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2011-06-13 (月)

日本一のスズランの里

鈴のような白い花を可憐に咲かせるスズランは、札幌市の花に指定されている。
ところが札幌市内では自生しているスズランは、開発と乱獲によってほとんど見られなくなった。
わずかに郊外で観察されるだけだ。
そのスズランが大群落をつくっているところがある。
「スズランを見に行こう」といわれると、その魅力にひきずり込まれてしまう。
5年ぶりに日本一のスズラン群生地に出かけた。

 < 香り漂う群生地 >

札幌から苫小牧を経て、日高山脈の麓の広がる山あいの町、平取町(びらとり)に入る。
高速道路も発達して札幌からおよそ2時間弱、ノンストップ、途中おしっこタイムも必要としないくらい近くなった。
6月上旬の日高の山あいは、萌えるような若草色一色で、車から早く降りて歩きたくなる。
1年で一番良い時期だ。
エゾノコリンゴが白い花をさかせ、ハルニレは早や無数の種を飛ばしている。

スズランの群生地、芽生(めむ)地区で車から降りると、強烈な香りに襲われる。
私には何の香りかすぐにはわからなかったが、そこは同行したご婦人たち「スズランよ」
スズランの香りは香水にもなっているそうだ。
まず香りが歓迎してくれるスズランの里である。

スズランは名前にランがついてもラン科の植物ではなく、ユリ科の多年草である。
日本では本州以南では冷涼な高地に分布するが、北海道では低地の草原や明るい落葉樹の林の下などに群生する。
花は白色の釣鐘型で、先が6つに割れて外側に反り返り、1本の茎に10個前後の花が下向きに咲く。
その色・表情・仕草… 人気の高い植物だ。

当地で行われていたスズランまつりは、先週で終わった。
大勢の人がスズランを鑑賞しながら、平取牛のジンギスカンを楽しんだそうだ。
ところが今年は、雪解けは早かったが、4月に低温状態が続いたため、スズランの開花は遅れたという。
この結果スズランは、祭りが終わった今週が一番の見ごろになっているという。
地元の案内人はうれしいことを言ってくれる。
まつりの名残ののぼりが、あちこちに立っていた。( 写真右)

  < 君影草 >

スズラン観察の散策道に入る。
しかしスズランの花はよく見えない。(写真下左)
それもそのはず、スズランは葉の下にひっそりと咲いているのだ。
腰をかがめなければ、スズランの可憐な花はよく見えない。

スズランの和名は「君影草」である。
スズランの特徴を実によく表現した和名だ。
植物によっては可憐な花なのに、口で言うのもはばかる
名前がついたものが結構ある。
ママコノシリヌグイ、イヌノフグリ、ルリミノウシコロシ・・・
命名者の感性が疑われる直截的な表現で、名前を付けられた植物がかわいそうに思う。
それに比べて、葉陰にひっそりと咲く君影草ほど、ぴったりとした名前は他にないと、スズランを観察するたびに感心する。(写真右)

  鈴蘭や 葉陰に咲いて 隠れがち 
                        村上鬼城

葉の下に咲くスズランの花を、写真に収めるのには苦労する。
「お腹が出ているからでしょ」
ご婦人も還暦を超すと、遠慮なくずばずば直球を投げてくる。
「あなたも数十年前なら、スズランのように可憐だったのでしょうね」
皮肉交じりのお世辞を言うと「ええ、そうだったのよ」
なんと図々しい。鏡でも貸してあげたくなる。

   < ドイツスズラン >

現在市中に出回っているスズランは、大半が葉より上に花が咲いている。
これはヨーロッパ原産のドイツスズランで、観賞用として持ち込まれた。
日本に自生しているスズランは、花のつく茎(花茎)が短いのに対し、ドイツスズランは葉がやや小さく花茎が長いのが特徴だ。
(写真左:札幌滝野公園8.5)

見栄えの良いドイツスズランに対し、奥ゆかしさを感じる日本自生のスズランといったところだろうか。
フランスでは5月の祭日に、スズランの花束を贈ると幸せが訪れるという。

スズランはもうひとつ素晴らしい名前を持つ。
「谷間のユリ」だ。
すずらんは英語で Lily of the valley 
ところがスズランは実際には急峻な谷間には生えない。
緩やかな谷間か、太陽があたるまばらな林間にひっそり生える草だ。 

 < 名を残した伊藤圭介 >

このスズランの学名には、珍しく日本人の名前が入っている。

 Convallaria Keiskei 

Convallariaは「属名」で有毒物質の名前、Keiskeiは「種名」で人の名前だ。
伊藤圭介(写真右)は幕末の尾張の本草学者で、平戸にいるシーボルトから西洋の学問を学んだ。
鎖国政策で自由に日本国内を動き回ることができないシーボルトに代わって、日本固有の植物を採取してシーボルトに紹介した。
シーボルトは伊藤の厚情に感謝し、本国に持ち帰ったスズランの学名に、伊藤圭介の名前をつけて世に発表した。?
伊藤圭介は日本の近代植物学の先駆者で、明治になって東京帝国大学教授となった。
本邦の理学博士第1号である。
伊藤圭介はスズランの中に、自らの名前が刻まれた。
学者としてこれ以上ない名誉である。

   < 乱獲から保全へ >

群生地の誘導路を散策しスズランを鑑賞していると、碑が立っていた。

  盲目となりしこだわり 消えゆけり 
    スズランかおる 野にたたずめば

たまたま私たちが訪れた日は25℃を越して今季最高の暑さだった。
スズランの香りが気化して、蒸した大気に蔓延していた。
碑の詠み人もこのような暑いときに訪れたのだろうか?。

花を目で確かめることはできなくても、香りだけで十分スズランを堪能できた喜びが伝わってくる。

平取町芽生は牛馬の放牧地である。
ところが牛馬は、雑草を食べてもスズランは食べなかった。
畜生もスズランが有毒であることを知っていたのだ。
この結果この地にスズランが残り、大群生地が生まれた。

すると今度はスズラン狩りをする業者や行楽客が殺到した。
乱獲がたたって昭和50年代には、芽生のスズランは絶滅の危機状態になったという。
町はスズランの保全に乗り出し、10年間ほど立ち入り禁止にした結果、ようやく自然の状態にまで回復したという。
群生地にはロープが張られ、シーズンになると監視の目が光っている。(写真右上)

群生地に近い道路わきに、スズランを赤くしたような花が咲いていた。
しゃがみこんでみるとベニバナイチヤクソウだ。
イチヤクソウ科の草本植物で、ユリ科のスズランとは全く違う。
しかし 形が何となく似ているので「ベニスズラン」という名で販売されたことがあるという。(写真左)
この種の商売はどこの分野でもみられるが、(偽りの)赤いスズランはことのほか人気だったようだ。 

  < きれいな花には毒がある >

ひっそりと咲いているスズランはいろいろなことを教えてくれ、語りかけてくれる。
それというのもスズランが有毒植物であることが大きい。

日高地方はサラブレッドの産地である。
名馬を育てている牧場にスズランが生えているとしたら、その牧場の手入れはおろそかになっているというシグナルでもあるという。
また可憐なスズランの一輪挿しがテーブルに飾られている。
よちよち歩きの幼児が、一輪挿しに手をかけて水を飲んで死亡した症例があるという。
「きれいな花には毒がある」とはよく言ったものだ。

しかしスズランほど可憐な花はない。
可憐な花はスミレやウメなどいろいろあるけど、スズランと比べてどちらが可憐?と問われると、やはりスズランに軍配があがるのかもしれない。

スズランの花言葉は「幸福の再来」「意識しない美しさ」「純粋」。
幸福の再来とは、春が再び巡って花が咲くことからきているという。
多年草なら、どの植物も翌年には花が咲くけれど、スズランにのみこうした花言葉がつけられたのも、スズランをみると幸せに包まれる気持を、より強く抱くからだろう。

スズランを眺めつくした一日だった。

札幌:望田武司

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