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2008-10-04 (土)
日本一のソバの里
ソバといえば信州ソバや山形ソバなど、本州でもソバの産地があちこちにあるが、量的に見ると圧倒的に北海道がソバの産地である。
その中でも北海道北部の幌加内町(ほろかない)が、作付面積、生産量とも日本一の産地だ。
冷涼な気候、昼夜の温度差を和らげる朝霧の発生などの自然条件がソバ栽培に適しており、減反政策の中でソバへの転作が進んで、今では耕地の3分の2がソバ畑という文字通りのそばの里である。
10月はじめ、同じ町にある朱鞠内湖(しゅまりないこ)自然観察で幌加内町を訪れた。
< 赤いじゅうたん >
ソバのイメージは一般的にあまりよくない。
「ソバしかできないところだ」
昔から冷涼な荒地はこのように表現され、ソバはかわいそうな扱いを受けてきた。
しかし今日、ソバの栄養価が評価され、米よりも高いのも出る一方、需要が多くて輸入もしているのが現状である。
大正から昭和にかけて、ソバと市電と銭湯代が同じ値段だった時期があったという。
今では市電(200円)ではソバは食べれない。ソバが一番高くなっている。
この時期ソバの収穫はとうに終わり、幌加内町に広がる広大なソバ畑は赤くなっていた。
畑に残った茎の切り株が赤いためで、刈り終わった畑でも十分観光スポットになる見事な赤のじゅうたんだった。(写真下左)

このすばらしい景観に感激した参加者から、ソバの花が咲く夏にも来て見たいという声が期せずして上がった。
確かにソバの花は白くて可憐だ。
ソバの産地、十勝・新得町で初めてみた広大なソバの花畑が思い出される。(写真上右)
白・白・白一色の柔らかい世界だった。
ブナの木は秋になると黄金色に黄葉する。
世界自然遺産に指定されている秋田・青森県境の白神山地は、人の手が入ってないブナの原生林が売り物だ。
そのブナの実は「ソバグリ」と言われている。
ブナの実がソバの実(写真左)によく似ているためで、食べるものがなかった時代にはソバグリをよく食べたという。
ソバグリはブナと同じ仲間のミズナラの実・どんぐりとともに、クマの好物でこの実のつき具合が、クマの里への出没に大きく影響すると言われる。
< 日本最寒記録の地 >
訪れた幌加内町は日本で最低気温を記録したところでもある。
日本の最寒記録は、明治35年の旭川市の-41度が公式記録になっている。
その78年後の昭和53年、朱鞠内湖に近い幌加内町母子里(もしり)にある北海道大学演習林で-41.2度を記録した。
演習林の百葉箱は気象庁の公式記録の対象となっていないが、厳然と残る日本列島が記録した最低気温である。
-41度の世界はどんな世界だろうか。
北大演習林の研究者によると、息をするとのどが引きつる、醤油や酒はカチカチに凍って割れるのを防ぐために、みな冷蔵庫に入れておくという。
冷蔵庫というのは何のためにあるのだろうと首をひねりたくなる。
冷蔵庫の中は摂氏4度くらいで温かいという。
母子里と聞いてどこかで聞いたことがあるとおもう人がいるかもしれない。
連続テレビ小説「すすらん」の舞台になったところである。
<日本一の人造湖 >
盆地気味の幌加内町には、もうひとつ日本一がある。
この日のお目当て朱鞠内湖である。
朱鞠内湖は雨竜川をせき止めて作ったダムによってできた湖で、周囲40km、冠水面積が2373haの日本一の人造湖である。
広大な北大演習林の大半を水没させて作った朱鞠内湖は、16年の歳月を費やして戦争中に完成した。
朝鮮半島から連行された人たちの強制労働による産物である。
湖畔の高台には大きな慰霊碑が建っていた。(写真左)
船で遊覧すると朱鞠内湖には大小13の島が浮かんでいた。
森が湖底に沈む前はちょっとした小山の頂上だったのだろう。
湖の周辺は豊かな森となり、紅葉がちょうど見ごろであった。
人造湖とはいえ、半世紀以上の年月を経ると、人造湖と言われない限りわからないほど自然に適合している。
北海道では十勝の糠平湖、岩見沢の大正池など多くの人造湖があるが、いずれも周辺にマッチした湖沼になっている。
夏はキャンプ、冬は凍結してワカサギ釣りで賑わうという。
< 広葉樹の多い北海道 >
本州の森林と、北海道の森林とは大きな違いがある。
それは本州では3分の2以上が針葉樹であるのに対し、北海道では半分で、残りは広葉樹である。
本州では秋田杉や吉野杉、木曽ヒノキなどの名高い針葉樹林がある。
とくにもっとも多い杉については、北海道で育つかどうか明治時代導入したことがあるが、道南地方の一部を除いてうまく育たなかった。
わずかに本州からの入植者が故郷の神社などにあった杉を移植した「望郷樹」として、単体でときおり道央地方で観察される。
針広混交林で、落葉する広葉樹が優勢な北海道では、秋になると一斉に紅葉となる。
平地にある朱鞠内湖では早くも見事な紅葉であった。
紅葉はまもなく終わり、厳しい冬が駆け足でやってくるという。
それにしてもこのような内陸部まで開拓の鍬が入ったことに驚き、先人の労苦が偲ばれる。
過疎化が進んでおり、離農によって折角開拓した農地が放置され、再び昔の森に戻ろうとする状況が散見された。
広い北海道には180の市町村があるが、幌加内町は一度も足を運んだことのない数少ない町だった。
ソバの里、最低気温、人造湖の三つの日本一をもつ幌加内町はそれなりに魅力のある町であった。
日本一がひとつでもあれば売り物になるのに、3つもあるのに驚いた。
ヤマブドウは札幌近郊の森では、手の届くところではとうに採取されてなくなっている。
ところが朱鞠内湖周辺では、森でなく道端にたわわになっていた。
誰も採ろうとしないのだろう。
豊かな自然がすぐ目の前にあった。
昼食に食べた食事が、マイタケご飯に天ぷらそばだった。
マイタケは天然もの、ソバは新そば、てんぷらは朱鞠内湖で獲れた魚と文字通りの地産池消メニューだ。
何よりも印象を強くさせるおいしい食事だった。
その中でも北海道北部の幌加内町(ほろかない)が、作付面積、生産量とも日本一の産地だ。冷涼な気候、昼夜の温度差を和らげる朝霧の発生などの自然条件がソバ栽培に適しており、減反政策の中でソバへの転作が進んで、今では耕地の3分の2がソバ畑という文字通りのそばの里である。
10月はじめ、同じ町にある朱鞠内湖(しゅまりないこ)自然観察で幌加内町を訪れた。
< 赤いじゅうたん >
ソバのイメージは一般的にあまりよくない。
「ソバしかできないところだ」
昔から冷涼な荒地はこのように表現され、ソバはかわいそうな扱いを受けてきた。
しかし今日、ソバの栄養価が評価され、米よりも高いのも出る一方、需要が多くて輸入もしているのが現状である。
大正から昭和にかけて、ソバと市電と銭湯代が同じ値段だった時期があったという。
今では市電(200円)ではソバは食べれない。ソバが一番高くなっている。
この時期ソバの収穫はとうに終わり、幌加内町に広がる広大なソバ畑は赤くなっていた。
畑に残った茎の切り株が赤いためで、刈り終わった畑でも十分観光スポットになる見事な赤のじゅうたんだった。(写真下左)

このすばらしい景観に感激した参加者から、ソバの花が咲く夏にも来て見たいという声が期せずして上がった。
確かにソバの花は白くて可憐だ。
ソバの産地、十勝・新得町で初めてみた広大なソバの花畑が思い出される。(写真上右)
白・白・白一色の柔らかい世界だった。
ブナの木は秋になると黄金色に黄葉する。世界自然遺産に指定されている秋田・青森県境の白神山地は、人の手が入ってないブナの原生林が売り物だ。
そのブナの実は「ソバグリ」と言われている。
ブナの実がソバの実(写真左)によく似ているためで、食べるものがなかった時代にはソバグリをよく食べたという。
ソバグリはブナと同じ仲間のミズナラの実・どんぐりとともに、クマの好物でこの実のつき具合が、クマの里への出没に大きく影響すると言われる。
< 日本最寒記録の地 >
訪れた幌加内町は日本で最低気温を記録したところでもある。
日本の最寒記録は、明治35年の旭川市の-41度が公式記録になっている。
その78年後の昭和53年、朱鞠内湖に近い幌加内町母子里(もしり)にある北海道大学演習林で-41.2度を記録した。
演習林の百葉箱は気象庁の公式記録の対象となっていないが、厳然と残る日本列島が記録した最低気温である。
-41度の世界はどんな世界だろうか。
北大演習林の研究者によると、息をするとのどが引きつる、醤油や酒はカチカチに凍って割れるのを防ぐために、みな冷蔵庫に入れておくという。
冷蔵庫というのは何のためにあるのだろうと首をひねりたくなる。
冷蔵庫の中は摂氏4度くらいで温かいという。
母子里と聞いてどこかで聞いたことがあるとおもう人がいるかもしれない。
連続テレビ小説「すすらん」の舞台になったところである。
<日本一の人造湖 >
盆地気味の幌加内町には、もうひとつ日本一がある。
この日のお目当て朱鞠内湖である。
朱鞠内湖は雨竜川をせき止めて作ったダムによってできた湖で、周囲40km、冠水面積が2373haの日本一の人造湖である。広大な北大演習林の大半を水没させて作った朱鞠内湖は、16年の歳月を費やして戦争中に完成した。
朝鮮半島から連行された人たちの強制労働による産物である。
湖畔の高台には大きな慰霊碑が建っていた。(写真左)
船で遊覧すると朱鞠内湖には大小13の島が浮かんでいた。
森が湖底に沈む前はちょっとした小山の頂上だったのだろう。
湖の周辺は豊かな森となり、紅葉がちょうど見ごろであった。人造湖とはいえ、半世紀以上の年月を経ると、人造湖と言われない限りわからないほど自然に適合している。
北海道では十勝の糠平湖、岩見沢の大正池など多くの人造湖があるが、いずれも周辺にマッチした湖沼になっている。
夏はキャンプ、冬は凍結してワカサギ釣りで賑わうという。
< 広葉樹の多い北海道 >
本州の森林と、北海道の森林とは大きな違いがある。
それは本州では3分の2以上が針葉樹であるのに対し、北海道では半分で、残りは広葉樹である。
本州では秋田杉や吉野杉、木曽ヒノキなどの名高い針葉樹林がある。
とくにもっとも多い杉については、北海道で育つかどうか明治時代導入したことがあるが、道南地方の一部を除いてうまく育たなかった。
わずかに本州からの入植者が故郷の神社などにあった杉を移植した「望郷樹」として、単体でときおり道央地方で観察される。
針広混交林で、落葉する広葉樹が優勢な北海道では、秋になると一斉に紅葉となる。
平地にある朱鞠内湖では早くも見事な紅葉であった。
紅葉はまもなく終わり、厳しい冬が駆け足でやってくるという。
それにしてもこのような内陸部まで開拓の鍬が入ったことに驚き、先人の労苦が偲ばれる。
過疎化が進んでおり、離農によって折角開拓した農地が放置され、再び昔の森に戻ろうとする状況が散見された。
広い北海道には180の市町村があるが、幌加内町は一度も足を運んだことのない数少ない町だった。
ソバの里、最低気温、人造湖の三つの日本一をもつ幌加内町はそれなりに魅力のある町であった。
日本一がひとつでもあれば売り物になるのに、3つもあるのに驚いた。
ヤマブドウは札幌近郊の森では、手の届くところではとうに採取されてなくなっている。ところが朱鞠内湖周辺では、森でなく道端にたわわになっていた。
誰も採ろうとしないのだろう。
豊かな自然がすぐ目の前にあった。
昼食に食べた食事が、マイタケご飯に天ぷらそばだった。
マイタケは天然もの、ソバは新そば、てんぷらは朱鞠内湖で獲れた魚と文字通りの地産池消メニューだ。
何よりも印象を強くさせるおいしい食事だった。
札幌:望田武司
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