この記事についてつぶやくカルガモ救出
暦の上では春を迎えたメルボルン。
休日出勤のためオフィスに行くと、
カルガモの親子がオフィスの前にある小さな池に向かって行進している。
子がもは全部で11羽。
母がもについていこうと必死に歩いてる、というよりかけ足だ。
3メートル歩んでは振り返る母がも。
その動作を何度か繰り返しながらようやく池のところへやってきた。
池に入った母がもが子がも達をじっと見守っている。
30秒ほどして、ようやく勇気ある一羽が池に飛び込むと、 残りの子がもたちが、遅れをとるまいとぼとぼとと水の中へ続いた。
微笑ましい光景でした。
それが朝の10時半の出来事です。
夕方5時に仕事を終え池を覗いたら、
子かもたちが池の中でぴ~ぴ~泣いている。
母がもの様子がおかしい。
水に入っては外にでるという行動を幾度も幾度も繰り返してる。
はてはて・・・どうした?
なんということだ。
子がもは池から上がることができないのだ。
水位が低すぎて壁を上れない。
どうにか助けてあげたくて、
車の中に入っていた傘を差し出したり、
書類ボックスを差し出したりしたけど、全く役に立たない。
すくい出そうとしても逃げ回るだけ。
諦めて家に帰ったものの、やっぱり気になる。
2時間後に友達を誘って戻ってみたら・・・。
やっぱりいた。それも子がもだけが池の中に。
近づいても今度は逃げもしない。
冷たい雨が降り注ぐ中、 池の端っこに固まって、
体力が消耗しているのだろう、ただただじっとしている。
いったい母がもはどこへいったんだろう。
暗くなった辺りを見渡しが、気配がない。
思わず水の中に手を入れた。
恐怖なのか、手のひらの中で小刻みに震えているのがわかる。
救いだしたものの池のほとりに置き去りにして帰っていいものか
今度は私がパニックだ。
友人によると、RSPCAという動物保護団体があるらしい。
さっそく電話をかけるが、野生の動物は扱わないと断られる。
その代わりに野生動物保護団体の電話番号をもらった。
ボランティアが近くにいるので電話をするようにとの指示だ。
ボランティアにいきさつを簡単に説明すると、
冷え込む夜に母がもの羽の中で体温を維持しない限り
簡単に死んでしまうらしい。
取りにいけないので箱に入れて持ってきて欲しい。
それが彼女の頼みだった。
今にも消えそうな声でぴーぴー鳴いている子がもたち。
小さな体をよりそってぶるぶる震えている子がもたち。
20分かけてボランティアのお宅へと向かう。
とってもやさしそうな中年の女性だった。
喜んで面倒をみてくれるとのこと。
母がもが戻ってくるかもしれないので、
子がもをつれて翌日池にきてみるとのことだ。
子がもたちを無事手渡して家路に向かう途中、ふと思った。
これが日本だったら、いったいどこに連絡をすればいいのだろうと。
雄大な自然が自慢のオーストラリア。
こんなときの対応は地元の人たちはよく知っている。
海外に暮らしていると、
日本のことを知らない自分を発見することが
いかに多いことか・・・・。
こんなとき、あなたはどこに連絡しますか?
オーストラリア在住:メルボルンのさくら
この記事についてつぶやく音訳ボランティア
最近、目の不自由な人たちへの音訳ボランティアを始めた。
”しゃべる”ことを仕事にしてきた私であるが、なんといままで一人よがりだったことかっ!
確かに”語りかける”ことは大事であると思う。
しかし、新聞記事にしても本にしても、決して間違えず、そこに書かれていることを理解し、自分の感情を入れずに伝える(読む)ということが、いかに難しいか・・・。
”話す”という仕事ひとつとってみても、その場面によって、話し方、伝え方が変わってくる。
私はいままで、自分の感情に任せて話していたことを実感した。
それでも私は、自分のその感受性を忘れたくないと思う。
ただの”おしゃべりマシーン”にはなりたくないからである。
では、どうすれば折り合いを付けることができるのか。
それはまだ、模索状態である。・・・恥ずかしい。
本当に毎日が”学び”であると思う今日このごろである。
Posted by 亀有のリーポーター




