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2009-04-23 (木)

仏様紳士録ー古寺巡礼ガイドブックー(13)最終回

天部ほか

天部というのは尊名の末尾に「天」とつく方々で、前述のように、仏法の説明のため登場いただいた、古代印度のヒンドゥー教やバラモン教の神々です。この項では、こうした天部のほか仏教史上著名な方々をご紹介します。 

1        梵天(ぼんてん)

天上界の王様です。帝釈天(たいしゃくてん)や四天王はみな梵天の家来です。もっとも印度教においてはブラーフマンといって天地創造主と崇(あが)められているのです。

 帝釈天と対で作られ、本尊の左右に近侍しています。四面四臂三眼で蓮華・鉾・浄瓶(じょうへい)等を持つことになっていますが、本邦の作例は、道服(どうふく)のような服装をした静かな面立(おもだ)ちの像例になっています。

2        帝釈天(たいしゃくてん)

天上界の大将軍で須弥山(しゅみせん)の頂(いただき)、利天(とうりてん)の喜見城(きけんじょう)にいて、阿修羅(あしゅら)との戦いを専(もっぱ)らにしています道服のような服装に宝冠・瓔珞を着け、金剛杆(こんごうかん)(梃子(てこ))を持っています。

3        四天王(してんのう)

須弥山の中腹において四方(四天)を守護しています。

・持国天(じこくてん)  青い肌 東方守護 宝剣を持つ

広目天(こうもくてん) 白い肌 西方守護 眼が大きく筆とノートを持つ

増長天(ぞうちょうてん)赤い肌 南方守護 矛を持つ

多聞天(たもんてん)  黒い肌 北方守護 舎利塔を持つ

 独尊では毘沙門天というそれぞれ足下に天邪鬼(あまのじゃく)を踏みつけています。肌の色は仏教が中国に伝わってから、中国の四神思想の影響を受けたのではないかと思われます。   

※四神=東方――青竜(せいりゅう)(青春)

      西方――白虎(びゃっこ)(白秋)

        南方――朱雀(すざく)(朱夏(しゅか))

        北方――玄武(げんぶ)(玄冬)     大相撲の房の色もこれに由来しています。

広目天 東大寺戒壇院 天平時代 国宝

広目天.jpg

増長天 東大寺戒壇院 天平時代 国宝

増長天.jpg

4        吉祥天(きっしょうてん)(功徳天(くどくてん))

衆生に福徳を施すことを本懐(ほんかい)とされている美貌(びぼう)の天女です。鬼子母神(きしもじん)の娘で毘沙門天の妹ということになっています。生まれ在所のチベットでは、人間を鞍(くら)代わりにして馬に跨り、三眼で怒髪天を衝くという男の神になっていますが、やはり最勝園(さいしょうえん)という御殿の奥で、宝冠に透け透けの天衣(てんね)を纏い、左手に宝珠、右手は施無畏印(せむいいん)を結ぶ日本の吉祥天が好もしいのは言うを待ちません。 

吉祥天 浄瑠璃寺 鎌倉時代 国宝

吉祥天.jpg

5        弁財天(べんざいてん)(大弁功徳天(だいべんくどくてん))

仏様仲間では、吉祥天と並び称される稀代(きだい)の美女として、大変な人気があります。 そのためか、表記のほかに大聖弁才天神、または弁才美音天妙音天(べんざいびおんてんみょうおんてん)、あるいは妙音楽天(みょうおんがくてん)など、多くの呼び名があります。 福徳、弁舌(べんぜつ)、記憶、音楽などに効験が著しいとされています。

 梵天の妃で、宝冠を被り、色白の肌に青色の、これまた透け透けの天衣を着けて、しどけない姿で琵琶(びわ)を爪弾(つまび)く姿は、やはりチベットの手が8本もある女将軍よりはるかに魅力的です。

弁財天 鶴岡八幡宮 鎌倉時代 重文

 弁財天.jpg

6        大黒天(だいこくてん)

 むかし昔、この方は大摩尼殊王如来(だいまにしゅおうにょらい)という立派な如来さんでしたが、あるとき釈尊に向かって「私の名を呼んだり、私の姿を像にして崇敬(すうけい)してくれる衆生に福徳を授けたい」と誓って大黒天神となり、娑婆(しゃば)世界(地獄のことを婆娑(ばしゃ)といい、その反対語)に降り立ちました。

 近世になって、出雲の大国主命(おおくにのぬしのみこと)と混同されたりしましたが、れっきとした印度生まれの仏様です。名前や風貌(ふうぼう)が似ているほかに、七福神でコンビを組んでいる恵比寿様(えびすさま)が、出雲神話では大国様との付き合いが深い所為(せい)でしょう。お姿は大家の隠居然(いんきょぜん)とした肥満、福耳の円福相(えんぷくそう)に大黒頭巾(ずきん)を被り、右手に打出(うちで)の小槌(こづち)、左肩に背負うた大きな金袋を持っています。別に弘法大師が仕立てた六大黒(ろくだいこく)というのがありますが割愛します。

7        聖天(しょうてん)(大聖歓喜天(たいしょうかんきてん))

夫婦2体の像が抱き合った姿をしています。男象は大自在天(だいじざいてん)の長男で評判の暴れ者、女象は観音菩薩の化身で、歓心を以って男象の乱暴を鎮める意を表しています。 あぶらげや歓喜団子(かんきだんご)を供えて拝むと、善事が成就し災禍を滅却すると、商人や芸人の間に人気があります。

 また江戸時代には真言宗の一派の立川流(たちかわりゅう)の本尊に担ぎ出され、性交の絶頂時に悟りが開けるなどと、怪しくも魅惑的(みわくてき)な教えの広告塔になりましたが、やがて幕府の布教禁止令が出され終息しました。

歓喜天 京都等持院 江戸時代 (?)

歓喜天.jpg

8    大自在天(だいじざいてん)(摩醯首羅天(まけいしゅらてん)

もとを正せば、バラモン教の大本尊で万物の創造主とされるシバ神です。仏教ではようやく第六天の統治と救護治療を司(つかさど)る神として列せられ、不遇を託(かこ)っています。印度・中国・日本とでお姿に大差があり、本邦の場合は八臂三眼、白牛に跨り、それぞれの手に三戟叉(さんげきさ)、法輪、棒、幡(はた)、斧、法螺貝(ほらがい)、刀などを持っています。

9        摩利支天(まりしてん)

帝釈天の眷属とされ、日天子(にってんし)(太陽)の先駆けとして天下を巡行しているといいます。それもそのはずで陽炎(かげろう)を神格化した神です。護国、護民の軍神あるいは農業の神として敬(うやま)われています。またどう言う訳か相撲の力士の間で信仰されています。

10   韋駄天(いだてん)

南方天王八将の一臣で、足の速さでは、並み居る仏様の中でも右に出る方はいません。身に甲冑をよろい、両手で宝剣を捧(ささ)げ抱き、お寺の堂塔伽藍(どうとうがらん) の守護を任としています。

11水天(すいてん

 諸竜王中の王で、大海中に住んで浅緑の肌をし、右手に刀、左手に龍索あるいは珠を載せた蓮華を持って、大亀に乗っています。 水天妃(すいてんひ)(乙姫様(おとひめさま)?)を妻に持つほか、五龍・四天女が常に侍しています。

 竜王ですから、良く敬えば適度な雨を恵み田畑を潤しますが、ひとたび機嫌を損なうと酷い旱魃(かんばつ)に見舞われます。

 なお日本橋の水天宮は壇ノ浦(だんのうら)に沈んだ安徳天皇(あんとくてんのう)と、その母君の建礼門院徳子(けんれいもんいんとくこ)(平清盛の娘)をお祀りしています。

12茶吉尼天(だきにてん)

 三河の豊川稲荷(とよかわいなり)にお祀りしているお稲荷さんのことで、本体は細い管の中に潜むという想像上の小さな狐(管狐(くだきつね))です。良く敬い意を迎えれば福徳を恵んでくれますが、機嫌を損じると、もともと人黄(じんおう)を食う女夜叉(めやしゃ)のことですから、大いに崇られ大変なことになります。

 普段は剣と宝珠を持って白狐に跨っています。

 ちなみに普通のお稲荷さん、すなわち正一位稲荷大明神は、記紀に登場する御食津神(みけつかみ)のことで、御狐(みげつ)と混同されてお狐さんと思っている人がいますが、狐はお稲荷さんのお使いですから、あぶらげを供えても、せいぜい取り次ぎに便宜(べんぎ)を図ってくれる程度です。

13鬼子母神(きしもじん)

 印度生まれの訶梨帝菩薩(かりていぼさつ)を、日蓮が意訳して鬼子母神と名付けました。 マガダ国で生まれたアリーチという女性は、近郷近在に知られた美人、千人の子宝にも恵まれて幸せな生活を送っていましたが、実は彼女の正体は、あろうことか他人の子を盗って食う鬼女でした。それを見咎(みとが)めた釈尊が、彼女が最も可愛がっている末っ子の愛奴(あいど)をこっそり隠したところ、彼女は狂ったように泣き叫び、ほうぼうを捜し求めました。そこで釈尊が「千人のうち一人がいなくなっただけでそんなに嘆くのに、二~三人しかいない子をお前に食べられた母親の悲しみを思い知れ」という諭(さと)しに改心して、子供や母親を守る善神となりました。

 なお彼女の千人の子達も、のちに成人して善神となりました。目出度し目出度し!

14閻魔大王(えんまだいおう)

 皆さん良くご存知の地獄の裁判長です。ほかの九人の判事(合わせて十王という)と協力して(女性の亡者(もうじゃ)は別に妹のヤーミが担当するという噂もある)、亡者の生前の悪行を浄玻璃(じょうはり)の鏡に映し出し、有無を言わせぬ峻厳(しゅんげん)な判決を下して、針の山や釜茹(かまゆ)で地獄へ追い立てる怖~い大王様です。相貌はいやがうえにも厳しく、裁判官の冠を被って笏(しゃく)を持ち、目を剥いて座っています。

初江王 鎌倉円応寺 鎌倉時代 重文

初江王.jpg

15乾達婆(けんだつば)と緊那羅(きんなら)ならびに迦陵頻伽(かりょうびんが)  三人とも仏教世界の歌と音楽の名手です。

 乾達婆と緊那羅とは夫婦の鳥で、須弥山の北方金剛窟(こんごうくつ)に住まいしています。

 旦那さんの乾達婆は帝釈天専属の楽士で、琵琶を弾くことが大の得意です。

 夫人のほうは頭に一角があって気の強そうな感じですが、美妙の声の持ち主です。

 また迦陵頻伽は妙声鳥(みょうせいちょう)と訳される、これもまた素晴らしい美声の持ち主で、生まれるまえに卵の殻の中からさえも妙音を発したといいます。

16迦褸羅(かるら)

 印度の神話や仏教文学に良く登場する鳥類の王様で、金翅鳥(こんじちょう)あるいは妙翅鳥(めいしちょう)とも呼ばれます。

 普段は須弥山の北にある大鉄樹に、兄弟三羽とともに羽を休めていますが、驚くべきはその大きさです。金色に輝く羽を広げると、端から端までで三百三十六万万里もあるというのです。古代中国の一里は約400mですから、135kmという途方もない大きさです。

 こんな怪物が四羽も、大火焔を吐きながら龍を食って飛び回っているというのに、世界中の誰も見たことがなく、NASAのレーダにも映らないのです(?)。

迦褸羅 蓮華王院 鎌倉時代 国宝

かるら.jpg

17仁王(におう)

 この兄弟は印度の某国の息子と説く仏伝もありますが、「阿吽(あうん)」の二字を人格にした方々というほうが正鵠(せいこく)を得ています。つまり左手の顔が赤い、口を開いたほうが、物事の始まりを表す「阿形」で密迹金剛(みっしゃくこんごう)(力士)といい、右手の青い顔で口をつむったほうが、物事の終わりを表す「吽形」の那羅延金剛(ならえんこんごう)(力士)です。お寺の門番として良く知られていますが、神社の狛犬(こまいぬ)や随神(ずいじん)も彼らに倣って、阿吽の呼吸で頑張っています。

仁王(阿形) 東大寺南大門 鎌倉時代 国宝

仁王.jpg

18阿修羅王(あしゅらおう)

 婆稚(ばち)阿修羅王、羅騫駄王(きゃらけんだおう)、毘摩質多羅王(びましったらおう)、羅羅王(らごらおう)の四王の総称です。

 生前から争いを好み乱暴狼藉(らんぼうろうぜき)が専らだったため、死後夜叉に変じてしまいました。 日に三度の激しい戦(いくさ)を繰り返していましたが、ついに帝釈天の軍に敗れ、蓮の花の中に隠れていたところを捕らえられました。

 後に釈尊の説法を聞いて改心し、護法の善神になりましたが、生まれつき醜怪(しゅうかい)なうえに幾つもの戟剣(げきけん)の傷を受けて、物凄い顔つきになってしまいました。原語のアスラは無端正(むたんせい)の意です。

 経典には、赤色忿怒の形相に甲冑を着て、右手に華棒(けぼう)を持ち、左手を腰にするとありますが、奈良興福寺の国宝阿修羅像は少年のような端正な顔で、仏像ファンに人気があります。

阿修羅王 興福寺 天平時代 国宝

阿修羅王.jpg

19庚申様(こうしんさま

 帝釈天の家来の青面金剛(しょうめんこんごう)が本体で、猿田彦命(さるたひこのみこと)(天狗様)の化身という、青やら赤やらなんともややこしい仏様です。

 この方は日頃は三戸虫(さんしちゅう)という寄生虫になって、私達のお腹の中に潜んでいるのですが、庚申(かのえさる)の晩にこっそりと抜け出し、帝釈天に宿主の悪行を告げ口するというイヤ~な方です。

 そこで人々は庚申の夜になると酒肴(しゅこう)を持ち寄り、庚申様をやるまいと、夜を徹して庚申講(こう)を催して飲食をするのです。そのため庚申塔には青面金剛のほかに日月、三申(しん)(見ざる、言わざる、聞かざる)と、早く夜が明けるようにと鶏を表しているのです。 酒の肴にされた庚申様こそいい面(つら)の皮です。

庚申塔 長野県安曇野

庚申塔.jpg

20十二神将(じゅうにしんしょう)

 薬師如来の眷属で、もともと如来の十二願に当てた善神ですが、のちに干支(えと)に当てられました。甲冑を着た忿怒像で、それぞれ次のものを持っています。

・毘迦羅(びから)大将       子(ね)神    三鈷を持つ

・招杜羅(しょうとら)大将   牛(うし)神   太刀を持つ

・真達羅(しんだら)大将    寅(とら)神   宝珠、宝棒を持つ

・摩虎羅(まごら)大将     卯(う)神    斧を持つ

・波夷羅(はいら)大将     辰(たつ)神   弓矢を持つ 

・因陀羅(いんだら)大将    巳(み)神    鉾を持つ 

・珊底羅(さんちら)大将    午(うま)神   法螺貝を持つ 

・羅(あじら)大将       未(ひつじ)神  矢を持つ 

・安底羅(あんちら)大将    申(さる)神   宝珠を持つ 

・迷企羅(めいきら)大将    酉(とり)神   独鈷を持つ 

・伐折羅(ばさら)大将     戌(いぬ)神   剣を持つ 

・宮毘羅(くびら)大将     亥(い)神    太刀を持つ 

              ※     金毘羅(こんぴら)様

伐折羅大将 新薬師寺 天平時代 国宝

 バサラ.jpg

21十大弟子(じゅうだいでし)

 お釈迦様のお弟子さんのベストテンで、いずれも小乗の阿羅漢(あらかん)(利己的な修行者)です。板画家の棟方志功(むなかたしこう)先生の出世作品「十大弟子」が有名です。 

・舎利弗(しゃりほつ) 智慧第一 最年長(釈尊より年長)

 目連(もくけんれん)神通第一 餓鬼道に堕ちた母の供養が盂蘭盆会(うらぼんえ)      の始まり

大迦葉(だいかしょう)頭陀第一 赤貧の生活を通じた。釈尊の衣鉢(いはつ)を継いだ

阿那律(あなりつ) 天眼第一 釈尊の従兄弟。修行のため失明したことにより直感力が冴えた。

須菩提(しゅぼだい)解空第一 祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)(世界最初の仏寺)を建てたスダッタ長者の子。「空」を最も良く理解した

富楼那(ふるな)説法第一 カピラ国の国師の長男

迦旃延(かせんえん)論議第一 釈尊は将来仏陀になるであろうと予言したアシタ仙人の子

優波離(うばり)持律第一 床屋出身。王舎城における律蔵の制定会議をリード

羅羅(らごら)密行第一 釈尊の実子

阿難陀(あなんだ)多聞第一 反逆者提婆達多(だいばだった)と兄弟。女性の出家を認めさせた

目連 大報恩寺 鎌倉時代 重文

目ケンレン.jpg

22賓頭盧尊者(びんずるそんじゃ)

 (賓頭盧頗羅堕尊者(びんどうらはらだそんじゃ))

 仏様紳士録の最後に紹介する方は、良くお堂の前に見かける、頭をテカテカに光らした尊者です。中印度の某王国の大臣の子として生まれましたが、仏教に深く帰依し、もともと医者の筋目であることから、病気の衆生を救うことを専らにしています。

 賓頭盧さんの頭を撫でると万病が癒(い)えることから、撫仏(なでぼとけ)というなで親しまれています。

                          -終わり-

 松戸:高見航毅

 
 

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