日本Webリポート&ニュース

2010-07-02 (金)

トンガと日本の架け橋

直子アフェアキさん亡くなる

パシリカ教会での葬儀

トンガでB&B(民宿)「ネリマロッジ」を経営していた直子又平(なおこまたひら)アフェアキさんが6月9日夕方亡くなりました。51歳でした。直子さんは1958年静岡で生まれ、上智大学を卒業して、筑波大学大学院で比較文化の研究などをした後、中国で働きながら中国語を学び、日本に戻ってからは翻訳者兼通訳として活躍しました。デュー
クエリントンの通訳もしたそうです。

この頃訪問したトンガで、たまたま日本から帰省中だったトンガ人のタシシオ・アフェアキ氏と知り合い、1992年に結婚します。

2人は日本からトンガへの観光客を受け入れるマカパシフィックという会社を設立します。しかしタシシオ氏が1996年にがんで亡くなり、直子さんはネリマロッジを経営しながら大好きなトンガで暮らすことをを決めます。

ネリマロッジには観光客のほか、日本のテレビ取材チームも数多く宿泊しました。直子さんは優秀な通訳兼コーディネーターとして取材の手配をするなどトンガの社会や文化の紹介に尽くしました。またトンガの若者が日本の大相撲で活躍する手伝いをしたり、インターネットや本を通じてトンガを紹介したりもしています。

トンガ人の親戚知人も多く、去年の日本大使館のオープニングパーティーでは和服姿で司会を務めました。トンガの日本人社会の中では事情通であり、私たちボランティアにはトンガでの生活や風習を教えてくれる心強い存在でした。

去年から咳がひどく、この3月トンガの病院で検査をしたところ末期がんと診断されました。しかしこの後も直子さんは精力的で、日本にいって友人にお別れをした後、ニュージーランドで放射線治療を受け5月にトンガに戻りました。

在りし日の直子さん

戻ってからも知人と食事会をしたり元気に過ごしていました。青年協力隊OBが日本から
駆けつけ、現職の看護士ボランティアと看護に当たりました。最後の週は咳でベットに横になるのもつらい事があったということです。

それでもトイレには自分で立っていくなど気丈でしたが、最後の日はトイレに行ってベットに戻って間もなく息を引き取ったということです。

厳しいものの言い方で反発されることもありましたが、付き添った友人で看護士の白坂さんは「本来なら、病院で管につながれて自分でトイレに行けるような状態ではなかったと思うが、最後まで気丈で強い女性だった」と話しています。

6月10日にネリマロッジでお祈りが、11日にカソリックのパシリカ教会で葬儀が行われ、その日のうちにご主人の眠るヌクアロファ郊外の墓地に埋葬されました。最後まで自分の生き方全うされ、望んでいたトンガの土にかえった直子さんのご冥福を祈ります。

トンガ王国:安藤正浩http://www.ando-japan.com

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