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転勤辞令」で組合員いじめ? ~郵政民営化 光と陰(後)
郵政民営化がはじまる1カ月ほど前のころ、千葉県野田市にある野田郵便局集配営業課の山崎康史主任は憔悴しきっていた。仕事から帰れば、風呂にも入らず、テレビをつけたまま畳の上で寝た。夜中、頭痛がして薬を飲んだ。胸からこみあげるものがあって吐いた。娘の小学校最後の運動会は10分ほどしか見られなかったことを思い出す。 
郵政民営化にいたる前から郵政事業にはさまざまなひずみが生まれていた。色あせていく信頼を回復できるのか(イメージ画像、東京中央郵便局、撮影:山口朝)
2006年4月10日、同じ野田市の川間郵便局から野田郵便局に着任したこの日の午後、山崎主任は局長室で着任のあいさつをした。野田郵便局長に辞令を渡し、局長は無言で山崎主任に返した。辞令を受け取った山崎主任の胸中にあったのは、「強制的にこの郵便局に配転された」という、以前いた郵便局の郵便課長らに対する怒りだった。
その日の午前中、山崎主任は野田に移る前の川間郵便局の局長室で人事異動通知書を受け取ることになっていた。局長が通知書を読み上げたあと、山崎主任は背広から手帳を取り出した。
山崎主任:山崎本人の意思を無視して、野田局の人事異動の命令は納得できませんので、認められません
局長 :受け取りなさい
総務課長:効力は変わりません
局長 :どうぞ受け取ってください
山崎主任:認められないので。話し合いましょう
局長 :どうぞ受け取ってください
(中略)
総務課長:受け取りなさい
局長 :このまま置きますか
そして山崎主任は人事異動通知書を受け取った。局側の資料ではこのやりとりのあと、「辞令交付終了」とはっきり書かれている。
山崎主任は1984年4月に川間郵便局に着任して以来23年、同局で勤めてきた。同局は転勤にあたって、山崎主任の家庭事情を考慮し、同局から直線距離で5、6km離れた同じ市内の野田郵便局を選んだという。転勤の2カ月前に山崎主任が提出した職員申告書で、現在の勤務地から離れたくないと書かれているにもかかわらずである。
かつては大きな影響力をもった全逓信労働組合(日本郵政公社労働組合)から脱退し、新たに郵政労働者ユニオンという労働組合に加入していた山崎主任は、昨年4月5日、組合員として総務課長らに転勤の異議を申し立てた。
総務課長は「組合員としての照会であるならば人事に関することは管理運営事項ですから応対できません」と退けるも、「ただし、一職員として話がしたいのであれば、話は聞きます」と応対した。山崎主任は、野田郵便局はいまの職場より遠く、残業も多い、さらに家族の体調不良などをあげて、転勤を取り消してもらうよう伝えたが、話し合いの決着はつかなかった。
山崎主任は、これを不当な転勤、「労働組合員に対するいやがらせ」であるとして人事院に公平審査の訴えを起こした。今年9月19日から3日間にわたって行われた審査のなかで、川間郵便局側は「いやがらせ」を否定しているが、とくに注目されたのは、対話育成シートと呼ばれる転勤にあたって参考にされた資料を、局側が改ざんしていた疑いがある点だった。
この対話育成シートは、2006年3月8日、17時45分から10分間行われた山崎主任と川間郵便局の郵便課長の対話を記録した手書きの資料で、山崎主任の代理人が追及したのは、対話のなかで山崎主任が発言していない部分が書き加えられていた問題だった。
郵便課長:それぞれの家庭に色々な事情があると思いますが、人事異動の対象になった場合異動して頂きます。
山崎:他にも古い人がいますけど。
郵便課長:そうですね。その方も、全員が人事異動の対象になった場合は、同じように異動して頂きます。
資料では、上のやり取りの直後、山崎主任の発言として「分かりました」と欄外に記載されているのだが、山崎主任は転勤の了解をしていない上に「分かりました」と発言していないというのだ。また、ローンについて書かれた部分では「車のローンがあります」と答えたことになっているが、山崎主任本人は車を持っていないし、ローンも組んでいない。
いま公平審査は、これらのやりとりが録音されたテープを書き起こして証拠として提出済みであり、年内か来年のはじめには審査結果が出ることになっている。山崎主任が代表を務める映画上映のボランティア団体「シネマクラブのだ」が地域から署名を集めたところ、山崎主任をかつての職場に戻して欲しいという要望が350人を超えた。
(黒井孝明)
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この記事の初出は日本インターネット新聞(JANJAN)です。
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