by望田
2008年02月28日
2008年02月28日
われもこう(吾亦紅)
こんにちは
26日、冬の夜長をテレビの歌番組(NHK歌のコンサート)を聴きながら植物写真の整理をしていると、われもこう(吾亦紅)という歌が流れてました。
「すぎもとまさと」という、どこにでもいそうなちょっと不潔な中年おじちゃんが、ギターを抱えて歌っていました。
このわれもこうは去年の暮れの紅白歌合戦で、初出場のすぎもとまさとが歌っていました。
紅白の出演者が決まったとき、和田あき子「そんな歌手知らない」といって物議をかもした男性です。
和田あき子が知らないという歌手を、門外漢の私が知る由もなく、歌もその時初めて聴きました。
家内はこの歌を知っていて、聞くたびに涙が出そうになると言っていました。
へえ、そういう歌かと思いました。なんでも母を想う歌のようです。
紅白司会の笑福亭鶴瓶が去年は「千の風になって」が大ヒットしたけど、今年はこれがヒットするといってました。
そして われもこうは難しい字を書く地味な植物だとも紹介していましたね。
きょう歌のコンサートでこの歌をきいて、植物のワレモコウを思い出しました。
ワレモコウは北海道に自生していませんが、同じ仲間にナガボノシロワレモコウという植物があります。
バラ科の植物で、長い穂に白い花をつけます。
原野に秋咲き、とても魅力的な花です。
去年釧路と隣の白糠町の海岸沿いの恋問(こととい)原生花園で観察して感激しました。(写真上)
花が赤いものもあります。ナガボノアカワレモコウといいます。
えりも岬の十勝側の百人浜に咲いていました。(写真右)
ちょっとピンボケです。
被写体が細長いものを近距離で撮影するのは、ピントが 長い被写体全体に合わず、素人カメラマンではきれいに撮るのは難しいです。
なぜワレモコウというのか、いろいろ説があってよくわかりません。
それぞれの説に従って、[吾亦紅]とも [我木香]とも [割木瓜]とも漢字で書かれている魅力ある花です。
すぎもとまさとが歌ったワレモコウは、名前が長ったらしい北海道の変種でなく、本州で生える純正?のワレモコウだとおもいます。
(写真下:知人に送ってもらいました)
ワレモコウはもともと地味ですが、姿見がコケテッシュで結構人気があり、生け花 などに使われているそうです。
北海道でも花屋の店先におかれていて、自宅の庭に植えている人もいるそうです。
一口で言えば知る人ぞ知るという植物のようですが、私にとっては純正の花屋で しか見れないワレモコウより、白いソーセージや赤いソーセージの野花に、とても 親しみを感じます。
この地味な野花が歌によって知られるのも楽しいですね。
和田あき子が贖罪の意味をこめて歌い、大ヒットしてほしいものです。
札幌: 望田武司
2008年02月27日
2008年02月27日
イージス艦「あたご」事故の深層 〜アメリカのイージス艦ネットワークに組み込まれた日本列島〜
ただひとつ、私はこのニュースに対し、少し不思議に思う点がある。それは、この事故では、決定的に触れられていない、あるいは意図的に報道されていない、ブラックボックスがあるのではないかということだ。
周知のようにイージス艦の心臓部は、文字通りブラックボックスになっていてアメリカ軍の最高機密になる。昨年の4月に、海上自衛官が、イージス艦の内部情報を外に漏らし、大きな問題となったことがあった。
私は、東京新聞・2月21日夕刊の記事「衛星破壊狙い ミサイル命中 制御不能で米」を見た瞬間に「あれ」と感じた。
◆イージス艦「あたご」の衝突事故とアメリカによる「偵察衛星撃墜」
21日の夕刊は、まず1面にはイージス艦「あたご」と漁船の事故のニュースが大きくあり、2面の下方にやや控えめに、アメリカが太平洋上で、落下の危険のある偵察衛星だか人工衛星を打ち落とした、という上記題名の記事があった。何でも衛星は故障して、徐々に軌道を外れ、ヒドラジンという劇薬が空中に撒かれる事故を防ぐための処置だということだ。
東京新聞のニュースソースは「共同通信」だった。ニュースの正確を期すために、共同の記事を引用する。
【米政府は20日、有毒な燃料を満載したまま軌道上で制御不能になった偵察衛星を大気圏外で破壊するため、北太平洋上のイージス艦から迎撃ミサイル(SM3)を発射、命中させ、破壊に成功した。(中略)
高度な軍事技術であるミサイル防衛システムを応用した衛星破壊の試みは初めて。システムの信頼性、汎用性を内外に示す狙いもあるとの指摘もある。失敗すれば米国の威信が大きく揺らぎかねなかった。ロシアや中国は事前に警戒感を表明しており、宇宙軍事技術の開発をめぐり、新たな国際的緊張を招く恐れもある。
国防総省の事前説明などによると、北太平洋のハワイ沖約1km付近の海上に停泊したイージス艦レイクエリーが、搭載したSM3を発射。上空約240kmを、徐々に高度を下げつつ周回していた偵察衛星「L21」を狙った。米海軍は失敗した場合に直ちに後続のミサイルを発射できるよう別のイージス艦も待機させていた】(USFL.COMより転載)
この人工衛星は、アメリカ海軍のイージス艦が、ハワイ沖からミサイルを発射して、日本時間で2月21日午後0時26分に発射された。見事命中させたというもので、アメリカ軍は、統合参謀本部副議長が直々にブリーフィング(注※)を行って、命中を誇示したという。「スター・ウォーズ」を地でいくようなニュースである。
注※ ペンタゴンのブリーフィング映像
◆「あたご」は「日米イージス艦ネットワーク」の一翼を担っている?!
考えてみるとアメリカは現在イージス艦を70数隻保有しているが、その中でミサイルを打ち落とす能力の高い最精鋭のイージス艦はわずか10数隻だという。その内の5隻が、現在日本海に展開していると見られている。全世界に展開する70数隻のイージス艦は、それぞれが、超高性能レーダーというハイテクの目を持って監視の目を光らせている。しかもそれぞれのイージス艦には迎撃用ミサイルが搭載されている。
このそれぞれのイージスと宇宙にある人工衛星は、有機的に結びついており、日本が保有している5隻のイージス艦もまた、そのアメリカの軍事情報上のひとつのポイントとして、アメリカの世界戦略に組み込まれているということになる。他の国でイージス艦を保有しているのはスペインの4隻、ノルウェーの2隻、韓国が1隻を建造中とのことだ。(ウィキペディア「イージス艦」の項を参考)
さて、JanJan紙上で、ひらのゆきこ記者が、2月24日付記事『「9条世界会議」記者会見 ダクラス・スミスさんら訴え』の中で、小森洋一東大教授談として注目すべき情報を記している。
小森氏の情報によれば、今回事故を起こした「あたご」は、1月21日から1月25日まで、アメリカのハワイ沖で、対空ミサイルの発射実験を行っていたというのである。つまり「あたご」は、その対空ミサイル発射訓練を終えて帰って来たばかりなのだ。
ここから私は次のことを類推できるのではないかと考える。「あたご」の事故の背後には、アメリカの最高機密とも言える「偵察衛星撃墜作戦」で、何らかの任務を担っていたことがあるのではないか。そのために、周辺海域に存在した漁船などについての注意が散漫になっていた可能性はないか。簡単に言ってしまえば、「あたご」は、重大な情報収集任務を担っていて、搭乗員全体にかなりのプレッシャーがかかっていたのではないかとという推測である。
もちろんこの推測は、間違っている可能性もある。ただ、事故の情報が、防衛大臣に、知らされたのは、1時間半後だったこと。また首相には、2時間後だったという。この遅れはどのように解釈しても気の緩みだけとは思えない。また防衛省の事故情報の二転三転もどのように考えても合点がいかない。
◆イージス艦は憲法9条のワクを越えているという疑い
さて、ここで視点を変えて考察してみる。私は、そもそも、イージス艦を日本が配備するという時点で、アメリカの極東軍事戦略の中に組み込まれることを意味していたのではないかと思う。一隻のイージス艦というものは、考えてみれば、コンピューターの中のひとつのチップと想定できる。チップの数が多ければ多いほど、そのシステムは、どんな海上においても柔軟にしかも素早く対応できる。こうなると、イージス艦を導入した地点で、日本という国家は、日本国憲法の平和理念の根幹に当たる憲法9条を踏み越えてしまった可能性が高いのではないだろうか。そのことは、イージス艦導入以前の国会論議でも大問題となっていた。
今回の事故で、事故を起こした当事者の自衛隊側の事故情報についての歯切れの悪さは、アメリカの極東軍事戦略や憲法の問題に由来しているのではないかと思うのである。
◆結論 イージス艦に守られている日本?!
もっと問題なのは、今回の事故を単なる自衛隊が起こした海難事故一点張りの報道しかでき得ない日本のマスコミの視野の狭さではないだろうか。この偵察衛星撃墜のニュースについて、朝日、読売、毎日、日経、産経などの大新聞社は、ほとんど豆粒ほどの扱いしかしていない。大手新聞社のそのあまりの徹底振りは、「報道管制」が敷かれているのではないか、と疑いたくなるほどだ。まさか「大本営発表」の時代とは違うとは思うが、イージス艦事件の背後にある大きな問題について、指摘をするマスコミがあっても良いのではあるまいか。
私たち日本の納税者は、年々厳しくなる緊縮財政の中でも、ほとんどその財政規模が減少しない防衛費が、どのようなことで使われ、真に国民の幸福と安全のために役立っているかという認識を持たなければならないと思う。
もうひとつ、日本国民は、アメリカとの間で「イージス艦ネットワーク」(イージスシステム)に取り込まれることによって、日本列島がアメリカのMD(ミサイル防衛)の傘にすっぽりと入ってしまったことを自覚すべきではなかろうか。
現在日本列島周辺には、日米合わせて10隻近くのイージス艦が展開している。これでは見方によっては、日本は、イージス艦によって守られているという構図にもなる。本当は、ここが今回のニュースの核心ではないかと思う。そしてそれは日本国憲法の平和主義との精神と矛盾するものであると筆者は考える。
2008年02月27日
トイレで思う事
私が勤めている大学のトイレには、
このような、「トイレの基本の使い方」と題がつきそうな 絵が貼っています。
8年前に、この絵を初めて見た時は(地元の病院でしたが)
「え〜〜トイレの仕方を教えるなんてぇ」って驚きました。
オーストラリアは多民族国家です。
いろんな国から、いろんな常識を持ってる人たちが やってきて、国を作って支えています。
自分にとって当たり前!と思っていることが、時には、当たり前ではないことが沢山ありまする。
(ちなみに、私の大学には、80カ国以上のバックグラウンドが異なる人たちが学んで働いています)
実は、先月、ロケを手伝った関係で親しくなった某局カメラマンとこのトイレ談義をしたところ、ラオス、ミャンマーでは 便器の上に土足で座って(左のような絵)用を足すのが当たり前らしいです。
トイレに入り、この絵を見るたびに、 「多民族国家であることを」 考えさせられます。
オースロラリア在住:メルボルンの桜
2008年02月27日
自然の猛威 (画像クリック→拡大)
23日から24日にかけて、北海道は台風並みに発達した低気圧の通過で暴風雪が吹き荒れる大荒れの天気となりました。
新千歳空港では欠航が相次いで、ターミナルの広いロビーは人で埋まり、そのまま仮宿泊所となりました。
また札幌を出発したJRの特急も途中で立ち往生し、20時間遅れて函館に到着し、乗客は一夜を車内で過ごしました。
なによりもすごかったのは、雪で動けなくなった車が数キロにも渡って立ち往生したニュースで、そのような道路があちこちで見られたことです。
米どころ空知から石狩にかけての平地は、冬は一面雪野原です。
その雪野原に一直線に伸びる直線道路は地吹雪に見舞われました。
車は次々に吹き溜まりとなった雪に突っ込んで、あちこちで数十台が雪に埋まりました。
その長さは4キロにも達したところもありました。
自衛隊が雪上車で救出する騒ぎとなりました。
別なところでは一人が閉じ込められた車の中で一酸化炭素中毒で死亡しました。
一冬に1~2回はこのような状態が起きますが、改めて自然の猛威を感じます。
地吹雪は雪が空から降ってくる吹雪と違い、一旦降った雪が強い風で煽られて舞う状態で、すぐ吹き溜まりが出来ます。
地吹雪をみたある東京在住の高名な女優が「雪というものは空から降ってくるものと思っていましたが、初めて地面から降ってくることを知りました」
ある会合の挨拶の中で、こう述べていたのを思い出します。
暴風雪が吹き荒れた23日から24日にかけて、たまたま札幌郊外の定山渓温泉に出かけました。
日本棋院北海道本部の年一回の定期総会があり、道内に50ほどある各支部の代表が集まり、東京と大阪からもプロ棋士4人を含む日本棋院の関係者6人が出席しました。
今回は支部の代表でもないのに、本部役員に誘われての初参加です。
株主総会並みの型どおりの総会のあと、プロ棋士の指導碁を楽しみました。
土井誠8段に4子で6目足りませんでした。
形勢良しとみて、早めに店じまいしようとした消極姿勢を咎められてしまいました。
「この手をこう打たれたらもう投げるしかありませんでした。」
サービス精神にあふれたプロ棋士の講評とはいえ、言われてみたら当たり前、何でその手が見えないのか、普段の不勉強ぶりをさらけ出してしまいました。
氷点下の翌朝、川沿いを散策して木々の冬芽を観察しようと、朝食前に外に出ようとしました。
するとホテルのフロントから「この冬一番の大雪でまだ除雪もされてなく、危険だから止めたほうがいい」とアドバイスされました。
そういわれたらちょっとでも見たくなるのが天邪鬼、防寒具を着込んで外に出ました。
いつもなら春の若葉、夏のせせらぎ、秋の紅葉、冬の雪景色とすばらしい景観を見せてくれる散策路です。
川が見えないのです。
橋の狭い欄干になんと30cm以上も雪が積もっており、太肉?中背の 男では川を見ることができません。
欄干に近づこうとすると相当の雪を踏み分けなくてはなりませんが柔らかい雪です。
ずぶずぶそのまま落っこちてしまうのではという恐怖に駆られました。
写真は手をのばしてカメラを高くし、アングルを無視して撮ったものです。
流れの速い豊平川も岩のある緩いところからおいしそうなクリームケーキがあちこちできており、ほぼ川を埋め尽くそうとしています。
クリームケーキの高さは一晩で最低これくらいの雪が降ったことを示しているのでしょう。温泉街全体が水墨画を見ているようでした。
朝の散策なんてとんでもない。この写真1枚をとって、早々にホテルに戻りました。
札幌地方はこの日一番の大雪で、積雪はこの冬初めて1mを超えました。
24日午後から札幌も晴れましたが、常緑樹のイチイやエゾマツの枝も雪が重そうです。(写真:札幌 知事公館構内)
北海道特有のパウダースノーでなく、やや湿り気のある春のゆきでした。
雪はまだあっても三寒四温、春遠からじの足音がまだ小さいですが聞こえてきます。
それにしても東京・大阪から見えたプロ棋士の先生たち、無事その日に東京に帰れたのでしょうか。月曜日は一般的に手合いがない日だとは聞いていますが心配です。
2008年02月24日
「密約」また逃げた「西山国賠訴訟」東京高裁判決
傍聴席28に対し、50名以上の傍聴希望者がいたため、抽選となりました。筆者は運良く抽選に当たり、裁判を傍聴することができました。法廷に入ると、テレビカメラが入っていました。傍聴席42に対し、報道席が13、一般の傍聴席は28でした。
大坪丘裁判長と2名の裁判官が入廷し、2分間の撮影のあと、裁判が始まりました。大坪裁判長は「本件控訴を棄却する」と主文のみ言い渡し、2名の裁判官とともに退廷しました。その間、わずか3秒ぐらい。一審の東京地裁判決言い渡しのとき以上の短さでした。
傍聴席からはため息ともつかない声がもれました。西山さんの表情には、さすがに失望の色が浮かんでいました。裁判官が退廷した後も控訴人の席に座っている西山さんに、傍聴人の1人が声をかけると、西山さんはなんとも名状し難い表情をしながら「ああ」というように答え、席を立ちました。
控訴審でも密約についての判断を示さなかった
判決言い渡しのあと、午後4時30分から司法記者クラブで記者会見がありました。藤森弁護士と西山さんが判決について次のように語りました。
藤森弁護士は判決要旨を手にしながら、「一審で判断を示さなかった密約の存否について、控訴審も判断を示さなかった」と述べ、消滅条項をもってきて除斥期間だけを主張して判決が出たことは「一審判決と同じ」だとしました。一審と違う点は、なぜもっと早く訴えを起こさなかったのか、とか、民事ではなく刑事裁判での再審請求(刑事裁判は除斥期間がない)を勧めているような論調になっていることだそうです。
また、検察が再審請求をしなかったことに対しては、それだけでは権利侵害にあたらないこと、河野洋平氏(当時の外相)が吉野文六氏(当時の外務省アメリカ局長)に口止めをした点については、外務省OBに対し、政府の公式見解に沿った発言を報道関係者に対してするよう要請したもので、西山さんの名誉を侵害したものではないとして、いずれも訴えが斥けられたことを伝えました。
不当で乱暴な結論
裁判所が吉野氏と河野氏の証人尋問をせず、証拠調べもしなかったのにこのような結論を導き出したことについて、藤森弁護士は「不当で乱暴だ」と批判しました。控訴理由の第1に、一審判決が密約についての判断をしなかったことを挙げており、高裁でもその判断をしなかったことは上告理由になると述べ、「私自身は最高裁でやってみたい」との考えを示しました。
国家犯罪は除斥期間を適用すべきではない
次に、西山さんが発言しました。西山さんは、まず重要なことは(被告らの行為は)国家公務員法第1条に違反していることを押さえておく必要がある、と強調しました。刑事裁判では吉野氏らによる10回以上の偽証があったことを指摘し、「この事件は国家による組織犯罪であることを理解してほしい」と訴えました。
一審に続き、控訴審でも「除斥期間」を持ってきて訴えを棄却したことに対し、「国家は組織をあげてガードしている」との認識を示した上で、この除斥期間は国が設定しているものであり、その国が犯した犯罪については除斥期間の適用は除外されるべきだと主張しました。
政府の嘘を許すメディアと世論が1番の問題
その上で、沖縄密約は単なる密約や裏取引といったようなものではなく、国会の最重要審議案件である条約に嘘の記載があったという政治犯罪であり、国家による組織犯罪に除斥期間は適用外であるのに、これを徹底的に無視し、「メチャクチャなことをやっている」と述べ、裁判所の姿勢を厳しく批判しました。
国会の質問主意書に対する答弁書で政府が「沖縄密約はなかった」とする閣議決定をしていることに言及した上で、西山さんは「沖縄密約は過去のことではなく、いま現在の問題。河野元外相は吉野氏が『(密約は)ない』と言ったことを根拠に『密約はない』と答えた。それが唯一の否定の根拠で、それがすべて。薄っぺらな根拠」と断じました。
しかも、その吉野氏は密約の存在を認める発言をした上に、河野氏に口止めをされたことを明らかにしています。西山さんは「先進国でこんな(ひどい)国はない」と述べ、1番の問題は、「事実が明らかになっても嘘をつき続けている政府を、メディアを含めた世論が許容していること」であるとして、メディアの追及の弱さと世論の無関心を厳しく問い質しました。
勝ち負けではなくプロセスが大事
西山さんはまた、除斥期間を持ち出されたら何度やっても同じだ、としながらも、「勝ち負けではなく、プロセスが大事」と述べ、裁判を通して国民に訴えていくことが重要だとの認識を示しました。
●記者団との質疑応答
藤森弁護士と西山さんのお話の後、記者団との質疑応答がありました。
質問 再審請求はするのか?
西山 私はもうすぐ80歳(現在76歳)。この裁判は政治的なものであり、国家による組織犯罪。並大抵のものではない。(もっと早く訴えを起こすべきだったとか、再審請求をすべきだとか、判決にはいろいろ書いてあるが)、自分の判断を回避するための言い逃れだ。(再審については)慎重に検討する。
質問 上告するのか?
西山 やめるわけにいかんでしょ。国の組織犯罪に除斥期間の適用があるはずはない。(一審判決を支持して控訴棄却した高裁は)問題の本質を理解していない。
−これまでの経過−
沖縄密約と密約に触れなかった一審判決
1971年6月17日締結の沖縄返還協定(条約)の内容に虚偽があり、日米政府間に密約があったことを報道した元毎日新聞記者の西山太吉さんは、国家機密を漏洩したとして罪に問われ、外務省職員とともに逮捕・起訴され、有罪判決を受けました。00年と02年に密約の存在を裏付ける米公文書が発掘されたのを機に、西山さんは05年4月、謝罪と損害賠償を求め、国を提訴しました。
07年3月27日の一審判決は、この裁判の争点だった密約には一切触れず、除斥期間の20年が過ぎたことを理由に、西山さんの訴えを斥けるというものでした。
この判決に対し、新聞各紙は社説などで、米公文書や元外務省アメリカ局長の吉野文六氏などの発言によって密約の存在は明らかであり、反論の余地のない証拠を突きつけられてもまだ「密約はなかった」と言い続けている日本政府に対する厳しい批判とともに、形式論に逃げ込んで「密約」判断を避けた東京地裁の姿勢もまた厳しく批判しました。
吉野氏と河野氏の証人申請を却下した控訴審
控訴人の西山さん側は「すべての判断の基点となる、密約の存在及び内容に関する一審判決の判断の遺漏」を控訴理由の第1に挙げました。控訴審では、一審で触れることのなかった「密約」にどこまで踏み込んだ判断が示されるか期待されましたが、吉野氏と吉野氏に口止めをした河野洋平氏に対する証人申請はいずれも棄却されました。
筆者の感想
記者会見の後、別の場所で西山さんのお話を聞きました。西山さんは現役の記者だったときは「100戦100勝で負けたことがなかった」そうです。しかし、記者を辞めてからは負けっぱなしで「負け癖がついている」と気弱な発言をすると、毎回熱心に裁判を傍聴している男性が、「いや、西山さんは勝っている。裁判に負けても実質は勝っている」と反論しました。その場にいた人たちも全員が「そうだ。西山さんは勝っている」と賛同しました。
国家が国民に真実を隠して偽りの条約を結び、そのことを告発した新聞記者が国家権力によって罪に陥れられ、言論活動を封じ込まれたことが、裁判を通して多くの人々に知れ渡ることになりました。米公文書や吉野発言によって密約の存在が明らかになった後も嘘をつき続けている政府に対し、国民は不信の念を抱いています。行政の手先となって国家の違法行為にお墨付きを与えるような司法の判断に対しても、人々は厳しい視線を注いでいます。
「裁判所でなく、国民の判断を仰ぐために裁判をやっている」と語る西山さんですが、その思いは多くの人々がこの裁判に関心を寄せていることからも、確実に伝わっています。その意味でも、たしかに「西山さんは勝っている」と思います。西山さんは上告の意向を示していることから、次は最高裁での闘いとなりますが、引き続き、この裁判を見守っていきたいと思います
2008年02月24日
北京あんなことやらこんなことやら(27)(画像クリック→拡大)
春節の縁日の市(地壇公園)
旧正月の3日目、2月9日に北京市東城区にある地壇公園の縁日の市「廟会」を覗きに行ったが、天候に恵まれたこともあって大変な賑わい。しかしこれは雪害の影響を受けなかった北京だからであろう。今年の春節の大型連休中、全国の観光客数は雪害の影響で、去年より5.2%減少したという。春節の大型連休が2000年に始まって以来、観光客数が減ったのは今年が初めてだというから、やはり雪害の影響は大きかった。
前回に続いて、50年ぶりと言われる雪害を中国のメディアがどのように報道したかについて見てみたい。「深刻な被害の実態というマイナスな報道よりも、災害救助あるいは復旧の動きというプラスの報道に力を入れる」という方針がメディアにあるような印象を受けたと前回のブログで触れたが、その具体例を紹介する。
雪災害を報じる「新京報」
そのひとつは、帰省ラッシュを迎えた鉄道などの交通機関の復旧に関する報道である。私が愛読している北京の新聞「新京報」の1月30日付け記事によると、出稼ぎ労働者が多く帰省客で混雑する南の広州駅では、27日以前には数十万人もの人が足止めを喰ったが、出稼ぎ先に戻るよう働きかけた結果、29日までには合わせて70万人余りの人達を分散させた。しかし、その後も足止めされる人は再び増えているという。2月1日付けの紙面では「30日から31日にかけて一部のメディアや携帯のショートメッセージが交通機関は正常に戻ったという情報を流したが、専門家は、いたずらに楽観的になって“功名心にはやる”ようなことはせず、慎重に情報を出すべきだと注意を呼びかけている」という記事を載せたが、同じ日の1面トップでは「広州駅は2日夜には正常に戻る見込み」と報じた。そして翌日の2月2日、広州駅周辺で人混みに押されて倒れた17歳の女性が、後続の人達に踏まれて圧死するという事故が起きてしまった。
メディアの復旧の見通しに関する報道がどの程度、交通当局が発表した情報に基づいたものなのか、或いは事故との間に関係があるのかどうかを論ずるつもりもデータもないが、少なくとも「復旧」が強調されたがために、帰省客の混乱がなかなか解消しなかったということは言えると思う。
交通機関の混乱を招いた電力の復旧見通しについても、楽観的な報道が多かった。春節に入る2月7日までに、「電力供給が回復」という記事が多く、また春節に入った7日以降には被災地でも春節を祝うイベントが行なわれたというニュースも出ており、中国人にとって一番大事な春節に復旧作業は間に合ったんだという印象を私も持ったが、実際はそうではなかった。
中国国際放送局日本語放送(北京放送)のネットに掲載されているニュースによると、旧正月4日目の2月10日に「中国政府と関係部門の努力により、大雪による被害が好転しつつあります。被害を受けた1万本の電線のうち、6500本あまりが復旧しました。」と報じているが、日本のメディアであれば、「被害を受けた1万本の電線のうち、まだ三分の一の3500本が復旧していない」と伝えるであろう。そして2月15日の記事では、「中国国家電力管理監督委員会はこのほど、3月末までに、中国全土における電力供給を回復できると明らかにしました。」と伝えている。完全に復旧するのは3月末まで待たないとダメだということが、この時点で初めて分かった。
日本であれば、災害の被害がどれだけ大きいかは、死者の数が大きな判断材料になる。中央テレビ(CCTV)は1月末から「迎戦暴風雪」という特別番組を連日放送し、今回の雪災害を大々的に報道していたが、私が見ていた範囲では、死者の数については余り触れていなかったように思う。特別番組の内容は、復旧作業に取り組む人々の苦労話や支援活動が中心。しかも音楽を挿入しながら物語風に作るので、今も日常生活に困っている被災地の現実を置き去りにして、皆が助け合う心温まる「調和社会」が実現しつつあるという内容になってしまっている。
雪害による死者の数については、政府の災害対策部門が、そのデータを隠している訳ではなさそうで、国務院の災害緊急救援指揮センターが設立された2月1日の時点では、死者の数は60人と発表しており、また2月12日の時点でも、民生省が死者107人、行方不明8人という数字を明らかにしている。中国のメディアが、死者の数やその被害の実態を余り重視していないのではないかと思わざるを得ない。こんな記事もあった。中国南部に大雪が降ることは珍しいことなので、春節の連休に入ってから被害を受けなかった地区の人たちが家族揃って車で被災地に行き、雪と戯れるという光景が見られたが、これは被災者への思いやりを欠いた行為ではないかと非難の声が上がったという。しかし考えてみれば、メディアが被害の深刻さを余り伝えていないからこそ、こうした光景も生まれたのではないだろうか。
日本の阪神大震災では、高速道路の崩壊現場など被害のひどい所を重点的に取り上げたために、災害の全体像がゆがみ、その反省から被害がそれほど受けていない所はどこかといった「安心報道」も必要だという声が上がった。しかし中国の災害報道は日本とは正反対で、「安心報道」が多すぎるのだ。日本と中国のメディアは、基本的な性格の違いはさて置いても、このように大きく違う。一方日本に留学したことのある中国人の大学生に言わせれば、「日本のニュースは陰惨な事件が多くて暗いですね」となる。確かに日本の場合は事件に関する報道が多く、実情を知らない外国人に、「日本は治安の悪い国ではないか」と間違ったイメージすら与えかねない。日本のメディアの場合は逆に明るいニュースをもっと発掘し、日本の全体像を間違いなく伝えるという視点を持つことも必要なのではないかと感じた次第である。
北京:中村 治
2008年02月22日
カビ毒について
@近年、家畜飼料のカビ毒汚染の為に全国各地で牛や豚等の流死産や死亡等が多発しています。しかし、この問題は家畜生産者は勿論、消費者にも隠されています。何故ならカビ毒は家畜に与えるダメージの問題だけで無く、食肉にも残留し人体にも危険性を与える為です。●アフラトキシンというカビ毒は、地球上に存在する天然物で最も発ガン性が強い物質と言われ、中国や南アフリカ等の疫学調査でアフラの摂取量と肝臓ガンの発生率に相関性が有る事は解明され、特にB・C型肝炎患者は一般人の約30倍の確率で肝臓ガンを発症しやすくなります。
A家畜飼料がアフラトキシンに汚染されていた場合、肉や卵・牛乳等に移行する事は知られており、国際的には食品からのアフラトキシン摂取量を減らす取り組みがされてます。日本でも輸入時検査はされてますが、それは直接人が食べる食用のみで家畜用は無検査状態です。●カビ毒アフラトキシンの家畜飼料の規制値は、幼畜用が食用と同じ10ppb。親畜用は20ppbです。近年食用の輸入トウモロコシのアフラトキシン規制値以上の検出率が上昇してます。米国のカトリーナ被害の年の12月に18ppbのアフラトキシンが検出されています。
Bこれと同じ頃、米国のドッグフードがカビ毒に汚染されペットの犬が多数死亡する被害が有りました。原因はドッグフードに使用されたトウモロコシのアフラトキシン汚染。カトリーナは穀物にカビ毒汚染の被害を与えていました。●飼料原料トウモロコシの殆んどを米国からの輸入に依存している日本では、家畜飼料用だけはこの発ガン性高いアフラトキシンの規制値違反が有りません。ただし、これは違反の報告をしないだけで、この時はすでに家畜飼料のカビ毒汚染による死亡被害は急増していました。家畜生産者や消費者に隠されているだけです。
C家畜飼料のカビ毒汚染は昔から有った事です。昭和35年、英国でカビ毒アフラトキシン汚染飼料の為に十数万羽の七面鳥が死亡する被害が有りました。これをきっかけにEU等ではカビ毒に対する意識が向上し、消費者も危険視する様になりました。日本ではカビ毒という言葉は知られていませんが、過去に輸入米の黄変米事件というカビ毒汚染問題が有りました。これは被害が出る前に廃棄され防がれています。被害が無かった事は幸いですが、この時にカビ毒の危険性を知った事が、家畜飼料のカビ毒汚染を隠す事に繋がっているのかもしれません。
D日本でカビ毒被害が疑われる家畜の症状が顕著に表れ出したのは、国際的圧力の為に牛肉輸入自由化がされた頃かもしれません。自由化をきっかけに、必然的に農家は安い家畜飼料の供給を求めだしました。この価格競争の頃、飼料メーカーにより家畜の病気的な被害差が表れ、品質の良し悪しが有るとされました。カビ毒を学び理解した今では、それが何かは理解出来ます。現在のカビ毒被害でも死亡被害が多いのは、その頃から評判の良くないメーカーの飼料を給与する農場です。この事は他のメーカー飼料との吸着剤比較試験でも実証されました。
E家畜のカビ毒被害を軽減する為にカビ毒吸着剤を飼料添加します。先記したアフラトキシンは規制値20ppbを超えていても300ppb程度で有れば家畜に大きな被害を与える事は有りません。家畜飼料のカビ毒濃度が規制値以内で有ればカビ毒吸着剤は必要無いのです。このカビ毒吸着剤は2000ppb程度の汚染飼料でも、その約90%は吸着出来る為に添加する事で被害回避できます。ただこの吸着剤の添加量には飼料メーカーにより差が有り、また近年は通常量の添加では効果有りません。これはカビ毒汚染が高濃度化している事の証です。
F長年、抗生物質やワクチンを使用しても死亡被害が改善されずに困惑していた頃、カビ毒に関する資料を入手し、カビ毒吸着剤を飼料添加したところ、通常量の二倍以上添加した時に家畜被害が軽減されました。これを他の農場にも紹介しましたが、通常量でも改善出来た農場が有り、この時に品質格差はカビ毒汚染濃度に有る事に気付きました。その後も吸着剤の評価は高まりましたが、カトリーナ被害を受けたトウモロコシが輸入されだしてからは吸着剤は効果無いとされました。通常量では足りない程にカビ毒汚染が高濃度と成り出していたのです。
G抗生物質やワクチンを使用しなくても、通常量以上の吸着剤で家畜被害が改善されていた自分には、カビ毒が高濃度化している事が理解出来ましたが、薬剤やワクチンに依存した管理をされ、カビ毒に対しても危険視されない他の方々には、この事が理解出来ません。カビ毒症状が病気的被害と似ている事も原因ですが。●カビ毒は数千種以上有るとされ、現在、約三百種程の毒性しか解明されていません。アフラトキシンは、その中の一種にしかすぎません。他のカビ毒にも家畜等に被害を与える物が多数有り、それらの毒性も無視する事は出来ません。
H様々なカビ毒が与える被害を書きます。これは家畜の症状ですが、当然、畜産物に残留する事で人にも同様の健康被害を与える恐れもあります。●肺炎やアレルギー。黄疸や肝硬変。胃腸炎や皮膚炎。肝・腎臓機能低下。ホルモン異常による繁殖障害。人のガンの発症の危険性としては、肝臓・腎臓・食道・胃・肺・直腸等も疑われ、また女性ホルモンに似たカビ毒も有るためにホルモンバランス異常による女性特有のガンの危険性も有ります。●カビ毒は未知の毒物です。まだ解明されていない種類が多数有り、今後も様々な毒性が解明されるでしょう。
I国民のカビ毒に対する意識の低さの為に、政官財は家畜飼料のカビ毒汚染を容易に隠しています。家畜のカビ毒被害は今も続いています。これはバイオ燃料増産の影響も有り良質な飼料原料が不足している為です。多額の費用はかかりますがカビ毒吸着剤で家畜被害は勿論、畜産物残留による人的被害も回避されます。本気で問題改善する気が有れば対処方は有ります。●自身や家族の健康を守る為には個人の問題提起も大切ですが組織的な活動が大切です。現在この問題を重要視している消費者団体の方々もいらっしゃいます。
J全国的に牛・豚に同様な症状で家畜被害が多発して、それがカビ毒吸着剤の多量添加だけで改善されれば、共通するのは輸入飼料に依存している事しか有りません。カビ毒は畜産物に残留して人の体内に蓄積されます。今は健康かもしれませんが、徐々に体を蝕む危険性が有ります。消費者の声の高まり以外に改善はされません。これを読み理解された方々が、様々な消費者団体を後押しする事が早期発覚の為に必要かと思います。●このカビ毒汚染に気付きガン患者増加の原因が理解できました。食の欧米化がガン患者増加と関連有るとされる意味も…。
薩摩:カビ毒
2008年02月20日
2008年02月20日
五十肩に悩まされています。
フィジオセラピー(理学療法)を受けていますが、何もしなくてもうずきだす肩では仕事もままならず、とうとう肩に注射(ステロイド!)を今日受けました。
ファミリードクターに注射をしたいと申し出て、本日の注射にいたるまで、待つことおよそ1週間強。(長かったぁ〜〜
(ファミリードクター制度だから、一般医療を担当するファミリードクターの紹介がないと専門医には会えません)
専門病院に行き、受付を済ませ、部屋に通され待つこと3分。
看護婦とは思えないほど、とってもカジュアルな(ざっくばらんどでも言いましょうか
といっても、持参した超音波の写真もみず、5秒間、私の肩に超音波をかけて確認したのみ!超音波の結果は、その辺にポイっとおかれたまま。
5分後、当の医師(中年男性)と若い男性がとっても元気にやってくる。
いやいや違いました。この若い男性は実はインターン生。今日は実習のようです。
先生:この患者はとっても不安がってるから、こんなに長い注射針は見せないように気をつけるように。
先生:患者をリラックスされるのが大切だからね…
先生: さ〜刺しますよ。(ブチュ!)
ちょっと痛いよね?「あうあうあてうあう」っていう痛みでしょ?
こんなときは日本語では「いたいたいたいた」って言うのよ。
先生:さ〜日本語ではなんていうのかな?「あうあうあう」って同じかな?
と...突然、それまで黙っていたインターンが、まるで輪唱をするように!「いたたたたたた!いたいたいたいた!」
そして、看護婦&先生も一緒に「いたたたたたた!いたいたいたいた!」と、注射しながら皆で合唱しているのでした。
という感じで無事終わった注射でしたが、
請求書は〆て296ドル。
「いたたたたたた!いたいたいたいた!」の日本語レッスン代もらおかな
オーストラリア在住:メルボルンの桜
2008年02月20日
【ハケンという蟻地獄】G 厚労省にお墨付き与えるだけの研究会
ハケンという蟻地獄】 厚労省にお墨付き与えるだけの研究会 2008/02/15
ワーキングプアを生み出す原因ともされる労働者派遣制度について考える、厚生労働省主催の研究会の第1回目会合が14日、開かれた。労働法などを専攻する大学教授ら学者5人と厚労省職業安定局の官僚6人から成る研究会だが、2時間にわたる論議も現実認識を欠いた空虚なやりとりに終始した。
太田職業安定局長。挨拶をすませると間もなく退席した(いずれも厚労省で、筆者撮影)
研究会は中味の貧弱さにも関わらず驚きの連続だった。まず、会合が始まってわずか10分後に太田俊明職業安定局長と鈴木英二郎需給調整課長が退席してしまった。
次に需給調整係が「派遣制度の基礎知識」を教授たちにレクチャーした。イロハのイから説いたのだ。
まず、「労働者派遣とは、自己の雇用する労働者を、当該関係雇用関係の下に、かつ他人の指揮命令を受けて、当該他人のために労働に従事させること。これは労働者派遣法第2条第1項です」と法律を読み上げた。
つづいて「労働者を派遣してはならない業務を適用除外業務といいます。港湾、建設、警備、一部の医療業務がこれにあたります」と説明した。
1999年、「規制緩和」の名のもとに労働者派遣法が改正され、この4種類の業務を除いて労働者の派遣が原則自由化された。肉体労働にまで派遣ができるように広げたため、不安定な日雇い派遣を生み出したとして、派遣労働者や野党などの間で悪名が高い。この改正がもしなければ、「ワーキングプア」などという階層は誕生しなかったかもしれない。
ところが、この99年改正について職員は「労働力の多様なニーズに対応した需給の迅速かつ的確な結合を促進し、適正な就業の機会の拡大を図るため」だったなどと正当化し問題が起きている現状にはまったく触れずに通した。
「レクチャー」は20分間余りあった。大学で労働問題を教える学者だったら、これくらいのことは知っているだろう、という事柄ばかりだった。だがこの後、唖然とするほど学者たちが労働問題の現実を知らないことが判明する。彼らは次のように職員に質問した。
「派遣法の抜本改正を」と訴える日雇い派遣労働者
「年収など派遣労働者の現状を知りたい」。これはまだまともな方だった。それでも新聞、雑誌などを読んでいれば知り得るはずだ。
「是正、監督、指導の事例を知りたい」「日雇い派遣に関する裁判例があるのか、データで知りたい」「雇用政策における派遣の位置づけの議論からしなくてはならない」……。
研究会は学者たちの「お勉強会」と化した。論文を書くためのデータを得、厚労省で派遣を定義した、という実績を作りたいのだろう。魂胆が透けて見えた。
学者たちはこの程度の見識しか持たず、現実に大きな社会問題となっている派遣制度について提言しようというのである。「誰がこんな稚拙な発言をしてるんだ?」。その都度、腰を上げて教授、准教授の名前を確認するジャーナリストは筆者ばかりではなかった。
厚労省は今国会での派遣法改正は見送る方針と言われている。行政の不備を指摘する立場の学者がこのありさまでは、厚労省に丸めこまれるのは火を見るより明らかだ。しかも研究会は座長(鎌田耕一東洋大教授)が判断すれば、いつでも非公開にできる。ジャーナリストをシャットアウトできる仕組みになっているのだ。
研究会は今後ほぼ月に1回のペースで開かれ、夏までに結論を出すとしている。半年後には厚労省の意向に沿った「提言」が求められるだろうことは今から目に見えている。
厚労省の方針にお墨付きを与えるだけのような研究会が開かれている間、庁舎前では日雇い派遣の労働者たちが「派遣法の抜本改正を」と訴え続けていた。
東京:田中龍作
この記事の初出は日本インターネット新聞(JANJAN)です
2008年02月18日
小樽雪あかりの路 (画像クリック→拡大)
2月に入って、昼の時間が少しづつ長くなっているのを実感する。冬至のときと比べて30分以上日没が遅い。しかし北海道の寒さは依然厳しく、この時期各地で冬祭り・雪まつり・氷祭りが催される。
家々はその中に盲目になり 身を伏せて 埋もれてゐる。
この恐ろしい夜でも そつと窓の雪を叩いて外を覗いてごらん。
あの吹雪が木々に唸つて 狂つて 一しきり去つた後を気づかれない様に覗いてごらん。
雪明りだよ。
案外に明るくて もう道なんか無くなつてゐるがしづかな青い雪明りだよ。
(伊藤整『雪明りの路』より)
伊藤整は小樽の隣の塩谷村という日本海に面した寒村の出身である。その後小樽市と合併したが、戦前の塩谷の冬は荒れ狂う海と吹雪にじっと耐える寒漁村だった。
当地で小中高校時代を過ごした伊藤整にとって、窓の雪はまさに蛍雪であり、窓の雪を叩いた外は雪あかりだったに違いない。
運河沿いのキャンドルには制作者の名前がついており、地元の市民グループ、企業から、1管本部・運輸局・市役所までが参加していることがわかる。
まさに町ぐるみでこの祭りを支えている住民参加型のイベントだ。ここには最近脚光を浴びているハイテクや大型機械などの文明の機材はなにもない。
手作りの温もりが感じられる実に素朴な冬のお祭りだ。明治時代、小樽は札幌をしのぐほど繁栄したが、今は経済成長から取り残された町として低迷している。
だからこそ歴史的建造物にゆらぐロウソクの灯は、逆に観光客にシックな感動を与えているのかもしれない。
運河の橋の近くに、雪で作られた大きなハート型の造形があり、キャンドルがハートを浮き上がらせている。
格好の撮影ポイントとなっており、カップルや観光客は、ハートの中に入って記念写真を撮っている。
その様子を見ていたら、「撮ってあげましょう」といわれて 年甲斐もなく家内とハートの中に入った。
夕張方面から掘り出された石炭を、小樽港から積み出すために明治初期に かれた新橋・ 大阪につぐ日本で3番目に古い鉄道だ。
保存されている線路の上には雪のトンネルが作られ、トンネルの足元には無数のキャンドルの炎がゆれていた。
駅代わりなのだろうか、線路上に洒落たアイスバーが作られており、氷の テーブルの上で観光客がホットワインやコーヒーを飲んでいた。
1時間は散策したであろうか、冷え切った体を温めようとレストランに入った。運河沿いにある倉庫群はみなレストランとなっている。
広い倉庫は観光客で満員で入るのに20分待たされた。薄暗い照明のレストランでもキャンドルが妖しげにゆれ、
舞台ではバンドが入っていた。地ビールの小樽ビールで乾杯し、海の幸を堪能した。
女性的な小樽雪あかりの路は男性的なさっぽろ雪まつりと 期間が一部重複している。
さっぽろ雪まつりを見た後、小樽雪あかりの路を見学するコースはなかなかのコースだと思った。
札幌:望田武司
2008年02月17日
【ハケンという蟻地獄】F 被保険者手帳ようやく交付第1号
【ハケンという蟻地獄】 被保険者手帳ようやく交付第1号 2008/02/02
仕事にあぶれた日雇い派遣労働者のわずかなセーフティネットとなる「日雇雇用保険(あぶれ手当)」は、厚生労働省の派遣業者に対する指導不備や厳格すぎる適用条件などで、「被保険者手帳」さえだれにも交付されないままだったが、2月1日、都内の派遣労働者1人に新宿ハローワークからようやく全国第1号の「被保険者手帳」が渡された。手当を受けるための前提だが、実際に派遣労働者が受給するまでには実質的に不可能なほどの「難関」が控えている。
この日、派遣大手「フルキャスト」渋谷支店に登録し、仕事にあぶれた東京・中野区の40代の男性が新宿ハローワークに出向いて被保険者手帳(いわゆる白手帳)の交付を申請した。
男性がこの窓口を訪れるのは2回目。2週間前の前回は「常用就職の意志がなければ交付できない」と「門前払い」扱いされていた。いったんはあきらめていたが、「派遣ユニオン」などに励まされ、今回は同ユニオンの関根秀一郎書記長が付き添っての申請となった。取材のメディアもJANJANを含め4社が同行した。
フルキャスト渋谷支店は、現状では全国で唯一、日雇雇用保険が適用される派遣事業者で、また新宿ハローワークはその日仕事にあぶれたことを認定する、都内唯一の指定機関だ。
被保険者手帳の交付申請に新宿ハローワークを訪れた男性(後ろ姿。いずれも筆者撮影)
男性は窓口で自動車運転免許証と顔写真4枚を添え、フルキャストが発行した「日雇派遣労働者登録証明書」を提出した。書類に不備がないことが確認され、手帳の表紙に男性の顔写真が貼られた。手帳の交付手続きは順調に進んでいるかに見えた。
ところが、昨年11、12月のフルキャストでの就労日数がゼロだったことが問題とされ、手続きはストップした。男性はその2ヶ月間、主に別の派遣大手「グッドウィル」で働いていたのだ。グッドウィルが業務停止となった現在、男性は全く仕事がない。生活保護を受けている状態だ。
男性がもし今回も被保険者手帳をもらえないまま帰った場合、アパートの家賃もネットカフェの宿泊費も払えず路上にはじき出される流れは目に見えていた。今後、会社から派遣先を指定されて何日か就労すると、生活保護は打ち切られるか大幅に減額される。その時に再び就労先がなくなったら、生活保護はない、あぶれ手当も申請できず、収入の道が途絶えるからだ。就労先があったりなかったり常に不安定なのが日雇い派遣労働だ。
付き添っていた派遣ユニオンの関根書記長は「(厚労省は)自立支援などと言いながら、自立を阻むようなことをするんですか?」と詰め寄った。メディアの「同席」も、ハローワーク側には無言の圧力と映ったようだ。担当者は眉間にしわを寄せ、厚労省の職業安定局雇用保険課に電話をして判断を求めた。
電話は延々と1時間にも及び、ようやく厚労省の直接の指示で被保険者手帳が出た。
派遣契約不成立証明書。手当の受給申請前夜にこれを入手しなければならない。
手帳はもらったものの、男性はハローワークの職員から「あぶれ手当」を受けるまでには、とんでもなく高いハードルがあることを知らされた。
この手当の支給申請をするには、仕事に就けなかった当日にハローワークに出向いて「あぶれ認定」を受けなければならない。その際には前日、派遣会社で発行してもらった「派遣契約不成立証明書」を提出しなければならない仕組みだ。
ところが、派遣会社はたいてい午後7時で閉まる。仮に派遣会社のすぐ隣のビルに派遣され働いていたとしても、7時以前に仕事が終わらなければ「契約不成立証明書」はもらえない。関根書記長は「前日に受け取ることができる派遣労働者など、ほとんどいるはずがない」と憤る。
さらにもう1つの難関がある。「あぶれ認定」の受付時間は午前8時半から9時までの30分間だけとされている。しかも新宿ハローワークが都内で唯1つの受付機関だから、同じ都内でも青梅や八王子の労働者は早朝、新宿まで足を運ばなければならない。厚労省は1ヶ所だけに絞った理由を、表向き「混乱を避けるため」としている。
厚労省は派遣法の改正を見送る方針と伝えられ、続発している矛盾は運用でかわす方向だ。日雇雇用保険の適用問題も、「申請にさえ来れば受け付ける体制にある」というアリバイ作りをしているに過ぎないように映る。
東京:田中龍作
この記事の初出は日本インターネット新聞(JANJAN)です
2008年02月17日
「人気バブルと袋だたき」法則 そして 今こそ「KY力」を! [時事ニュースから]
今日は、最近は定番となってしまった感のある「人気バブルと袋だたき」法則について、記事を書く。
倖田來未さんの「35歳になればお母さんの羊水が腐る」発言以降のバッシングをきっかけとして。
「人気バブルと袋だたき」法則とは?これ私の命名した「法則」。結構当たり前のこと、だと思う。
まず、ある人の人気が高まる。
人気が高まるのはいいが、高まりすぎることがある。特に、マスコミ等によって必要以上に注目されたり持ち上げられたり、またCM等の露出がしつこいくらいに繰り返される。
そうすると、「人気バブル」状態になる。
そういうとき、国民一人一人の目から見れば、「そんなにいいと思わないけどなあ」「ちょっと飽きてきた」「もうええんちゃう?」という感覚が生じている。なのに、メディアの扱いは、それとは離れて、どこのポスターを見てもその人気者がしつこく登場する。
メディアでの露出度ほどには、本当は、一人一人の国民が支持しているわけではない、というのが「人気バブル」状態。
このとき、「バブル」は常にはじけたい、という潜在的なパワーを持っている。
すなわち、このとき少なくない人が「今は人気者として扱われているけれど、何かあったら叩いてやろう」という潜在的な気持ちを持っているのである。
そして、例えば「失言」や「不祥事」を契機に、人気者が一転、袋だたきにあう。「バブルの反動は袋だたき」である。
私は、倖田來未さんの無知をそこまでバッシングするようなことではない、と思う。あの年齢でそういう無知をさらしたこと自体本人にとって恥だろうが、「それは違うよ」と誰かが言えば十分なことではないだろうか。
そもそも、私は、倖田來未さんが、自分で曰く「顔のかわいい妹と比べて自分はブサイク。やっぱり顔が全てか?」とくじけそうになりながらオーディションを受け続け努力してスターになった、そういう根性とかパワーを立派だと思っている。という反面、もともと(これも最近はやりの)「品格」など別に誰にも求められていなかったろうし、爽やかとかそういうタイプの人ではない、とされてきたわけだし私も多数の視聴者の1人としてそういう風に見てきた。
で、私からすれば、キューティーハニーやバタフライなどの曲で元気に歌っている姿はそれなりにいいと思ったが、タカラcanチューハイの宣伝や携帯電話のポスターでも目にするまでいくと正直食傷気味だった。(すいません、倖田來未さん。だから、私も潜在的に「いつか倖田來未叩きたい」組の一員だったとおもう。きらいなわけじゃなく、どちらかいえば応援していたしアルバムも車のBGMにしていたが、最近さすがにあちこち出すぎやなあ、みたいな・・・)
でもーーー。あんなに本人も「反省」「謝罪」「自粛」っていわなければならないような、そんなことか?と思う。厚生労働大臣が言ったとか首相が言ったとか、そういうことじゃないんだから。たかが倖田來未の発言やん、って、何で思われへんの?(倖田來未さんに失礼な言い方だけど、私はそれくらいにしか思わなかった。)
最近の「袋だたき」の前段階ともいえる「人気バブル」状態っていうのは、市民の一人一人の目線での正直な思いと世間一般の「空気」にズレが生じてしまうのに原因があるわけ。
私は違うと思うけどなー 何となく「空気」が●●万歳となるから、私一人違うとは言いにくいなー
こんな状態。マスメディアとかの扱いにも大きな原因がある。
ここに社会の大きな病理があると私は思う。空気≠本当の人の思い、に。
こういうのは今に始まった事じゃないけど。
「多数の狂気」などは全てこれじゃないかな?「いじめ」とかもそう。いじめに加わっている又は傍観している人は本当は「そんなの嫌」と思っている人が多いだろう。
だからこそ、狂気の世の中にしないためには「KY力(空気読めない力)」が必要なのだ!!
空気なんか読めているようじゃ何にもできない。
「空気嫁」「空気読め」でみんな同調して進んでいったその先はどうなるか?宮沢賢治の「注文の多い料理店」みたいな、お馬鹿さんな事をみんなでやる世の中になるんじゃないか?
斉藤たかしさん傷害致死事件(力士死亡事件)だって、異常な「空気」によって起こった悲劇。そこに「KY」など1人もいなかった(存在が許されなかった)のだろう。もしそこに(外に通報するくらいの)強力な「KY」がいたなら、と思う。
いや、そんなこと言ってもどうしてもKYCHA(K空気Y読めCHAちゃう、私の造語)な私達には、空気を読んだ上で敢えてぶち破る力が必要。
そう「KYAB力」(k空気をy読んだ上でa敢えてbぶち破る力、の略。これも、私の造語。)が世界を変える!
そもそも、弁護士などは「KY」が命の職業。
どこへ行っても空気を読んでその場が気まずくならないように振る舞う弁護士って何の役に立ちます?
多数を敵にしても主張すべきを主張するのが在野の法曹の存在意義。それに、多数がなんと言おうと正しいことは正しいと信じてモノ言うのをやめたら、何のための弁護士?
話は飛ぶが、連休に宝塚歌劇「黎明の風」を見てきた。侍ジェントルマン・白州次郎の物語。マッカーサーにもひるまずモノを言った「おっとこまえ」だとか。
「男が惚れる男」ってことだけど、マッカーサーは白州を「従順ならざる唯一の日本人」と評したそうな。
それって、つまり白州が日本人に珍しい「KY(空気読めない)」だ、ということに他ならない。(もっとも「空気」に逆らえない病は、日本人に限らずどこでも起こることだが。)
白州次郎が「KY」(又は「KYAB」)でなければ、いまごろ、タカラヅカの演目にはなっていまい。
倖田來未の話からえらく飛んだような感じがあるが、そうでもない。
最近すぐに何かあるとだれかを「袋だたき」みたいになる。亀田大毅の例だってそう。ライブドア堀江社長、村上ファンドだってみなそうだろう。
でもその前には、大抵、「人気バブル」があって、それは、作られた「空気」が、人々の本当の気持ちと離れている状態。
この作られた「空気」ってのが曲者だ、ということ。
それで、ようわからん「空気」に支えられた「バブル」が何かの拍子に弾けたら、鬱憤晴らしみたいにバッシング、バッシングなんて、品のない野蛮なことになる。そんなのって恥ずかしい、と私は思う。それじゃまるで自分がないみたいだ。
そんな品のない野蛮なことになる前に「空気」が変ならお上品にぶちこわそうぜ!!ってのが、「KY力」の真骨頂。
ですが、真性KYならばナチュラルに実現可能だが、「空気読めちゃう(KYCHA)」私たちの場合、「KYAB力(空気を読んだ上で敢えてぶち破る力)」を発揮するには勇気がいる。
「空気が読めちゃう」うえに気弱な私もそれは苦手。
だから、偉そうなことを言っていても中々自分だけではやっぱり「空気ぶちこわす」発言をしようとすると、心臓バクバクだし、なかなか思い切れないことが多い。
でも、「KY(空気読めない)力」又は「KYAB(空気を読んだ上で敢えてぶち破る)力」が世の中には必要だと、そういう目でモノを見ていく人が一人でも多くなるだけでも違う、と思う。
誰だって臆病。でも、臆病ながらに「KY力」(「KYAB力」)をちょっとずつでも発揮して、「空気」じゃなく、本当の思い、本当の他人への思いやりで進んでいくように、そんな心地いい居場所を自分の身の回りから作っていきたい、と思っている。
追記:そばから、「なぁ〜んか、一見いいこと言っているようだが、おまえの場合は、なんぼなんでも、もうちょっと空気読めよな、迷惑するんだよな。」という声が聞こえてきます。が、それに素直従ったのでは、私が私である意味がない。許せ、日々迷惑しているであろう周りの人たち。いや、本当許してください・・・ペコリ
神戸:村上英樹 弁護士村上英樹のブログ
2008年02月14日
【ハケンという蟻地獄】E 「あぶれ手当」支給しない仕組み?
二重派遣や港湾・倉庫への派遣など違法行為を繰り返して業務停止処分を受けている日雇い派遣最大手の「グッドウィル」が警視庁の家宅捜索を受けた1月31日、派遣労働者で作る各種ユニオンと厚生労働省との交渉が参議院議員会館で開かれた。派遣ユニオン側は有名無実の日雇雇用保険を中心に厚労省の「怠慢行政」を厳しく追及した。

参院議員会館での交渉。手前がユニオン、右側が厚労省(いずれも筆者撮影)
厚労省は昨年9月、日雇い労働者が仕事にあぶれたさいに支給される日雇雇用保険を日雇い派遣労働者にも適用することを決めた。派遣ユニオン側がねばり強く厚労省に要望した成果だった。もともとは山谷や釜ケ崎などの建設労働者に適用されていた「あぶれ手当」とも呼ばれるもので、昨秋まで派遣労働者は対象外とされていた。
ところが、厚労省のこの適用決定は絵に描いた餅だった。1日の稼動人数が3万人ともいわれ、日雇い派遣では業界最大手のグッドウィルを日雇雇用保険に加入させる指導をしなかったのだ。昨秋までの交渉でユニオン側が「グッドウィルが保険の適用申請をするよう指導を」と特に強く要望していたのに、まったく無視していた形だ。
グッドウィルは1月18日から2〜4ヶ月間の業務停止期間に入っているが、これまで日雇雇用保険の適用申請さえしていない。同社の登録労働者は、業務停止で派遣先がなくなって仕事にあぶれても、失業給付を1円ももらえない境遇に置かれたままだ。
この日の交渉でユニオンは「どうして事業停止処分の前に、グッドウィルを加入させなかったのか」と追及した。
厚労省職業安定局雇用保険課は「申請があったかどうか、個別の事業所について私から申し上げることはできない」とした上で次のように答えた。
「日雇雇用保険はすべて(の事業所、労働者)に適用になるわけではない。日雇い被保険者としての要件が(備わっている必要が)ある。ハローワークとしてはきちんと対応できている」
これは実態とは異なる。日雇い雇用保険の適用事業所となっている派遣大手「フルキャスト」渋谷支店の派遣で働いている男性が昨年11月中旬にハローワークに給付申請したところ、「常用就職を希望しなければ給付できない」と言われ、給付の前提となる被保険者手帳さえもらえなかった事実が明らかになっている。
厚労省はユニオンとの交渉で「日雇い派遣をずっとやっていこうという人についても(すぐ常用を希望しているわけではなくても)、『あぶれ手当』は支払う」と昨年11月に約束している。少なくともこの時点で「常用か、非・常用か」は適用上の問題とならなくなったはずだった。

「派遣ユニオン」の関根秀一郎書記長(左端)が厚労省側を追及した。
もっと矛盾している事実がある。日雇い派遣会社「マイワーク」渋谷支店が「日雇い雇用保険」の適用事業所となるための申請にハローワークに行ったところ、窓口で「(手帳が交付されるには)2、3ヶ月かかる」と言われた、という。昨年の交渉で厚労省が「申請があれば1週間で交付する」とした約束が全く守られていなかった。
31日の交渉で、ユニオンがこれについて質すと、「交付できる態勢を整えているという意味です」と厚労省側は答えた。これでは「お役所答弁」も通り越して、詭弁以外の何ものでもない。ユニオンのメンバーは「要は日雇雇用保険を給付したくないということか」「約束は口先だけではないか」と口々に唱えていた。
そこで出された厚労省側の新たな説明は、「日雇雇用保険の給付を受けるには、翌日の派遣契約が不成立だったことを証明する派遣会社の書類を持ってハローワークに行かねばならない」というものだった。
ところが、派遣会社の窓口は午後7時には閉まる。7時過ぎまで働いた派遣労働者が証明書をもらうのは物理的に不可能だ。昨年11月の交渉では、厚労省は「ハローワークが派遣会社に電話して契約不成立を確認する」としていた。派遣労働者側にとっては大きな後退だ。
「わざと高いハードルを設けて、日雇雇用保険がもらえないようにしているんでしょ?」とユニオンは問いつめた。2時間余りにわたる交渉の中で、「そうではない」という説明は、ついに厚労省側から出なかった。
東京:田中龍作
この記事の初出は日本インターネット新聞(JANJAN)です。
2008年02月12日
さっぽろ雪まつり
2008年02月08日
やってみました、小麦の栽培@
初めてお便りします。
10年ほど前から近くの畑を借りて家庭菜園をしてきました。
梅の木の陰であまり条件の良い畑とはいえない場所でしたが、それなりに楽しくやってきました。
一昨年の暮れのこと、あまりの条件の悪さをいつも気にしてくれているお百姓さんがうちの畑をやらないかい?と声をかけてくれました。(ワ〜イ!)
そうして広くなった畑に何を植えましょう?
そうそう、ちょっと前に図書館で見つけた「家族で楽しむ自給自足」、あれに載ってた小麦が作ってみたい!
自分の作った小麦でうどん打ちたいな、パンも作りたいな。
こんなわけで、普通のおばさんの小麦への挑戦が始まったのであります。
ワクワクしながら始めた小麦栽培ですが、やっているうちにいろんなことが見えてきました。
小麦を籾摺りするまでいろいろお世話になったお百姓さんの話。
農作物の自給率の問題。こんなにみんな小麦のお世話になってるのに、どうして日本では小麦を作らないの?とか…
そんなこんなを2年目になった今年の小麦の成長と一緒にお話したいと思います。
おととしの11月、さぁ、小麦を蒔こう、というので最初にびっくりしたことは小麦の種は普通の種屋さんでは売っていないということでした。小麦は穀物なので農協さんに行ってみてください。と言われました。
何で?
昔の食管法の名残?
例えば子供が自分たちの毎日食べているパンのもとが知りたいな?と思ってお母さんがそれを説明するのにじゃあ小麦を蒔いてみようか?と思ったとします。
でも小麦の種は簡単には手に入らないようになっているのです。
ちょっと不思議な感じがしませんか?不思議に思うのは私だけかしら?
でも実は私はとってもいい加減な人間なのであまり深くを追及しないで、(わけを知っている方は教えてください。)うちにいつもお米を持ってきてくれるお百姓さんに聞いてみたら,ワ〜イあるそうです。で、ただでもらっちゃいました。しかもすご〜くたくさん!だから今年の種はこの子供です。
種類は、「農林61号」、うどんにする中力粉になる小麦です。
小麦の種を蒔くのはここ関東では11月の下旬です。
実は去年の麦はお百姓さんにたくさ〜ん種をもらったので厚蒔をしすぎて実があまり入らないという失敗をしてしまいました。
今年の小麦は少し勉強してパラパラッと蒔きました。こんなもんで大丈夫かな?
芽がしっかり出てしまうまでは鳥に狙われるので網をかけて食べられないようにします。
しっかり芽が出てもう鳥さんの食べる種の部分はなくなったよ〜という頃になったら網をはずしていよいよ憧れの麦踏です。やわらかく立っている麦の芽を意地悪に踏み潰していきます。この麦踏って言うのが、なんとなくやりたかったのよね〜。
後ろで手を組んで横向きにシコシコ。他の人が見たらちょっと滑稽?
この麦踏は12月の下旬から2月の半ばまで。畑の乾いている時なら何度でもいい。踏むことで麦が丈夫になって枝分かれし、踏めば踏むほど収量が増えるんだそうです。
めげないで、えらいなぁ…麦さんは。
踏み潰した小麦さんのけなげな姿を添付します。
一ヵ月後、どのくらいになってるのかな?
又、お便りします。 (以下、続く連載9回)
千葉:BUNNKO
2008年02月08日
沖縄戦の資料館を訪れて
先日、沖縄の「ひめゆり平和祈念資料館」 http://www.himeyuri.or.jp/ に行ってきた。
やはり、百聞は一見にしかずで、沖縄戦の話など知っているつもりで全然知らなかったことがわかった。一般住民を巻き込んだ地上戦がいかに悲惨なものであったか、また、「陸軍病院」という名前の病院は、赤十字の旗がはためく堅固な建物かと思いきやただの塹壕でそのなかで薬も何もない中で負傷兵がうめき苦しみ死んでゆく、地獄のような現実を少し知ることが出来た。
10代の若者たちの写真を見るにつけ、この子たちが戦争で亡くなったことを思うと、とてもつらかった。沖縄の人の「語りべ」は当然歳をとっていき、戦争体験を語ることができなくなってくるなか、このような資料館が出来て、戦争実態を知ることができることは本当に貴重なことだと思う。知らなくてはならないことだとおもう。
また、資料館には、修学旅行生も多く訪れていた。修学旅行の中で、このような戦争の実態を学べることはやはり重要なことだと思う。
沖縄の人たちが、戦争のことを後の世代に一生懸命語り継ぎ、このような資料館を作って伝えようとしていること。
その心に触れて、自分には何が出来るか。また自分や次の世代に何を残していけるか。そんなことを色々考えている。
戦争で人の命が奪われることや、戦争の中で、人ひとりひとりが尊重されないようなことをなくしたい。そのためにはどうすればよいか。
少なからずの人が「それには憲法9条を変えさせないことだ」というかもしれない。
でも、私はそれは違うと思う。憲法9条を変えたらいいということではない。「変えない」「変えさせない」にとどまるではなく、憲法9条ができたときの理念を(すぐに完全にとはいわずとも)実現していくことだ、と思う。
憲法9条があろうとなかろうと、ある国に人々が暮らす以上、その国は、戦争で国が滅びないように取り敢えず国民がそこそこ安心できるような何らかの手段を講じているはずだ。
その手段は、大きく分けて二種類。軍事的手段と非軍事的手段。
つまり、沖縄戦のような悲惨な戦争で国民が苦しまないように強大な軍事国家を作るという選択肢もあるし、そうでないやり方もあるということだ。問題はどちらがうまくいくか、それだけだとおもう。
憲法9条は戦争を放棄する・軍備を持たないことを書いている。
だが、国家が国家である以上、国民の平和と安全を守る手段は必要なのだから、憲法のこころは、戦争しない・軍備を持たないという「しない」ことを言って国の手足を縛ってそれでよしとするものではないとおもう。
だとすると、つまり、日本の平和と安全を守る手段としては、非軍事的手段を知恵を絞って有効に活用するしかないということになる。
憲法9条のこころは、私の解釈ではこうだ。
軍事的手段は今まで人類になじみが深く、もっとも思いつきやすいし、飛びつきやすい。だが、その軍事的手段に安易に飛びつかず、非軍事的手段で平和を構築することに知恵をしぼれ、と。たしかに、非軍事的手段で平和を構築し維持することは、人類にまだなじみが薄いが、それを考えて考えて考え抜こうではないか、その道を突き詰めようではないか、と。そういうことだと思う。
だとおもう、というか、最近そう思えてきた。つまり、今までの軍事的手段による安全・安心というやり方から脱却して、新しい発想で、非軍事的手段によって平和を構築して維持して安全・安心を勝ち得ようというやり方を考えていこう、それを実践しよう、という創意工夫・知恵を求める考え方を憲法9条に読み取れるのではないか。
「何もしない」という意味ならば余り感心しないのだが、人類の幸福のための創意工夫・知恵を高めることを憲法9条がうたったのならば、これを失うのは惜しい、と思えてくる。
実際には、憲法9条のもとでも軍事的手段を捨て去ることは出来ず、軍事的手段(自衛隊)も併用しながら何とか平和を維持しようとしているのが日本の現状だ。私は、それはそれで今現在の対応としては仕方ないとおもう。(また自衛隊の合憲違憲の論議はあるが、国際法上の自衛権の考え方で、憲法とギリギリ整合を保つ解釈は、それは一つのバランスであり知恵だとおもう。)
だが、非軍事的手段による平和構築の方法をもっと考えて、実践していくことによって、相対的に、軍事的手段に頼る度合いを減らしてゆくべきだとおもう。
なぜなら、軍事的手段で安心を得る方法は、やっぱり結局軍拡競争をすることになるし、軍事的手段はどこかで「使われてしまう」、すなわち不幸にも戦争が起こってしまう、からだ。現に今でも戦争はなくならない。
それに軍事的手段を過信できない。たとえば「北朝鮮が攻撃してくる可能性があるか?」という論点があって「可能性はない」という人もいるのだが、私は、もちろん現実に可能性は低いがだからといってゼロということもない、と思う。だが重要なことは日本の軍備が今より大きくなれば北朝鮮の攻撃を防げるか?危険はゼロになるか?という点であって、それは否というしかない。「ミサイル一発飛んでくる」という事態になれば、それは軍備の大小くらいでどうにかなる話とは次元が違う。
だから、「憲法9条を変えないこと」そのものが大切なのではなくて、非軍事的手段による平和・安全・安心を確保する手段をもっともっと知恵を絞り考えることなのだとおもう。
憲法9条の論議では、憲法9条の「文字通り」は当面実現できそうにない、ということが難点であるから、憲法9条の理想は認めつつも軍事的手段を完全に否定できないというジレンマがあるから、軍隊に対して「抑制的な」改憲(専守防衛の自衛隊だけを書くような)をしようという考えの人もいる。私は、そういう人の考えとは、重要な部分においてほとんど同じ考えでいる。(ただまあ解釈論でやってこれたのだから、同じルールのままならわざわざ改憲しなくても、と思うのだが。それにわざわざ改憲するときには「(今と)同じルールのまま」の改憲にとどまることなど現実にはあり得ないのが実際だろうし。)
さて、非軍事的手段って?
これが難しい、ように思える。そうだろう。人類は今までどうしても「軍事的手段」に飛びつきがちだったのだから。非軍事的手段を考えるのはそんなに慣れていない。
けれども方向性はいくつもある。
最有力なものは、去年兵庫県弁護士会でシンポhttp://blog.so-net.ne.jp/h-m-d/2007-10-23をやったときに広島の井上正信弁護士の説かれていた「国際的な法の支配の確立」だ。
つまりそれを目指して、国際連盟、国際連合ができたのであって、世界が一貫して目指している平和構築・維持体制はまさにこれだ。
現実には国家同士が寄り合っているし力の差もあるから「法の支配」の実現は容易ではなくて、すぐ「力の支配」になりがちだ。最近起こった大きな戦争もそうだ。
けれども、それをなるべく「力の支配」にさせない工夫はもっと出来るとおもうし、大国の利益だけでなくパワーバランスを重視したあり方になるように国連の改革などもできるはずだとおもう。
そして、法律家が法律家らしいあり方で平和のために何か考え、行動するとすれば、まさにこれだとおもう。
もちろん、最終的に、侵略戦争を行う国が現れたら、それを軍事的な手段をつかってやめさせなければならないこともあるだろうから、「軍事的手段」も完全に放棄できないだろうが、平和システムをとことん知恵を絞って機能させることによってその度合いを最小にすべきだ、ということになるだろうとおもう。
それから、兵庫県弁護士会シンポを振り返ると、学者の奥本京子さん(奥本さんが属されている研究会のHP http://www.wako.ac.jp/~itot/tran/index.html)が紹介してくださった、非暴力による紛争転換、というものも重要なことだとおもう。
戦争になりそうな(なるまえの)紛争に第三者が関わり、徹底的に対話を粘り強く行うことによって、その紛争を解決、というか、別の形に転換して、お互いにとってよりよい状態をつくっていく。
これはドロドロした部分に関わることで決して綺麗ごとの世界ではないだろう。けれど、ドロドロに飛び込む勇気を持って行動して戦争の惨禍が防げたならば大いに価値がある。
「憲法9条を守って、平和を祈る」これだけでいいわけではない。
それぞれの人の職業や、持ち場や、役割は違えど、人類の知恵を高めて、殺しあわずに済む方法をつくっていくことにつながるように、人ひとりひとりが少しずつ努力して積み重なってゆくことが大事だと思う。
しかし、憲法9条の話は、不幸なことに、かなりイデオロギー色の濃いものと受け取られがちになってしまっている。だから抵抗を覚え避けてしまう人も多いようにおもう。本当は、憲法9条と、俗に言う左派右派の思想のあり方とはそんなに論理必然にリンクしないし、別物だとおもうのに。
それに、非軍事的手段をもっともっと工夫して勉強して追及していくことで、軍事的手段に頼る度合いを減らしましょうということそのものは、多くの国民が同意できるだろうしそれに知恵を注いでいこうよ!と思う。
そんななかで、私が考えているのはこうだ。
たとえば、環境・健康・安全という今のひとたち一般に関心の高い分野から、そこを掘り下げてゆくことによって、人ひとりひとりの存在の尊さを認め合って、そのための知恵をしぼれば必然的に戦争を避けることにつながるわけで、そういうことに一生懸命になるのもいいのではないか、と。
そして以前にも書いた(http://blog.so-net.ne.jp/h-m-d/2007-12-13)想像力と人への敬意を大切にしていくような知的営みを大事にしていくこと。そういうのは「教育」というか、子どものころも含めた人間の成長過程をより豊かにしていくことによって創られる面が大きいのだろう。
こういうのが平和を創造する根っこだと思っている。
うまくまとまらないが、ひめゆり平和祈念資料館を訪れたあと、旅の途中、つらつらと考えていたことをそのままに書き起こしてみた。
あるいは浅はかな考えがいっぱいあるかもしれないが、自分の考えをこれからも練って、自分の日々の動きとともに、自分なりに進化させていこう、とおもう。
神戸:村上英樹 弁護士村上英樹のブログ
2008年02月08日
大豆パワー
わぁ〜お 久々のお便りです(4ヶ月ぶり!)
皆様お元気でしたか?
クリスマスから正月にかけて実家に戻ってました。
その結果、何が私に起こったか。
そう、太りましたがな・・・。
むふふ・・・何が大変かってさぁ、
着る服がない!全てパンパンでボタンがとまらない。
てなわけで、こちらに帰ってからは、
ご飯の代わりに大豆を主食で食べてます。
2キロは、一気に落ちたんだけど、
それからが、びくともしない。苦しい毎日です。
でも、一つ嬉しいことがありました。
大豆を食べ初めてからお肌の調子がいいのよね
気持ちがいいくらい、お肌すべすべ!洗顔しても、つっぱらない!
こんなのって中学生以来よ。
肌は内部から作るもんだ!って最近、実感しました。
でもね、来る日も来る日も「大豆」っていうのは、
やっぱり飽きるよね〜。
オフィスのランチも大豆。生活がつまんないです。
誰か、大豆の食し方の良いアイディアないかしらん。
オーストラリア在住:メルボルンの桜
2008年02月07日
【ハケンという蟻地獄】D グッドウィルが巧妙に処分逃れ
「グッドウィル・プレミア」は、持ち株会社「グッドウィル・グループ」の連結子会社の1つで、やはり人材派遣会社。グッドウィル本社と同じ東京・赤坂の「東京ミッドタウン」ビルの中にある。グッドウィル本社は30階、プレミアは28階だ。グッドウィルの受付を通らなければ、プレミアを訪問できない。
プレミアはグッドウィル・グループが全株式の67%を保有し、代表取締役社長をグッドウィル・グループの常務執行役員が兼務している。グッドウィルの業務を肩代わりして「プレミア」が収益を上げれば、グッドウィル・グループ全体としては損害も痛手もない、という構図になっている。
筆者は先月30日、厚労省職業安定局需給調整課に「このようなケースは処分逃れに当たらないのか」と質した。担当者は「処分逃れではない。派遣労働者にとってはむしろ就労機会の確保の面で望ましい」などという答えが返ってきた。
同課は、「処分はグッドウィルという法人1社に対するもので、企業グループ全体に出した処分ではない。まして、労働者は処分とは無関係で、処分によって失職するのは本意ではない。グループ会社内で紹介するのなら(望ましいので)そう指導している。グッドウィルがプレミアからマージンを受け取るようなことがあれば別だが、そうでもない限り違法性はない」という見解を示した。
子会社が派遣事業を肩代わりすれば、ペナルティーもペナルティーとはならない。厚労省の「指導」「処分」は実質無意味ではないか。厚労省の「見て見ぬ振り」が続けば、日本の労働の質は更に劣化することになるだろう。
派遣労働者で組織する派遣ユニオン書記長・関根秀一郎さんの話 厚労省の言い分はグッドウィルの実態に目をつぶった形式論で、明らかな処分逃れだ。
2008年02月06日
2008年02月06日
油まみれ?の徒然草
とくに北海道では灯油は「北海道の米」と言われるほどの生活必需品で、灯油の高騰は市民生活を直撃している。
一人暮らしのお年寄りが、暖房代を節約するため、特に見たい読みたい本があるわけでもないのに日中図書館に出向き、時間を潰している光景があちこちに見られるという。
実にわびしいこれらの現象には、食べるもの、住むものを求めてさまよう山谷かホームレス生活者と共通する背景がある。
これからの政治は年寄りを大切にする政治を強く望みたいものだ。
ところで油は石油ばかりでない。植物にもある。
オリーブ・アブラナ・ゴマなどは食生活を豊かにしてくれる。
最近ではトウモロコシが脚光を浴びている。
トウモロコシはもともと油分が少ないのだけど、食料・飼料としての生産量は桁違いに多いため、摂れる油の量もダントツだという。
英語ではおなじみのコーンは一部日本語にもなっている。
この言葉は本来は穀物全般を指したが、北米・オーストラリアなどの多くの国ではとくに
断らなければトウモロコシを指すそうだ。日本では穀物と言ってもイコール米(こめ)ではない。
世界的に見て大産地ではトウモロコシがいかに穀物として重要な役割を占めているかが推測される。
(写真:北大農場のトウモロコシ畑)
そのトウモロコシをバイオに回した結果、飼料が高騰して酪農家が悲鳴を上げ、回りまわって乳価も上がって、いずれバター・チーズ・牛乳も上がって消費者も悲鳴を上げることになる。
環境に優しいクリーンエネルギーは人間には優しくなく、むしろ市民生活を苦しめている。
ところで日本人は昔から油を摂取していたのだろうか。
奈良正倉院に当時の野菜一覧がある。
アオナ・カブラナ・アザミ・フキ・セリ・ジュンサイ・ダイコン・ナス・マクワウリ・トウガン・ショウガ・ミョウガなど50種ほどの野菜名が記されているそうだ。
この中にはアブラナやゴマなど、油がとれる野菜は見当たらないと言うことで、奈良時代の食事はあっさりしたものが多かったのだろうか。
江戸時代になってようやくテンプラなどという言葉が出回るが、これもポルトガルから入った言葉で、日本人の食生活はもともと油とはあまり縁がなかったのかもしれない。
植物の中で油分の最も多いのはゴマで、種の半分は油だという。
そのゴマに関する言葉が結構多い。
開け〜ゴマ などはその代表的なものだ。
なぜ「開け〜ゴマ」なのだろう。
アリババと40人の盗賊は秘密の洞窟を開ける掛け声として、どうして「開け〜ゴマ」と言ったのだろう。
語源ははっきりしないが、ゴマを炒ると突然種がぱっと開くそうだ。
何かの弾みで突然開くことから開けゴマになったという有力な説がある。
開けゴマはアラビア語で「イフタフヤーシムシム」
シムシムがゴマにあたり、英語のsesameはここからきたのではないかといわれている。
オープン・セサミ(Open Sesame)のルーツもここからきたと思うと面白い。
ゴマに関する言葉は他にもいろいろある。いずれもゴマの形状から比喩的に、シンボル的に使われたと言える。
(写真:旭山動物園のゴマフアザラシ 07年1月)
けどこんな言葉もある。
ゴマすり。
この語源もはっきりせず諸説ある。
ゴマを鉢ですると油が出るが、このとき油があちこちに飛び散る。
ここから都合の良いところに油がくっつくとして、ゴマすりになったと言う説が有力だ。
もっともゴマは植物性なので坊主も食べた。
小坊主が高僧のためにゴマをすっておいしい食事をだしたことから、ゴマすりという説もあるようだ。
ごまかす ということばもある。
自分の不利益にならないよう本当のことを隠すことだ。
この由来もいろいろあるがそのひとつ。
文化文政の江戸時代 ごまどうらん(胡麻胴乱)という菓子が出回った。
この菓子は小麦粉にゴマを入れて焼き膨らませたそうだ。中は空っぽ。
ゴマを入れるとおいしいといって、ゴマを入れて大きく見せかけたことからごまかす。
ふ〜んという感じだ。
白い恋人から赤福、それに有名になった船場吉兆の女将社長、みんなゴマが好きで、へそには垢やゴミの集まりであるゴマを一杯つけているのだろう。
ゴマといっても護摩という字のゴマがある。
これは仏教の世界の話で、護摩を焚くというのは災い取り除くため祈願をするという意味で、植物の胡麻とは全く関係ない。
自由が拘束されて医師の監視下、じっとしていると時間が有り余るほどある。
ああ 油を売ってしまった。(^。^)
写真は野付半島で船上から観察されたアザラシ。(7年8月)
このアザラシはゴマフアザラシではなく、ゼニガタアザラシでした。
メール碁の囲碁仇が似顔絵をかいて送り返してきました。
2008年02月03日
【ハケンという蟻地獄】C 厚労省新指針も効力ゼロ?
違法派遣が繰り返される日雇い人材派遣を規制するため、厚生労働省は先月25日、指針(ガイドライン)案をまとめ、発表した。4月実施の予定。しかし、このガイドラインに対して、「日雇い派遣の問題を是正し、廃止していく方向とは全く無縁だ」と早くも派遣労働者側から不信の声が上がっている。
発表されたガイドラインは、次の3項目が骨子となっている。
1)派遣会社が就業先を巡回して違法な派遣が行われていないかチェックする
2)派遣先企業との契約額や派遣労働者の賃金の額の公開
3)賃金からの不明朗な天引きの禁止
ガイドライン発表を受け、派遣労働者で組織する各種の労組・ユニオンは同日、厚生労働省で記者会見し、「派遣ユニオン」の関根秀一郎書記長らが「これでは全く派遣労働の規制にならない」と口々に厳しく批判した。
「実際の日雇い派遣の業務では、定期的に巡回するなんてあり得ない。スポット(日雇い)の場合、前の日に募集があり、翌朝には現場に大量の労働者を送り込まなければならない。派遣会社が発注先の仕事の内容を精査するなどは不可能だ」
書記長の関根さん自身もグッドウィルの派遣で働き、法律で禁じられている建設現場に派遣されたことがある。作業は建設廃材の運び出しだった。前日、派遣会社から「何かを運び出す作業です」とだけ言われた。日給は幾らか聞いたら、「8,000円ぐらいです」という答えだったという。
「前日に労働契約を結んだ段階では、作業内容も日給の額もはっきりしないままだった」と関根さんは言う。「こういった『日雇い派遣』を許している限り、二重派遣や港湾・建設現場への派遣(いずれも法令上は派遣会社の違反行為)はなくならない」と力を込めた。
それを象徴するような出来事に、関根さんは実際に居合わせたことがある。
建設現場でパレット(荷役に使う、荷物を載せる台になる簀の子)が倒れ、仲間の派遣労働者の頭がザックリ割れるという悲惨な事故があった。派遣会社の役員に「建設現場への派遣は法律で禁じられているのを知らないのか」と詰め寄った。役員は「関根さん、冗談は止めてください。現場に行ってないのに、どういう仕事か分かるわけないでしょうが」と平然と答えたという。
「これが日雇い派遣の実態です」。関根さんは溜息まじりに語った。
グッドウィルの派遣労働者が違法天引きで会社を提訴(07年8月、東京地裁前で)
筆者は、今回のガイドラインの中でも特に、3)でいう「賃金からの天引き禁止」については、「何を今さら役人たちがヌケヌケと」との憤りを禁じ得ない。こういう事実があった。
派遣大手のグッドウィルは「データ装備費」と称して派遣労働者の給与から違法な天引きを続けていた。昨年8月にこの返還を求める民事訴訟が労働者から東京地裁に起こされている。
訴訟を起こす3ヶ月前、派遣ユニオンと厚労省との交渉に、筆者は取材で立ち会った。ユニオン側は「裁判に持ち込みたくない。きちっとグッドウィルに指導して下さい」と切々と訴えていた。しかし、厚労省はあいまいな態度で応えず、見て見ぬふりで放置した。それから8ヶ月も経ち、問題が急速に拡大してからの今回のガイドラインである。厚労省の無能、怠慢の罪は重い。
ガイドライン1)と2)の規制も、派遣先が毎日変わる日雇い派遣(スポット派遣)そのものを法律で禁止しない限り、守られる可能性は低い。ほかに転職できる道のない派遣労働者の立場では、低賃金で危険と知りながらも仕事を続けざるを得ないからだ。まして、ガイドラインはあくまでも「指針」でしかなく、罰則はない。これまで違法・脱法行為をし放題だった派遣会社が突然態度を改めるとは、信じよと言う方が無理だ。
派遣ユニオンは今国会で派遣法の抜本的改正を目指している。だが当の厚労省は日雇い派遣禁止は見送りの方針と伝えられ、経済界や政界の反応も鈍い。法令の保護のない派遣労働者が救済されるメドは、相変わらず立たないままだ。
東京:田中龍作
この記事の初出は日本インターネット新聞(JANJAN)です。
