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2010-08-25 (水)

夏のニセコ(上)

「ニセコ」というと何を連想するだろうか。
やはりスキーと温泉だろうか。
とく雪質のよいパウダースキーが楽しめるスキー場のあるリゾート地として、国内だけでなく、オーストラリア資本が進出する異色の地となった。

さらにはジャガイモやアスパラガスなどの豊かな農産物がある。
このようにレジャーと保養・生産の地として人を楽しませ、癒してくれるニセコの自然を育んだものは何だろうか。
それは豪雪と火山である。
豪雪と火山によって、ニセコには他には見られない多様な自然美が観察され、何度足を運んでも飽きることはない。
猛暑だった夏もほぼ終わろうとする8月下旬、ニセコを訪れた。
 
< ニセコのシンボル>

札幌から車で2時間、ニセコに近づくにつれ目の前に大きく立ちはだかるのは成層火山・羊蹄山(1898m)である。
単独峰だけに存在感は抜群だ。
富士山よりも美しいと言われる蝦夷富士はニセコの床の間にどんと座っている。
いつも眺めている羊蹄山であるが、今回ちょっと新鮮な感じをうけた。
雪がないのだ。(写真左)
雪を頂かない羊蹄山を見るのは何年ぶりかなと思っても思い出せない。
それくらい羊蹄山と雪は対になっていた。
調べてみると羊蹄山から雪が消えるのは、年によって差はあるが7月中旬、雪で白くなるのは10月上旬である。
山肌が100%土色になるのは1年を通じてわずか3カ月ほどしかない。
花や紅葉を求めてニセコに入るのはどうしても初夏や秋で、真夏のニセコとはしばらくご無沙汰していたのにきづいた。

  < オドリカンバ >

ニセコに入ると、まずダケカンバの景観に驚かされる。
本州では1500m以上の高地に生えるダケカンバ(岳樺)だが、緯度の高い北海道では4~500m辺りで、シラカンバに変わってダケカンバとなる。
ニセコではまっすぐ育っているダケカンバが1本もない。
人はその姿から「オドリカンバ」とか「アバレカンバ」と言う。(写真右)
豪雪と強風によってでき上がった景観だ。
打ちひしがれながらも、なお生き延びようとする生物の姿がそこにある。
こんなところに生育しなくても、もっと良い環境があるのにと思う。
北海道ではニセコのほかに、知床の羅臼岳などに散見される。

ちなみに麓の倶知安町の年間の平均降雪量は12.64m、日本どころか地球規模で見ても断トツだ。
昭和45年の大豪雪のときは20mを超えたという。

 < 神と仙人が住みたまふ地 >

ニセコに入るとどうしても表敬訪問したくなるところがある。
神仙沼だ。

車を降りて木道を歩いて湿原に入る。
この付近の標高は755m、さほど高くないが、森林限界地帯に観察されるハイマツが、すでに湿原を這うように生えている。
またあと1か月もすれば、一面の草紅葉に塗り替えられる湿原を歩くと、高原のさわやかな風が吹き抜ける。(写真右)
神仙沼までのプロローグである。

夏のこの時期野花は少ないが、薄紫のサワギキョウ(写真下左)、白くて可憐なウメバチソウ(写真下右)が観察された。 

          

とくにハイカーは梅のように小さくてかわいいウメバチソウを、カメラに収めようとするが、木道を踏み外すことはできず、しゃがみこんでは手頃なところにある被写体探しに苦労している。

木道の終点に神仙沼が見えてきた。
沼の周囲は、特異な形をしたアカエゾマツが生えている。(写真左)
しかも木の上が折れたり、枝がなかったり、曲がったりしている。
まるで盆栽のようだ。
これらのアカマツが水面に逆さに映っている。

「神と仙人が住みたまふところ」と第一発見者が表現したことから、神仙沼という名前が付けられた。
まさに当をえた表現だといつも思う。
なぜなら何度訪れても、この沼が視野に入ると、いつもハッとさせられる。
自然豊かな北海道の中でも、超一級の景観だと私は思っている。

アカエゾマツの特異な景観も、オドリカンバ同様、豪雪と強風のなせる業である。
(写真右)
もともとアカエゾマツは環境の悪いところでも生育する、典型的な「陰樹」である。
逆に言うと、神仙沼周辺は他の樹木が生育できないほど環境が悪い。
この結果アカエゾマツの独壇場となっている。

この神仙沼が発見されたのは昭和3年で、比較的最近のことだ。
ニセコにはすでに明治時代に、当時狩太(かりふと)といわれた当地に、大蔵省の高級官僚だった有島武郎の父が、学習院のエスカレーター式進学を嫌って札幌農学校に入った息子の万一のことを考えて、不在地主として入植している。
有島武郎は大正天皇の「ご学友」だった。
過酷な自然の中で働く小作人を見て、武郎は「土地は使用している者が所有すべきでないか」と父親に抵抗し、名作「カインの末裔」を残した。

その有島農場からさほど離れていないところにある神仙沼の発見が遅れたのも、人を寄せ付けないほどの豪雪と、厳しい自然が存在していたからであろう。(写真左:有島農場跡に立つカインの末裔文学碑、06.6月)

それでも神仙沼にはつい40年ほど前までは、山の装備でなくては入れなかったという。


ところがその後木道が敷かれて駐車場もでき、重装備どころか、ハイヒールでも行けるようになった。
そして2年前には、幅1m以上の木道が付けられた。
広い木道が付けられた前後の1カ月間に、私はたまたま2度ニセコに入った。

ひと月前にはなかった広い木道に、「あれっ、いつの間にこんな立派な木道ができたのか」と驚いたものだ。(写真右08.10月)
周囲の自然を無造作に破壊してまで作った広い木道に、車でも通すつもりかと思ったら、「車いすの人でも通れるように広くした」
この発言に唖然として声が出なかったのを思い出す

建設当初、ニスが塗られて光り輝き、違和感のあった広い木道も、2年もたつと色あせてすっかり自然に溶け込んだ木道になっている。

真夏に入った神仙沼をみて、これまでと違う印象を持った。
それはとても神仙沼が優しいのだ。
緑が濃いとこんなに印象が変わるものかと思った。
豪雪と強風という厳しい自然環境が薄らぐ“柔らかい神仙沼”がそこにあった。(つづく)

札幌:望田武司

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