あか

たけちゃんの独り言

前向きの行動
◆ダルビッシュ投手は、「すごい勝負がしたかった」と米大リーグ移籍の理由を述べた。先日世界一の表彰を受けた女子サッカーの沢選手は、中学から男子と一緒にプレーをしたという。新年早々ビックな話題の中で共通しているのは、既存の観念とか制約でなく、選手であり、その力量発揮の為にまっすぐ突き進む姿である。大きく踏出した大リーグや出場権を獲得したオリムピックでの両選手の、明確な目標での活躍は楽しみである。
◆24日は通常国会が開催された。野田首相の施政方針演説では、総理だった福田、麻生演説の引用もあった。もう批判が出た。しかし、先人の問題意識は正しく、決められぬ政治の脱却、国に力をつけて福祉国家を築く決意は、評価し期待したい。消費税の増税の議論と同時に既得権で前進を阻む体制打破の大改革の実行が必要である。
◆人口一千万人のギリシャの国債償還危機は依然と続き、今もEUから世界の経済、景気を不安定にしている。昨日はドイツの財務相が「ギリシャの全政党は予定される選挙の結果に関係なく改革に合意すべき」と述べた。まさに日本も同様で、予算審議より揚げ足とりや解散総選挙などを言っている場合だろうか。

立川:たけちゃん

震災日誌(1月前半)

1月10日  野田総理 石巻へ~鈍感であることが政治家の要件? <<   作成日時 : 2012/01/12 23:00   >>

じょう総理、野田総理が宮城、岩手の被災地にやって来た。
初めてなのかと思ったが、就任後では昨年9月以来という。12月に来る予定が北朝鮮の王朝の異変で今回になったという。しかし、各種の世論調査で内閣支持率が急落した直後。支持率アップをねらったパフォーマンスではとの疑いをぬぐいきれない。どじょうの笑顔は終始引きつっていた。

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震災日誌in仙台(12月)

12月24日 震災を忘れさせてはならない! 訴える若い魂      2011/12/29 11:16  

           

「安心して暮らせる社会を私たち女子学生が考える」宮城学院女子大学の人間文化学科主催のシンポジュームを聞きに行った。震災に関わることは地域にある大学の社会的責任だとかねがね考えていたからである。大学の大教室は開始の午後2時半には100人余りの学生で埋まっていた。私のような一般の参加者も数人。
被災地大学間合同シンポジュームの一環。宮城学院と神戸からやって来た神戸松蔭女子学院大学の女子学生たちは、前日(23日)石巻の被災地を訪ねた後、この日の午前中は仙台市の「あすと長町」の仮設住宅団地で暮らす被災者の方々の聞き取りをした。フィールド・ワークを受けて、復興とは何か?復興に向け何をすべきか?がテーマだった。

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たけちゃんの独り言

今年もお世話になりました。
◆今週一杯で今年も終わる。急に寒くなり訃報も多く、従兄弟、知人兄弟、同輩と我が身に迫る話である。最近は家族葬で葬儀直後の連絡から、全てお悔やみだけで終わる。でも知人に数年ぶりの連絡や年末挨拶の文通もあった。師走はやはり忙しい。
◆元同輩2人に連絡して各30分も話し込んだ。A君「地元の防災ボランテア活動で忙しく、持ち出しだ」、最近は、カラオケ、フラダンスの会が、お金を出して舞台に出て、観てもらう喜びを求めるボランテアが流行りというではないか。何時も年賀状で忘妻ボランテアと書いてあるが、奥様は元気?。「下に心がある様に忘れる位忙しいのだ」。B君は小生と若い頃、奥穂高に登った感激を繰り返し、先日は西穂高に行ったという。2人とも後期高齢者になり、保険料が高くなったと不満をいう。
◆一人暮らし89才女性から、便箋2枚に細々と日常生活が書いある。親戚の結婚式に呼ばれて、皆が出席にあたり心配するのが悔しくて、電車を乗り継ぎ会場まで下見に行ったという。嫌なのは一人で食事を作り、食べるだけのことであり、ボケでないか文章を読み返して書いていると、妻に聞いてもらいたい手紙である。妻は交流相手が減っていく未来に考えてしまうという。
◆今年は人災を含め災害の年だった。どんなことでも自分が自分を活かす努力で生きねばと思う。加齢は年々心身共に衰えが来る。何事も生きている内で、年賀状も交流であり今からだ。

立川:たけちゃん

 

たけちゃんの独り言

太平洋戦争勃発

◆70年前、日本時間の8日の未明に日本は、真珠湾攻撃をした。以来日本は第2次世界大戦に突入していく。まだ3才に満たず、戦争を意識したのは、5才頃に遊びで防空壕を作る真似事やそれから安曇野のわさび畑近くの銀行跡の建屋での2年余の疎開生活だった。
◆終戦の前年に国民学校に入学。学校で掃除当番で残っていた時、米機が学校近くに爆弾を落し、驚いて家に走り帰った事は恐怖だった。一週間立ち上がれず、「腰を抜かす」を体験した。今安曇野は、美しい風景と湧き水で、もてはやされている。だが疎開者は何かにつけて差別された。家庭をもって一家で一度訪れたが、「故郷は遠くにて思うもの」とその時思った。
◆昨日はカレーうどんを食した。疎開生活では銭湯に行き(数日おき)、凍りつく帰り道の食堂に寄って、皆で夕食のカレーうどん食べた。いつも思い出し話題になる。千葉の農家に育つ妻は、戦争勃発の年に生まれた。思い出話は米軍機が落ちる火炎をみて、墜落機を見に行ったという。4才で覚えているか本人も疑問でいる。強烈な体験は前後の関係なく、断片的に記憶がよみがえる。70年を超えてズート戦争の体験と戦後の関わりは、生活で潜んでいて時々顔を出す。先日の同窓会の帰りの車中談でも、東京大空襲で反対方向に逃げたら、今はないと友は話す。

立川:たけちゃん

震災日誌in仙台(10月)

10月1日  復興への願いをこめて~心の架け橋・日独交流コンサート   作成日時 : 2011/12/03 23:33   >>                                         
                                            


                                  

仙台シンフォニエッタとしては初めて経験することだ。他の音楽団体とジョイント・コンサートを開催することになった。お相手はドイツ・ハンブルクの混声合唱団、コア・アンサンブル・ゲーテ、そして名古屋の女声合唱団、レインボーコーラスあいちである。
ドイツからは指揮者の印牧和生(かねまきかずお)さんはじめ、20数人がやって来た。名古屋からは60人余の団員。メールで事前にやり取りしたオーケストラ譜を使って、前日の9月30日夜に初めての顔合わせ。練習会場のホテルの宴会場には、お相手はどんな腕前なのか?興味と熱気があふれていた。前日のゲネプロ(総練習)は1時間半ほどでお開き。当日(10月1日)午前が会場の東北大学萩ホールでのステージ・リハーサルだった。舞台転換などをあわただしく確認して、午後2時の開演を迎えた。
トップバッターはレインボーコーラス。総勢60人が純白の衣装でステージに並んだ。「大漁唄い込み」や「ソーラン節」など親しみやすい民謡をアレンジしたもの。津軽三味線も加わるユニークなプログラムだ。これまで海外への演奏旅行を何度か重ねてきただけに、日本情緒を存分に唄いあげた。メンバーには80歳代の方もいらっしゃるが歌声は若々しかった。 (続きを読む…)

たけちゃんの独り言

三浦大根
◆地元農家との話の続きである。沢庵漬けには、昔の知識で練馬大根かと思って話を進めても、煮物、漬物は三浦大根がよいという。だが地元農家が作る大根のほとんどが、三浦ダイコンを「購入タネ」で最初に作っても、翌年のために種を取ろうとすると、青首大根になってしまい、三浦大根が作れないという。
◆何かすっきりしない。調べたら練馬大根は煮物、沢庵漬には最適だが細く長いため、大根を引きぬく力が三浦大根の2倍もかかり、重労働であり、練馬の主な農産物はキャベツに移ったとある。だから煮物、漬物は三浦大根になる。生産地の三浦では、青首に押されることなく、種取りから三浦大根が生産されていることも分かった。今、生活で三浦大根の話はない。
◆今日は妻が近所の農家から、珍しく無農薬栽培の三浦大根を買ってきた。形はその通り上部が細く、すぐに山なりの太さであった。だが全て真っ白のはずが上部はうっすらと青かった。成程地元農家の悩みはこれだと思った。さて、大根を4cmの厚輪切りして、昔の「風呂吹き大根」の味があるだろうか。食したが、結局青首大根独特の風味で、昔の大根ではなかった。 

立川:たけちゃん

たけちゃんの独り言

高級食材

◆朝夕はめっきり寒くなり、最低気温も10℃程度に下がる。だが、雨でない日の昼間は20℃位の温かい陽気は、体が硬くならず体調がよく助かる。この温かい陽気で農家の野菜直売の奥さんは、葉物が育ち過ぎて、大根も太ももの様に太く売りにくとこぼすそうだ。

◆そんな話を、通所デイで話していたら、最近通所利用になった農家の同年男性が、離れた席から近づいて来て「タクワン」論議になった。タクワン用の干大根は、天日で10日以上干すが、晴天が続く12月に作業をし、太くなった大根は日数もかかり手間が大変だという。押しの効いた歯ごたえのあるタクアンは、干大根の重量の3倍の重石をかけ、漬物の素、糠、ザラメ、柿の皮などの材料を入れて4斗樽で漬け込み3ヶ月待つ。20本位だったが、4,5年前に干大根を買って、漬け込みの経験をしたので、お互いの話は弾んだ。市販のタクワンは色々のタイプがある。出来上がりの自家製は段違いの食感と味である。何処の農家もタクワン漬けはするが、手間とコストがかかり、自家と贈答用だけで売り物は作らないという。昔、育ち盛りの頃は粗食の代表は「タクワンポリポリ、お茶漬けサラサラ」で懐かしい。今は高級食材といえる。

立川:たけちゃん

たけちゃんの独り言

病院の生花

◆病院関係の新聞を読んでいたら、病院内、病室に「生花の持ち込み禁止」の記事があった。理由は①花粉によりアレルギーを起こす可能性②花瓶の水にアスペルギスという感染対策上問題となるカビの繁殖。③花の匂いが苦手の患者もいる。とある。病気見舞に生花は気の利いたお見舞いと思い、もらって嬉しかった経験はある。初耳なのでウィキペディア〈辞典)でみたら、原因菌は観葉植物(鉢内の堆肥や土)、生花の表面、花瓶の水等にあり、患者は免疫力が低下しており、皮膚アレルギーや呼吸困難になるとあり、①②の理由がわかった。③では、入院の時、隣のベットの家族が芳香剤を置いていき、夜寝中寝れなくて、看護師に苦情を申し立てた経験がある。生花の匂いも四六時中だから嫌な人には苦痛である。

◆ついでに述べると、2ケ所の病院生活の経験で厳しく言われたことがあった。「物を絶対に床の上に直置きするな」であった。どんな菌が床に潜んでいるか分からない。見舞い客がよくカバンや紙袋を置かれたが、何時もその話をした。また前のベットに家族が来て、売店に買い物の前後にベット上に財布を置いて、行動される例があった。やめてくれと言った。事故があった場合、お互いのトラブルの元になり不愉快になる。数年前経験の病院生活のマナーは変わってきて、他の事もあるだろうが見舞いの時に心得ておき、入院はしたくない。

立川:たけちゃん


 

たけちゃんの独り言

空き缶回収

◆昨日は、京都市で全国初の空き缶回収条例可決(1981)があり、翌年に施行された。ジュース、ビールとお世話になる缶製品の空き缶は、京都市のような観光地では、放置が30年前から問題だったのだろう。昨年の今頃、条例改訂で「京都市の指定した方法で出された空き缶などの資源ごみや粗大ごみを拾うことを禁止」とする事が出され、これに対し野宿者・生活困窮者は、生きる権利を侵害するとして反対闘争が起こりHPもあった。我町も指定場所に缶・瓶を出し市の回収は定着して、持ち出しは禁止は当然と思うが、違う面を知った。

◆書きたいと思ったのは、今年の初夏の頃と思うが、新聞多摩版で、小金井市在住だった星野哲郎さん(作詞家)の隠れた話である。朝の散歩の時に、手袋、缶挟み、袋を持って、道端、公園に散乱する缶を回収して、毎日記録をつけていた。その数が20万個を超えたとあった。生涯で4000曲の詩を書き、数々のヒットをさせた作詞家は、昨年11月85才で他界され葬儀では作詞曲の「男はつらいよ」でおくられた。偉大な作詞家の晩年の生活で、こんな社会貢献もあったのかと思ってきた。残念ながら新聞の切り抜きをしなかった。

立川:たけちゃん

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