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小泉元首相が言っていた『米百俵』は何処へ消えた?
急激な世界のグローバル化により世界各国で格差、貧困問題が起きていますが、そもそも企業、富裕層、庶民、政府とではグローバル化に対する考え方、認識がそれぞれ違うのではないのかと疑います。
企業、銀行、資産家にとって金融、産業のグローバル化は絶好の儲け話であり、またグローバル化後の世界の支配権をかけた世界競争です。
投資家、銀行、証券会社にとっても市場経済のグローバル化と、グローバル化による経済、社会の混乱は、またとない儲け話であり、不動産、証券、債券、先物、ファンドを利用して市場経済を賭博化し、旧バブルの再来とばかりに稼いでいます。
そんな中で庶民は、お金や製品が国や地域を越えて飛び交い、弱者がいっこうに仕事やお金を得れないグローバル化競争の弊害や問題に気付く事なく、グローバル化の間(又その後も)永遠と失業、格差、貧困に悩まされ続けます。
政府は世界のグローバル化の中で『21世紀ビジョン』を定め、それに向かって構造改革を押し進めている様ですが、グローバル化の先に必ずしも国民(全体)の幸福な未来社会がある保障は何もないのです。
『供給サイドの経済学(レーガン税政)』と『イノベーション論』に基づく机上の理想論による改革ではなく、政府はグローバル化によって産まれる闇と負の部分を国民に注意喚起し、格差肯定、過当競争社会であるグローバル化社会の是非を全国民に問うべきです。
このまま何も考えなく、完全自由競争による経済、産業のグローバル化を押し進める事は労働者、貧困層を悪戯に疲弊させ、庶民の人権『人間の安全保障』を脅かすとともに、資産家による、投資、金融(株やお金)で支配された独裁国家に至ります。
二極化が進み、成金資産家が、さながら北朝鮮の労働党の幹部富裕層の様に日本の労働者を支配して操る様な社会への変化に気付くべきです。(労働者層の奴隷化)民主主義を死に至らしめています。
非正規雇用の労働者層のワーキングプアは、生き延びる事に精一杯で、文化や思想を持ったりする事が出来ず、又、恋愛し、結婚して子育てする余裕もない貧困状態です。
グローバル化だからこそ、国家よる弱者の個性ある庶民文化や生活の保護の為の経済、社会、文化に対する『反グローバル化』の考えも必要と提唱します。富裕層や投資に対する重課税による、国家の共産性の確保や社会や国民生活の保障や維持の考えも必要と考えます。
このまま弱者の自己責任として、過激な『グローバル化競争社会』を肯定して、共喰いや階層社会を容認しないで下さい。負け組の弱者がホロコースト状態になる阿鼻叫喚の地獄の大失業時代の未来に対する現実から目をそらさらぬ様お願いします。
小泉元首相の言う『希望選択的な格差社会』という考え方に騙された『負け組』は、グローバル化競争社会の中で、国や自治体に予算不足を理由にたいしてセーフティネットを設けて貰ず、又、国の強いた自己責任の競争社会の中で、収入の得方や生活の成り立たせ方が分からずに、迷走して行き詰まり、現代人の生活レベルも確保出来ない貧困の中で、日本に「少子化、自殺、野垂れ死に、孤独死、犯罪、殺人、気違い」の呪い的な社会現象をもたらし続けています。
2001年より始まった『小泉構造改革』は、一般庶民の認識としては、景気回復と財政難を理由に、規制緩和、行政の縮小を行なっているものと思われていますが、実際には米国の求める投資、金融の規制緩和、自由競争、市場開放に迎合したものです。
アメリカと交わした年次改革要望書に基づくもので、米国の求める経済のグローバル化に伴う日本経済(金融、投資、産業)の市場化、開放への改革要求に迎合したものであり、『規制緩和』『小さな政府』『官から民』への改革で、市場原理に基づく自由競争と経済的利益追求を重視したアメリカ型競争資本主義社会への改革です。
その為に日本は、自由競争、市場原理主義の副産物である格差、貧困、犯罪、殺人等の様々な社会問題までアメリカと同じ様に被る結果となってしまっています。
日本人は内罰的なので自殺、野垂れ死に、家庭内殺人が多く、現状の競争社会の認識が欠落した経済的、社会的弱者の家庭にとってより悲劇的状況です。庶民は現状の社会問題に対する正しい認識が欠落しており、内罰的に共喰いや、共倒れを繰り返して野垂れ死にに至っています。
が、生活に困っていない享楽的な『勝ち組』の富裕層に同情される事はなく、むしろ競争社会の意味を知っている貪欲な富裕層や、ヤクザ紛いの経営者、犯罪者の餌食となって仕事や財を奪われたり、貧困の中、人権も主張出来ず、享楽的な勝ち組の配当や利益を稼ぎ出す為の奴隷的な低賃金の非正規雇用労働者の『負け組』として利用され続けています。
彼ら負け組は、勝ち組に低賃金労働をいとわない国内外の外国人労働者と賃金を競合させられて買い叩かており、途上国の労働者と同じ給与で労働する事を求められ、物価の高い日本で途上国の庶民以下の生活を強要されて未来の無い状態です。
構造改革以前の日本は、護送船団方式と非難されつつも政府が企業、銀行を取りまとめ管理することによって、国内経済のコントロールと成長を促すとともに、企業の高課税によって集めた税を商工、農林水産業等の協同組合への補助金や土建等の公共事業によって国民に富を還元する、一億総中流の共産的社会を保って来ました。(『修正資本主義』)
又、関税や大企業に対する各種規制を設ける事によって、国の産業や中小零細個人の弱者を保護して来ました。
それを破壊したのが構造改革であり、アメリカの押し進めている自由貿易、自由競争、市場原理主義による経済、産業のグローバル化の流れです。
規制緩和のなかで中小零細個人の商工、農林水産業従事者は、国の枠を取り外した国際競争を迫られて次々と倒産に追い込まれ続け、失業し、大企業に非正規雇用のパート、派遣、アルバイトとして企業利益追求の為に低賃金労働者として使い捨てにされ、社会的に奴隷、家畜の貧困層に追い込まれ続けています。
彼らからすると、政府のいう構造改革による景気回復とは株式(株価)の経済の回復を指し、実際には自分達の産業(会社、仕事)を奪い、貧困労働者層に落としめた改革でしかなく、自分達の生活向上や景気回復には貢献していません。
構造改革のスタート時に小泉元首相が言っていた『米百俵の精神』は何処へやらで、一方的に経済的、社会的弱者に、途上国の同じ生活レベルの貧困を押し付ける現状になっています。
投資優遇税政等の減税処置により、現在バブルで浮かれている富裕層とは対象的に、同じ日本国民でありながら、『規制緩和』『小さな政府』『官から民』への改革の中で庶民が政府に守られなくなり、個人の自己責任で世界競争を生き延びる過酷さを(ノーアイデア、情報格差のある)貧困労働者層に強要するだけになってしまっています。(自己責任で生き延びなければならない自立を弱者に迫る社会。『人間の安全保障』が無い社会。)
『米百俵の精神』の例えを信じ過ぎた中小零細個人の商工、農林水産業従事者や非正規雇用の貧困労働者層は、この過酷な競争社会の中で先進国の現代人の生活レベルを個人で確保できるのでしょうか…?助けられていない彼らは、小泉元首相や当時の自民党に騙されたと思って恨んでもいい筈です。
果たして、現政府は『米百俵の精神』を忘れて、グローバル化における格差の二極化を容認するつもりで構造改革を押し進めていくつもりなのでしょうか?
2001年当時、庶民の景気感の恐慌と財政難を利用して、非効率でインモラルな旧官僚、政治家を中心とした天下り、談合などの官僚や政治家などの既得権益(公共事業、補助金で地方にお金をバラ撒く政治で成り立っていた社会)を破壊し、規制緩和、民営化、投資優遇税政により民間、企業主導の社会に改革し、企業の国際競争力強化による景気回復を期待して始めた構造改革であったが、(不景気で公務員や地方自治体に国民の不満の矛先が向き、経済基盤が脆弱な地方に自立を迫る『三位一体』等の行政改革に各自治体も納得して従った様だが)実際には2001年当時も、それ以前も大企業自体は、たいして不景気ではなく、むしろ80代後半のバブル期以後の大企業の海外進出による下請け切りや途上国等からの格安の輸入品や逆輸入品により中小零細の企業が倒産、廃業に追い込まれ、国内産業空洞化状態になっていたのが直接的な原因と考えられます。
また1997年にアジア通貨危機、1998年にロシア通貨危機が起こり、中小零細企業の倒産による連鎖で銀行が潰れまくり、1998年頃に日本のモラルハザードが起こりました。(自殺、犯罪の急増)
同時期に『金融システム改革法』『外為法改正』『金融ビッグバン』によりメガバンクの誕生や外資の流入や投資金融の規制緩和が行われています。(この時、既に国は投資金融のグローバル化の流れに乗っていた。)
構造改革前後に経団連等に政府が頼んだのか、大企業は国内に工場を一定量戻すとともに失業者を派遣雇用してコストダウンを図るとともに、下請け企業の再下請け化と海外への共同進出、産業の創出によって日本経済(産業)の景気回復を図り、日本工場と海外工場&日本市場と海外市場を貿易(輸出入、逆輸出入)と生産品目や量のコントロールによって自国や相手国の経済や産業や雇用の安定を図るコントロールを業界団体と政府で行なっている様に見えます。
日本の景気回復は、こうした大企業の国内回帰と産業創出と海外市場開拓による所が大きく、『金融改革』『資産家優遇税制(レーガン税政)』『外資の流入』による投資優遇政策がどの程度、日本全体の経済の景気回復に貢献しているかは疑わしいと考えます。
むしろ金融改革と減税は構造改革以上に、日本に社会変革『二極化』と国民のモラル低下をもたらしました。
安直に資産家という事で、金で金を儲ける(実際には社会の寄生虫的立場でありながら)社会を支配しかねない、納税を渋る無職の投資資産家の『勝ち組ニート』を大量に生み出し、お偉い株主や経営者としてもてはやしつつ、同時に構造改革以前の社会を支え、社会のモラルを形成し保って来た筈の大部分の労働者層であった中小零細個人の商工、農林水産業従事者を大量失業に至らしめ『負け組』として、高配当を生み出す為の奴隷的な低賃金の非正規雇用労働者層の『ワーキングプア』や、企業の産業の流れから外れた貧困失業者層の『ネットカフェ難民』『求職者ニート』に至らしめ、社会のモラルを破壊したのではないでしょうか?
グローバル化による原始的な資本競争における格差、貧困社会への変革であり、現在の格差、失業、貧困は、投資家、資産家によって押し付けられたものであることを日本国民全員が認識すべきことです。
アメリカは元々西部開拓地代より自己責任の競争社会『アメリカンドリーム』で国を形成しており、又、キリスト教国であることから富裕層には競争によって当然発生する弱者に対する慈善事業や寄付やCSR等の考えもあります。
又、長い間、日本等の途上国からの大量の輸入品による貿易赤字、万年失業大国を長年続けており、国民全員の失業に対する理解が高い国です。
これからグローバル化がますます進むにつれ、世界各国の先進国がアメリカと同じ万年失業大国の悩みを抱えることになるでしょう。それを理解して改革を進めるべきと考えます。
日本が常に勝ち続け、世界の経済、産業のイニシアティブを取り続けられるとは考えられません。
弱者の生活を無視した国民全員を付き合わせる経済、産業のグローバル化競争の第3次世界大戦を、国の枠を壊して無制限に続けても、今後ますますの少子化(過激な競争により子育てしている場合ではない)の進行と、巨大な資本による投資金融の混乱や寡占化(ヘッジファンド、M&A)に国民生活を巻き込み、国内経済は焦土になるでしょう。
過激な過当競争による国内経済、産業の焦土化を避ける為には、自由競争ではなく、友好国や友好企業との手打ちによる談合の経済、産業のコントロール、規制や税政の統一ルール作りの必要性を感じます。
自由競争が建前としても、将来的にグローバル化による経済、産業の寡占化が世界各国で問題なると考えます。
信州:usahara
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