ハウスの中に<span style="color: #0000ff;">ジャパニーズバナナ</span>があった。(写真右)<br />へえ、これがバナナ？<br />日本でもバナナが採れるの？<br />日本でも見たことも聞いたこともないジャパニーズバナナをキューガーデンで見るというのも、変な話だ。</p>
				<p>ホテルに戻って参加者に報告すると、こちらは正真正銘のロケット博士が、「（昔よく通った）種子島にありましたよ」<br />そう言われると10年ほど前、小笠原諸島を訪れたとき、小さくてまずそうなバナナがなっているのを思い出した。<br /><br />　　<span style="color: #0000ff;">＜　クラーク博士の人生を変えた花　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/f0ddc6bade9b05a739cc0b466768bcbe.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/f0ddc6bade9b05a739cc0b466768bcbe-300x225.jpg" title="8クラーク像" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-5989" /></a>キューガーデンでぜひ見たいものがあった。<br />それはハスやスイレンの仲間の<span style="color: #0000ff;">オオオニバス</span>である。</p>
				<p>話は少し横道にそれるが、金鉱を求めて化学の勉強をするため、ドイツに留学したクラーク博士は、途中イギリスに立ち寄り、キューガーデンを見学した。<br />そこでオオオニバスと出会い、「できることなら、アメリカにもこのような植物園を作り、これと同じすばらしい花を咲かせてみたい」と思うようになった。<br />（写真左上：北大構内のクラーク像）</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/88ebc1c80ca1db7836d9d538a243ec55.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/88ebc1c80ca1db7836d9d538a243ec55-300x225.jpg" title="9台座" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-5990" /></a>この出会いをきっかけにクラーク博士は、ゴールドラッシュのカリフォルニアで金山をあてて一儲けしようという“大志”から、教育に身を捧げる“大志”を抱くようになった。<br />北大構内に立てられているクラーク像の台座に刻み込まれているのは、他でもないこのオオオニバスである。（写真右）</p>
				<p>クラーク博士はこのように言った。</p>
				<p><span style="color: #993366;">「国民のもっとも貴重な財産はよく耕された心田、心の田である。工業製品・鉱物なども貴重であるが、学校の産物に勝るものはない。教育がしっかりしていれば、その国は自ら繁栄し、教育を軽んずれば国は衰亡の危機に陥る。」</span></p>
				<p>クラーク博士は南北戦争参戦後、准将に推挙されるも辞退して教育の場に身を置いた。</p>
				<p>明治９年当時の日本の高等教育の場は、東京帝国大学の前身・開成学校と、北海道帝国大学の前身札幌農学校しかなかった。<br />クラーク教頭は日本人校長が持ってきたがんじがらめの校則を、いきなり破り捨て、「校則はBe gentlemanだけでいい」と言って、体ごと子どもたちに接した。<br />感化された子どもたちは全員キリスト教徒になった。</p>
				<p>1学年わずか24人しかいない小さな学校で　佐藤昌介（一期生・北大初代総長）大島正健（一期生・山梨一中校長、暴れん坊の落第生石橋湛山をして、自分の人生に最も影響を与えた恩師と云わせた教育者）内村鑑三（二期生・思想家、反戦論）新渡戸稲造（二期生・国際人で旧制一高校長）宮部金吾（北大植物園初代園長、唯一の札幌名誉市民）広井勇（土木建築学の祖、東京帝大教授）などなど、キラ星の如き人材を輩出させた。<br />農学校でありながら教育者が多く生まれたのもクラーク博士の「人間教育」の影響だろう。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/056d37cf7e5c2540e50b1ad3aecdff74.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/056d37cf7e5c2540e50b1ad3aecdff74-225x300.jpg" title="10三賢人" width="225" height="300" class="alignleft size-medium wp-image-5992" /></a>（写真左：語り合う左から若き新渡戸・宮部・内村、のちに農学校３賢人と云われた。：北大北方資料館蔵）</p>
				<p>しかし、そのクラーク博士も人の子だったようだ。<br />帰国したクラーク博士は、若き頃胸を膨らませた鉱山経営に乗り出したものの失敗し、不遇の身で世を去った。<br />臨終に立ち会った牧師に、クラーク博士はこのように言ったという。</p>
				<p>「わが生涯で唯一慰むるに足るは、札幌農学校生徒へ福音を伝えたことである」<br /><br />本題に戻って、キューガーデンでクラーク博士の生きざまを替えたオオニバスと対面した。<br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/fa42841c1e17e1f769621d820b770c40.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/fa42841c1e17e1f769621d820b770c40-300x225.jpg" title="11オオニバス" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-5993" /></a>その美しさにしばし見とれた。(写真右)<br />これを見て私の生き様も変わるかなあと、ふと思った。<br />残念ながら、凡人には何も変わるものはなかった。<br />しかし存在感のある植物だ。<br />この世にこうした植物があることに感動した。<br />キューガーデンにはいろいろな種類のオオオニバスがあり、クラーク博士がみたオオオニバスがどれだったのか、特定できなかった。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/a5bf619dcf78e72935457d17abfae020.jpg"></a><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/a5bf619dcf78e72935457d17abfae0201.jpg"></a><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/ea465e7fbf2080ed087e4a60677e306b.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/ea465e7fbf2080ed087e4a60677e306b-300x225.jpg" title="12オオオニバス②" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-6001" /></a>クラーク博士の人生を変えた花・オオオニバスは、南米アマゾン川流域に自生していた。<br />1801年発見されて以来キューガーデンに持ち込まれ、栽培に取り組んだ結果50年後に花を咲かせた。<br />初めての花はビクトリア女王に贈られた、<br />学名はこれにちなんで、Victoria amazonica･･･）.</p>
				<p>これも大英帝国の力か。<br /><br /><span style="color: #0000ff;">　　＜　世界一の植物園　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/72c6e040e13d5600b47433d69a049c8b.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/72c6e040e13d5600b47433d69a049c8b-300x225.jpg" title="13植物園" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-5996" /></a>園内を3時間は回っただろうか。<br />けど全体の10分の1しか見ていないのではないかと思った。<br />広々とした園内には子供を連れた家族が仲睦まじく、芝生の上を転げまわっていた。<br />リスが芝生から、樹の上へと走り回っていた。<br />また、園内にはいくつかの大型の温室ハウスがあり、世界の各地方ごとに樹木が植えられていた。(写真右)</p>
				<p>日本庭園もあった。<br />寺風の建物の前に敷かれた砂利と庭石…<br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/59b8a2d3d8f5d2542352d8b6a99ee0e4.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/59b8a2d3d8f5d2542352d8b6a99ee0e4-300x225.jpg" title="14日本庭園" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-5997" /></a>作られた日本庭園は、のびのびと生育しているキューガーデンには、不釣り合いに見えた。（写真左）</p>
				<p>帰り際覗いた園内の建物に植物画が展示されていた。<br />精巧に描かれてその植物の特徴をよくつかんでいる。<br />見ると値段がついていた。<br />安いものでも100万円から最高1000万円まで、えっ、これが1000万円！<br />残念ながら建物内は撮影禁止であった。</p>
				<p>私の植物観察仲間のリーダーに植物画を描いている女性がいる。<br />ときどき専門書の挿絵に登場する“玄人さん”だ。<br />帰国したら彼女に「あなたの絵は数百万円の値が付きますよ」と言ってあげようと思った。</p>
				<p>いくら時間があっても足りないキューガーデン散策だった。<br />少し足が棒になったが、とても満ち足りた一日だった。<br />季節の違う時期にもう一度訪れたいと思った。<br />世界一の植物園を実感した。（アイルランド＆イギリスの旅　完）</p>
				<p style="text-align: right;">札幌：望田武司</p>
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		<title>イギリスの旅（８）</title>
		<link>http://www.webreport.jp/5943.html</link>
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		<pubDate>Fri, 01 Jul 2011 07:30:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>mochida</dc:creator>
				<category><![CDATA[イギリスの旅（全9回完結）]]></category>
		<category><![CDATA[レジャー]]></category>
		<category><![CDATA[北国の便り]]></category>
		<category><![CDATA[海外]]></category>
		<category><![CDATA[芸術・文化]]></category>

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		<description><![CDATA[				
				～シェイクスピアゆかりの地～
				バスは湖水地方から南下してスコットランドからイングランドに入る。有名なカントリーサイド・コッツウォルズの近くに、シェイクスピアゆかりの町、ストラトフォード・アポ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				
				<p><span style="color: #0000ff;">～シェイクスピアゆかりの地～</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/488939157391927a42608d66da73e5c7.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/488939157391927a42608d66da73e5c7-300x297.jpg" title="1湖水地図" width="300" height="297" class="alignright size-medium wp-image-5949" /></a>バスは湖水地方から南下してスコットランドからイングランドに入る。<br />有名なカントリーサイド・コッツウォルズの近くに、シェイクスピアゆかりの町、ストラトフォード・アポン・エイヴォンがあった。<br />人口2万人ほどのこの町の観光名所と云えば、シェイクスピアの生家、通った学校、葬られた教会、妻の生家などなど、シェイクスピアに関するものばかりだ。<br />逆にいうとシェイクスピアがいなければ、この町は存在しないだろうと思うほど、シェイクスピアべったりの町である。<br />しかも驚くことにものすごい観光客である。<br />世界各地から訪れているという。<br />死後400年経て、一つの町を支えている偉大な劇作家を偲んで“べったり”回った。<span id="more-5943"></span>　<span style="color: #0000ff;">　＜　町を支える偉人　＞</span></p>
				<p>1人の偉大な人物の出現で、１つの町を支えているところは日本にあるだろうか。<br />夏目漱石だって東京生まれで本籍は幻の北海道、代表作の坊ちゃんは松山とバラバラだ。<br />宮沢賢治や太宰治にしても、せいぜい出身地に記念館がある程度で、町を支えているわけではない。<br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/29dfbd0bbd9d30adb568f27e08743681.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/29dfbd0bbd9d30adb568f27e08743681-300x225.jpg" title="2銅像" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-5952" /></a>最近東京世田谷にある井上靖の書斎が、生まれ故郷の旭川市に移築されることが正式にきまった。<br />もともと、旭川には井上靖記念館があり、ゆかりのものが集約された形になるが、これとて旭川市を支える文化財には程遠い。<br />せいぜい三浦綾子記念館などと、はしごで文学散策する人たちに、素材の厚みを提供してくれたというところだろうか。<br />（写真左上：公園に建てられたシェイクスピア像）<br />聖徳太子が建てた法隆寺のある奈良斑鳩の町はどうだろう。<br />法隆寺とそれに関わる様々な国宝がなければ、斑鳩の町には観光客は誰も行かないかもしれない。<br />斑鳩町にとって聖徳太子様さまだ。</p>
				<p>シェイクスピアと聖徳太子を並べても、何の関わりがあるわけでもないのだが、自然景勝地でもなんでもないカントリーに来て、年間50万人もの観光客が押し寄せる一大観光地に　仕立てあげたシェイクスピアの存在感、影響力を思うと、いろいろ連想してみたくなる。<br /><br />　<span style="color: #0000ff;">　＜　立派な生家　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/33d4e75172a97ba7af76ff0a3a14394a.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/33d4e75172a97ba7af76ff0a3a14394a-300x225.jpg" title="3生家" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-5954" /></a>街の北部にシェイクスピアの生家があった。<br />二階建ての結構大きな建物で、よく整備されており500年前のものとは思えない。（写真右）<br />窓が多い。<br />窓の数は当時税金を決める基準の一つになっていたということで、当時としてはそれなりの邸宅だったのだろうか。<br />父親は革製品の商売をする一方、町長をしていたときもあったという。<br />裏側を回ると立派なイングリッシュガー<a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/1aec5d197574ac5a8ee571871255052c.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/1aec5d197574ac5a8ee571871255052c-150x150.jpg" title="4バラ" width="150" height="150" class="alignleft size-thumbnail wp-image-5955" /></a>デンになって整備され、大きなレバノンスギが1本生えていた。（写真左）<br />ここでシェイクスピアは3番目の子として生まれた。<br />兄弟姉妹は8人いたという。<br />近くの学校に通うが、高等教育をうけたかどうかは不明のようだ。</p>
				<p> </p>
				<p><span style="color: #0000ff;">＜　夜這いするシェイクスピア　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/460e52aa64956b80568c59425ceb88a4.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/460e52aa64956b80568c59425ceb88a4-300x225.jpg" title="5女の家" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-5958" /></a>シェイクスピアは18歳の時、同じ町の8歳年上の自作農の娘と知り合い、夜な夜な彼女の家に通ったという。<br />日本の昔の貴族の“通い婚”みたいなものか。<br />彼女の家がいまなお残っている。<br />茅葺のとても美しく趣のある家だ。<br />（写真右：妻となるアン・ハサウェイの実家）</p>
				<p>彼女の家までは結構遠かった。<br />1.5ｋｍほどの道のりを、畑を横切り心ときめかせながら、せっせと通ったという。</p>
				<p>この話をガイドから聞いて、恋の歌が一杯詰まっている万葉集の一句を思い出した。</p>
				<p><span style="color: #993366;">児らが家道　やや間遠きを　ぬばたまの　<br />　　　　　　　　　　　　　　　夜渡る月に　競ひあへむかも　　　安倍広庭</span></p>
				<p>あの娘の家まで行くまでの道のりは、ちょっとあるが、夜空を渡る月より早く行けるだろうか。<br />安倍広庭なる人物はよく知らないが、恋人に逢うはやる思いを、月が先か私が先か、月に<br />越されてはなるまいという少年のような気持ちで詠んでいる。</p>
				<p>幼い頃、月はなぜ自分についてくるのだろうかと、不思議に思ったことはないだろうか。<br />その先に恋人がいるほど、ませてはいなかったが、歩いても走っても常についてくる月を、純粋な気持ちで不思議に思ったものだ。</p>
				<p>どうやらシェイクスピアの“夜這い”は、女性の家では公認だったようだ。<br />まもなくシェイクスピアはこの女性と正式に結婚する。<br />子供ができて、あわてて結婚したようだ。<br />今でいう“できちゃった婚”だ。<br />シェイクスピアの対女性関係はすすんでいたようだ。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/3f9d29b9b8332a3e2e2c38547fb87691.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/3f9d29b9b8332a3e2e2c38547fb87691-300x225.jpg" title="6医者の家" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-5959" /></a>シェイクスピアは、初めてできた長女を溺愛したという。<br />これに対し､次女には冷淡であったという。<br />シェイクスピアは子どもにとって、あまり良い父親とはいえなかったようだ。<br />溺愛した長女は医者の家に嫁ぐ。<br />その医者の家も町内にあった。（写真左）</p>
				<p>生家から妻の家、そして長女が嫁いだ家まで観光ポイントになっているというのも面白い。<br />とにかくシェイクスピアに関するものは、みな名所となっている。</p>
				<p>　<span style="color: #0000ff;">　　　＜　呪いの警告　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/a11ada0200dbf61c49231d175b81c0b6.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/a11ada0200dbf61c49231d175b81c0b6-300x225.jpg" title="7教会" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-5960" /></a>シェイクスピアが葬られている教会もあった。<br />（写真右：ホーリー・トリニティ教会）<br />結構立派な教会だ。</p>
				<p>シェイクスピアが眠っている所は、一段高くなった聖壇にあって平らな石で覆われ、その上に遺言らしきものが書かれていた。（写真下左）<br /><br /><span style="color: #993366;">Cursed be he that moves my bones.</span></p>
				<p><span style="color: #993366;"> 私の骨を動かすものに呪いあれ</span>　</p>
				<p>シェイクスピアは往生際が悪かったのだろうか、<br />これは何を意味するのだろう、よくわからない。<br />背景がいろいろあるようだ。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/b4223c9bf6ab729cedd9008ce1fee05a.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/b4223c9bf6ab729cedd9008ce1fee05a-300x225.jpg" title="8墓石" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-5961" /></a>さらにシェイクスピアの亡くなった日は、偶然生まれた日であるということも強調されていた。<br />シェイクスピアに神秘性を持たせようというのだろうか。</p>
				<p>坂本龍馬も誕生日と死亡日が同じだ。<br />本によっては龍馬の年齢が32歳没、33歳没とあるが当時は太陰暦でもあり、どうでもいいことだと思うが、講談師が強調しそうなポイントだ<br />京都近江屋で襲われた龍馬は即死だったが、同席して一緒に襲われた中岡慎太郎は、瀕死の重傷を負って2日後に死亡している。<br />誕生日イコール昇天日となった偶然性に、龍馬を後世に語り継がせる天の采配があったのだろうか。</p>
				<p>　<span style="color: #0000ff;">　＜　人間　シェイクスピア　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/9fae8001ec09f9e694dbee7d34f3c4f5.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/9fae8001ec09f9e694dbee7d34f3c4f5-300x225.jpg" title="9ハムレット" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-5964" /></a>シェイクスピアは言うまでもなく、ハムレットやオセロ、ヴェニスの商人などの傑作を、次々に生んだ偉大な劇作家だ。<br />（写真右：町の公園に建てられていたハムレット）　　<br />ただ 本や演劇などで作品に接することはあっても、シェイクスピアという人物そのものは、ほとんど知らなかった。</p>
				<p>今度の旅でゆかりの地を訪れると、シェイクスピアがとても人間臭い男で、逆に数々の名作を残したという人物像が、一時的に消え失せるような錯覚に陥った。<br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/90c45e54a36f07f0007f862bfd8086f7.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/90c45e54a36f07f0007f862bfd8086f7-150x150.jpg" title="10レストラン" width="150" height="150" class="alignleft size-thumbnail wp-image-5965" /></a>それも今思うと、作品を通じて随所に現れる独特で鋭い人間の心の描写と葛藤は、彼自身の生活史の中にもあったのだろうかと思った。<br />　<br />シェイクスピアのおかげで成り立っているストラトフォードの町は、昼食を食べる場所を探さなければならないほど、観光客で賑わっていた。（写真左）　（つづく）</p>
				<p style="text-align: right;">札幌：望田武司</p>
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		<title>イギリスの旅（７）</title>
		<link>http://www.webreport.jp/5916.html</link>
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		<pubDate>Wed, 29 Jun 2011 05:52:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator>mochida</dc:creator>
				<category><![CDATA[イギリスの旅（全9回完結）]]></category>
		<category><![CDATA[レジャー]]></category>
		<category><![CDATA[北国の便り]]></category>
		<category><![CDATA[海外]]></category>
		<category><![CDATA[環境・自然]]></category>

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		<description><![CDATA[				
				～ナショナルトラスト～
				イングランドに近いスコットランド西部に、湖水地方と呼ばれているところがある。海抜1000mを切るそれほど高くもない山々を背景に多くの湖が点在し、水と緑に囲まれた自然の [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/624bb0f1fef7d9d9edd16fa01f6ebe9c.jpg"></a><span style="color: #0000ff;">～ナショナルトラスト～</span></p>
				<p>イングランドに近いスコットランド西部に、湖水地方と呼ばれているところがある。<br />海抜1000mを切るそれほど高くもない山々を背景に多くの湖が点在し、水と緑に囲まれた自然のオアシスとして、イギリスでも最大級の国立公園になっている。<br />氷河時代の痕跡が残る静かな自然保護地域だ。<br />この地域に入ると、ガイドは盛んにナショナルトラストという言葉を口にする。<span id="more-5916"></span>　<span style="color: #0000ff;">＜　ナショナルトラスト　＞</span></p>
				<p>羊の放牧と逃げないようにどこまでも続く囲いの石垣、山をバックにした点在する白い家と穏やかな湖、これが典型的な湖水地方の風景のようだ。<br />ガイドによると、「イギリスの自然・田園風景は北海道によく似ている」と日本人観光客に言われるという。<br /><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/ac928dc5e11136cc62e813074687bedb.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/ac928dc5e11136cc62e813074687bedb-300x225.jpg" title="1湖水" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-5917" /></a>たしかに放牧や多くの湖沼など、似ている所があるが、北海道のような自然の厳しさがない。<br />マイルドな自然で、湖畔に立つと函館に近い大沼国定公園によく似ていると思った。（写真右：湖水地方）</p>
				<p>これらの風光明媚な景観は、ナショナルトラスト運動の結果守られてきたという。<br />ナショナルトラストは歴史的建造物や美しい庭園、自然などを守っていく民間の非営利団体であり、土地や建物を買い取って保存して行こうという考え方である。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/1275010b286edf5bb242badcb358a603.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/1275010b286edf5bb242badcb358a603-300x225.jpg" title="2ナショナルトラスト" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-5918" /></a>イギリスから始まったこの運動は、湖水地方でもっとも盛り上がり、ガイドによると列車を通すことも拒否したという。<br />ただ水道水を供給するダム建設だけは認めたそうだ。<br />さらに一時は、大型バスで入ってくる日本人観光客を排除する動きもあったという。<br />（写真左：湖を見下ろせる牧場入口にあったナショナルトラストへの支援を呼びかけるモニュメント）</p>
				<p><span style="color: #0000ff;">　＜　知床100㎡運動　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/af16c185268d299117fe57b886140c1e.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/af16c185268d299117fe57b886140c1e-300x196.jpg" title="知床連山" width="300" height="196" class="alignright size-medium wp-image-5941" /></a>ナショナルトラストの考え方は、日本でも本州を中心に歴史的建造物の保存に寄与しているようだが、北海道では自然保護との密接なかかわりの中で語られている。<br />その一番の成果が知床だ。<br />列島改造ブームの波に乗り、知床を開発しようとする不動産業者から知床の自然を守るため、一人が100㎡の土地を買おうという「知床100㎡運動」が起きた。<br />（写真右：知床５湖と知床連山）<br />森繁久弥の「知床旅情」も後押しし、全国から賛同者が集まった。<br />こうした自然を守ろうとする5万人の尊い浄財で、購入する土地は徐々に広がり、不動産業者の進出を拒んだ。<br />６年前の平成17年、知床の世界自然遺産登録が決まったとき、ナショナルトラスト運動を推進してきた地元の斜里町長が、人目をはばからず大粒の涙を流していたのがテレビで大写しにされた<a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/41.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/41-300x225.jpg" title="4" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-5922" /></a>。<br />イギリスのナショナルトラストを知って30年、当初保守勢力から変り者の運動と冷笑された知床ナショナルトラスト運動は、こうして実を結んだ。<br />100㎡運動なくして、世界遺産登録はなかったであろう。</p>
				<p>模倣して成功することも大変だと思うが、ナショナルトラスト発祥の地を訪れると、こうした新しい考え方を発想したイギリス人の底力、民主主義の奥深さを強く感じる。</p>
				<p>イギリス国民は、後に生まれるパブリックフットパスなどと連動して、素晴らしい自然や歴史的建造物を、自由に享受できる環境を自ら作り出した。<br />私たちが当地を訪れたときはたまたま週末で、週末を湖水地方で過ごそうとするキャンピングカーが、所狭しと 並んでいた。（写真左上）</p>
				<p><span style="color: #0000ff;">　　＜　湖水地方　散策　＞</span></p>
				<p>私たちは大型バスからマイクロバスに乗り換え、ロマン派詩人・ワーズワースがこよなく<br />愛した湖水地方を散策した。ワーズワースの墓から、ゆかりのコテージなどを見て回った。<br />湖水地方にはピーターラビットの作者のビアトリクス・ポターの家もあり、中に入って見学した。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/83d32ed9c8ba0806d2e6cac93a31e5af.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/83d32ed9c8ba0806d2e6cac93a31e5af-150x150.jpg" title="5ワーズワースの家" width="150" height="150" class="alignnone size-thumbnail wp-image-5924" /></a>　<a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/81f5578680727ccd4b3a59147be3642a.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/81f5578680727ccd4b3a59147be3642a-150x150.jpg" title="6墓" width="150" height="150" class="alignnone size-thumbnail wp-image-5925" /></a>　<a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/d043d71ede8ba7bc65085039cd40c8f4.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/d043d71ede8ba7bc65085039cd40c8f4-150x150.jpg" title="7家内" width="150" height="150" class="alignnone size-thumbnail wp-image-5926" /></a></p>
				<p>（写真上左：ワーズワースの家　写真中：同墓　写真右：ピーターラビットの作者の家入口）</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/624bb0f1fef7d9d9edd16fa01f6ebe9c1.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/624bb0f1fef7d9d9edd16fa01f6ebe9c1-300x225.jpg" title="8石壁" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-5928" /></a>また、湖水地方の絵となっている放牧している羊を囲う石垣・ドライストーンウオールを<br />間近に見た。（写真左）<br />セメントを一切使ってないということでドライと呼び、あとは平べったい石を単に積みあげただけの壁だっ<a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/624bb0f1fef7d9d9edd16fa01f6ebe9c.jpg"></a>た。<br />石垣だけでなく、この辺りの住宅はほとんど石でできていた。<br />地震が来たらひとたまりもないのでは？とガイドに聞いて<br />みた。<br />地震は全くないことはないが、せいぜい微震程度だという。</p>
				<p>　<span style="color: #0000ff;">　＜　スコットランドの花　＞</span></p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/6a331195bafe60d1800ec0e3ba014879.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/6a331195bafe60d1800ec0e3ba014879-300x225.jpg" title="9英国庭園" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-5929" /></a>湖水地帯ではよく<span style="color: #0000ff;">イングリッシュガーデン</span>を見かけた。<br />いろいろな花が咲き、適当な空間を伴って、一つの庭と<br />なっている。（写真右）<br />伊豆のちょっとした温泉宿の中庭のような感じだ。<br />植えられている植物は、門外漢の園芸植物が中心のため、<br />名前はよく分からない。<br />自然を取り入れた庭とはいえ、所詮造られた美で、野山で<br />咲いている花ばかり見ているせいか、どうも今一つピンとこない。<br />美しいガーデンであるが、大自然の中でひっそり咲く野生植物とは対照的に感じた。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/1f545772b928a749b8a242648bd42d82.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/1f545772b928a749b8a242648bd42d82-300x225.jpg" title="10キングサリ" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-5930" /></a>長く垂れ下がった黄金の花、<br />エディンバラ周辺でも見かけたが、湖水地帯にくると頻繁に<br />遭遇する。</p>
				<p><span style="color: #0000ff;">キングサリ</span>だ。（写真左）<br />マメ科の植物で、ネックレスにしてもいいような金の鎖状に咲くのでキングサリと云われている。<br />英語ではそのものずばりの　golden　chain　。<br />札幌では大通公園のはずれに1本あるほか、住宅地で時々散見される程度だ。<br />ところが、当地では頻繁に見かける。<br />持参した植物図鑑をみると、ヨーロッパ中部原産とある。納得だ。</p>
				<p><a href="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/f99362bbec878ba4b44963afe1ef773e.jpg"><img src="http://www.webreport.jp/wp-content/uploads/f99362bbec878ba4b44963afe1ef773e-300x225.jpg" title="11札幌のキングサリ" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-5931" /></a>帰国してたまたま札幌の住宅街で満開のキングサリに遭遇した。（写真右：豊平区18日）<br />スコットランドとはざっと3週間のずれがある。</p>
				<p>この時期スコットランドでは、キングサリとシャクナゲ、それにメイフラワーのサンザシが目立った。<br />いずれも札幌に戻ってもう一度観察しており、一見似ているようでも似ていないスコットランドと北海道の気候の違いを実感した。<br />3月下旬花見を済ませた東京人が、5月観光で札幌を訪れ、再び花見ができたと喜ぶが如しである。　（つづく）</p>
				<p style="text-align: right;">札幌：望田武司</p>
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