増上寺のグラント松
2010-03-15

東京芝増上寺の三門をくぐるとすぐ右手に大木がある。グラント松とい樹名板が吊るしてある。
明治新政府は、北海道開拓の役所・開拓使を、札幌に本庁舎ができる前に、増上寺に仮開拓使
を置いていた。その面影を求めて先月上京し、増上寺界隈を散策したときにこのグラント松に気づいた。そして開拓使の顧問として、アメリカから招聘されたのが、グラント大統領時代の農務長官
ホーレス・ケプロンであったことから、その関係でグラント大統領が増上寺を訪れたのかと思った。
しかしグラント松の傍らにあった立て札には「明治12年 アメリカ18代大統領グラント将軍が増上寺に参拝した 記念に植樹された」としか書いてない。
グラント将軍が増上寺を訪れたのは、純粋増上寺参拝 ではなく、ケプロンと関わりがあったのではないかと いう雑文を先月書いたら、読者から「記録があります よ」という連絡を頂いた。さっそく北海道古文書館に行って調べてみた。あった、あった。 (続く)→全文を読む

東京芝増上寺の三門をくぐるとすぐ右手に大木がある。グラント松とい樹名板が吊るしてある。
明治新政府は、北海道開拓の役所・開拓使を、札幌に本庁舎ができる前に、増上寺に仮開拓使
を置いていた。その面影を求めて先月上京し、増上寺界隈を散策したときにこのグラント松に気づいた。そして開拓使の顧問として、アメリカから招聘されたのが、グラント大統領時代の農務長官
ホーレス・ケプロンであったことから、その関係でグラント大統領が増上寺を訪れたのかと思った。
しかしグラント松の傍らにあった立て札には「明治12年 アメリカ18代大統領グラント将軍が増上寺に参拝した 記念に植樹された」としか書いてない。
グラント将軍が増上寺を訪れたのは、純粋増上寺参拝 ではなく、ケプロンと関わりがあったのではないかと いう雑文を先月書いたら、読者から「記録があります よ」という連絡を頂いた。さっそく北海道古文書館に行って調べてみた。あった、あった。 (続く)→全文を読む
札幌:望田武司
新着情報 春を求めて定山渓
2010-03-11

啓蟄の6日、北海道南部の函館山の斜面でフキノトウが顔を出し、バッコヤナギが新芽を吹きだしているという映像がテレビで紹介された。もともと啓蟄にあわせたネタを求めての取材だろうから、あちこち探して「春」を撮ったのだろう。
それにしても待ち遠しい生き物の息吹である。札幌はまだ積雪50センチ、朝晩は相変わらずの氷点下だ。春にはもうしばらく時間がかかる。それでも何かしら春の兆候が見られないか、週末泊りがけで郊外の定山渓温泉を訪れた。(続く)→全文を読む

啓蟄の6日、北海道南部の函館山の斜面でフキノトウが顔を出し、バッコヤナギが新芽を吹きだしているという映像がテレビで紹介された。もともと啓蟄にあわせたネタを求めての取材だろうから、あちこち探して「春」を撮ったのだろう。
それにしても待ち遠しい生き物の息吹である。札幌はまだ積雪50センチ、朝晩は相変わらずの氷点下だ。春にはもうしばらく時間がかかる。それでも何かしら春の兆候が見られないか、週末泊りがけで郊外の定山渓温泉を訪れた。(続く)→全文を読む
札幌:望田武司
異色プロ棋士 逝く
2010-02-24 

NAKAYAMA NORIYUKI 6P DIES
20日未明、アメリカから送られてくる AMERICAN GO E-JOURAL を見ていると上の見出しが飛び込んできた。紙面の大半を使って追悼の特集記事まで組んでいる。
まさか!日本の一般紙にはまだでていない。日本棋院のホームページを開けると、中山典之6段(77) 2月16日脳梗塞のため逝去 の訃報が、18日付けで報じられていた。
囲碁ライターとしても活躍し「昭和囲碁風雲録」など著書が多数ある。また北米やヨーロッパを始めとした海外への囲碁普及にも力を入れていた。と一言添えられていた。(続く)→全文を読む
札幌:望田武司
新着情報 北京あんなことやらこんなことやら(52)
2010-02-24
〜厳しさ増す大学生の就職戦線A〜

中国の大学新卒者の就職難、今回はネット上で話題になった、出稼ぎ農民の親を持つ新卒者の苦悩と、専業主婦を望む女子学生が増えているという動きを紹介したい。
春節前の今年1月、「故郷を離れて漂う大学新卒者から、“農民工”の父親への懺悔の手紙」と題する文章がネット上に現れ、話題を呼んだ。文章を書いたのは大学を卒業した後、半年余り経った新卒者。出稼ぎの農民工をしている父親に対しては3200元(日本円で4万円ほど)の月給をもらっていると言っているが、実際に受け取っているのは、わずか1000元(1万3000円)。ネット上に書いた手紙には次のように書かれている。(続く)→全文を読む
〜厳しさ増す大学生の就職戦線A〜
中国の大学新卒者の就職難、今回はネット上で話題になった、出稼ぎ農民の親を持つ新卒者の苦悩と、専業主婦を望む女子学生が増えているという動きを紹介したい。
春節前の今年1月、「故郷を離れて漂う大学新卒者から、“農民工”の父親への懺悔の手紙」と題する文章がネット上に現れ、話題を呼んだ。文章を書いたのは大学を卒業した後、半年余り経った新卒者。出稼ぎの農民工をしている父親に対しては3200元(日本円で4万円ほど)の月給をもらっていると言っているが、実際に受け取っているのは、わずか1000元(1万3000円)。ネット上に書いた手紙には次のように書かれている。(続く)→全文を読む
北京:中村 治
北京あんなことやらこんなことやら(51)
