日本Webリポート&ニュース

2010-08-05 (木)

検察審査会の危険性 [弁護士業について] [編集]

  検察審査会が出す結論は、本当に市民の声なのだろうか。

 たとえば、小沢センセイの話や、鳩山元首相関連、その他、ニュースを騒がせた事件。
 
 結論の当否を言うのではない。

 審査会メンバーの「意気込み」みたいなものがニュース上にはあらわれるが、これは、本当の市民の本音なのだろうか。

 私は、このテーマに限らず、直に聴く市民の本当の本音というのと、マスコミで言われる「市民の声」というのに、相当な開きを感じることがよくある。もちろん、私が「直に聴く」層が限られているのであるから、偏っている可能性も否定できない。

 しかし、私が想像するに、審査会のメンバーになったとき、個人が「審査会の空気」みたいなものに支配される側面があるのではないかと思う。
 本心で戦争に行きたいわけではなかったのに、決起集会のようなものに行ったら、いつのまにか志願兵になってしまった、というように。
 「政治とカネの問題を徹底的に糾す」という、それ自体は良さそうなお題目の中で、「疑わしきは罰せず」という大原則や、はたまた、後に無罪判決を得たとしても刑事裁判にかけられること自体、かけられた人にとっては計り知れない損害があることへの配慮が後回しになるおそれがないか、という部分が気になる。
 そもそも、「政治とカネの問題」を正常化したほうがよい、というあたりは、大体の共通認識であっても、「徹底的に糾す」という程に元々自分は張り切っていたわけではないのに、何となくそういうノリになってしまった、という検察審査会メンバーもいるのかもしれない、と思う。

 検察擁護ではないが、小沢事件などは、検察が是非とも起訴したかったが出来ないと判断した事件とみるのが大方の見方ではないか。とすると、「疑わしき」をこえた刑事事件の立証ができないというのが元の検察の判断だろうし、その点を果たして、本当にひっくり返せる事件なのか。

 刑事事件で「有罪」とするにはどの程度の証明がいるか。それは、「疑わしき」のレベルを超えなければならないが、そのことを検察審査会は、本当に「疑わしき」のレベルを超えた確証と言い切れるのか。

 そこが問題である。


 それも含めて裁判で…というのは、乱暴である。
 刑事事件で裁判にかけられることが、後に無罪判決を得たとしても、どれだけ人に回復不可能な損害を与えるかということへの配慮がなさすぎる、と思う。
 自分が逆(被疑者)の立場だったら、という想像をしなければいけない、と思う。
 

 刑事事件の証明の程度については、よければ、過去記事(わからないことはわからないという勇気~痴漢無罪最高裁判決)ご参照下さい。
 http://h-m-d.blog.so-net.ne.jp/2009-04-15


 検察審査会について、ジャーナリストの江川紹子氏が、記事を書いておられる。

 http://www.egawashoko.com/c006/000326.html
「これでいいのか、検察審査会」

 
 江川氏は、オウム裁判の取材などで傍聴も相当されたそうで、司法制度などについて、相当勉強しておられるように思う。視点もとても鋭い。
 
(江川氏の記事から抜粋)
  「嫌疑不十分」で不起訴となった人が、検察審査会で2度の「起訴相当」を経て強制起訴された場合、裁判で無実が明らかになったら、どうするのだろう。検察審査会によって、間違った起訴がなされた場合、いったい誰が責任をとり、誰がどのように謝罪するのか。損害を回復するための措置を、誰がどのようにしてやってくれるのか。
 強い権限と重い責任を担っている検察審査会のあり方が、果たして今のように不透明でいいとは思えない。予断を排し、証拠のみによって審査を行う工夫や、検察官や補助員弁護士の説明や証拠の標目は公開するなど、改善すべき点は少なくない。早急に、検察審査会の問題点を洗い出し、よりよい制度にするための議論を始めるべきだ。

                                                     (抜粋終り)
 

 
 さて、江川さんは「勇気ってなんだろう」という本を書いておられ、私は、過去に紹介記事(http://h-m-d.blog.so-net.ne.jp/2010-03-09)を書いた。
 
 私は、制度が変わったあとの検察審査会について江川さんと同じような危機感をもっていたが、江川さんのHP記事があったから、こうして、それを紹介するくらいの気持ちで自分でも書く気になった。
 それ以前に書かなかったのは、世間的な「空気」とは反対のことだから、勇気と覚悟もいることだけに、書くのがたいそうだなあ、という気があったから、書きたいと思いつつものびのびになったというのが正直なところ。
 であるから、最初に言い出す勇気には相当の値打ちがあるのであって、江川さんの記事はまさにそう。

 これをきっかけに、検察審査会の在り方、これで大丈夫か、について議論が進めば、と思う。

神戸:村上英樹 弁護士村上英樹のブログ

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